地下迷宮 ③


「わー!? なにこれー!!」

「すごいな……」


 松明の道を抜けた先、それはとてつもなく広い空間だった。

 見上げ、手を伸ばしても絶対に届かないほど遠くに見える天井。何本も立ち並ぶ巨大な支柱。床には、大理石。


 明らかに、整備されている。厳かな雰囲気の空間。人工物……しかし、その目的も分からないが。

 これはどういった施設なんだろうか。シャルーガ遺跡の地下。そう言われれば確かに、ここには神秘的な何かを感じなくもない。遺跡チックというか、古代文明感。


「お兄ちゃん、めちゃくちゃ広いよー!!」

 大理石の廊下の上で両手を広げ回転していることり。まるで、踊っているようだ。

 楽しそうだ。実際、俺もテンションが上がってしまう光景だが……他に気になる点もある。


 この空間を見渡す。正面、とても大きな木の扉。金属で装飾もされており、頑丈そうだ。あまりにも巨大。開けることができるのか? 恐らく、あの先にゴールが待っているような気がする。

 支柱を見る。異常なし。歩き回ると、俺たちが来た道を正面として、左右に同じような道があった。両壁に松明がある道だ。


 俺たちがあそこからここに出たことを考えると……他の仲間たちが、この左右の二つの道の先にいそうだ。

 ここは、合流地点のような場所ではないだろうか。わざわざ三つの道を示しているし、繋がっているのだから。明らかに意図的だ。


「不思議なもんだな……なぜ俺たちをここに……」

 まだはっきりと分かっている訳じゃないが、恐らく仲間たちは無事だろう。ターニャさんやシロ、ホークにギューさんたちも。


 なんとなくだが、俺たちはここに招待されたようにも思える。全員同じ船に乗っていたのに、俺とことりだけが一緒の場所に落ちていたのも、何者かに振り分けられたという意図を感じるし。だとすると、そいつは何の目的で俺たちをこんなところに……?


「あれ、こんなところにも道があるじゃん」

 ことりも気づいたようだ。


「おー。真反対にもあるみたいだな」

「え? どれどれ……あ、ほんとだ。むむっ……ことり隊員としてのセンサーが告げております! この道の先に、みんながいそうですっ!」

「ま、そうだろうな……」

「隊長! ノリが悪いであります!」

「ことり隊員、少しうるさいでありますぅ」

「うわうざ! クソカスノロマゴミ兄の癖に……って、およよ?」


 ことりが俺越しに何かを見ている。

 そちらを見ると、松明ロードの奥。三人の人影がうっすらと表れている。


「――――から、アニキは先走りすぎなんでっせ!」

「お~……チュー……てめえ、俺に指図――カハッ! するつもりかぁ?」

「あ、あんまり喋らないほうが、い、いいんだなぁ」


 会話まで聞こえてきたとなれば、もう確信する。


「お~い! みんなー!」

 ことりが右手を振り、アピールしながら呼びかける。


「おい。今、女神様の声が……聞こえたんだが……き、気のせい……だよな?」

「あっしも聞こえました」

「お、オデも聞こえたんだなぁ」

「そ、そうか……ついに、お迎えが、き、来たみてえだな。へへ、女神様の、幻覚まで……見えてきや、がった……」

「アニキ。幻覚じゃないっすよ」

「あ?」

「め、目の前に、いるんだなぁ」

「へ?」

 トンさんに肩を支えられたギューさんが、しっかりを顔を見上げ、こちらを見る。


 いや、俺は見られてないと思うけど。隣の黒髪の女神様を見てるんだろう。ことりが女神なら俺はなんだ? 最高神か?


「お、おおおおおお!? め、女神様ぁ!」

「ひっ!?」

「あ、ちょっと!」

「あ、あぶないんだ――」

 トンさんから離れ、駆け出そうとしたギューさん。


「――うぅ」

 しかし、すぐその場でうずくまってしまう。


 ことりと顔を見合わせ、小走りで向かう。

 その最中、倒れたギューさんは、首を動かして、しっかりと駆けることりを見ていた。執念だけは感じる。アイドルの追っかけか?


