三又と地下
「――――撃て撃てぇ!! ありったけの砲弾をぶち込め!!」
ホークが叫ぶ度に、船内にいる仲間が砲撃をして、横向きの船体を揺らす。
――――ォォォ
唸り声。この船より遥か遠くに見えるデザートウィッパーの肉体、その一部が、爆発する。
「命中精度がすげえな……」
「ね。もしかして、ターニャが操作してるのかもね」
思わず呟くと、隣のことりが答えっぽいことを言った。
船上にいるのは、俺とことりとホークのみ。残りはみな、船内で砲撃の準備などをしている。
これには、明確な役割があるのだ。ホークは操作台に、俺とことりが船上にいる。意味があるのだ。
――――キィィィィィィ
突如響く、金切り音。これは、デザートウィッパーが激しい動きをする合図。
「……! 来るぞ!」
ホークが叫ぶ。
彼が警戒を促しているのは、俺とことりだ。
あのデザートウィッパー、ただの巨体かと思っていたが、存外そうでもないようで。今まで何度もこういったやり取りが行われている。
ただ、何度も何度もやっているということは、すなわち俺らも対応ができているということだ。
「お兄ちゃん!」
「分かってる!」
ことりが両手を前に差し出し、手を重ねる。
「シャスティル……お願いね……」
そう呟くと、左手から黒い魔力が。右手から、白い魔力が流れ出す。
そして、重なった掌で、混じりあう。いや、黒い魔力が白い魔力に、呑まれていく。
そして生まれる、聖と闇が混合した魔力。周囲の魔力を無造作に喰らっていく、特殊な魔力。
遠く。デザートウィッパーがこちらに顔を向ける。奴が反撃する対象は、毎回俺たちの船だ。理由は、推測の域を出ないが……恐らく、潤沢な魔力を持った存在がいるからだろう。具体的に言えば、俺とことりは、内在する魔力量がこの別動隊の中ではずば抜けて高い。まあ、他の奴らは魔法使いじゃないので当たり前のことだが。
デザートウィッパーは、魔性体なんだと思う。なんとなく分かる。魔力に魅入られた者は、等しく魔力を追ってしまうのだ。俺も、無意識にそういう行動をしていることがある。
奴は、頭部から若干後ろ、左右に4つずつあるエラを開いた。
瞬間、エラから大量の砂が飛び出る。
それを推進力として、肉体をこちらに伸ばしてくる。
遥か遠くにいるように思えたデザートウィッパーが、その体を倒すだけで、もう目の前に迫ってきている。
明らかな敵意。自分よりも圧倒的なまでに大きい肉体を持った生物からの敵意は、本当に恐ろしい。恐怖する。
だが、ダークエルフの里にいたジヴェルさんの闘気や、あのセレナードとかいう悪魔の悪意などに比べれば、それは軽いもののように思えた。
「――――シャスティル!!」
ことりが重ねた手を解いて、右手を上に差し向ける。
上空、もう既にデザートウィッパーの肉体が迫ってきている。
瞬間、船を包むように、薄い光の膜が生まれる。
膜には、幾何学模様が生まれては消え、それが超常的存在であることを瞬時に理解させるもの。
しかし、込められた魔力量とデザートウィッパーの質量を考えると、少しだけ物足りないのだ。
「……ふぅ。よし……集中だ」
瞳を閉じ、意識の底へ。そして、魔力を周囲に霧散させる。
霧散した俺の魔力は、光の膜に触れた途端に吸収され、その力の一部となる。
ことりのこの特殊な魔力は、完成された魔法になってもなお、周囲の魔力を喰らう特性を維持している。それでは、魔法は一生消えないのでは? という疑問が生まれるが、どうやらそんなことはないようで。ことりが消失を願えば、すぐに消えるのだ。
しかし、今はそんなことを考える必要はない。リミットなど無く。ただただ、ありったけの魔力を吸収して、その力を増幅させればいい。
――――ォォォ
もはや、デザートウィッパーの声なのか、その余りにも巨大な肉体が風を圧する音なのか、わからない。
だが、確実に、デザートウィッパーはこの船に落下してきた。
薄い光の膜に、デザートウィッパーが触れる。
触れたところが激しい光を放ち、辺りに音を打ち鳴らした。
「ぉ――――」
操舵輪を握るホークの声にならぬ声。
それすらも掻き消え――――凄まじい打撃音が響く。
そして、薄い光の膜はデザートウィッパーの落下に耐えきった。
膜に阻まれたデザートウィッパーの体が、反動で弾かれたように宙に浮く。
瞬間、見上げていたデザートウィッパーの体に、黒い塊が刺さったかと思うと、次の瞬間には爆発していた。
他の船が、砲撃し――――
『キイイイイイイイイイイイ!!!』
「うるさ……!」
「なに、なんなの!?」
思わず、耳を塞いでしまうほどの不快で大きな音。
何度か繰り返したやり取りだが、今までこんなに大きな悲鳴を上げたことはなかったのに……いや、これは、悲鳴なのか?
