砂漠の鱓


 平らだ。景色を一望して、思う。

 植物すらない、地平線まで広がる平らな砂の大地。砂漠の本領を今、見ている。


 船の縁。周囲の仲間は慌しく動いているが、俺はできることもなし。何もしなくても文句も言われないので、こうして縁にしゃがみ込んで景色を見ているのだ。


 そうやって、不毛の大地を眺めていると、時には動く生命が顔を出す。


「……」

 砂の中から出てきたヒレ。小さいが、それがいくつも飛び出している。

 やがて、体を現す。砂上船に並行して泳ぐそれの正体は、魚だ。


 砂を掻き分ける音と共に、光沢のある皮が現れる。そして、一瞬沈んだと思うと、砂の中から飛び出して宙に舞う。


 目があった……ような気がする。


 そいつは砂に激突しまた、沈んでいった。

 マグロ並みの大きさ。砂と同じ色の皮。半透明な薄い青の鋭いヒレ。胸ビレが異様に発達していて、横に伸びている。もはや、剣のようだ。それを巧みに扱って、砂を泳ぐそうだ。体の横幅が、その胸ビレのせいでかなり長い。胴体は細いが。


「……なんで飛んでんだろ」

「そりゃ、空気を吸いに出てるんでっせ」

「チューさん」

 隣、汗を拭きながら胡坐で座るチューさんがいた。

 気づかなかった。観察に集中してた。


「なるほど。単純明快だな」

砂遊魚デザートウープがこうして慌しく群れで飛びまくってるのを見ると、どうやら目的の奴が近いようでっせ」

「どういうこと?」

「砂遊魚は、振動が一番の刺激。振動を感じると、慌しく砂から出て飛び回るんで」

「へぇ……チューさん、やっぱ物知りだな」

「へへっ。とんでもねえです」

 彼は頭を掻きながら笑っている。

 俺は、その揺れる顔の中央、発達した丸くて赤い鼻を動きに合わせて、目を動かしてしまう。

 くそ。触ってみてえ。どういう感触なんだ。


 今、俺たちは砂上船に乗って移動を開始している。俺とことりは、船の扱いが分からないので、ほとんど仲間に任せてしまっているが……どうやら、順調に進んでいるようだ。

 というのも、基本的に風の魔力球マジクリマ……風を起こす魔道具で船を動かしている。自由に風向きや、強さを調節できるようで、異常なほどに小回りが利くのだ。


 デザートウィッパー討伐には、機動力は欠かせない。

 その巨体が動くだけで、その下敷きになったものは助からない。しかし、その大きさのあまり、動きは鈍いそうで、砂上船に乗っていれば回避は容易だそうだ。


 問題は、攻撃方法だよな……確か、船体の中に大砲を積んでいるんだっけか。前衛職の人はそれを使ってもらうとして……俺はどうするか。魔法も使えるが、リーフがいないから大掛かりな魔法は使えない。だって分からんし。術式も詠唱も魔方陣も。他に独特な使役方法は持ってないし。


 魔力量に物を言わせて無理やり火力を上げるか……。


 そして脳内で一人会議を開きながら、景色を見る。


 つかず離れずの距離に、同じような小型の砂上船が並んでいる。その更に遠くにも、二隻。一番奥の船に至っては、砂煙でよく視認できない。


 俺たちは右端。デザートウィッパーを視認したら大回りで背後に回る。背後に回るときは中央部分だ。左回りの別働隊の船と隣り合わせ。


 まあ、別に他の班と作戦会議とか特にしてないが。だって、別動隊で魔法使えるの、俺とことりだけだし。残りの魔法使いは皆本隊、でっかい船に乗って後に続いているはずだ。ここからは見えないけど。

