地下迷宮 ②


「う~~疲れた~……」

 気づけば、ことりが俺の背中にピッタリくっつくこともなく、平然と左隣に歩いている。


 ことりがそう言うように、探索し始めてから結構時間が経っているように思える。体感なのでよく分からないが……1時間程度は経ったんじゃないか? 


 特に攻略法も思いつかず、印のない道を歩くように続けているが……最初の分岐点、右に曲がったところから、ずっと先に続いていて、歩き続けている。右に、左に……行き止まりだったところは二か所だけか。


 代わり映えしない景色。同じにしか見えない模様が刻まれた砂岩の壁に、タイル状の石の床と天井。ずっと同じ景色を見ていると、無性に疲れてくるものだ。そうなると、何か変化を期待してしまう。


 その中で唯一変化があるものと言えば。


 ――チキチキ


「出たな……」

「うへぇ。私、アレってもっと可愛い生き物だと思ってたけど、全然そんなことないよね」

「まあ、異世界仕様でちょっとキモくなってるけどな。原型は近い」


 目の前、石の天井の割れ目に足を引っかけて逆さにぶら下がっている生き物。見れば、三匹。


 蝙蝠こうもりだ。その特徴的な佇まい、尖った耳。皮膜で体を包むその様は、確かに一見キモい。

 だが、そこまでは普通の蝙蝠だ。それだけなら、キモくはないが……しかし、普通の蝙蝠と違って、目の前の奴らにはその体よりも長い尻尾がある。その尻から宙に垂れ下がった尻尾の先端には、丸い袋のようなものが付いている。


 その袋の中身は分からないが、奴らの体色が紫なのを見ると、なぜだか毒々しい印象を持ってしまう。毒なのだろうか。


 正式名称は知らんから、今のところ砂漠蝙蝠と呼ぶか。


 今までにも、こいつらとは会敵した。スケルトンと、砂漠蝙蝠。スケルトンは一体で出てくることが多く、逆に砂漠蝙蝠は複数で群れを成すことが多い。

 蝙蝠は超音波の跳ね返りで状況を確認するという。所謂、エコーロケーションとかいうやつ。詳しくは知らないが。


 奴らもその特徴を持っているのか、視線はあらぬ方向に向いていても、こちらの存在に気付くのだ。


 そうして、奴らはこちらを向いた。

 体を包む皮膜を解き、左右に広げて威嚇するようにした。


「ことり、ここは俺にやらせてくれ」

「え? あ、うん」

 片手杖を取り出そうとしていたことりを先に制止させ、前に出る。


 ドルドルを出てから一回も剣を握ってないからな。こういう機会に戦闘を経験しておかないと、腕が鈍る。


「……」

 鞘から剣を抜く。金属が擦れる音。達人は無音で抜剣するという。俺にはまだ無理だ。

 しかし、ことりもあっさりと聞き入れてくれたな。信頼してくれているということだろう。ことりの魔法なら、あっさりとあいつらを蹴散らせるからな。無駄な近接戦闘、怪我の可能性。それらを考慮してもなお、任せてくれたのだ。


