地下迷宮 ⑥


「さて。皆無事に揃ったようで何よりだ」

「あ、ホークさん。口に血が付いてるよ」

 そう言いつつ、ポーチからハンカチを取り出し渡すことり。

 せっかくホークがかっこよくまとめていたのに。出鼻を挫かれたホークが怒るぞ。


「あ、ありがとう。ウェヒ、ヒヒヒ」

「いえいえ」

「……」

 笑い方まで気持ち悪くなってきてしまった。もう手遅れなのかもしれないな。

 嘴の右側をサッと拭いて、キリっと顔を持ちなおし、喋りだす。


「皆も感じているだろうが、恐らくここはダンジョンだろう」

「アニキ、聞きました? ホークの野郎、高所恐怖症らしいっすよ」

「ガハハッ!! それマジかよ! あいつ鳥獣人だろ!?」

「笑えるっすよね」

「……おいこら」

 ホークの対角線上、わざと聞こえるようにチューさんとギューさんが話している。


「……すっかりいじられ役になってるな、あいつ」

「ふふっ。まあ、やりすぎない程度なら別にいいよね。面白いし」

 確かに。加えて言うなら、傍観者ポジションってのは気苦労がなくていい。純粋に楽しめる。かなりあくどいが。


「ん、んんっ!! おい、お前らちゃんと聞いてくれ」

「あれ? 聞こえてたみたいっすよ」

「こりゃすまねえなホーク!」

「いいから……一応、俺はこのパーティのリーダーなんだからな。まとめぐらいやらせてくれよぉ……」

 とうとう懇願し始めたホークに、さすがのギューさんたちもやれやれ、といった様子で話を聞く態勢を整え始めた。


「クルゥア」

 暇を持て余して、俺の膝に頭を置いていたシロも、ようやくかといった風に声を上げる。

 耳を触ってやる。ほぐすようにこねると、喜ぶのだ。俺以外がやると怒るけど。


「フグルゥ」

「……」

 一人、支柱に背を預け立っていたターニャさんも、耳をこちらに傾け始めたようだ。


 場が整い、視線がホークに集まった。

 それを受け止めて、ホークは語りだす。


「よし。いいか、あの扉の向こうにはダンジョンの主がいる」

「ダンジョンの主?」

 ことりが素っ頓狂な声を上げる。

 主……まあ、ボスみたいなものか。ゲーム好きだった俺からしたら馴染み深い概念だ。確かに、あの扉から感じる空気は重い。圧を感じるのだ。


「ああ。ダンジョンには必ず、『核』を守るために強力な魔物が生まれる。そいつを倒して晴れてダンジョン突破。報酬も得られるって話なんだが……」

「なんか問題でもあるのか? どうせ、行かなきゃ出られないんだろ?」

 言葉詰まるのはなぜだ。


「いや、多分探せば出口はありやす」

「え?」

「ああ。チューの言う通り、ダンジョンには必ず出入口が二か所以上存在する。入口、そして財宝部屋に出口。もちろん、複数個あるダンジョンもあるがな」

「ふーん……」

 なるほど。つまり、ダンジョンの主を倒さなくても、ここから脱出する方法はあるんだな。

 ただ、それがどこに存在するか今のところ分かってない。今からこの三つの道を戻っていけば、出入口が出現してるかもしれないが。


「つまり、ここで退くか進むかって話か」

「ああ。俺たちはデザートウィッパーを討伐しに来てたわけだからな。このダンジョンも偶然発見しただけにすぎない。ダンジョンの位置をギルドに報告するだけでも、かなりの報酬を貰えるからな。俺がリーダーとは言え、ここは即席のパーティだから……皆の意見を聞きたい」