 皆やることは、大砲をぶっ放すだけだ。それでデザートウィッパーが怯むのかとか、俺にはわからんが。過去の討伐方法を踏襲しているそうなので、大丈夫だとは思うが。


「おい! チュー!! ちょっと来てくれ!!」

「あ、兄貴が呼んでるんで、おいら行きますね」

「ん。俺にも手伝えることがあったら言ってください」

「へい」

 そういうと、彼は立ち上がり船内に続く階段に消えていった。


 船の後方部分。帆を支える支柱に台が取り付けられ、そこに魔力球を操作する石版がある。

 その操作台に、ホークがいる。彼が船を操作している。


 帆の上、梯子を上った頂点に見張り台。そこに、ターニャさんとシロがいる。あのセット、最近仲良いな。

 後、船の上にいるのはトンさんだけだ。トンさんは、船首の方で、大砲の弾やらが入っている木箱をロープで縛って、船に取り付ける作業をしている。


 ……俺もあれぐらいはできるか。


「トンさん。俺も手伝います」

「ぶ、ぶひぃ……た、助かるんだなぁ。じゃあ、それを、お、お願いするんだなぁ」

「ふふっ。分かりました」

 トンさんは喋り方がゆったりしてて、雰囲気が朗らかになる。


 さて、こいつを縛って……



 ――――ゴォーン


 鐘の音。それは、緊急事態のときに鳴る音だ。

 見ると、少し離れている隣の船が銅鑼を鳴らしていた。


「な、なんだなぁ?」

「……」


 帆の上、ターニャさんを見る。


 すると、彼女は外套をはためかせて、シロを抱えながら飛び降りていた。


 着地寸前、何かの力が働いて、一瞬ゆっくりになる。

 そして、ギシッという船の木が鳴る音と共に、彼女らは着地した。


「す、すごいんだなぁ!」

「……」

「カゥ!」

「何か分かったんですね?」

 まず、彼女は抱えていたシロを降ろした。

 そして、その後、前方を指差した。


「……?」

「なにがあったー!?」

 帆の下、魔力球を操作する円形の台に乗ったホークが、その場から大声で聞いてくる。

 ターニャさんが指差した方向を見るが、特に何も……


「――――あ」


 砂煙、その向こう側。まるで天を突かんとするような、巨大な縦長のシルエットが浮き出ている。

 やがて、それは段々と、鮮明になりつつある。


 塔みたいだ――――そう思った次の瞬間、それは中央から折れていき、先端が地面に落ちていく。


 そして、触れる。


 ――――ボン


 爆発。その先端が地面に着くと同時に、大量の砂が宙を舞う。


 全てシルエットだが、間違いない。これほど分かりやすいのだ。間違うわけがない。



「――――出た!! あいつだ!!」

 後方、操作台の上にいるホークを見上げて、叫ぶ。


「……! 分かった! トン、船内の仲間に船が揺れると伝えろ!」

「あ、あい分かったんだなぁ」

 トンさんが、後方、操作台の下にある、船内に続く階段に消えていく。


「……いよいよか」

「カゥ!」

「……」


 手短な、船体に取り付けられたロープを掴む。船首から船尾まで、縁の部分にロープがあるのだ。


 ターニャさんも、シロをもう一度抱えた後、同じようにロープを掴んだ。


 途端、船が揺れる。右方向に進んでいるのだ。

 俺たちは、右回りの別動隊。まず、俺たちが先に回って、他の船が続くのだ。


「……」



 砂煙が舞う。遠くのシルエットは、段々と大きくなっていた。



______



 ――――ゥゥゥゥ


 鳴き声。空気を伝い、ここまで届く。頬に、若干の振動を感じる。びりびりとした何かが、全身に波打っている。


 それでも、進む。

 シルエットはやがて、色を帯び始め……上を見上げる首が少しだけ痛くなってきた頃、はっきりと見えた。



「――――キュウウウウウ……」

「……ははは」


 頭を天に突き刺し、太陽を射抜かんとばかりに体を伸ばしたそいつは、叫んだ。

 その叫び声が、空から聞こえてくるようで。


 黄土色の体。砂のような皮が、揺れ動く。横幅は船よりも少し短い程度。だが、この高さ。頭を限界まで上に向けてやっと先が見えるほどの高さ。


 頭部。馬鹿みたいに開けた口筋。巨大な瞳。確かに、ウツボのようだ。体の形状も、顔の特徴も。


 そして、そいつが今はっきりと、真下にいる俺たちを見た。


「――ホーク!!」

「分かってる!!」


 ――――ォォォ