「くっ……とりあえず、一旦距離を取るぞ!!」
ホークが叫ぶと、デザートウィッパーの体から逃れるように、船を横に走らせる。
揺れる船体に引っ張られながらも、太陽を遮るその巨体を見上げる。
特に変わりないような……確かに、肉体に砲撃の痕が残っているが、致命傷にはなっていない。なぜ、急にあんな声を……あれは、悲鳴とは違う、何かだったような……。
徐々に遠のいていくその巨体を見ながら、思考していた。
しかし、その疑問に対する答えは、すぐに現れた。
「……お兄ちゃん、なんか……揺れてない?」
「…………おいおい。冗談だろ……?」
俺の魔力感知の手法。それは、俺自身の魔力を辺りに伸ばして、それに生命体が触れることによる揺らぎを感じ取ることによって、成立している。
常に、魔力を伸ばすことを心掛けている。なぜなら、俺の魔力はほぼ無尽蔵にあるからだ。まるで、大海の如く。小規模な魔法なら、それこそ一日中放ち続けられる。
そして、このデザートウィッパー討伐の作戦中、俺の魔力は主に、砂の大地に浸透させている。比較的見通しがよい砂漠で警戒すべきは、砂に潜む魔物だからだ。
そして、その砂に浸透させている俺の魔力。深さはわからないが、恐らく400mほどだろうか。その深さには、基本的には生体反応はないのだが……。
今、新たに二つ。砂漠地下深くから、上昇してきている細長い生命体。いや、細くはない。ただ、全体を見たらそう形容するのが良いというだけで。
何が言いたいかというと。
『『『オオオオオオォォォォォォ!!!』』』
このように、まるで火山が噴火するかのように砂を巻き上がらせて、新たに二体のデザートウィッパーが現れるということだ。
「――――」
静かだった。誰も、この事態に言葉を発していなかった。いや、発せなかった。
今まで、たった一匹ですら応戦するのが精一杯の相手が、新たに二体。
その硬直した時間の中で、俺の思考は加速していった。経験上の話だが……状況が危機的になればなるほど、それを打開するために脳だけは早くなるのだ。
デザートウィッパーは、一体だけじゃないのか? 今まで、複数体でるなんて話は聞いていないぞ。いや、待て。冷静になってみると、あいつ、尻尾を見せたことがあったか? 何度も何度もその姿を晒しては攻撃してきた奴。それは、頭部と胴体でのみ行われていた。
これは……。
砂漠地下に浸透させた魔力。縦に続く生体反応が三つ。だが……その三つは、その先、一つに収束していっているように思える。
つまり、これは、今姿を現しているこのウツボのような外見のこいつは、本体ではないのか? 言ってみれば、ヤマタノオロチのように、首だけ何又にも分かれているというような……。
「――――シャスティル!!」
ことりの声が響き、意識が現実に戻ってくる。
新たに現れたデザートウィッパーたち。元いたのと合わせて、計三体。それが、一斉にこちらに降りかかってきている。
ことりは、冷静だった。俺が、出遅れている。
だが、これは現実問題、無理な話ではないか? 一体、防ぐだけで精一杯だったものを、どうやって――――
「――――お兄ちゃん!!」
ことりが、こちらを見ていた。
その、潤んでいてもなお、決意を感じる眼差しは、こう言っているようにも思えた。
簡単に諦めるな、と。
薄い光の膜が展開される。それは急ごしらえだからか、先ほどのものよりも、輝きが薄かった。
それでも、やらなければならないのだ。やらなければ、何も変わらないのだから。