 そう言って、ホークは皆を見渡した。

 すぐに回答を提示できるものはいないようだ。ターニャさんは我関せずといった様子だが。皆に任せるってところか。


「シロ、お前はどうしたい?」

 膝に乗っかる白い毛の頭部を撫でながら問う。


「お兄ちゃん、シロに聞いても分かんないでしょ」

「そうか? シロは賢いからな。もしかしたら、言葉を理解してるんじゃないかって思ってるんだが」

「カゥ」

 シロが声を上げる。こちらの目を見つめてきている。


「進みたいか?」

「グルゥ」

 右手を上げた。


「……ほらな?」

「シロ、言葉分かるの?」

「ガゥゥ」

 明確な返事をしている。


「私のこと好き?」

「……グゥ」

 少し間があったが、頷いた。


「え、すごい! シロ、えらいぞぉ~!」

「…………カゥ」

 隣から手を伸ばしてきて、シロを撫でまわす。

 それを若干不服そうにしながら、受け入れている。

 

「まあ、シロは進むのに一票ってことだな」

「ん~。私はどっちだろ……進むのはちょっと怖い気もするけど……お兄ちゃん、なんかさ、感じない? ここで戻っても意味ないみたいな雰囲気」

「お前もか。俺も今考えてたところなんだが……」

 ダンジョンに入るときに人を振り分け、各々に試練を与えて。運動能力、機転、戦闘力。それぞれを問うて来たこのダンジョン。

 今更、引くことが許されるのか、と言われればそうじゃない気がする。それになんだろう……それぞれがやってきた三つの道、今までは魔力が流れていたが、ホークらと合流してからは一切の流れを感じない。


 恐らく、戻る道は機能停止している気がする。


「ま、ちょっくら覗いてみるか……」

 シロの頭を二度、軽く叩く。頭が浮いてどいたので、立ち上がる。


「お兄ちゃん?」

「ラード? どうしたんだ?」

 突然立ち上がった俺に、ことりとホークが疑問の声を投げかけてくる。


「来た道を一回見てみようと思ってな。まあ、俺の勘だが……恐らく、もう進むしか選択肢はないと思うぞ?」

「どういうことだ?」

 ホークの言葉には返事をせず、適当に俺とことりがやってきた松明ロードに向かう。

 見ると、松明の明かりは消えていた。まあ、このだだっ広い空間の明かりが少し入っているので、問題はない。


 先に進む。やがて、行き止まりとなった。


「やっぱな……」

 砂岩の壁。来た時に開けたものが、閉じている。

 魔力を伸ばして、壁の奥へと伸ばそうとするが……砂、砂。この壁の向こうには、もう何も存在していない。


 道が、消えている。


「ダンジョンには出入口が二つ以上存在する……か」

 それを前提条件とするなら、もはやここはダンジョンではないのかもしれないな。

 他の道も同じように閉じているだろう。確かめるまでもない。


 体を翻して、広場に戻る。


「ラードのアニキ、何か分かったんですかい?」

「ああ。道が閉じていた」

「ええっ!?」

「うん、やっぱりそうだよね」

「やっぱり? ことりちゃんも分かってたのか?」

 ホークが問いかける。


「うん。魔力が流れてないの。今まで来た道は全部、このダンジョンの魔力が流れてたんだけど……もう、あの大きい扉からしか流れてきてないよ」

「ま、そういうことだ。今までの道は全部閉じてる。チューさんが言ってた、出入口が二つ以上あるってのがダンジョンの条件なら……」

「……なるほどな。まあどの道、皆の意見は進むこと一択だったからな。好都合だ」


 ホークが立ち上がると、他の者も立ち上がる。それぞれが、装備の点検を始める。


 俺は……問題ないな。弩などの小型道具はドルドルの町の拠点に置いてきてしまったから、剣一本と胸を覆うプレートアーマー。籠手と足に当て布のように付けた銀光熊シルバーベアの革。耐熱性を持ったこの外套ぐらいか。


 他の人の装備をちらっと流し見する。


 ギューさんは、両側に刃がついている巨大な戦斧を持っている。縦に立てれば、人の背丈ほどありそうな長物。刃も鋭く、遠目からでもその重さ、破壊力を十分に理解できる。それを持つのが、体躯のいい牛の獣人というのも相性がいい。

