光を頼りに進む道(3)
路地裏という狭い空間では、リディスが使っているスピアのような長い武器は扱いにくい。だが持ち手の部分の長さを調節することで、短所は現れないように気を付けた。
相手は前に一人、後ろに三人。本当ならば全員を一蹴したいが、それでは時間がかかりすぎる。表通りに出て助けを呼ぶのが、最善だろう。
目の前にいる火傷の跡がある男相手に突きを入れて、後ろに下がらせる。男はにやけた顔をまだしており、それが癪に障った。
「町長の娘が貴族らしくないと聞いていたが、本当なんだな。生きのいい女は好きだぜ」
男は下がるのをやめると、リディスが彼の脇腹めがけて突いたスピアを掴んだ。
はっとして顔を上げると、最上級のにやけた顔で見下ろされる。
「遠慮するなよ。俺のこと、もっとチクチク刺しても構わなかったんだぜ。変に気を使って、あとで後悔しても知らないぞ」
スピアが勢いよく男側に引っ張られる。力では敵わない、そう悟りスピアを魔宝珠に戻す。引きずり込まれるという展開は避けられたが、状況が悪化したのには変わりない。
男は掴む物がなくなったため、つまらなさそうな顔をしていた。だがリディスが先ほどよりも近づいていると気付くと、歯を見せながらにやりとした。前歯が一本なくなっており、その部分は空洞だった。
「さて、あまり長居すると、連れが現れそうだからな。早めに切り上げるか。お前ら、早く娘を捕まえろ」
声の調子が下がると、後ろから男たちが一気に駆け寄ってきた。横幅が狭いため三人横に並んでは来ないが、その分縦に長い。彼らの頭上を飛び上がってかわし切るのは難しいだろう。
リディスは短剣を引き抜き、火傷の跡がある男の方に強行突破を試みる。
威嚇で短剣を振ると、数歩下がられた。そこにできた僅かな隙間を通り抜けようとする。
だが、追ってくる三人の男たちにほんの少し気を取られていた隙に、男の拳がリディスの腹に入り込んだ。為す術もなく、近くの壁に激しくぶつかる。
「……っ痛!」
「ちょこまかするやつには、まずは動きを封じることが先決だよな。お嬢ちゃん、俺たちを舐めては困る」
四人は横たわっているリディスを囲みながら、近寄ってくる。
彼らの存在は詰め所で見た張り紙からも知っていた。強姦や強盗を中心として、シュリッセル町を荒らしている一団だ。意外に頭は回り、尻尾を掴まれることなく逃走されている。
おそらくリディスを狙ったのは身代金目当て。しかし彼らの考えからすると、リディスの体に何もせずに終わることはないだろう。自身に迫る恐怖が、少しずつリディスの精神を蝕んでいく。
起き上がろうとするが、思った以上に拳を深く入れられたため、少しでも動くと激痛が走る。
「綺麗な体が俺は好きだ。あまり抵抗しないでくれよ」
「誰が大人しく――」
リディスが睨んでいると、男が急に右に吹っ飛んで壁にぶち当たった。呆気に取られて男がいた場所を見ると、非常に不機嫌そうなフリートと頭を抱えているロカセナの姿があった。
リディスを見るなり、フリートは声を張り上げる。
「お前、自分の立場がわかっていないのか! こんなところに女一人で来るか!」
「わかっているわよ。でも、つい目の前に現れた男の子が気になって……」
「罠だって気付け。還術士である前にお前は女だ、気をつけろ! ……とりあえず説教はまた後だ」
フリートは鋭い視線をリディスから男たちに向ける。彼の威圧に圧倒されたのか、今にも泣きそうな顔をしている情けない男たちに成り果てていた。
「お前ら、指名手配犯だな。遠慮はしない、覚悟しろ」
骨を鳴らして、剣を出さず、拳のみで突っ込んできたフリートに、男たちは脅えつつもナイフを取り出した。それを振り回しながら牽制しようとする。
吹っ飛ばされた火傷の男も立ち上がり、刃の部分がギザギザしている、非常に鋭利な大型ナイフを向けていた。
しかし、それを見てもフリートは止まることはなかった。