俺が、この世界で学んできたことじゃないか。自分から行動しなければ、何も助けられない。何も救えない。もちろん、自分だって救われないのだ。助けたい人がいても、他の誰かが勝手にその人を救うなんてこともない。自分が、やるしかないのだ。
「――――う、ぉぉぉおおおおお!!」
全力で、魔力を放出する。意識を、外側に引っ張り出すように、魔力を無理やり外へ。今までにないほどの量と出力に、体の至る所が、痛みを訴え始める。
それでも、続ける。
魔力が浮かび上がり、光の膜に吸われていく。俺の魔力を吸収するたびに、その光の膜は輝きを増し、厚みを増し……一つの城壁の如く、様相を変えていく。
――――オオオオオオ
降ってくる。三連続。デザートウィッパーが重なるように、俺たちの船だけを狙って。
銅鑼が鳴っている。この船だろうか。それとも、他の船が鳴らしているのか。分からない。どうでもいい。他の別動隊の奴らは、どうせ眺めていることしかできないのだから。
「ああああああ!!」
「シャスティル……お願い……っ!!」
そうして、衝撃が走った。
光が瞬く。目の前に、圧縮されていくデザートウィッパーの肉体が迫る。
徐々に、砂に押し込まれる。周囲に広がる空が、砂に埋まっていく。ザザザと音が鳴り、光の膜が砂を弾くことによって、船から見える景色は砂の壁と上部から迫る肉塊。
光の膜に、亀裂が入る。徐々に、それは広がっていく。
一番下、光の膜に触れている肉体が、横に広がっていく。上から、他の奴がのしかかっているからだ。圧縮され、今にも破裂しそうなほどに。そうなってまでも、明確に俺たちを攻撃するという、敵意。
魔力を、迸らせる。
亀裂の入った所に吸い込まれ、それを修復していく……度に、デザートウィッパーの圧力によって、再度亀裂が入る。
「……っ!」
「シャスティル……!」
そして、またも圧力が増した。
三体目が、のしかかってきたのだ。
目の前に広がる肉塊は、徐々に皮を破り、中の赤い血肉を晒し始めている。残酷なまでの攻撃方法。しかし、これは確かに、有効なようで。
――――パリン
ガラスが割れるような音が響き、均衡は崩れた。
光の膜が消失し、目の前に肉塊と、砂が押し寄せてきている。
「……あはは。お兄ちゃん、またさよならだ」
「……バカ。今度は一緒だろうが」
目の前にいることりを抱く。
「みんな――――」
ホークが皆に何かを呼びかけようとする姿を最後。
そして、何もかもが砂に消えた。
______
チリチリと音が鳴る。
何の音だろうか。火が燃える音? 虫の鳴き声? いや、そんなんじゃない。これは、砂が落ちる音だ。
……ん? 待てよ、音? 音が聞こえるってことは……
「……生きてる」
目を開ける。顔に感触。視界にいっぱいに広がる砂の天井、そこから落ちてくる一筋の砂。それが、額に当たっている。
「ぷっぷ! 口に入った……ここ、どこだ?」
起き上がり、周囲を見る。
すると、同じように倒れている人がいた。一目でわかる。
「――ことり!!」
「――――んん……あったかぁい……おふとんとんとん……むにゃむにゃ……」
「……ね、寝言だと……しかもこの状況で」
とりあえず、無事なようだ。というより、抱き合って砂に呑まれたのだから、俺が無事ならことりも無事か。
ん……そうか。あの時、デザートウィッパーに押しつぶされて、船ごと砂漠に埋められて……ってことは、ここって……砂漠地下?