「どうしたんだ?」

「ラードのアニキ。実は……」

 チューさんが俺たちにこれまでのことを話してくれる。

 どうやら俺たちが通ってきた迷路のような道とは全く違う場所を進んできたらしい。


 それは、部屋の連続だったそうだ。

 最初は弱い魔物が出てきたという。ところが、進むたびに魔物は強くなっていき……それを倒していって、勢いづいたギューさんが一人、最後の部屋に単身先行で飛び込んでしまったようだ。


 そこで待っていた魔物は、巨大な花の化け物だったようだ。チューさんも見たことのない魔物で、長くて棘が生えている触手のようなものを、手足のように自在に操り攻撃してくるそうだ。

 それだけなら良かったが、中央に大きく開いた花。そこに目があり、口があり……何とか猛攻を凌いで反撃に躍り出たギューさんの目の前で、口から桃色の煙を吐いた。


 途端、体が麻痺して、その隙に触手の強烈な一撃を腹に貰ったらしい。

 その後、合流したチューさんとトンさんが協力してその魔物を倒すと、正面の扉があき……ギューさんが休める場所を探すために進んでいたところ、俺たちが先に居たということだ。


「なるほどな」

「そんなわけで……割と冗談にもならない状況でさぁ」


 ふむ。しかし、意識を保っていられるならば、それほど即効性の強い毒でもないのかもしれない。花の化け物と言っている辺り、神経毒だろうか。獲物を動けなくして捕食する植物もあると聞く。

 神経毒ならば、細胞の異常だろう。それならば問題ない。むしろ、外傷が少ないというのは幸いだ。


 なぜなら、ことりはの使い手でもあるのだから。

 ダークエルフの里を出てからの旅において、ことりの回復魔法は非常に活躍した。もちろん、俺にも使われたことがある。


 今まで回復魔法が使われるシーンは実はそれほど目にしてこなかった。中央大陸での孤児院の出来事や、ゴブリン洞窟、護送依頼。どれも俺が重傷を負って気絶していたりなど……うーむ。やはりあまり記憶にない。

 だが、今回の旅路では、ことりの回復魔法の練習がてら、軽い擦り傷等にも使うようにしていた。


 その際、観察していてある程度、回復魔法の性質について理解したことがある。


(回復魔法は、万能だ)


 おそらく、身体機能の底上げ、魔力による細胞の修復。

 擦り傷で欠けた肉が徐々に再生していく様はなかなかグロテスクではあるが。身体の欠損を治すにはかなり高度な技術を要するだろうが……。


「ギューさん、お腹見せて」

 ことりがしゃがみこんでギューさんの顔を覗きながらそう言う。


「う……は、腹ですかい? そ、それは……ちょっと……」「いいから」「へいっ!!」

 うつ伏せに倒れていたギューさんは体を回転させて、仰向けに変える。

 獣人は他人に腹を見せるのは屈辱的なんだっけか……なんか、服従を意味するとか。


 ていうか、なんだ、結構元気じゃねえか。ギューさん。


「……」


 砂漠を歩くため、デザートウィッパー討伐隊に参加している人は皆、砂を弾き断熱する茶色の外套を羽織る。

 その外套の腹の部分、いくつも点を打つように、穴が開いている。棘の生えた触手で叩かれたと言っていた。どうやら、その棘は俺の想像よりも大きく、鋭いようだ。外套の奥に見える革の鎧すらも貫通し、若干血が滲んでいる。


 思ったよりも怪我が重い。


「……痛そうだね」

 ことりが呟いた。


 そして、空気が変わる。

 一度ひとたび、瞬きをした瞬間だった。松明の赤色の光に照らされたその空間が、途端に真っ暗闇になったように感じる。


 どこからか、笑い声のようなものが聞こえてくる。死神の、愉快な声。自身が立っているここは、床か、はたまた闇なのか。深淵の中では、何も認知できない。


(……俺も慣れたものだ。殺意とも、闘気とも、悪意とも、敵意とも違う。ただただ世界を飲み込んでしまうような、死の気配)


