閉ざされた知識人の村(2)
モンスターとの戦闘で余計な時間を取ってしまったが、朝から歩き続けたことで、陽が暮れる頃にはフリートたちの視界には塔のようなものが入っていた。柵で囲まれているため、この場からでは塔以外の建物は見えないが、おそらくあそこが目的としている村だろう。
ミーミル村――別名“知識人の村”と呼ばれるそこは、学者なら一度は訪れたい場所と言われている。
もともと何もない小高い丘だったが、ある学者がそこの土を採掘した際に、効力が無くなった魔宝珠が埋められていたのを発見。本来なら魔宝珠は樹に返すべきものなのに、なぜここに埋まっているのか――という理由で調査が開始されたのだ。
それからしばらくしてレーラズの樹が消えてしまったのが、今から五十年前の出来事である。
以後はもっぱら樹が消えたことに関して調べている風潮があった。調査内容としては、魔宝珠、モンスター、そして還術に関することが全体の中で大きな割合を占めている。樹自体については、存在していないためか調査は進んでいないようだ。
還術について深く知りたい者にとっては、ここに辿り着くのはある意味必然かもしれない。
船で散々話を聞いていたのに、今でも懲りずにルーズニルから熱心に話を聞いているリディスの姿をフリートは見て、改めて感心していた。
城にいる時もよく図書室に通い、調べていたという話を聞いて、彼女は知識に貪欲な人間だと察している。その姿勢を騎士見習いや騎士の一部など、なんとなく毎日を過ごしている彼らにも見習って欲しいものだ。
フリートもかつては知識を重視している時期があったが、今では実地での行動に重点を置きつつある。
(知識がいくらあっても、誰も助けられない――)
フリートは無意識に手を力強く握りしめる。はっとして手を広げると、くっきりと爪の跡が残っていた。
道に沿って進むと、ミーミル村の入り口に辿り着いた。モンスターが多数いる領と言われているわりには、村を囲んでいる柵は脆そうだ。あまり高さがない木質の柵であり、強固なものとは言いにくい。
だが、よく見れば半歩程度の間隔で結宝珠が柵の上に乗っていた。これだけの量の結宝珠があれば、そう簡単に結界が破れるものではない。かなりの労力を有して集め、置いたのだろう。
入り口の門は固く閉ざされていた。その前にはひょろ長い背の男が棒切れを持って立っている。門番としては頼りない男にルーズニルが近づくと、棒切れを突き出してきた。
「何者だ」
「こんにちは、私の名はルーズニル・ヴァフス。この村にいる家族を訪ねに来ました。通して頂けませんか?」
「そのようなことを言う
「おかしいな、事前に手紙を送ったけど届いていないのかな。それに僕の名前を言えば、一応通してくれるはずだけど……村の出身者だから」
ぼそっと呟くと、男が眉をひそめる。
「何をぼそぼそ言っている! 村に何か知識を提供するのなら、通すのを考えてもいい。さあ、どうする?」
棒切れを強く出しているが、これといって恐ろしさは感じられない。男の様子や手元を見る限りでも、彼は門番としては力量不足に見える。しかし彼には迂闊に手を出してはいけない、とフリートの直感はいっていた。
それに気付かない血気盛んなトルが、武器に手を付けようとしていた。
「君、余計なことはしないで」
気配を察したルーズニルはトルをちらりと見て囁いた。
「――
そう言うと、ざわりと風が吹いた。リディスは金色の髪を軽く手で押さえる。
それでようやくわかった。門番の男の周りには精霊がおり、それが彼らを薄い風の膜で覆っているということを。
「ミーミル村は“知識人の村”っていう呼称が有名だけれど、精霊使いからはこうも言われているわ、“風に護られし村”と。気を付けなさい、この村の出身者はほとんどの人間が風の精霊を召喚できるわよ」
メリッグは腕を組んで一同を眺めた。ルーズニルが忠告していなかったら、彼女はトルが風の精霊にやられるのを静かに見ていたのかもしれない。
「ルーズニルさん、どうしますか?」
