作戦と『きもい』談義


 砂の大地。そこに点在する、憩いの場。それはオアシス。

 見れば、湖のように縦長に延びた水場に、大量のラクダが顔をつけている。並び立つその大量のラクダを見ると、少し眩暈がしてしまうほどだ。


 そのオアシス水場の畔で、討伐隊において指揮棒を振るう彼らリーダーたちは、固まって円陣を組むようにして話している。


「囲うのはどうだ。円形の陣で……」「しかし、行動を予測できるのか?」「習性に詳しい奴がいる」「今、奴は北西の遺跡付近で――――」


 その様子を眺めている、俺。少しだけ高い砂の丘に立っている。

 しかし、砂漠とはいえ、水場があれば木は生えるんだな……しかも、こういったオアシスを経由するのが常套なのか、砂岩でできている休憩小屋みたいなのも造られていて、整備されている印象を受ける。


 あの植物はどこからやってきたんだ……周辺は砂の大地だし、種とか存在するのか?


 景色を眺めながら、そんな思考をしていると、隣、砂が舞い影が立つ。


「なんか、蚊帳の外だね。お兄ちゃん」

 ことりだった。ずっと砂の大地を見ていたからか、オアシスに来てからは若干表情に余裕が見える。


 取り巻きと化していたギューさんはどこにいったんだ……そうやって辺りを見渡すと、畔のラクダの傍に立ち、乗せた荷物の整理をしていた。なんかラクダに餌の草あげてる。意外だ。面倒見とかいいんだな。まあ、三人パーティのリーダーだから当然か。


 他のメンバーもいないな。ターニャさん、シロ、チューさんとトンさん。まあ、各々装備点検やら色々やることはあるか。


 そこまで考えて、ことりに答える。


「ああ。まあ……リーダーだけ聞けばいいしな。それに、暇そうなのは俺たちだけじゃなさそうだ」

「ね。皆もリーダーに任せてるみたい」


 見れば、討伐隊に参加している人々も、各々自由にしている。小屋の中で休憩している人、砂を弄ってる人、水浴びをしている人。皆獣人だが。

 しかし、獣人は本当に多様性がすごいな。血の濃さで体の特徴が変わるし、そもそも混ざってる獣の種類も多い。似たような見た目の人が少ないってのは見分けがつきやすいのでいいことか。覚えやすいし。


 ――――ザザザ


「……またか」

 砂が揺れる。地震に近い感覚。見ると、休憩している人たちも、耳を立てたりと様々な反応を見せている。


「デザートウィッパーに近づいてるんだね」

「むしろ、向こうがこっちに近づいてるんじゃねえか?」

「そうかも。う~……いよいよ緊張してきたぁ!」

 握りこぶしを作り、闘志に燃える瞳をしながらも、体を震わせるという器用なことを一気にやってのけることり。

 まあ、言葉だけじゃ想像もできないよな。200メートルとか。しかも、それを今から狩るとか。そもそも狩られるんじゃねえか。実態が分からなくて、いまいちふわふわとしてて、確固たる意思を持てない。逆に恐怖とかできたらいいんだが。


「……まあ大丈夫だろ。最悪、皆置いて一目散に逃げようぜ」

「いやいや。危ない状況になったら、真っ先に逃げ遅れるのは多分私たちだからね。クソカスノロマゴミニート根性を発動させるのはいいけど、現実を見ようよ、お兄ちゃん」

「獣人たちは身体能力が高いからな……」


 徒競走とかしたら間違いなく負ける。


「――――兄弟仲がいいんだな」

「あ、ホークさん。終わったの? はい、掴まって」

 目の前、砂を蹴り丘を登りつつ、話しかけてくるホーク。頭の毛が真っ赤なので直ぐに分かる。


 ことりが、そのホークを見て、手を差し出しながら聞く。


「ああ。ここから、本隊と別動隊に分かれる。俺たちは別動隊のひとつだ……っふ」

「よっしょっと」

 手を引っ張って登るホークを手伝うことり。これは俺がやるべきだったのでは。まあ、パーティメンバー同士仲良くて何よりだ。


「ありがとう、ことりちゃん」

「うん」

 登って、足の砂を手で振り払うホーク。


 そして、俺に近づいてきて、耳打ちしてくる。


「……お前の妹、可愛い上に優しいんだな。少し、ギューの奴の気持ちが分かったぜ」

「……お前もか。まあ、そうだけど……」

 お兄ちゃんとしては、こういうときどういう反応をすればいいのだろうか。いや、ことりは器量の良い子だが。事実だが。


「……?」

「んで、別動隊ってのは?」

「説明しよう。地図を見てくれ」

 といいつつ、紙を開いて見せてくるホーク。

 見ると、ここガルーガ砂漠の地図だった。中心に王都があり、そこから円形状に砂漠が広がっている。


 俺たちが今いるのは、西から少しだけ南に寄ったところにあるオアシス。他にも、砂漠の至るところにオアシスを示す点がある。

 地図の北寄りの西から、街道が延びており、王都へと繋がっている。ここが今、閉鎖されているメインの街道。俺たちは少し、南寄りのルートを通ってここに来たようだ。現在、北上している。