 先端が曲がり、俺たちの方へと倒れてくる。


 頭は、船を通り越し遥か遠くへ。しかし、頭上、その圧倒的なまでの長さを誇る肉体が、ただただその落下運動が、とてつもない破壊として、降り注ごうとしていた。


 瞬間、夜になる。

 太陽が消え、視界が暗くなる。太陽を、この巨体が遮っているのだ。



「――――皆、掴まれ!!」

「お――」


 突然、砂上船の勢いが増す。

 体のバランスを崩しそうになるが、ロープを掴んでいるので問題ない。


 視界が明るくなる。降りかかる肉体の下から脱出した。


 突如、爆音。


「うおぉぉぉ!?」


 通り過ぎた方向、とてつもない風圧。

 砂煙が一瞬で周囲を満たし、大量の砂が船に降りかかる。


 ――――ザザザ


(とてつもないな……!)

 外套で身を覆う。大量の砂が降りかかる音が、耳に響く。


「耳が――」


 そして、船が揺れる。あまりにも大きい質量を持つ物体が砂の大地に降りかかったことで、この周辺の地面が揺れている。


 耳に届く不快な砂の音が鳴り続く。

 周囲のことを一切気にする余裕のないこの状況が終わるまで、どれ位時間が経ったのか。



 やがて、砂の音が止む。



「……平気、か?」


 降りかかる砂が止んだので、外套から顔を出す。


 砂煙の世界だった。

 俺は今、船首にいる。それが、船の中腹までしか見通せない。


 ただ、船は今も動いている。どうやら、無事に通り抜けたようだ。

 しかし、後方部分が見通せない……


「――――お兄ちゃーん!!」

「ことり! ここだ!」


 砂煙の向こうから声がすると、シルエットが浮かんだ。返事をすると、その影はこちらに向かってきた。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「ああ! 皆は!?」

「大丈夫! ただ……」

「……」


 船の上に、大量の砂が降り注いだ。

 重量も増しただろうし、あの勢いだ。特殊な加工がされているとはいえ、最悪、帆が破れているかもしれない。


 何より、周辺の状況が見渡せない、この砂煙が厄介だ。他の船がどうなったのか。きちんとあの巨体を避けられただろうか。


「どうしよう……」

「……まあ、簡単だ」

 俺は、頭にイメージする。降り積もる砂を吹き飛ばし、砂煙を切り裂く風を。


 簡単だ。今まで、何度もやってきたから。


 右手を船に差し向ける。今、船首にいるからちょうどいい。全部、後方に吹き飛ばす。


『風よ』

 魔方陣が浮かんでは消え、そして舞った砂煙からも微量の魔力を集め、瞬時に構築された魔法。


 風が生まれ、それはそのまま俺の右手を起点として、船の後方部分へと吹いた。


 船の木の床に降り積もった砂。ロープ、木箱などにも。それらが一斉に、吹き飛ぶ。そして、この視界を遮る忌々しい砂煙も、吹き荒れる風を中心として切り払われていく。


「わぁ。そっか、風魔法で……」

 得心したように呟くことり。

 俺が生み出した風によって、外套のフードが取り払われ、その艶やかな黒髪が露になってしまった。黒髪の尻尾が揺れている。


「砂が入るから、フード被った方がいいぞ」

「あ、うん」


 やがて、船を包む砂煙は消えた。周囲にはまだ、立ち込めているが。


「――ラード、大丈夫か!!」

「ああ!!」

「そうか! とりあえず、この砂煙を抜けるまで、直進する!!」


 そのとき、大地が唸るようなあの声が、響く。


 ――――ォォォ


「まさか……」


 音が、地面から聞こえてくる。

 デザートウィッパー。砂の大地を潜り、飛び出しては鞭のようにしなる体で、全てを押しつぶす存在。


 つまり、この真下から聞こえてくる音は。


「――ホーク!! 飛ばせッ!!」

「分かってる……っ!」


 しかし、砂上船の勢いは大して増さない。もう既に、速度限界に近いのだろう。


「くそっ……」

 自身の体から垂れ流すように地面へと浸透させた魔力。

 それが感じ取る、そのあまりにも大きい魔力反応は、この船を飲み込むように真下に存在している。そして、それは矛先を、この船へと向けつつある。


 このままの速度では、デザートウィッパーに船を突き上げられてしまう。あの巨体と速度で突き上げられたら……一瞬で船は破壊され、砂の大地に放り出されるだろう。移動手段を持っていない俺たちは……まずいな。


