デザートウィッパー討伐隊
「街道が通れない?」
目の前にいる奴に向けた俺の声が、周囲の喧騒に掻き消える。
酒の臭い。汗と加齢臭の他に、油満載の肉料理。暗い店内に灯る薄明かり。座るたびに悲鳴を上げる古びた椅子に、少しだけ傾いた卓。
ここは、ドルドルの町のとある酒場。ギルド周辺なことも相まって、冒険者も多い。しかし、ここに訪れる者の多くは、飲み食いが主目的ではない。いや、食うが。
ここは、情報交換の場。空いている席、卓を囲む見知らぬ者。そこに座れば、それは無償で情報交換をし合うという了承。
一応、外套のフードを深く被っているが、何度も通っているうちに俺が人間だということに気づいた奴も多い。そして、興味本位で俺と同席する者も。
その中で、同じギャルート街を目的地とする、とある鳥獣人と意気投合した。
今、俺の目の前に座っているこいつ。硬い嘴で干し肉をつまみ、赤い冠毛をこちらに差し向けている。身につけた少し薄汚れた金属の鎧と、間から除かせる黄土色の羽毛。腰には鞘を下げている。見ればわかる、冒険者。
そいつは、俺の言葉を聞いて口を開く。
「ああ。デザートウィッパーが活動的になってな。メインの街道は封鎖された」
顔を上げ、鳥獣人特有の鋭い目をこちらに向ける。冠毛と同じ、赤色の瞳。最初はにらまれているのかと思ったが、どうやら鳥獣人はこれが普通らしい。
「他の街道は?」
ただの水が入ったジョッキを口に運びつつ、問う。
酒は飲まないが、仮に飲み潰れたとして、北大陸じゃ誰も安全を保障してくれるわけでもなし。持ち物を盗まれても自分の責任だ。
それを理解しているから、ここにいる者たちも口を濡らす程度の酒しか飲まない。もちろん、酒に強いやつは平気で酒樽分くらいは飲むだろうが。
「専ら、サキュバスや
卓に肘を着き、新しい干し肉を山から一枚抜き取り、口に加え、噛みながら言う。
「……つまり?」
「今、ドルドルとギャルートを繋ぐ道は全部閉鎖されてるってことだな」
くそだな。しかし、そうか。ドンドルドさんが言っていたことはこういうことだったのか。
先日、貯金が目標額に達したので、町を発つためドンドルド商会の馬車に乗せてもらおうと思い聞きにいったが、しばらくは商いできないと言われてしまったのだ。
ふむ。しかし、この状況はドルドルやらギャルートやら、延いてはこの国、ガルーガにとっても美味しくないはず。何か打開策があって、既に手は打たれているはず。
「なんか、手は打ってるんだろ? ドルドルだか、ギャルートだかが。どうなんだ、ブゼール」
「名前で呼ぶなって言ってるだろう。俺のことはホークと呼べ」
少しだけ不満げに声を鳴らす。
ブゼール・グルドー。彼の真名。
「ああ、すまん。確か、名前が気に食わないんだったか」
「うるさい親が嫌になって家を飛び出して冒険者を始めたからな……俺はもう、ホークとして生きるんだよ」
遠くを見て、何やら物憂げに言うホーク。
まあ、人には一つや二つ、事情とか隠してることとかあるよな。
しかし、行動力が凄まじいな。元々、彼は北大陸の東部にある山岳地帯で生まれたらしいから、ここまで長い旅をしてきただろう。
「まあ、それは置いといて。どうなんだ、ホーク」
「ああ……近々、ドルドルとギャルート合同のデザートウィッパー討伐隊が組まれるらしいぜ。報酬も出る。ギルドで正式に発布された依頼だが……どうやら、人手が欲しいようでな。冒険者じゃなくても、我こそはという者がいれば、参加して欲しいそうだ。もちろん、報酬は山分け。討伐に貢献をしたものには別途、国から報酬が支払われる」
……なるほどな。
