閉ざされた知識人の村(3)

 リディスは久々に再会したスレイヤと楽しそうに話している。血は繋がっていないが、まるで姉妹のようにも見えた。本当の兄であるルーズニルは二人の雰囲気を壊さないよう、微笑みながら眺めている。

 だが、彼女らを包む穏やかな雰囲気とは裏腹に、安全な村であるにも関わらず、雰囲気が張り詰めているのがフリートは気になった。眉をひそめたまま、村の中を突っ切る。隣にいたトルも怪訝な顔で周囲をちらちら見ていた。

「フリートも気づいたのか?」

「トルもか。意外だな、気づくとは」

「モンスター相手は全然駄目だけど、人間相手ならお前にだって負けないぜ」

 珍しく声を潜めているのは、彼もこの雰囲気があまりいいものではないと気付いているからだろう。

 どこからともなく感じる、窓越しからのいくつもの視線。好奇な想いで向けているのかと思ったが、神経を研ぎ済まして感じとれば、それは違うとわかった。

 余所者が入ってきたことに対しての警戒心。何か妙なことでも起こせば、即座に風の刃でも突きつけられそうだ。

「俺、こういう雰囲気、かなり苦手なんだけど……」

「俺だって好きじゃない。あまり長居するべき場所ではないな。用事が済んだら、すぐに出るぞ」

 フリートの言葉を聞いたトルはしっかり頷いた。

 ロカセナは閑散とした中で開いている店を、目を細めて見ている。彼が熱心に見ているので、何か珍しいものでもあるのかと思い、フリートもつられて視線を向けた。

 売られているのは食料だけでなく、古典柄の布、飾りなどがある。ミスガルム領内では見ない珍しい柄だ。脇にある建物の窓越しからは古い書物も見られる。学者であれば喉から手が出るような希少な本がありそうだ。

 古書店の場所を幾つか脳内に叩き込み、リディスたちを追いかけた。時間があれば店を覗きたいが、村人に睨まれている状況下では、買い物は難しいかもしれない。


 雑多な家の並びを抜け、村の中心部でもある塔の前に到着した。塔の一番上は半球状になっている。周りには塔を囲むようにして多くの家が連なっていた。

 スレイヤは塔から近い、二階建ての家の鍵を開けて入った。室内は調度品などあまり置かれていなく、全体的に簡素な印象を受ける。

 食事をする机の周りには椅子が四脚、そして脇には二人並んで座れるソファーが二つ置いてあった。

 フリートはそのまま立っていようと思ったが、スレイヤに促されて椅子に座らされる。その隣にリディスが、フリートの目の前にルーズニルが座り、他の人たちはソファーに腰をかけた。

 スレイヤは紅茶を注いだカップをそれぞれの前に置く。それを終えると彼女も椅子に座り、目の前にいるリディスに視線を向けた。

「それでリディス、話を最初に戻すけれど、どうして兄さんと一緒に行動しているのかしら。そして随分と同行者が多いのはなぜかしら」

 フリート、ロカセナ、メリッグ、そしてトルへと視線が移動していく。

 まずリディスは順番にフリートたちの名前と素性を説明した。頷いて聞きながら、顔と名前をスレイヤは一致させた。そしてリディスは続けて、旅の経緯を非常に簡潔に説明する。

「ルーズニルさんのお手伝いという立場で、この村に来ました。私、ちょっとした事情によりミスガルム城でお世話になっており、そこでルーズニルさんと出会いまして……」

「もう少し詳しく言ってくれると嬉しいんだけど。兄さんからの手紙も、長文だった割には内容が薄かった」

 スレイヤは机の上にある本を開き、そこに挟んであった一通の手紙の中身を取り出した。ざっと目を通すと、彼女の言うとおり世間話が大半の内容で、大事なことといえば『そちらの魔宝珠を見に行く』程度だろう。

「もしスレイヤの手元に着く前に紛失したら面倒だからさ。とにかくミーミル村に行くから、という風に解釈してくれればよかっただけ」

「そう解釈したから門まで様子を見に行ったんじゃない。――それで本当の目的は? 村人たちに聞かれたくないことなんでしょう」

 前かがみで声を潜めて聞いてきた。手紙やほんの僅かなやりとりから、瞬時に必要な情報を取捨選択し、それを踏まえた上で核心を突いた言葉を放つ。髪の色だけでなく、考え方や手法もルーズニルとよく似ていた。

「スレイヤ、目的と言ってもたいしたことではないよ。村長に会うことと、風の魔宝珠から欠片を採りたいってことだけ」

「今の村の状況を知っていて、随分難しいことをそう軽々と……。残念ながら村の厄介さは兄さんが以前戻ってきた時と変わっていないわよ」

 スレイヤは呆れた顔で兄を眺めた。ルーズニルは腕を組みながら溜息を吐く。

「やっぱり難しいか……」

「あの、ルーズニルさん、スレイヤ姉さん」

 リディスが二人の会話に入り込むように、溜まらず手を挙げた。

「すみませんが、話の筋が見えないのですが……。この地にある欠片を入手することはたしかに手間取るでしょうが、村長さんに他の欠片を渡すのは、そんなに難しいことなんですか?」

