地下迷宮 ①


 石が転がり、コツンコツンと音が空間に響く。目の前、左に続いている通路、そこから飛び出してきている。


 石が転がるということ、それは外的要因によるものだろう。


「「……」」

 二人、黙して目の前に集中する。


 コツン、コツン。快活な音を鳴らしながら、それは姿を現した。


 人骨。

 肉も、皮も、血も、何もかもをそぎ落とした骨が、そこに存在していた。


 今、リアルに歩く骸骨という恐怖感を、味わっている。某RPGで登場するモンスターや、理科室に存在する骨格模型。それらは全て、デフォルメされた存在であったのだと理解する。


 考えてみてほしい。自分と同じぐらいの背丈の人骨が、生きているように歩いているその様を。


「……」

 しかし、この世界での暮らしになれたからだろうか。俺もことりも、悲鳴を上げることはなかった。


 なんだあいつは。ファンタジーによくいる、所謂アンデッドというやつだろうか。スケルトン……うへぇ。めっちゃきめえ……。


 二人、言葉を出せず通路の壁に張り付いて、そいつを凝視していた。


 目の前、曲がり角のど真ん中、そいつが止まった。


「……?」


 疑問に思い、見つめていると。


 勢いよく首が曲がり、そして目が合った。


「ひっ!?」

「……これは気付かれてるっぽいな」

 ことりが悲鳴を上げて、体を少しだけ退けた。


 しかし、どう見ても……こちらに気付いているよな。でもあいつ、目もないし、耳もないだろう。感覚器官がないのに、どうして分かるんだ?


 不思議に思い、注視してみると、目と耳に魔力が集中していた。


 感覚機能を魔力で補っているのか……? その辺の魔物の生態情報とか、まとめている図書とかはないものか。


 カタコトカタコト。


 思考していると、そのスケルトンが口を鳴らした。

 そして、床を蹴り、勢いよくこちらに走ってきた。


「うおぉ……」

「――キモイキモイ!! もう、死ねっ!!」

「え」

 一瞬、自分が言われているのかと思い、ドキッとしたが違うようだ。


 発狂し、半泣きのことりが懐から片手杖を出す。


 魔力溜まりと化した砂漠のオアシス。その水場に自生する、レントの木。魔力を抵抗なく伝え、霧散することを防ぐ。魔法杖の素材として優秀なその木をふんだんに使い、先端に純正の魔石をはめ込んだ杖。