ホークはギルドに登録している冒険者だが、ソロの冒険者だ。C級の実力を持っていてソロというのは、実績と実力が確かに備わっている凄腕。
しかし、討伐隊が組まれるほどの魔物相手。ソロで参加しても、貢献度は稼げないだろう。
彼は、こう言いたいのだ。
「つまり、俺に参加しろってことか」
「その通り。
「……その呼び名、誰がつけたんだ? マジで文句言いたい。もう少しかっこよくしろよ」
しかも厳密に言えば俺じゃないし。狩りをしているのはことりとターニャさんだ。
俺がことりとギルドに魔物の素材を売りに行ったときに、なんとなしといった風に声を掛けてきたホークに返事をしてしまい、そこで顔バレしてしまった。
確か、「なあ、あんた。どうやってそんなに素材を集めてるんだ?」と聞かれ、
「狩りだよ。まあ、俺じゃなくてこっちの仲間がやってるんだけど」という風に、普通に返事をした。
飾らない様子の俺をいたく気に入ったらしく、情報交換を目的としてこの酒場に誘われた。当然、ことりには酒場なんて年齢的に早いので帰ってもらったが。めっちゃ不満そうだった。
こうして、
すると、ホークは手を顔に当て、高笑いを始めた。
「はははっ! そりゃ、やっかみの意味もこもった名だからな。かっこよかったらだめだろう」
「……」
伸びた腕から羽が伸びている。ホークは獣の血が濃い獣人だ。人間らしい動作の端々に、獣としての特徴を見る。興味深いが、あまりジロジロ見ても不快だろうか。
皿に盛り付けられた干し肉を一つ拝借しながら、ぼんやりと思考する。
「まあ、俺の名はどうでもいいんだよ。ところで、デザートウィッパーってどういう魔物なんだ? 討伐隊が出るっていうぐらいだから、なんとなくやばい魔物ってのは分かるんだが」
至るところで名前が出てくるが、得られる情報は名前だけ。皆共通認識ということで、あまり多くは語らないのだ。
ホーク相手には、人間ということ、旅をしていること諸々ばれているので、臆することなく聞くことができる。
ホークは、顔に当てた手をそのまま顎に移して、少し考え始めた。
やがて、語り始める。
「何から言えばいいだろうな……何十年に一回、砂漠に現れる、巨大なミミズ……いや、ウツボか。砂に潜り、その体を鞭のようにしならせて辺りを蹂躙する魔物だ。とにかく、その大きさが問題でな……測ったことはないが、見える範囲だけで、体長200メートルは超えているだろうな」
「は?」
200メートル。それって、俺が百二十人ぐらいか? 学校の校庭一週分ぐらい。そう考えると、そうでもないか……? いや、いやいや。めちゃくちゃでかい。その長さ、生き物の大きさではない。
「横幅8メートルぐらいか。それが、鞭のように砂から飛び出しては潜るのを繰り返して移動するんだ。街道もそのとき一緒に消滅しちまうんでな。今まで、何十回も造り直しているらしい」
「おい、待て待て。ホーク、それは冗談じゃないのか?」
「冗談だったら、今頃街道は閉鎖されていないだろう」
「……おい、俺はおりるぞ。そんな化け物相手はどう考えても無理だ」
なんだその化け物は。俺が今まで見てきた中で一番大きいのが、最古の龍の一匹、スリューエルだ。あいつと比べても、大きさが文字通り桁違いだ。
そんな奴の討伐なんざ、無理だ。危険すぎる。ただそいつが移動するだけで、このドルドルの町すらも消えてしまうんじゃないか。むしろ、そんな化け物がいて何故こうも皆のんびり酒を飲んでいるんだ。今すぐ避難したほうがいいだろ。
「まあ、待てって。最初は無理って言う気持ちは分かるけどな」
「……」
水を飲んで、一度脳を回転しなおす。
確かに、化け物だ。200メートル、そんなもの、存在するだけで災害。