 なら、やってみるしかない。


「あ、お兄ちゃん!?」


 すぐさま、駆け出す。風の魔力球マジクリマ。風を生み出す魔道具。本来、水晶の中に掘り込まれた術式は、規定量の魔力しか受け入れない設計のはず。無限に微量の風の魔力を生み出す属性魔石から、上手く効率の良い魔力の使い方が組まれた式。だからこそ、コンパクトな水晶玉の魔道具として、便利に使われているのだ。


 そして、砂上船。これを動かす風の魔力球は、単純に風を吹かしているだけではない。

 帆を範囲指定した条件下で、風を纏わせて操作しているのだ。つまり、俺が帆に向かって風魔法をただ単純にぶつけても、纏った風が壁のように機能して、相殺してしまう可能性がある。


 なら、どうするか。それは、この既に限界までに機能が詰め込まれた魔道具の能力を、更に引き上げるしかないのだ。

 言わば、軽自動車のエンジン出力のレベルを、無理やりスポーツカーの物へと変えるようなもの。成功するかは、一か八かだが。


 しかし、本当に恐ろしいものだ。ただでかいだけの魔物が、こうやって移動するだけで一気に危機的状況に陥るなんて。こんな討伐依頼に参加するんじゃなかった。ホークの野郎が割りと気軽に誘うもんだから、結構安全な狩猟になると思っていたのに。いや、思ってはなかったけど、本気で危険だとは考えていなかった。


 なんというか、実物を見なかったから、ふわふわな危機管理しかできなかったのだ。今、思う。こいつはやばい。本当にこんな奴を討伐できるのか。


「お兄さん!」

「ぶ、ぶひぃ。な、なんなんだなぁ。この音はぁ」

「すみません! 今はちょっと……!」

 ギューさんとトンさんが、帆の支柱付近で腰を落として危険に備えていた。

 だが、今は二人を気に掛けている場合ではない。いや、ギューさん、俺のことをお兄さんと呼ぶな。お前が妹に抱いてるのは恋心じゃなくて信仰心だろうが。俺が義兄になる可能性はないぞ。


 緊迫した状況下で、つい思考だけはふざけてしまう。


 すぐに、右手にある階段を上る。踊り場、船の尻。ここも荷物置き場。振り返り、中央の操作台に続く階段を上る。


「ラード!」

「どれだ! 船を動かしてる魔道具!」

 見ると、ホークは石版にはめ込まれたレバーを操作している。

 しかし、これは魔道具を起動し操作するための仕組みだろう。ここからじゃ、魔道具の内部構造に干渉できない。


「ああ!? それならこいつだ!」

 見ると、支柱の中、埋め込まれた水晶玉が見える。


 近づいて、手をかざす。

 真下から感じる魔力、凄まじい勢いで砂漠地下を這い回り、今にもここを貫かんと上昇してきている。猶予がない。


 ……なるほど。水晶体の内側に術式を彫り刻み、中央に属性魔石をはめ込んでいるのか。しかし、水晶体の中で蛇のように穴の道を張り巡らせ、そこに術式を彫るとか、どんな技術で作ってんだこれは。

 単純に属性魔石の出力を上げる操作をするか……いや、魔力を通す通路が狭いし、規定量以上の魔力を術式に通すと、どうなるか分からない……最悪、破裂して壊れるかもしれない。


 ……水晶体の上部、この穴から完成した魔法が支柱を伝って帆に向かっている。ここだ。

 魔法を構築する回路には干渉できないが、完成した魔法自体の出力を、魔性体である俺ならば操作できるはずだ。


 意識を集中する。焦ってはだめだ。もう200メートルもない位置にデザートウィッパーが差し迫っている。船が砂を泳ぐ振動を聞いて、突進してきている。


 一回きりだ。ミスれない。


「――――ふぅ……」

 思考、意識を内面へと落としていく。


 魔力。海のようにどこまでも広がり、どこまでも深い俺の魔力。それは、意識から飛び出て、己の身体へと集束する。やがて、血液の流れから分流し、筋肉を浮き立たせ、肌から露出する。