男たちに近づき、彼らの腕に蹴りを入れる。男たちが痛みの影響で手元が緩んだ隙に、ナイフを叩き落とし、次々と拳を入れていった。火傷の男には、横から首に一蹴り入れると、呆気なく伸びてしまった。
一方的な攻防を見て、リディスは開いた口が塞がらない。ロカセナは大きく溜息を吐いていた。
「ねえ、フリート、どこか怒っていない?」
「正義感が強すぎて、犯罪者相手にはきついんだ。まあ後でその怒りの矛先はリディスちゃんにも向かうから」
「それは勘弁してよ……」
「フリートの言うことももっともだよ。今回は僕たちがすぐに気づいたから良かったけど、普通なら女性にとっては最悪の展開になるよ。表通りから目立ちにくい路地裏では、口さえ塞いでしまえば怖いものはないし」
「……ごめんなさい」
フリートとは違う諭すような言い方で事実を伝えらえると、リディスは身が縮こまる思いがした。自分の愚かさによって腹にできた痣は、しばらく消えることはないだろう。
フリートはリディスを捕らえようとしていたすべての男たちの気を失わせると、ご忠告通り突き刺さる視線をこちらに向けてきた。リディスは視線を地面に向けて、それから逃れようとする。
だが唐突に別の気配を感じた。顔を上げるとフリートと視線が合ったが、彼に構わず目を細めた。
「何かいる……」
ゆっくり立ち上がり路地裏を見渡す。フリートとロカセナはリディスの行動を見て、怪訝な顔をしている。
「おい、追っ手はもういないぞ。警戒する必要は……」
「ちょっと黙って。人間の気配とは違う、もっと別の何か――」
呟いているとリディスの魔宝珠が突然光った。それを手に取り、無意識にショートスピアを召喚した。フリートの眉間にさらにしわが寄る。
「リディス……?」
その言葉を返す前に気配が明確化した。察したフリートたちは、瞬時に警戒して振り返る。一匹の真っ黒い狼型のモンスターが歩いていた。人を簡単に噛み切れそうな鋭い前歯が目に付く。
それは軽く助走を付けた後に、リディスたちに飛びかかってきた。フリートが常備しているショートソードを振るが、軽々とかわされる。
「この……!」
逆側に降り立ったモンスターを見ながらフリートは舌打ちした。間髪置かずに、モンスターはリディスたちを襲い始めた。攻撃態勢ができていない状態では、まともに反撃もできず、かわすだけしかできない。
「動きが速い。武器を召喚する前に攻撃される」
忌々しくフリートが吐く言葉を聞いて、リディスは唾を飲み込んだ。つまり今の状態ですぐさま還すことができるのは、スピアを持っているリディスだけ。だが還せば、あの時の恐ろしい光景が蘇るかもしれない。
スピアを握る力が強くなる。顔が強張っていく。
先陣をきらなければならないのに、何を躊躇っているのだろうか。
ロカセナもショートソードを抜き、襲ってくるモンスターに対して二人で牽制している。
さすがに騎士とあって、かわしつつも軽く攻撃を仕掛けていた。しかし深手を負わすことはできず、相手の体力は減らせていない。
還術印が施されていない武器でモンスターに攻撃しても、一般的にその威力は弱いと言われている。還術印を施されたスピアを持っているリディスが攻撃することが一番効率はいいはずだが、フリートは一切そのような言葉は出してこなかった。ロカセナがフリートの傍に近寄る。
「フリート、僕が引きつけるから、その間に武器を召喚して」
「そういう前に出る役は俺が適役だろう。お前がサーベルを召喚しろ」
「いや、召喚する時間を考慮すると、僕じゃ遅すぎる。生身の剣で相手をするのは気が引けるけど、訓練していることだし大丈夫」
飄々としているがロカセナの肩に若干力が入っていた。一人で間合いを詰め、モンスターを引きつけようとする。
不意にモンスターがリディスたちとは逆方向に顔を向けた。そして体ごと振り返ろうとする。