 ルーズニルとスレイヤは顔を見合わせると、二人とも眉間にしわをよせて俯く。

 しばらくしてから、スレイヤは顔を上げた。

「そういえばミーミル村についての説明がまだだったわね。――近年、この村が余所者をほとんど寄せ付けない、偏屈な村になったという話は聞いたことがある?」

「はい、風の噂で少しは。実際に門の前でもだいぶ渋られました」

「たとえ入れたとしても、村人たちは余所者に対してあまりいい顔をしない。村長なんて、その典型。兄さんがここの出身であるにも関わらず、最近は出たり入ったりしているという理由で、わずらわしそうに見ているのよ」

「じゃあ、もし私たちが会いたいと言っても……」

「それ相応の段取りがなければ無理だわ。いい、リディス、入れただけでも奇跡と思いなさい。――それともう一つの目的、欠片の入手だけど……、まずこの村では風の精霊を何よりも大切にしている。どこかにいると言われている女神を偶像化して、崇拝までしているほどよ。以前、私が半島中を回っていた頃に気づいたけど、ここまで極端に精霊を崇めているのはこの領くらい。他の領では精霊の加護は有難い程度のものだったわ」

 紅茶を一口含ませて、肩をすくめる。

「女神が宿っていると言われている風の魔宝珠。それに傷を付けるなんて誰が許すかしら。村人総出で止められるでしょうね」

「そんな……」

 ミスガルム国王がなぜ欠片を求めるのかはわからない。しかし頼まれたのだから、四大元素の魔宝珠の欠片は、どうしても入手しなければならない。


 所詮欠片、されど欠片――。


 予想以上の難題を突きつけられたようだ。

 愕然としているリディスを見つつ、フリートは話を聞いて考えていたことを口にした。

「スレイヤさん、いくつか質問をしてもよろしいですか?」

「私が答えられる内容であれば」

「ありがとうございます。まず確認ですが、この村に四大元素の源の一つである風の魔宝珠はあるのですね?」

「あるわ」

「火の魔宝珠は他の領民が触れると炎が舞い上がるのですが、風の魔宝珠はどうなんですか?」

 ムスヘイム領で衝突したガルザ、そして船上で遭遇したモンスターたちは、いずれも四大元素の魔宝珠を狙っていた。つまり今後、この地にある風の魔宝珠も狙ってくる可能性は高い。万が一村の結界を突破されて、辿り着かれた場合、触れたらどうなるか知りたかったのだ。

 スレイヤは目を逸らし、紅茶が入っているカップに視線を落とした。重々しい声でぽつりと呟く。

「……火と同様に触れる人を選ぶ。それも……より限定的に」

 スレイヤはその言葉を断ち切るかのように立ち上がり、一同を見渡した。

「欠片については後で考えましょう。今はお腹を満たす方が先決よ。腹が減っては、戦は出来ぬと言うでしょう。ただ、二、三人ならどうにか賄える量はあるけど、この人数じゃ明らかに食料が足りないのよね」

「そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ、スレイヤ姉さん。私たち外で食べて、適当に宿でも借りますから」

 腰を上げて籠を手に取ったスレイヤに向かって、リディスは慌てて呼びかける。だが彼女は首を横に振った。

「だから言ったでしょう。この村は余所者が出歩くには風当たりが強すぎるって。用がないのなら家から出ない方が賢明よ。部屋はあるから、この人数を寝泊まりさせるくらいはできる。――ねえ、リディス、一人で突っ走らないで、少しは人に頼りなさいって何度も言ったわよね?」

 腰に手をあてて、スレイヤは弟子に向かって言い放った。言われたリディスは、視線を下げて椅子に座り込む。一人で無茶をする行動は昔から変わらないようだ。

「これから買い物に行ってくるわ。荷物が持ちきれないだろうから……」

 スレイヤの目線がフリートの方に向く。

「君、買い物に付き合ってくれる?」

「俺が、ですか?」

 決して愛想は良くないと、フリートは自覚している。こういう場ならロカセナの方が適任だと思う。

 スレイヤはフリートの全身を一通り見ると、嬉しそうに頷いた。

「なるべく村に溶け込める人がいいの。リディスの金髪や彼の銀髪なんて、この村ではほとんど見ない。黒髪は村でもわりと見かける色だし、そのマントの代わりに、旅人が羽織るような全身を覆えるマントを使えば、そうそう余所者だとわからないわ」