 片手で扱える分、取り回しが良く、身軽な戦闘を可能とする。


 通称、レントの杖。そのままだ。金貨5枚。しかし、北大陸において、中級の実力を持った魔法使いに幅広く使われている優秀な杖だ。


土塊の一撃ランドインパクトぉ!』

 懐から出すその勢いのまま、杖をこちらに向かってくるスケルトンに差し向けて、叫んだ。

 杖の先端、白色の魔石が黄土色に輝き始める。


 さすが、俺が剣の修行やら町での情報収集に努めている間、魔法を鍛えていただけあって、無詠唱で魔法を発動させているようだ。


 ……しかし、魔力量が多いんじゃないか? これは、オーバーキルになりそうな予感が……。


 こちらに走ってくるスケルトン。手も足も一生懸命に振って走る姿は、なんだか無邪気な子供のように見えて、愛らしく見えた。


 その愛らしいスケルトンの地面、石のタイルが爆ぜる。

 空間が揺れ、衝撃が走る。スケルトンは、爆発に巻き込まれ、勢いよく天井へと吹っ飛んだ。


 そして、そのまま天井へとぶつかった。固いもの同士がぶつかる音が鳴り響き、スケルトンは空中分解した。


 背骨から様々な骨が外れて、地面にばらばらと落ちていく。


「はぁ……はぁ……あーきもかった! もう、こんなのいっぱい出てきたらたまんないや!」

 両手で自身の頬を揉みしだきながら、不満を言っていることり。


「……」

 せっかく、可愛く思えてきたところだったのに。もう動かなくなってしまったスケルトンを見下ろす。


 首から離れて転がっている頭蓋骨が、こちらを見ているようだ。その瞳の位置に広がる空洞は、何の感情も映していない。まるで、死んでいるみたいだ……。


 ……骨だからもう死んでるか。いや、こうやって意識が存在しているかのように動いている骸骨は、果たして死んでると言えるのだろうか。いや、言えない。反語。


「――いこーよお兄ちゃん!」

「……おお。まあ、行くか……」


 さらば、スケルトンちゃん。いや、女の子だったのか? 骨を見れば分かるかもしれない。


 ……俺は何を考えているんだ。



______



「分かれ道……! 分かれ道だよ、お兄ちゃん!」

 こちらの袖を引っ張り、前方の通路を空いた右手で指さしていることり。


「おう、見りゃ分かるが……分かれ道かぁ……」


 もしかして、ここって迷路みたいな構造になっているのかもしれない。

 俺たちが落ちていた広場のような場所は、いわば端っこに位置する、終着点の一つで……他の終着点に、仲間はそれぞれ落ちたのかもしれない。


 そうなると、道が繋がってないといつまで探しても意味がない。食料は……腰の袋は無事だから、一週間ぐらいは平気だが。仲間を見つけるのも大事だが、先に出口を見つけることも必要だよな。

 ってなると……記録する物が必要だよな……。


「……紙はないか。他に何か……」

「うーん。どっちがいいかな~……って、お兄ちゃん何してるの?」

 訝しげな目線を向けてくることり。

 答えない道理もないので、普通に返事をする。


「うんにゃ、地図みたいなもんを書けりゃあ、迷うこともないだろ? だから、メモできる物がないか見てるんだが……」

 砥石と食料と水筒しかねえな。むしろ、これらが無事だったことを喜ぶべきか。


「あ~なるほど。ここって迷路みたいになってるんだ。でもさ、こういう迷路を探索するときにそういうのって、邪道じゃない?」

「お前、ゲームじゃねえんだからよ……ことりはなんかないか?」

「うーん……」

 俺と同じように、腰に取り付けた袋を外して、中身を確認し始める。


「だめ、ないや」

「そっか。ま、期待はしてなかったけどな……」

「どうしよっか」

 うーんうーんと分かれ道の前で唸る俺たち。


 そして、一つの考えが浮かんだ。それを、そのまま口に出す。


「……左手法とか」

「なにそれ」

「左の壁に手を付けたまま進めば、そのうちゴールできるって手法。逆もしかり」

「ふーん……」

「だが、これも欠点があってな。ゴールが内側にあったら意味がないとかな」

「ダメじゃん!」

 んがーと怒りつつ、両手を上に、体を伸ばすことり。器用だな。


 んー……しかし、何も考えずに突っ込んでいっても、良い結果に終わるとは思えないんだよな。


「……曲がり角に印を付けていくか」

「え?」

 短剣を取り出して、右の曲がり角、壁の砂岩にバツ印をつける。来た道と、曲がった道の壁両方だ。

 結構固かった。刃こぼれが怖いから次から別の手段を取ろう……。


「よし、いくべ」

「え~……こんなんでいいの?」

「他になんかいい方法を思いついたらやろう。今は、足を動かしたほうが早い気がしてな」

 情報不足だし。


「まあ、それもそうか……あ、お兄ちゃん前歩いてよ。私怖いから無理」

「……まあ、俺前衛だし当然のことなんだけどさ……なんか釈然としねえなぁ……」

「背中にぴったりくっついていくから変わんないよ」

「ガチで怖いだけだ!?」

 そういや、ことりはホラーゲームとか苦手だったなぁ。小学生ぐらいのころ、夜に俺がプレイしてるとき、おっかなびっくり隣で鑑賞してたっけ。


 ……ここはそれほど暗くない(明かりもないのに不思議だが)し、それほど怖くはないと思うけど。文字通り背中にピッタリくっついてくる妹から感じる、お前を頼りにしてるぞ感は悪くない。



 そうやって、前後でやる二人三脚のように、俺たちは歩き始めた。

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