「……まあ、そうか。過去に討伐してるんだよな」
先の話、何十年に一度現れると言っていた。そのたびに、街道を造り直している。つまり、過去に討伐実績があるのだ。話を聞いているだけで世界が終わってしまいそうな化け物でも、討伐方法自体は確立されているということ。
「そういうことだ。別に、魔法を使う魔性体でもなし。ただ馬鹿でかいだけのウツボさ。そう考えると、やりようなんざいくらでもあるだろ?」
「……まあ、そうだな」
爆薬を使ったり、魔法使いの部隊を結集してそいつごと一帯を凍らせるだとか……考えてみたら、桁違いの大きさを持った化け物でも、容易に食い殺してしまうような更なる化け物が、こちら側には存在しているのだった。そういう世界だ。冒険者、特にA級以上は単体でも一つの街を消し炭にする能力を持った奴ばかりだ。
冷静に考えて、別に大きいだけの魔物なんて、恐れる必要はないのかもしれない。むしろ、化け物みたいな力を持った冒険者の良識や社会性が崩れるか否かの方が、よっぽど怖いか。
冷静になり、席を立とうとして動かした足を戻す。
「すまん。数字の大きさにびびってたな」
「ま、実際、山みたいな大きさってのはそれだけで一つの脅威ではあるからな……というわけで、危険もあるが……討伐隊、どうだ?」
「……そうだな。一応、仲間にも聞かなきゃいけないが……早く中央大陸に戻りたいしな」
「ということは?」
干し肉を噛む。かなり振られた塩が肉に染み込んでいてうまい。
そして、その味を堪能し、干し肉を平らげた俺は言った。
「協力するよ」
______
砂漠。太陽に煌く砂が大地を覆っている。
乾燥した空気が流れていた草原はいつの間にか消え、森も無くなった。代わりの緑として、棘がついた植物が砂から生えている。俗に言う、サボテン。
少しだけ遠い地面。揺れる視界。かつて、馬に乗ったとき、似たような景色だったことを思い出す。
「……」
伸びている首。砂に隠れるように似た色をした体毛。揺れるたびに尻に伝わってくる、生き物の硬さ。手を置く場所には、コブ。
ラクダ。
「あつい~~お兄ちゃん~私溶けちゃうよ~~」
ラクダが砂を蹴る音に混じって聞こえてくる、苦しそうなうめき声。隣だ。
「……暑いっていうから暑いんだ。寒いと言え」
「寒い寒い寒い寒い……」
呪文のように呟き始めたことりを見て、思わず溜め息が出る。
しかし、本当に暑い……。
太陽。燦々と輝き、全てを燃やすように存在している。眼下に広がる砂が蜃気楼で揺れ動き、それを見ていると気持ち悪くなる。
砂漠装備として外套の下に身に着けた青色の服。日光対策として、顔を覆うこともできるように首下にだるんと垂れた厚い布。しかし、今はただただ暑いだけの服と化している。まあ、夜は冷えるそうなので、仕方ないが。汗が止まらぬ。
「カゥ!」
「……」
シロを同じラクダに抱え、平然といつも通りの澄ました顔をしているターニャさん。さすがは現地民というか、ギャルート街まで何度か通った経験を持っているだけあって、余裕そうだ。
シロは、この討伐隊には連れて来たくなかったが、どうしても吠えまくるので、しょうがないとターニャさんが抱えて連れて来た。
さて、後ろに続く仲間の様子を見て振り返り、前を見ると、少しずつ下がって来る者がいる。ホークだ。
この討伐隊に参加する即席のパーティ。冒険者登録していてC級のホークがリーダーとして任命されたのだ。彼を先頭に、俺たちが続いている。
やがて、ホークはラクダを巧みに操って俺と並ぶと、声を掛けてきた。
「……ラード。もうすぐ、ギャルートの隊と合流する地点、オアシスだ」
「分かった。しかし、砂漠の街とは聞いていたが、全域が砂漠とはな」
