地下迷宮 ⑤
「様子を見に行こうと思う」
あれから約2時間後。支柱に背を預けぐだってきた仲間たちに向け、宣言した。
「私も行くっ!」
飛び上がり、手を上げ立候補することり。
「様子を見に行くだけっすよね?」
「うん。とりあえず、あの扉の先だけ確認してくる」
チューさんに答えつつ、松明ロードを見る。
先に待ち構える、木製の扉。この広場の正面にある馬鹿でかい扉とは違い、あちらは適正サイズだ。
「……なら、オイラはここで待ってやす」
「なに!? チュー、てめえ怖気づいてんのか!?」
チューさんの呟きに反応したギューさんが、遠くから怒鳴り声を上げてくる。
確かに。正直、全員で行こうと思っていただけに、意外だ。
「あ、アニキ……違いやすよ。もし、仮に他の道からホークの野郎が来たら、誰かがここで待ってないと行き違いになるじゃないっすか」
「むっ……そうか。なら、俺様もここで待とう! チューを一人にするのは不安だからな!!」
あ、そうか。さすがチューさん。なら、トンさんもここで待ってもらってた方がいいかな。この三人はセットみたいなところあるし。
「じゃあ、俺とことりだけで。とりあえず様子見てくるだけなので。まあ、扉開けた瞬間にアウトの判定を貰ったらしょうがないけど」
「正直、オイラもさすがに心配してきたところだったんで、助かりやす」
「よし! そうと決まれば、サッサといこ~!」
小走りで駆けてきたことりがそのまま、俺の背中を押してくる。
「おいおい……じゃあ、ちょっくら行ってきます」
「あい。お気をつけて」
見送るチューさんから視線を切って、前を見る。
同じような松明で飾られた道。俺たちは砂岩の壁だったけれど、この道は木の扉か。ギューさんたちのところも木の扉だったし、もしかしたらホークたちも戦闘部屋の連続なのかもしれないな。
「ふぅ。あそこ、広すぎて落ち着かなかったからよかった~」
隣に並び立つことりが、うんざりしたように言う。
「気持ちは分かるな」
とんでもない広い空間。自分の何倍もでかい支柱。天井。何もかもがサイズを間違えていたあの空間。
ダンジョンは巨大な魔力の塊によって生み出されるとチューさんは言っていたが……あの空間も、魔力が作り出したものなのだろうか。
……分からないな。この世界、分からないことしか存在してないんじゃないか。以前は、無知のままの自分を許せたんだけどな……ああ。この世界、無知は死に直結するから、必死になってるのかもな。
扉の窪みに手を入れる。あっちから開くことを想定しているはずだから、引けば開くだろう。
ギィ……木製の扉が鳴らすしなるような音を聞きながら、目の前の光景を視界に入れた。
「お! さてさて何が――――「あぶねえぞ、ことり」」
隣に立つ妹が、よく前を見ずに歩みだそうとしたのを右手で阻止する。
「なに? って、え――」
目の前に、地面はなく。
下は暗闇が広がっていて、先を見通せない。どれぐらい深いのか、分からない。両脇には石造りの壁。
そして、際立って目立つのは、宙に浮かぶ砂岩のブロック。
一辺が30cmほどの立方体。それが点々と浮かび、足場として奥まで続いている。その奥も、見通せない。明るいはずなのに、少し先から急に暗闇となっているのだ。
「なにこれ……」
「随分と気色が違うじゃねえか……」
こういうのなんて言うんだっけか。パルクール?
なるほど。身体能力が問われそうな場所だ。しかし、扉を開けても何もない。今のところ、ペナルティも何もないみたいだな。
「……しかし、この道が続くだけなら、時間もかからなさそうだけどな」
「ちょっと楽しそうだけど……ちょっと怖いね」
足場は等間隔に並んでいるわけではない。高さも、距離も、一個一個がランダムに見える。規則性はない。
跳べるぎりぎりのところもいくつか見受けられる。下は暗闇。落ちたら無事では済まないだろう。
よかった。迷路で。正直、この足場を跳んでいくのは結構余裕だとは思うが、やっぱり恐怖心はあるし。
しかし、ホークは鳥獣人だから高いところは平気だろうし、ターニャさんも運動神経は抜群。シロはサイズ的にちょっと厳しいかもしれないが、ターニャさんが抱えていけば余裕だろう。
何か、他に苦戦するような要素があるのか……?