 その纏った魔力を、腕に伸ばし……風の魔力球に触れている手の先へと……そう、糸で操るように。


 やがて、魔力が放出口に触れる。


 瞬間、頭に大量の文字列のイメージが浮かぶ。

 それは、かつての世界では見かけたことのない言語。しかし、俺はこの文字列、意味は分からないが、見たことがある。最近だ。


 これは、北大陸で獣の国ガルーガが使用している言語。


 魔道具に彫りこまれた術式だろうか。解読はできないが、不思議と、イメージした文字列を認識していくたびに、魔法の構造を少しずつ理解していく。


「……」

「ラード! 何やってるか知らんが、できるだけ早くしてくれ!!」

「ホーク、ちょっと黙ってろ」

「……あ、ああ……すまん」


 ……やっぱり。帆に魔力層を停滞させて、その内部で気流を操っている。魔力球では、あくまで魔法を構築しているだけ。これは、外にでた……つまり、帆に纏わりついている魔力層の濃度を高めれば……。


 上を見る。今にも張り裂けんばかりに張っている帆。これ以上の強さの風に耐えられるのだろうか。


 だが、どの道やるしかないんだ。


 ――――ゴゴゴ


「ふ、船が……!」

「……」

 揺れている。来てる。奴が。


 魔力球の上部に触れる。

 手に感じる、魔力の奔流。風の属性を付与され、支柱を伝い帆全体を包むように動いている。


 手に集めていた魔力を、そこに当てる。そして、唱える。


『風よ』


 略式。だがしかし、俺の魔力は理解してくれる。

 手の先の魔力が実体化し、風属性を帯びる。風圧で砂煙が散っている。


 それを、奔流へと注ぐ。

 一瞬、抵抗するような風圧を手に感じたが、すぐに溶け合い……その流れの勢いは、急激に増していく。


 瞬間、船の勢いが異常なほど、増す。


 体のバランスが狂い、その場に倒れそうになる。


「うぉお……」

「しまっ――――」


 ホークが体勢を崩し、レバーから手を離した。レバーが上から、中央に戻ってしまった。


 もしかして、常に上に傾けないと、進まないのか?


 まずい。俺も、バランスを崩してる。もう、すぐそこまでデザートウィッパーが――――


「――おらぁ!!」

 そうやって操作盤のみ見ていた俺の視界。

 隅から、人影が飛び出す。


「チューさん!?」

 丸っこい赤い鼻。丸い耳、グレーの体毛。


 ――――グォォォオオオオオオオオオ


 響く、唸り声。


 ――――ゴォン


 まるで、大地が叫んでいるようだった。


 急激に加速した船。一気に、風魔法で飛ばされなかった砂煙へと突入する。


 その背後、砂が盛り上がり、そして爆ぜる。


 そして、その砂が爆発する光景すらも、砂煙の向こう側へと消えていった。


 ────ォォォ


 唸り声が、遠のいていく。


「……う、うぉぉ……」

「危機一髪ってやつですぜ」

「チュー、助かった。お前がいなかったら――――」


 そうやって話すホーク。


 その喋りは、突如上から降ってきた大量の砂によって、中断された。


 ザザザと。まるで、雨。


「「「……」」」


 俺は、一時の休息を邪魔した存在を恨むように、唱えた。



『風よ』


 それは、予想以上に魔力がこもったものとなった。

 俺の手を中心に風が吹き荒れ、周囲の砂と煙が飛んでいく。


「うわわっ!? ら、ラードさんんん!?」

「ら、ラード! 止めてくれぇぇぇ」


 二人が体を崩して、船体から落ちそうなほどに吹き飛んだ。


「悪い、ついイラついて」

「わ、分かりやすけどね……ハァ、死ぬかと思った」

「俺もだ……」

 髪の毛がザラザラする。口にも少し入った。うぜえ。


 魔法を止めて、周囲を見る。


 前方に広がる砂の大地。太陽が燦々と輝き、蜃気楼を生み俺らの船を幻惑へと沈めている。


 砂漠……砂煙は抜けたか。


 後方を見ると、砂煙の中から一隻、また一隻と船が飛び出してくる。

 他の班も無事そうだ。


 ……その砂煙の中心地、揺れ動く巨大なシルエットは、今も大地を蹂躙しているようだ。


 しかし、回り込むことは出来た。ここから、反撃の時間だ。

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