「今、デザートウィッパーがいる場所はここだ。まあ、おおよそだが」

 そういうと、ホークは北西の『シャルーガ遺跡』と名づけられた場所を指し示した。


「遺跡……?」

「デザートウィッパーが発生する場所は、大体ここなんだ。その生態は解明されていないから、理由は分からないけどな」

「へぇ~……それでそれで?」

 ことりが続きを促すと、また語り始める。


「本隊はこのまま、北上する。その間、別動隊がこうやって囲むように動いて、デザートウィッパーを本隊の方向へ向かうように誘導するんだ」

 今いるオアシスから、扇状に別動隊を展開し、デザートウィッパーを取り囲む。そして、攻撃を加える等して、北上する本隊の方向へ誘導する……なるほど。


「誘導? どういうこと?」

「本隊に、魔法使いを編成する。主要火力だな。そして、一斉に氷属性の魔法を使ってもらい、大魔法を構築する。それで……それが確実に命中するように、別動隊の俺たちが誘導するんだ」

 地図上で指を動かしながら説明するホーク。扇状に展開された別動隊が遺跡の裏側へと周り、デザートウィッパーを下へと追い込む。追い込み漁のようなものだろう。


 しかし、手も毛でふっさふさだな。触りてえ。


「なるほどね……あの、ところで私、魔法使いなんだけど……」

「何? そうなのか? なら、俺が今すぐ提案してこよう」

「まて、ホーク」

 丘を降りようとするホークを呼び止める。

 まあ、そうだな。本来であれば、ことりを本隊に組み込む提案をするところだ。


 だが、しない。ことりを本隊に組み込めない理由があるのだ。それを、口に出す。


「ことり。お前、誰かと協力して魔法使ったことあるか?」

「あ……」

「それに、お前の魔力は周囲の魔力を喰っちまうからな。何が起きるか分からん」


 周囲の魔力を喰らって肥大化した魔力は、魔法の構築を破壊して爆発しかねない。


 特に、ことりの闇の魔力部分。『カゲメデア』の奴は、制御が利かなくなる可能性が高い。意思を持った魔力は、内包する魔力量が増えると、制御を無視して暴走し始める。カゲメデアの場合、普段からことりの言葉を無視しているときもあるぐらいなのに、魔力量が増えて自我が暴走したら……この辺り一帯を飲み込むほどの巨大な闇魔法を展開しかねない。


「……そっか。考えてみると、私って魔法使いの人と協力できなさそう」

「そんなことはないだろ。ただ、今は経験も知識も足りないしな。別動隊として動こう」

「……よく分からんが、ことりちゃんは俺たちと一緒ってことでいいんだな?」

 俺たちのやり取りを見て、要領を掴めないものの、結果だけは把握したホークが聞いてくる。


「ああ、それでいい。それで、俺たちはどうやって動くんだ?」

「左右に4部隊ずつ。俺たちは右側だな。それと、垂駱駝はここまでだ。これからは、高速で移動できる砂上船に乗る」

「……砂上船?」

「あれだ」


 指差す方向。湖を跨いだ向こう側。

 オアシスに存在していた、巨大な四角形の砂岩でできた建物。最初に見たときも、中に何が入ってるのかと疑問に思っていた。


 そこに、獣人が集まっている。そのうちの一人が、建物横に垂れ下がったロープのようなものを引っ張った。


 ――――ゴゴゴ


 正面の壁が、砂に埋もれていく。そして、中が見えてくる。陽光が差し込み、それを照らす。


 船。木製の船体に、白い布の帆。船という言葉を聴いて一番に思い浮かべるものが、そのままそこに存在していた。


 何十人も乗れそうな巨大なものから、小型船まで、大小様々。その船に、人が乗っていく。


 そして、動いた。

 帆が凄まじい勢いではためく。風もないのに、まるで台風の中を移動しているかのように、張っている。


 やがて、砂を泳いだ。


 一番大きな船が、その建物から出て陽光に晒される。それはそのままオアシスの木々を薙ぎ倒して、オアシスの外側まで移動した。


 そして、船体の横。ロープで雁字搦めになっているところが解放される。


 ロープの中から巨大な錨が落ち、落下したところの砂が爆発した。


 その爆発した砂が地面に落ちるまで、俺とことりは唖然とそれを見守っていた。


 そして、ホークが語りだす。


「あれが、砂上船だ。船体に特殊な油を塗って、帆に風の魔力球マジクリマを置く。それで風を発生させて、砂の上を移動するんだ。もちろん、軌道に乗れば自然の風だけでも移動できるが」