リディスが心配そうな表情で後ろから尋ねた。ルーズニルは眼鏡の位置を直して、左手を顎に添える。
「事情がわかっている人に交代してくれれば、話は早いんだけど……。少し時間でも置いて、また来ようか」
「そうですか、わかり――」
リディスが言いかけている途中で、固く閉ざされた門が音を立てて若干開いた。何事かと思った門番は慌てて中を覗き込むと、誰かが門の傍にいたのか、話をし始める。時に首を横に振ったりするが、やがて渋々と縦に振った。
そしてルーズニルたちに向き直ると、視線を地面に向け、口を尖らせて言葉を発する。
「そこにいるお方が、お前らを中に入れていいとおっしゃった。これは特例だ。有り難く思え」
門番は横にずれ、ミーミル村へ通じる道を開けてくれた。突然の態度の変わりように訝しく思いながらも、門に近づいていく。彼から出ていた、突き刺さるような殺気は薄れていた。
ルーズニルが門に手をかけて手前に引く。次第に露わになってくる村の全貌。扉の奥には籠を抱えている一人の女性が静かに佇んでいた。
彼女は腰のあたりまで伸びている、亜麻色の長い髪を高い位置から結んでいる。ゆったりとした服装で穏やかに微笑む姿は、どことなく母を連想するような雰囲気があった。
そんな彼女にルーズニルは軽く手を振って近づいていく。
「やあ、元気だったかい?」
「ごめんなさい、新人の門番に言伝するのを忘れていて。まだ彼には兄さんの偉大さが知らないようね」
「偉大だなんて、そんなお世辞を誰が言ったんだ」
「お城でも相当重宝されている人材だって聞いたわ。我ら知識人の村の出身者が、そこで活躍することは願ってもないことよ」
二人で笑って再会を楽しんでいる。見た瞬間、誰かに似ていると思ったが、ルーズニルの妹だとわかると、すんなり納得した。
一方、フリートの隣にいたリディスは目を丸くしてルーズニルの妹を見つめている。そして歩きながら、一言、一言しっかり口を開いた。
「スレイヤ……姉さん?」
ルーズニルと話をしていた女性はリディスを見るなり、目を大きく見開き、口を手で押さえた。
「あら、もしかしてリディス? シュリッセル町のリディス?」
「そうです、リディスです! スレイヤ姉さん、お久しぶりです!」
ぱっと花が開いたかのような表情で、リディスは兄を差し置いて、スレイヤに抱きついた。スレイヤは彼女の頭を愛おしそうに撫でる。
「びっくりしたわ。どうしてリディスが兄さんと一緒に行動しているの?」
「驚いたのはこちらの方です。こんなところで再会するなんて。ここ最近手紙を送っても返してくれなかったじゃないですか!」
スレイヤは罰が悪そうな顔をした。ゆっくりとリディスを引き離す。
「ごめんなさい……、ちょっと立て込んでいたことがあって。最近なのよ、落ち着いたのは」
そう言うと、スレイヤはほんの少しだけ憂いが入った表情をした。会話が止まり、沈黙が続く。その間に銀髪の青年が近づいた。
「ねえ、リディスちゃん、スレイヤさんとはどういう関係なの?」
見守っていたロカセナが口を開くと、リディスは忘れていたと言わんばかりの表情をしてから説明する。
「私に槍術を教えてくれた人よ。スレイヤ姉さんが旅している時にシュリッセル町を訪れて、知り合ったの。町を拠点としてしばらく動くと言ったから、宿代わりに屋敷へ招待したのよ。時間があるときには、私だけでなく町の人にも槍術を教えてくれたわ」
「槍術の基本はスレイヤさんから、その後に還術の仕方をファヴニールさんから教えてもらっていたんだね」
「そういうことになるね」
リディスは再びスレイヤに向き直ると、柔らかな表情をした。
「お元気そうで何よりです、スレイヤ姉さん」
「ありがとう。リディスも元気そうね。――皆さん、お疲れでしょうから、まずは私たちの家に行きましょう。そこで詳しい話は伺います」
スレイヤは軽く村の中心部を一瞥してから、歩き出した。
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