 ……影の鉱石でできた黒い剣。剣光を放たない黒い剣ということで、奇異の目で見られたこともあるが、立派な俺の相棒だ。


 砂漠蝙蝠が三匹、同時に飛ぶ。

 肌がピリピリとする。久しぶりの戦闘の緊張感なのか。奴らが発する超音波を肌に感じているのか。理由はどうでもいいが。


 気分は、不思議と高揚している。


 迫ってくる。段々と大きくなる砂漠蝙蝠たち。30~40cmはあるだろうか。やはり、近くで見ると余計に大きく見える。


 先頭は中央の奴。頭の中で戦闘を想像する。

 中央を袈裟斬り、左の奴をそのまま斬り上げて、最後に右の奴を斬り下す。簡単なことだ。


 ……簡単か。日本あっちに居たころじゃ、握ることすらままならなかっただろうな。そう考えると、俺も成長してるもんだ。


 目の前に敵が迫っているというのに、他の思考をできるのだから。


「ふっ!」

 間合いに入った砂漠蝙蝠、中央の奴を斬る。左翼を巻き込んで胴体へ。切り裂くために、剣を少し引く。すると、肉を切り、骨を断ち、たちまち剣は、血と共に宙へと躍り出た。


「キッ――」

 絶えるような悲鳴を上げる。

 それを聞き流して、左の奴を右下から斬り上げる。スムーズに、力を止めることなく、継いでいって、流れるように斬る。


 再び、悲鳴。手に、肉を切る嫌な感触を感じる。


 最後、右の奴。仲間が斬られてもなお怯むことなく、速度を緩めずに噛みつこうとしてきている。少しだけ、計算外。予想以上に近い。


 いや、この場合、俺が遅いだけなのかもしれない。剣を握ってない時間が長かったからか、二体目を切り上げるときに少しだけ、狙いを定めるために剣を止めてしまったからだ。


「ほっ」

 剣を握る手、つまり右腕をそのまま砂漠蝙蝠に向けて突き出す。


「キキッ!!」

 待ってましたと言わんばかりに勢いよく噛みつく。


「――――」

 が、痛みは感じない。当たり前だ。そこには金属製の籠手を着けている。小さな魔物の牙など、通らない。


 右腕に噛みつこうとした砂漠蝙蝠。そいつの体ごと、右腕を壁へと叩きつける。


「チッ――」

 かすれ声を出しながら、俺の腕と壁に挟まれる砂漠蝙蝠。尾先に付いている袋が揺れて、壁に叩きつけられた。


 ……離れよう。俺の推測通りだと、嫌な予感がする。


 地を蹴り、その場から飛び退く。ついでに、剣を鞘にしまっておく。


 壁に叩きつけられた砂漠蝙蝠は、気絶したのか、そのまま床に倒れている。


 そして、同じく衝撃によって振り子のように揺れ、壁に叩きつけられた尾先の袋。それが破裂し、中から紫色の粉塵を生み出した。

 周辺に粉塵が舞う。俺が先ほどまで居た場所にまで届くぐらいには、結構広がっている。


 背後、小さな足音が響いたかと思うと、肩を叩かれる。次いで、声。


「お兄ちゃん、相変わらずすごいね。速すぎてよく見えなかったよ」

「……ことり、あれ見てみろ」

「え?」


 その紫色の粉塵に塗れた砂漠蝙蝠。体が急速に腐食していき、中から骨が見えてきた。肉体が腐っていく過程。それは、かなり衝撃的なものだ。グロい。

 ていうか、自分が持っている毒に耐性はないのか? あの袋の部分だけ、毒が効かないのかもな。


「うぇ、なにあれ」

「あいつらの尻尾の袋に入ってたやつだ」

 幸い、通路の全てを塞ぐほど粉塵の範囲は広くない。

 が、粉が舞い終わるまでは様子見したほうがいいかもしれないな。目に見えない粉があるかもしれない。


「本体が弱いだけに、あの毒だけは厄介だな」

「あ、でもさ。さっき火の魔法で倒したときはあんな粉出なかったよね」

「ああ……確かに。火に弱いのかもな……」


 そこまで言って、右手を前に差し出す。


着火イグナイト


 詠唱が必要ない、簡単な火種を放つ炎魔法。

 掌に微量の魔力が集まると、それを実体の炎へと変え、目の前に放たれた。


 それを粉塵地帯に向けて放つと、火に触れた粉が瞬間的に燃え上がる。それは連鎖していき、急速に、天井に触れるほどの炎へと変わった。


「わぁ!?」

「よっぽど燃えやすいのか……」


 めらめらと燃え上がる炎は、やがてその勢いを衰えさせ、段々と小さくなっていく。

 やがて、辺りを照らしていた赤色の炎は消え、半分だけ腐食し、残りの半分は焦げてしまった砂漠蝙蝠の死体だけが残っていた。


 見たところ、毒の粉は全て燃え尽きたようだ。

 一応、外套の布を口に当てる。


「……」

 短剣を取り出し、切り捨てたままの二体に近づいていく。

 その場で屈み、そして背中に生えた特徴的な棘のようなものを切り取っていく。もしかしたら、討伐証になるかもしれないからだ。


「……うーむ、どうしようかな……」

「何してるの? 早くいこーよ」

 急かしてくることり。

 俺が悩んでいるのは、この斬った二体の無事な毒袋をどうしようか、ということだ。


 切り取って持っていくか? しかし、何かの拍子で袋の中で割れたら、大惨事だしなぁ……でも、この粉状の腐食性の毒と、それに耐えられる材質の袋、両方とも利用価値は高いよなぁ……。


「お兄ちゃん?」

「むむむ……いや、今はそんな余裕ないしな……」


 立ち上がり、少しだけ前に進んでから、振り返り唱える。


着火イグナイト

 あの毒を放っておくのも良くない。


「行くか」「うん」


 背後から炎の揺らめく音を聞きながら、歩き出す。



______



 壁に触れる。ざらざらとしているような、ごつごつとしているような。一見、岩のように固いが、一度砕いてしまえば脆い。砂岩の壁。


「また行き止まりか……」

「ん~もういやだ~疲れた~」

 ことりはそう言うと、壁に寄りかかり、しゃがみこんでしまった。


 まあ……実際のところ、疲労はあるな。体力的な問題ではなく、精神的に。無限にも思える道。スケルトンと砂漠蝙蝠。

 曲がるたびに印を付ける作業を怠っていないが、一度も同じ道を通ったこともない。


 一度、最初の広場に戻ることも検討するか……。


「……ん、なんだこれ」

 その行き止まりの砂岩の壁、刻まれた円形状の模様。その中央にある、円錐形を現している不思議な模様。


 そこに触れると、少しだけ窪んでいることが分かった。


「ん~? なんかあったの~?」

 だれていることりが、興味なさそうに作業的に聞いてくる。


 砂岩の壁、その砂岩という特徴故、多少の凹凸は今まであったが、ここまで明確に窪んでいることは今までなかった。


 不思議に思い、力を入れてみると、そのまま奥へと入っていく。


「うおっ……」


 手を引っ込めるが、それでも奥へと引っ込んでいく。俺の力を抜きに、勝手に動いている。

 それは一定の所まで進むと、ガコンっと音を立てて止まった。そして、今度は時計回りに動き始める。


「お兄ちゃん? 何してるの?」

「……」


 円錐形を象った模様が逆さまになる。尖った部分が下を向き、そしてその丸い砂岩は、下へと動いていく。


 これは……。


 ――――ゴゴゴ


 突如、地鳴りのような音が鳴る。


「な、なになに!?」

 ことりの悲鳴に似た声を聴きながらも、壁から目を離さない。


 揺れる壁。それは徐々に、下へとずれていく。


「お~! これはまさか!」

「どうやら、正解の道を開いたっぽいな」

 多少の砂煙を立てながら、砂岩の壁は床へと収納された。


 その奥、新たなる道が開かれた。

 雰囲気が変わっている。左右に、一定の間隔で松明が立てかけられており、一見にして厳正な趣の空間へと変わっているのだ。


「さすがお兄ちゃん! 略してさすおにっ!」

「略さんでいい……何やら、雰囲気が違うな。一応、警戒して進もう」

 壁から離れ立ち上がり、腰の砂を払うことりを待ってから、歩き出す。


 長い迷宮も、もうすぐ終わるのかもしれない。

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