「……にしては、見るからに、人工物っぽいんだが……」
見上げる。砂の天井。それは、砂時計の上側のように、渦巻くように一筋の砂のみを落としている。不思議だ。どうやって形を保っているのだろう。どうやって重力に逆らっているのだろう。
周囲を見る。どうやら、ここは砂が落ちてくる広場のような空間らしい。不思議と明るく、周りに砂の山が形成されている。
床を見ると、タイル状の石でできている。さらに、奥を見る。
通路があった。ここと繋がっており、一つの区切りから、天井がある。見るからに、人工的な道になっている。
近寄って見てみる。砂の天井は、段々と床と同じようなタイル状の石へと変わる。壁は砂岩でできており、何かの模様が刻まれている。文字でもないし、何かの比喩でもない。不思議な模様だ。
ここはなんだ? 確か、俺たちが戦っていた場所は、シャルーガ遺跡とかいうのに近いんだったっけか。デザートウィッパーが発生する場所っていう。
なら、ここはシャルーガ遺跡の地下部分、ということなのだろうか。だが、ホーク曰く、シャルーガ遺跡は地表に突出した砂岩でできた不思議な建物で、地下部分があるなんて一言も言っていなかった。もちろん、ただ言っていないだけの可能性もなくはないが……。
ことり以外の仲間は見当たらないな。それに、船も。あの状況だから、船は確実に壊れただろう。ただ、船を形作っていた木材の破片とか、そこらへんに転がっていてもおかしくないのに。
色々と、おかしな点が多い。だが、この常識が通用しないのが、異世界という感じもする。
そういえば、衣類に砂が入ってないな。剣の鞘にも……入ってないな。どういうことだろうか。砂によってここに運ばれてきたのなら、体中砂まみれになっているはずだが。
……少し考えただけで、何か超常的なことに巻き込まれているということが分かってしまった。というか、壁に刻まれた模様を見る限り、明らかに常識が通用しなさそうな場所だしな。なんだか、神秘的な趣を感じるのだ。
歩き、広場に戻り、眠り姫に歩み寄る。
ダークエルフの里でも、寝っぱなしだったからな。なんだか、寝ている姿が一番印象的だ。
膝をつき、顔に手を近づけて、頬を叩く。
「おーい、ことりー」
「むぅ……カゲ…………うるさいっ!!」
目の前、迫ってくる顔。
――ゴチン
「――いってぇえええ!?」
「いったああああ!? な、なに!?」
痛い。不意なことで、反応できなかった。てか、いてえ。
「おま、静かに起きなさい!!」
「え、え!? 私!? てか、お兄ちゃんじゃん! あれ、ここどこ!? 天国!? あ、でも、私そんな良いことしてないし、地獄かも!?」
「お、おう……どうどう、落ち着きなさいな」
「落ち着けって!? 落ち着けってなに!? 痛い、痛いよ。頭が痛い。割れるように痛い。もしかして、私、今色々なことを考えすぎて、頭が痛くなってるのかな!?」
ダメそうだ。色々な情報が一気に入ってきているせいで、パニックになっている。
ふむ……なんとか落ち着かせたいが、別に放置しててもそのうち収まりそうだな。
「うひゃあ! 砂!? 砂いっぱい!?」
「それは少し過剰反応というか、そこ反応するとこなのか……?」
「うるさいよ。黙ってて、クソカスノロマゴミ兄ちゃん」
「急に冷静になるじゃん……」
しかも、さりげなく罵倒の言葉に『兄ちゃん』を混ぜている。『ニート』が消えた代わりに、似た語感の『兄ちゃん』が加入したらしい。アイドルユニットか何かかな? クソちゃん、カスちゃんみたいな……何この思考。これこそクソカスなのでは。
「…………」
「……何か喋ってよ」
「理不尽……」
「お兄ちゃんが喋ってる。腕をつねると……痛い。これは夢じゃないね」
「まあ、そうだな」
なんだその指差し確認レベルの認識方法は。
「…………やった。私たち、生きてるー!」
その場でぴょんっと跳ね上がり、両手を仰ぎ、喜びを表現することり。
うーむ。そうか、俺もこういう反応をすれば、可愛くなれるのか。将来の夢は美少女になることだからな。今のうちに勉強しておこう。
頭の引き出しにメモしてしまっておいて、状況をことりと確認する。
「ここはどうやら、砂漠の地下らしい」
「うん、当たり前じゃん」
「ほかの人が見当たらない。もしかしたら、他の場所に流されているのかもしれないな」
「見れば分かるよ」
「それに、体に砂がついていない辺り、ここはどこか異常だ」
「そりゃ、こんな変な模様があるぐらいだし」
「……」
「……え、終わり?」
終わりだよちくしょう。
「ま、どうやらこの通路を行くしかなさそうなんだが……」
「はいはい。みんなを探しに行くんでしょ?」
「おう。じゃ、行くか……」
ぴょこぴょこと軽く跳ねながら隣に並び、にししと笑うことりを見て、なんだか気持ちが軽くなる。
みんなもきっと、無事だろう。
そうして、通路に向かって歩き始めた。
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