 スレイヤは出口ではなく、奥の部屋へ入っていった。しばらくすると焦げ茶色のマントを持って現れ、フリートに差し出した。

 フリートは城から支給され、しっかりした生地でできたマントを折り畳み、受け取ったマントを軽々と羽織る。不意に辺りを見渡すと、皆の目が点になっていた。

「なんだ、おかしいところでもあるのか?」

「おかしいというか、なんと言うのかなあ……」

 相棒であるロカセナが口籠もる。そして言葉を選んで、再度口を開いた。

「似合っているなって。眉間にしわが寄っているから、どこかの苦学生みたいな雰囲気が漂っているよ。眼鏡をかけたら、さらにいいんじゃないかな?」

 顔がひきつるのを我慢していたロカセナを睨み返す。隣にいたトルは視線を逸らして、吹き出していた。

 怒鳴り散らして、トルの頭を殴りたい衝動に駆られたが、騒がして周りの家に目を付けられたくはない。

 息を吐き出して心を落ち着かせながら、やりとりを微笑んで見ているスレイヤに歩み寄った。

「行くなら、早く行きましょう」

「あら、眼鏡はかけないの? 兄さんの昔の眼鏡ならあるわよ」

「結構です!」

 きっぱりと言い放ち、フリートはスレイヤを先に立たして、商店街へ繰り出した。


 先ほどの道中で顔が割れているかと思ったが、杞憂のようだった。フリートの存在を気にする人はおらず、村人たちはスレイヤに軽く挨拶をして通り過ぎていく。それを彼女は微笑を浮かべて返している。まるでリディスだけでなく、村人たちにとっても姉や母であるかのような存在だと感じられた。

「意外と大丈夫なんですね」

 全身を包み込めるマントで羽織っているため、腰から下げているショートソードは見えない。

「人が他者を判断するきっかけは、見た目からっていうことが多いわ。不思議なもので、見た目が自分たちと似ていれば、受け入れやすくなるものなのよ」

 前方から姉妹らしき少女が二人駆け寄ってきた。彼女たちを見て、スレイヤは柔和な笑みを浮かべる。

 腰を屈めて視線を合わせると、息が上がった少女たちは元気に挨拶をしてきた。

「こんにちは、スレイヤさま!」

「こんにちは!」

「さっきお花摘みをしていて、綺麗だったから、スレイヤさまにもあげようと思って」

「スレイヤさまに、あげるの!」

 姉に続き妹が無邪気に言葉を繰り返し、籠に入っていた花を何本か渡した。それを丁重に受け取る。

「ありがとう、二人とも。とても綺麗なお花ね。家に帰ったら飾らしてもらうわ」

「またお話してくださいね、スレイヤさまが見た外の世界のことを!」

「おはなし、おはなし!」

「ええ、また時間がある時にね」

 二人の頭を優しく撫でると、姉妹は笑顔で見合わす。そして軽く頭を下げてから、背を向けて駆けていった。

 そんな二人を愛おしそうにスレイヤは眺め続けた。

「――子供の頃の純粋さっていいわよね」

「そうですね」

 スレイヤがフリートに顔を向けると、哀愁漂う表情をしていた。一本に結った亜麻色の髪が風に揺れる。

「リディスはまだ真っ直ぐな想いを持って、生きているのかしら?」

「……良い意味で純粋だと思います。自分の信念を真っ直ぐ貫くくらいに」

「そう、ならよかった。私のようにはならないで欲しいわ」

 彼女はぽつりと呟いて歩き出す。フリートも後ろからそっと追いかける。

「私ね、あのが町長の娘だからという理由で、友達付き合いが上手くいかなくて塞ぎ込んでいる様子や、町の外に恋い焦がれ始めた時期を見ているの。とても心配で何度も相談にのって、たくさん話をした。槍術の稽古を通じて、知り合いを多く作るようにさせた。そしてあの娘が努力したおかげで、人付き合いは改善されたわ。でも外に出るのはまだだった――」

 スレイヤは肩越しから静かに呟く。

「君たちが外に連れ出してくれたのよね。ありがとう。久々に会えたリディスが自由に伸び伸びと過ごしていると知れて、私としても嬉しかったわ」

 向けられたのは無理して作っている笑顔。見ていて逆にこちらが苦しくなった。彼女はリディスにも言えない何かを背負っている。そしてそれが足枷となって生きている。そう感じざるを得ない雰囲気だった。

 商店街では殺伐とした視線を終始感じることなく、滞りなく買い物ができた。

 ただ、スレイヤに対して挨拶をする村人たちが、腰を低くしているのが気になる。老若男女問わずだ。

 首を傾げながら、紙袋に入れた野菜を抱えてフリートは黙々と歩いていると、一人の黒髪の青年が視界に入った。村人と違和感がないように着ている服は合わせているが、纏っている空気が違う。

 不思議に思ってその人物の顔を見ると、思わず立ち尽くした。

 青年は若干煙たい目で見られながらも、店の商品を物色している。見終わったのか、次の店へと移動する最中にフリートの横を通り過ぎた。慌てて振り返ったが、青年の背中は雑踏に紛れてすぐに見えなくなった。

 紙袋を抱えていた手に力が入る。手のひらを見れば汗ばんでいた。

(どうしてあいつがいるんだ、ここに。この村の者じゃないだろ)

 久しく見なかった青年。いや意図して会おうとしていなかった青年の出現に、フリートの脳内は混乱する。

 五年くらい前までは、表面上の付き合いで彼とたまに会ったが、騎士見習いでの修行も忙しくなり、彼も仕事に没頭するようになってからは、連絡を取らなくなっていた。

(兄貴……親父と一緒に家にいるんじゃなかったのかよ)

 苦々しい思い出がある家族に対して、フリートは心の中で悪態を吐いた。


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