その景色を見つめ、罠などがないか探している時だった。
「――――って!! 本当に無理なんだぁ!!!」
「カゥカゥ!!」
「置いていかないでくださいィィいいいいやああああああもうやだ!! いやあああああ!!」
「お兄ちゃん、この声って……」
「ああ……まあ、心配自体は杞憂だったっぽいが……」
なぜだろう。一番この場面で悲鳴を聞きたくなかった人物から悲鳴が聞こえる。
やがて、視界の先の暗闇、そこから突然露になる人影。
見れば、茶色の外套、ブーツ、背中と肩に掛けられた大弓に矢筒。
その人物は、こちらに顔を上げていつも通り、サムズアップをした。
「……」
褐色の肌。長い耳から下がった白色ピアス。サラサラと靡く紫色の髪と、それ以上に輝く紫紺の瞳。普段のポーカーフェイスは崩すことなく、冷静に腕を掲げる彼女は、安心感のあるいつも通りの姿だった。
「ターニャー!!」
「……」
「カゥ!」
次いで、暗闇の奥、ことりの声に反応するように現れた白い毛。
前足から華麗に着地し、そのブロックの上で器用にお座りをして、こちらを見つめる。
「シロ~無事だったか~」
「カゥ!」
俺の姿を見たからか、無性に碧い瞳を輝かせて返事をした。
ていうか、一匹でこの足場を渡ってきたのか? 見れば、脳内のシロよりまた一段と大きくなっている気がする。大型犬サイズ。四足歩行……完全に
そして、残りの人物は……。
「うぅ、えぐっ! もう、嫌だ!! ひ、ひん、こんな、こんなことなら、こんな、こん……ぇぐっ」
声だけしか聞こえないが、間違いない。あの暗闇の先に、いるようだ。
「ホークー! 聞こえるかー!」
「ぉお、ら、ラード。ラード、なのか!! た、頼む、来てくれ!! お、俺はもう、無理だああ!!」
「ええ……俺が行ってできることはあるかー!?」
「お、俺が!! 安心できるッ!! だから頼む!!」
「お兄ちゃん。ホークさん、壊れてるよ」
「ああ。ダメみたいだな。あいつはもう置いていくしかない」
見れば、ターニャさんもシロも、器用にブロックを渡っている。先の道のことを考えて、進路を選択している。
シロ……成長したなあ。拾ったときは子犬サイズだったのに……いや、待て。あいつ、成長しすぎじゃないか? まだ一、二か月しか経ってねえぞ。魔物だからか? 成長速度が異常に早い。
今度、シロの種族を調べた方がいいかもな。
「お、おい!! おま、お前ら!! おれ、俺を、置いていかないでくれええええええ!!」
「……」
「……」
もはや、シロすらも返事をしていない。二人とも、背後の声を気にせず、淡々と進んできている。
「……なんか、可哀そうだな」
「ね。応援してあげようよ」
「お前の応援なら効くぞ」
今までソロで生きてきた影響からか、ことりに少し優しくされただけで好きになりかけていたからな。俺がやるよりはことりがやった方がいいだろう。
「おーい。ホークさ~ん! 聞こえる~!?」
「な、なななんだ! ことりちゃんの、声が聞こえるぞ!!」
「そうだよ~ことりだよ~! ホークさん頑張ってー!!」
「……」
「あれ。何も聞こえなくなっちゃった」
「悶えてんじゃね?」
「?」
「なんでもない。っとと、下がろう。シロとターニャさんが着きそうだ」
両者、扉の目の前だ。あと三つほどブロックを跳べば、ここに着く。
しかし、この分だと、時間がかかってたのはホークのせいだろうな。あいつ、鳥獣人だろう。鳥獣人の集落は高所に作られるって聞くんだが……なんで高所が苦手なんだ。あいつが実家を飛び出した理由ってまさかこれなのか?
「カゥ!」
シロが扉の床に着地すると同時に、俺に跳びかかってきた。
「うわっぷ!」
顔にのしかかられ、後ろに倒れそうになるが、床が固いのでなんとか持ちこたえる。
「ははは。まあまあ久しぶりだな?」
「グゥゥ~」
喉を鳴らしたとき、猛獣みたいになってるぞ。
「シロ、お疲れ様!」
「カゥ」
ことりが手を伸ばして撫でている。支えてるの俺なんだが。
ていうか、肩に爪が食い込みつつあるんだが。痛い痛い痛い。
「……」
次いで、静かな着地音と共に舞い降りるターニャさん。
「ターニャも、お疲れ!」
「お疲れさんで――っぷ。シロ、顔はやめなさい!!」
「カゥグルゥァ」
「……」
すると、ターニャさんが突然、光速でシロの頭を引っぱたいた。
見れば、膨れっ面になっている。
「……」
「……グルァ」
あれ、君たち仲良くなってきたところじゃなかったっけ? 何でこんなことになってるわけ?
「……ことり、何が起きてるんだ?」
「さあ。ただ、シロは女の子だよ」
「なぜ急にそんな無関係なことを……」
肩に食い込んだ爪を剥がして、シロをゆっくりと床に下ろす。
視線の先、ターニャさん。お互い見合っている。お互い言葉を喋れない分、目力だけは強い。なぜだか、俺は恐怖した。
「お兄ちゃんも罪な男だね……」
「よく分からんが、その言葉、そっくりそのままお前に――――」
――ウォォォオオオ!!
言葉が引っ込む。獣の吠え声かと思って一瞬、無意識に警戒したが、この声は……。
「――ッラアアアアアア!!」
ステップ、ホップ、ジャンプ。ホークが腕の羽毛を散らしながらも、全力で振りながら、駆けてきた。
そして、最後。右足を踏み込んで、大ジャンプ。
「どけええええ!!!」
「あ、危ないぞシロ」
「カゥ」
冷静にシロに退くよう促す。
そのシロが居た場所に、頭から突っ込んでくるホーク。
ゴッ、とおおよそ人体が響かせてはいけない音を鳴らしながら、ホークは着地した。いや、着地なのかこれは?
そして、うつ伏せに倒れたまま、床に響くような声……直喩だなこれ。その声でホークは喋りだす。
「……ぐふっ。こ、ことりちゃん。俺は……かっこよかったか……?」
「えっ……」
見ると、ことりは両手を胸に引き寄せて、若干怯えていた。ていうか、引いてる。
だが、ここでホークに罵声を浴びさせるわけにはいかない。
「すっごいかっこよかったです~って言っとけ」
小声で耳打ちする。
「す、すっごいかっこよかったよ!」
「そ……うか……」
そのまま、何も喋らなくなったホーク。
それを見て、ターニャさんとシロがお互いを見合って頷き、ホークを放置して広場の道を進み始めた。ことりも、おっかなびっくりといった様子で振り返りつつも、二人の後を付いていく。
……俺がこいつを運ばなきゃいけないのか。
「……ホーク、生きてるか」
「……」
「死んでるなら、引き摺ってくか……」
ズズズと音を立てながら、松明ロードを戻っていった。
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