 防具は革の全身鎧。道中の戦闘で傷ついてはいるが、問題はなさそうだ。


 トンさんは戦鎚。片方は丸みを帯び、逆側は鋭い角のように尖っている。こちらはギューさんの斧よりも更に大きい。俺では持つことすら難しいかもしれない。先端の攻撃に使用する部位だけで、横幅が俺の肩幅ほどある。

 防具はギューさんと同じ革鎧。しかし、革鎧の利点は機動性の良さにある。その点、トンさん本人の機動性は低いので、若干ミスマッチに感じる。だが、壁役も攻撃役も兼ねられると考えれば、利点か。


 チューさんは大型の弩。大型といっても、ターニャさんが持つような長弓と変わらない。攻城兵器に扱うようなものではない。といっても、あれほどの大きさで一撃に賭けるという弩のコンセプト上、破壊力はすさまじいものがあるだろう。

 チューさんは革の軽防具か。機動性重視。他に、青色や緑色、様々な液体が入った瓶と矢筒を持っている。あれは毒だろう。彼の知識量はすさまじく、多岐にわたる。毒の知識もあるのだろう。


 ホークは剣士だ。C級ソロらしく、機動性も防御力も兼ねるように、体の細部に金属の防具を張り巡らせている。ああいう風に細々と防具を付けるのは、かなり金がかかる。剣は一見、変わっている。柄は普通だが、鍔部分に青色の羽が巻かれている。なんだあれは。ただの装飾ではないはず。刀身は薄緑。見たことのない金属だ。

 今度、聞いてみよう。


 ことりは俺と同じような防具をしているが、より軽量になっている。魔法使いなので、魔石を組み込み魔力効率を上げるローブなどを装備させたかったが、ドルドルの町にはなかった。代わりに、レントの杖を持っている。このパーティでは一番の火力を持っている砲台役だ。ダークエルフの里にて、俺がジヴェルさんと剣の修行をしていた時に、水龍スリューエルの下で魔法を学んでいた期間があり、俺よりも多彩な魔法を扱える。特殊な魔力を持っている半霊の少女。


 ターニャさん。彼女は防具を身に着けていない。今は討伐隊に配布された外套を羽織っているが、その下にはダークエルフの里で使っていた狩りの装備を身に着けている。茶色い革のブーツ。肌にフィットする紺色のタイツのような物の上に、深雪兎や中露羊の毛を使った白とベージュの優しい色合いの厚手のズボン、上半身も同じものを着込んでおり、その中に丸と十字を合わせた模様が入っている。民族衣装のようなもので、里の人たちは皆着ていたものだ。

 彼女が持つ長弓は、一切の飾りっ気のないもので。長く、細く。どこまでもしなる無骨の弓。使われているのは、霊樹の新しい枝だという。あの弓は若干独特で、矢を番えると木が柔らかくなり、そこまで力を込めずとも強力な矢を放つことができる。腰の矢筒から矢を取り、構えて放つ。その動作にかける時間は、1秒前後。加えて、彼女には不思議な力がある。放った矢の軌道を変えるというもの。詳細を聞こうと思ったこともあるが、彼女から語らない限り、聞かないようにしている。


 さらに、ターニャさんのポーチには5個ほど、中級の回復ポーションが入っている。体力の回復に加えて、切り傷なども瞬時に回復する。内蔵の損害など、命に関わるような重傷は治らないが、即効性のある治療手段だ。

 ターニャさんはこの中で最も身体能力が高く、勘もいい。全員に被害が及ぶような攻撃があったとしても、ターニャさんだけは回避できるだろう。ことりも回復魔法を使えるが、ことり本人が怪我をしたときに治せる人がいないとだめなのだ。そういった理由で、ターニャさんが持っている。


 こうして見ると、今はかなりの人数でパーティを組んでるな。7人と1匹。こんな大人数で組んだのは初めてだ。この後の戦闘ではどう立ち回ればいいだろうか。俺は前も後ろもこなせる万能型だが……いざこういう時に迷うな。前衛のバックアップに徹するのがいいか。