その先には表通り――シュリッセル町の人たちが大勢いる場所が広がっていた。
『還術士というのは、ただなりたいと思っているだけではなれない』
昔聞いた言葉が脳裏をよぎる。
『なりたくてもなれない人は大勢いる。そして嫌々とならされてしまう人もいる。だが、なりたくてなった人は幸運だ。――リディス、お前もだ』
リディスはスピアを握り直して、ロカセナを追い抜いて、モンスターに向かって駆け出す。
後ろから怒鳴り声が聞こえるが、今は真正面にいる相手に集中する。
『還術印を今から施す。リディスの胸の内に秘めている想いが、いつまでも続くことを願いながら』
モンスターが迫ってきた相手に攻撃対象を変更すると、軽やかに飛び上がった。その動きを見極め、集中しながら下から上にスピアを突き刺す。かすったのかモンスターの血が若干地面に飛び散った。
なぜだろうか、いつもより切っ先の光り具合が激しい気がする。還術印を施した武器で攻撃した場合、浄化の意味も含めて光を発するが、今回は少し大きいようだ。
モンスターもかすっただけにも関わらず、動きが目に見えて悪くなっていた。再び襲ってくるのをリディスは正面から受け構える。肩の力が抜け、いつも以上に冷静にモンスターの様子を見ることができた。
「魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ」
囁くような言葉はリディスにしか聞こえない。噛みつこうとしてきたモンスターに向けて、スピアを構えた。
「――生まれしすべてものよ、在るべき処へ――」
切っ先とモンスターが触れた瞬間、激しい光が発生する。
「還れ!」
還術と同時に不幸にも予測は的中し、リディスの脳内に誰かの悲鳴と生々しい映像が浮かび上がる。頭が割れるような甲高い声に、逆らうことはできない。
目の前のモンスターが黒い霧となって消え始めているのを辛うじて目で確認して、その場に倒れ込む。
だが予めわかっていたフリートは、傍に駆け寄り、リディスを受け止めた。
「お前な、自分に負担がかかるとわかっていて、やる馬鹿がいるか」
「還術士は……目の前のモンスターを還さなくちゃ、存在する意味がないでしょう」
あえて自分に対して厳しい内容を呟いてみる。それを聞いたフリートは不意を突かれたような顔をしていた。
安堵の息を吐いていると、手を叩く音が聞こえてくる。ロカセナがいる方からではなく、逆側の、モンスターが向かおうとした表通りから、人が裏路地に踏み入れてきた。リディスを支えるフリートの手に力が入る。
映像は消えたが、まだ胸のざわめきは収まらず、うっすら目を開けることしかできない。近寄ってくる人物は背が大きく、ぼさぼさの焦げ茶色の短髪の男性のようだ。
「いやあ、俺でも動きを封じるのに手を焼いた相手を、まさか弟子によって還されるとは思ってもいなかった」
声を聞いて、はっと目を見開く。リディスにとって半年ぶりに聞く渋みのある声の主は、使い古されたマントを羽織っている四十近い男性だった。
「リディス、ああいう相手に果敢に挑むのはいいが、今のお前の力量じゃ還術する際に集中力もかなり使うし、体力的にもきついだろう。よく還したが、まだまだ修行が必要だな」
「誉めているのか、けなしているのか、はっきりしてください。ファヴニール先生」
苦笑いをしながらその名前を発すると、フリートが唾を飲み込んだ音が聞こえた。彼は探るような目でファヴニールを見る。
「貴方が還術士のファヴニール・ヨセフスですか?」
「……ファヴニール・ヨセフスは俺のことだが、どうした?」
「初めまして、ミスガルム城の者です。貴方を再び城に迎え入れたく、探しておりました」
それを聞いたファヴニールは目を細めて、リディスを抱えたまま膝を付いているフリートを見下ろした。
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