「ここから北東にある王都も、砂漠と似たような乾燥地帯だからな。王国ガルーガは、砂漠地帯が多い国なんだ」
「はーん……ま、とりあえず了解」
「オアシスに着いたら、作戦会議が――「女神様!! こちら、冷やしておいた水ですぜ!!」
ホークの声を遮るようにして、後ろ、ことりの方向から大声が辺りに響いた。
見ると、ことりの隣に並び話しかける牛の獣人。顔の形が牛に近くて、鼻がピンク。耳が大きく、垂れている。
手には、何かの筒。言うとおり、水が入っているのだろう。
「あー……ありがと。貰っとくね」
嬉しそうに微笑むことり。
それを見て、牛の獣人が声を上げる。
「ありがたきお言葉!! おい、おめえら! しっかり聞いてたか!!」
「へい! もちろんでっせアニキ!!」
「ぶ、ぶひぃ。に、にしても、あ、暑いんだなぁ」
牛の獣人に続くように、後ろに鼠の獣人。鼻が出ていて、赤い。釣り目。その隣に豚獣人。腹が出ていて、全体的にふくよか。鼻が丸っこくて大きい。
彼らは、ことりが町で作った知り合いだという。牛の獣人が、ギュー。鼠の獣人がチュー。豚の獣人がトン。非常に呼びやすい名前で助かる。
討伐隊の依頼を受けるために、ギルドで依頼手続きをしているときに、彼らが話しかけてきたのだ。いや、正確に言えばことりに、だが。
あれこれ事情を話すと、「是非協力させてくだせえ!!」と言うので、パーティとして登録させてもらったのだ。
彼らはD級。ギューさんは昇格試験を控えていたところだったようで、危険な依頼に参加して大丈夫なのか、と聞くと、「いえ! 女神様のお力になれるのならば!」と返事をしていた。次いで、「お兄様も、そのように思いませんか?」と言っていた。なぜか顔を近づけて来て、迫るように言うので、少しだけ怖かった。いや、かなり怖かった。
……ことりから大まかな話を聞いていたが、これほどとは。本当に新興宗教ができているじゃないか。いつの間にか、俺の妹が女神になっていた。誇らしい? な。
彼らの構成は、ギューさん、トンさんが戦士。チューさんが弓使いらしい。チューさんは大型の弩を扱うようで、俺の腕に装着する小型の弩を見て驚いていた。そして、製作者を聞かれた。彼らパーティの中では、一番気が回る人という印象だ。ギューさんはドイルを少し面倒くさくした感じで、トンさんは話していて癒される。
ギューさんは斧を。トンさんは戦鎚を扱う。両方とも、まるで重戦車のようなパワーを持っている肉体派だ。前衛が少ないという俺たちの欠点を補ってくれる、頼もしい人たちだ。
そうやって仲間を見ていると、ホークも同じように見ていて、話しかけてきた。
「まさか、ラードを誘っただけで、これほどの人が付いてくるとはな。……人徳か?」
「俺は本当に何もしていないぞ。ていうか、全部あそこにいる俺の妹が悪いんだ」
「……そうか。まあ、個性的なメンバーばかりだからな……統率が取れればいいが……」
「ま、大丈夫だろ。悪い人はいなそうだし」
「そうだな」
――――ボォォォオオオ
ラクダの列。前のほうから、汽笛のような音が鳴る。
「……オアシスが見えたようだな」
「ああ、今の、そういう合図か」
「あれは平常通りに事が進んでいるときの笛の音だ。緊急事態とかには、鐘が鳴る。覚えておくといい」
「へえ……覚えておこっと」
その呟き以後、俺とホークは喋ることなく進んだ。砂漠を進む討伐隊のラクダの足音。砂が風で擦れる音。そして後ろから、叫ぶようなギューさんの声と、控えめに話すことりの声が辺りに響いていた。
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