 思考していると、皆が顔を上げて見合っている。


「準備は整ったようだな」

「……それで、いきなり全員で突入するのか? 偵察とかできるなら……」

「偵察は難しいっすね」

 チューさんが横から入ってくる。難しい、とはどういうことだろう。


「難しいって?」

「まず、間違いなくこの扉の先にここの主が待ち構えていると思いやす。ただ、今まで攻略されていったダンジョンの中で……一度主の待つ部屋に入ったら、そいつを倒すか……こちらが全滅するまで出られない。そういったダンジョンもあったようですぜ。つまり、偵察目的で戦力を分散して、いざその状況になったら」

「終わり、か。なるほどな……」


 そういったダンジョンもあった。つまり、偵察目的で様子見しても平気なダンジョンもあったということ。ただ、そっちの可能性に賭けて、もし失敗したとき……怖いな。

 というか、今になって恐怖感が。退けないにしても……最悪、全滅。全員が死ぬ、か。


 今まででも、こういった場面はなくはなかったが……ゴブリン洞窟とか。でもあれも、人助けという目的があったから勇気が湧いたが、今回はそういう目的じゃない。半ば成り行きのようなもの。

 覚悟ができてないのだ。


「はぁ……」

 溜息を吐く。しかし、見れば皆、もう既に覚悟を決めたような顔をしている。これだから異世界人は……。


「……」

「ことりは怖くないのか?」

「そりゃ、ちょっとは怖いけど……私、一回死んでるし」

 唯一の仲間だと思っていたやつが、実は一番の裏切り者だった。

 ああ、くそう。草生。色々あったとはいえ、この状況はなんだ。自分の意思で飛び込んだ危険じゃないのに。これが冒険者の運命さだめか。


「まあ、やらなきゃいけねえんだ」

 自分に言い聞かせるように言うと、視界の隅、人影が入ってきた。


「その通りです、お兄さん!」

「女神様、も、もし怖かったら、ここで待ってても、い、いいんだなぁ」

 聞こえてたのか。恥ずかしいな。


「いや? 私もやるよ」

「そ、そうかぁ」

「うん。私、この世界で生きるって決めたの。甘えてちゃ、いけないでしょ?」

「女神様……」

「うむぅ。よ、よく分からないんだでど、安心してほしいんだなぁ。オデがま、守るんだぁ」

「ふふっ。ありがとう、トンさん」

 トンさんがかっこいい。無駄に。

 そのせいか、ギューさんに頭を叩かれている。「てめえがかっこつけてどうするんだ」とか、「俺様を立たせるんだよ!」とか、必死な様子が見える。


 空いた隙間に入るように、一人立つことりに近づいて話しかける。


「でも、本当にいいのか? ここで待っててもいいんだぞ」

「ばか。お荷物扱いしないでって言ったでしょ」

「お荷物扱いっていうかよぉ……」

「お兄ちゃんこそ、本当は怖いくせに。いいの? ここで待ってなくて。愛する妹がお兄ちゃんのために、敵を倒してくるから、ここで待っててもいいんだよ?」

「お、そうか。助かる。俺はここで寝っ転がって待ってるから、頼むわ」

「この人、プライドがない! ダメだ! さすがクソカスノロマゴミニート!」

 軽口をたたいた後、沈黙。分かっていても、やはり怖いものは怖い。軽口では、少しだけ紛れるぐらい。


「行く前に、作戦会議だ。敵は何か分からないが、それでも各々役割を決めた方がいいだろう」

 ホークが再度、招集をかける。これが、ボス戦前の最後の談義になるだろう。


「お兄ちゃん」

「うん?」

「いつでも私を頼っていいからね」

「いやいや、逆だろうが」

「手、ちょっと震えてるよ」

 左手を取られる。見てみると、確かに震えていた。自分でも気づかなかった。


「やめい。兄の威厳がなくなるだろうが」

 手を払って、左手を抱く。左手は俺の恋人。


「はは。お兄ちゃんの威厳なんてないよ。あってもミジンコ並み」

「おいこら。全国のミジンコさんに謝れ」

「ばーか。ほら行こ」


 少しだけ。でも、怖さは紛れていった。

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