 一人の少女から生み出される、『闇』。


「し、しし、死ぬ。これは、おいら、死ぬ。絶対に、死んでしまう」

「ぶ、ぶひぃ!! お、オデ、死にたくないおぉ!!」


 チューさんとトンさんは初めての経験だったのか、パニックを起こしている。

 諫めるために、二人に近づく。足取りが重い。全てがゆっくりになったように思える。暗い底、泥に足を取られながら歩くようだ。


 やがて、二人の肩に手を置き、引き寄せて喋る。


「……二人とも、とりあえず落ち着け。あれはそういう技術だ」

「こ、ここ、こんな、こんなものが、技ですかい!?」

「ひぃん!」

 トンさん、ちょっと悲鳴が面白くないか。


「……ことりちゃん、俺のために……またこんなこと」

 珍しく、ギューさんがことりのことを名前で呼んでいる。

 その顔は、いつも妄信的なまでにことりを女神と崇め、おだて祭り上げているときのだらしない顔とは違う。ちょっとだけ、真剣な顔だ。


 というか、ギューさんは平気なのか。経験したことがあるのか。


「いいの」

 人助けに使えて嬉しいと言い、ギューさんのお腹に右手で触れた。


 なんとも表現のしようがない

 これはことりにとって、最も集中できる時間のようで。この状態のことりは、魔力操作や魔法の構築、その完成度や出力が大幅に上がる。


 ことりは好きに扱っているが……俺としては複雑な心境だ。死ぬ寸前の自分を精神に投影するなんて。まあ、本人がよいと言っているならそれでいいのだろうが。


『癒しの願いよ――――』

 瞳を閉じて、祈るように文言を唱え始める。

 怖気てしまうような暗い世界。その中で一人、背中に死神を背負いながらも、救済を願う少女は、確かに言い表せない神秘性を秘めている。


 何も知らないものが一見すれば、女神や天使を幻視するかもしれない。


癒しヒール

 触れた右手が淡く輝き、その輝きは右手を介してギューさんへと流れていく。

 穴の開いた外套から点の光が漏れ出す。そして、その光が辺りを照らし、満ち始め。


 世界は、元通りになった。


「……動ける」

 立ち上がり、感覚を確かめるように両手を握ったりするギューさん。


 それを見て、ことりも笑顔を取り戻す。


「うん、よかったね! ギューさん」

「ありがとうございます! 女神様!」

「あ、またその呼び方になっちゃった……」

 頭を下げるギューさん。それを肩に手を当て押し上げながら、にこりと微笑むことり。瞳を輝かせるギューさん。


 ……また信仰心が深まってしまったかもしれないな。


 しかし、ことりが回復魔法を扱えて本当によかった。

 回復魔法は水の龍、スリューエルが教えてくれたもので……光魔法から派生したものだ。難易度が高く、そもそも聖に属する魔力を扱えるようにならないと話にならないという。

 ことりは、素で聖と闇、両方の性質の魔力を持っているので問題ないが……俺はリーフがいないと、魔力に聖の性質を付与できない。


 俺が使える魔法の中で一番の火力を持ってる光魔法、『陽光サンライト』も、リーフがいないと発動すらできないのだ。


 ……この世界、怪我がそのまま死に繋がるパターンも少なくない。回復薬なども充実しているとはいえ、一度内蔵などに傷がつくと薬などではどうしようもない。教会で回復の洗礼を受けるか、病院で治療してもらうか……つまり、冒険途中の怪我は町に戻らないと治せないことが多い。


 その点、回復魔法を扱える人物が一人パーティにいるだけで、こういった怪我をしたとしてもその場で即座に治せる。リスクを大幅に軽減できるのだ。


 そういった面でも、回復魔法の使い手は貴重なようだ。ラグラーガのギルドで、担当だったラロさんに口酸っぱく言われていたことでもある。回復魔法の使い手は逃してはいけないと。その時俺はソロだったし、そもそも仲間がいなかった。あの人には、常に世話を焼かれていた印象がある。


 少しだけ懐かしい思い出に浸っていると、隣のチューさんが口を開いた。


「ひぇぇ……やっぱ、人って何を隠してるか分からないもんすね」

 先ほどは恐怖していたが、今となっては感心したような素振りだ。


「事前に話しておくべきだったかもなぁ」

「いや、話されても多分、信じないっすよ。今でもおいら、信じられないっす。あんな年端もいかない女の子からこんな……ねえ」

「だ、だなぁ」

「それもそうか」

 話が一段落したところで、ギューさんに話しかけようとする。

 見ると、ことりにデレデレになっていた。邪魔しちゃ悪いが、確認は必要だからな。


「ギューさん、体の方はもうばっちりなんですか?」

「大丈夫っす! 今なら龍でもなんでも倒せそうです!!」

 そう言って、マッスルポーズを取り筋肉を主張している。

 まあ、外套で筋肉は見えないんだけど。


「よかった。ところで、道中でターニャさんとかホークとか、シロとか見ました?」

「いや、見てねえよな?」

「おいらも見てないっすね」

「オデも!」

「ん~じゃあ、やっぱり反対の道だよねぇ」

 そう言うと、振り返り反対を見ることり。

 いくつも並ぶ支柱の隙間から、反対に同じ形状の道が見える。その奥に見える扉はまだ開いていない。


「ここは……?」

 松明の道から出て、だだっぴろい空間に出るチューさん。

 それに続いて、ギューさんもトンさんも、天井を見上げながら空間に躍り出た。


 この空間について説明しようと思ったが、俺も特に何かを知っている訳でもないことに気付き、口ごもる。


「あー……まあ、俺もあんまり分かってないですけど……そうだな。一旦、俺たちの道のり話も交えて話しませんか? 情報交換ってことで」

「お、いいっすね。賛成でっせ!」


 みんなで大理石の上に座り、話し始めた。

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