「……な、なんだそりゃ」

「お、お兄ちゃん。砂の上を船でだって!! こんなの、考えたこともないよ!!」

 興奮した様子で俺の右袖を掴んでくる。いや、俺も考えたことねえわ。


「ね、ねね! ホークさん! 私たち、あれに乗るの!?」

「……っはは! いや、残念ながら、俺たちは小さい奴だな」

「え~。私、あの大きいのに乗りたかったな」

 残念そうに口をすぼめ、その場で足をたたんでしゃがみこみ、ぶーぶーいい始めることり。

 それを見て、ホークがなんともいい難い表情になっている。いや、鳥の顔だからよく分からんが、とにかく普通の表情ではない。


 ついに我慢できなくなったのか、またも近づいてきて、耳打ちしてくる。


「なあ、お前の妹、俺にくれないか?」

「やるわけねえだろ」


 殺すぞ。


「クソッ! 俺にもこんな風に可愛い妹がいたら、家を飛び出すこともなかったかも知れねえな……」

 こいつの家庭環境は今まで割りとどうでもいいと考えていたが、妹がいたら飛び出さずにすむ状況ってどんなだ。気になってきたぞ。


 しかし、意外だ。獣人が人間の女の子を可愛いと思うなんて。実際、獣人の中にも顔立ちは人間という人もいるが……ホークは完全に鳥の血の方が濃いからな。鳥顔じゃなきゃ好みじゃないと思っていたが。


「……お前、鳥獣人だろ。人間も可愛いもんなのか?」

「バカお前。ことりちゃんの愛らしさの前に種族の壁なんて関係ないだろ」

「あっそ……」

「ああ。ガルーガの姫さんよりも愛らしいぜ。ちくしょう、ギューの奴、先にこんな魅力的な子と知り合ってたなんてな。ずりいぞ……」

 可愛いってのは分かるが、そこまでか?

 そういや、獣の国の姫さんってどんな顔してんだろ。それはちょっと気になるな。


「ガルーガの姫さんってどんな人なんだ?」

「ん? ああ……まあ、よく言えばお転婆。悪く言えば……獣だな」

「なんだそりゃ」

「ことりちゃんのような優しさは持ち合わせてないってことだよ。ていうか、お前もそうだが、ことりちゃんも獣人に対して抵抗がないんだな」

「え? ああ、まあ……でも、そういう亜人族に対する偏見ってなくなったんじゃないのか?」


 実際、俺がいた中央大陸のバラル王国では、差別を受けている獣人なんていなかったと思うが……。


「いや、やっぱりまだそういう思想を持っている奴も多いさ。獣人も、人間も、お互いにな。だから、あの何の偏見もない純粋な眼差しがよぉ……心に刺さるんだぜぇ……」

「ホーク、キャラが崩れてきてるぞ」

「ラード。今はそんなのどうでもいいんだよ。俺がこの丘を登っているときの、あの差し出された小さな手。あの温もりが忘れられねえよぉ~!!」

「きもっ……」

 唐突にきもくなったホークに、思わずJKがオタクを罵倒するときのような反応をしてしまった。


 まあ、きもいのは事実だから、いいか。


 両手で頭を抱え、ぐわんぐわんとロックンロールし始めたホークを置いて、歩き出す。ラクダの荷物を取りに行くのだ。


 その隣に、ことりが小走りで追ってきて並び立つ。


「なに話してたの?」

「羽毛に住み着いたノミを食べないかって言ってきたから、断っておいた」

「へえ……きもいね」


 しまった。冗談だったのに、事実無根のことでホークが不名誉を被ってしまった。まあ、きもいのは事実だから、いいか。

 見ろ、獣人諸君。これが、君たちが幻想を抱いている少女の正体だぞ。JKみたいに、軽々しくきもいとか言っちゃうぞ。


「お兄ちゃん、冗談でもそういうの思いつくの、マジできもい」

「……」

 俺だった。


 獣人諸君。どうやら君たちが抱いてるのは幻想でもないかもしれない。この子は、清らかで、優しくて、可愛い。ただ、この子は俺だけには当たりが強いみたいだ。よかったね。

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