商売は清くない。


 会長室。以前にも来たこの部屋に二人。テーブルもソファも、周囲のものに変わりはなく。

 変わっている点といえば、二人のメイドがいない点と、テーブルに並ぶ特産物の違いだろうか。


 そして、俺は商会長と話す。


「ふむ……そうか。素晴らしいな。汚らわしいギルドでの拾い物が、このように化けるとは」

「汚らわしいって……嫌いなんですね」

「ギルドと商会、やっていることはほとんど変わらない。つまり、商売敵のようなものだ……特に、魔物素材を奴らから買い取るときの屈辱は計り知れない」

「そすか……」

 ドンドルドさんは憎々しげにそういうと、手を差し向けてきた。


「ともかく、感謝している。よくぞ私と彼らを繋げてくれた」

「いや、向こうの許可は降りてなくないですか。しかも俺、特に何もしてないですし」

 否定しつつも、彼の手を握る。

 ターニャさんの意見は、特産物を外界に売り出すのは構わない、というものだった。彼らダークエルフは金銭を受け取ったところで、何に使うわけでもなさそうだが……実際、収穫量的には余るようなので、恐らく長老たちも許可をするだろう、とのこと。


 まあ、まだ聞いていないので、気が早いんじゃないか、ということだ。

 しかし、手を離してから、膝に手を置いて彼は言う。


「いや、私はもう、この商売の成功を確信している。商会の植物専門の技術者や、シェフらも、素材を心待ちにしている」

「気が早いんじゃないですか」

 苦笑しながら言う。ちょっと失礼だったか……?

 そう思っていると、彼は気にする様子もなく、顎に手を当てて悩むようにして喋る。


「まあそうだな。使いを立てたが……戻るのは、月が回った頃か。抱えの優秀なハンターがちょうどいなかったのが心苦しいな。まあ、そんなことはいい。確か、君はもうすぐこの町を発つらしいな」

「はい。元々、中央大陸に戻る旅路の途中なんです。次はギャルート街に行って……そこで、商人の馬車か、キャラバンに頼んで、更に南下して、港町まで行く予定です。今は路銀稼ぎと休憩のために留まっているので」


 俺が酒場等で情報収集に努めて、ギャルート街までのルート上で危険なものがないかだとか、旅の食料の補給やらをしている間、ターニャさんとことりが狩りをして路銀を稼いでいる。


 目標額は、金貨5枚。馬車の同乗や、港町から中央大陸への運送、加えてその道中の食料や欠けた道具の補充などを考えると、それぐらいの余裕は持っておきたい。

 既に、金貨3枚と銀貨67枚ほど溜まっている。ターニャさんの狩猟技術等が凄まじいので、この周辺の魔物をあらかた狩っているようだ。凄まじい勢いで溜まっている。


 しかし、街で行動する俺は若干苦戦気味だ。食料補給、といっても、それの相場が分からないのだ。いちいち足元を見られて言い値で買っていては、いつまでも金がたまらない。それに、北大陸の文字は中央大陸のものとは違う。会話でのコミュニケーションはできるが、やはり視覚から得られる情報というものは大切なのだ。


 情報収集のほうは特に問題ないが……ギルドの酒場で酒を奢ればいいだけだしな。


 ギャルート街までの道中、途中で砂漠に切り替わるのだが、最近はサキュバスや、とてつもなく大きな魔物、デザートウィッパーが発見されたとか。不穏な空気が漂ってはいるが、街道を通れば安全らしいので、大丈夫だとは思うが。


 っと、思考に陥っていた。今はドンドルドさんと会話しないとな。

 すると、彼も考え事をしていたようで、丁度喋り始めた。


「ふむ……なるほど。確か、君は金銭での報酬は嫌いだったかな」

「嫌いでもないですけどね。なんか俺が貰うのも不当な気がするだけで。何もしてないし」

「まあ、この取引もまだ完全に成立したわけではない。完全実利の報酬を渡すというのも変な話だ。そこで、私からのお礼を再考したのだがね。どうにも思いつかない。君から希望はないか」

「はあ……」

 お礼って言ってもな……なんだろう。思いつくものはいくつかあるが……。

 少し、欲張ってみるか。


「ドンドルド商会の商品、俺に適正価格で売ってください。食材ですね。後、ギャルート街にも支店はありますよね?」

「ああ。分かった。ギャルートまで、加えてそこから港町ポラールまでの馬車に、君を乗せよう」


 一を聞いて十を知る、かよ。まだ俺に喋らせろや。


「理解が早すぎますよ」

「すまないが、交易船には乗せられない。というのも、我々ドンドルド商会は中央大陸とやり取りをしていないからだ。そうだな……私から一筆書こう。生意気にも、我が商会を離れ中央大陸と交易をしている一人息子がいるのでね」


 独立した一人息子。てことは、今のところ血縁関係の跡継ぎがいないんじゃないか? 大丈夫なのかね。


 まあ、俺の気にすることでもないか……。


「十分すぎます。むしろ、まだ商会側は利益も得ていないというのに。これじゃあ、損得度外視じゃないですか?」

 里との取引が成立したなら分かるが、これじゃあ貰いすぎだ。

 仮に、長老たちやヨバさんが取引を拒否したら、俺だけ得をしてしまう。この確立していないあやふやな状況で……まあ、俺を信頼している、といえば聞こえはいいが、それは商人のやることではない気がした。


 しかし、彼は言った。


「私はね……何百人、何千人と交渉をしてきた」

「はあ」

「例えば今回のように、何百枚の金貨という利益を生み出すような取引がいくつもあった。相手は他の商会長や、一世一代の武具を作り出した鍛冶師。しかし、その中に、稀にいるのだよ。君のような阿呆が、道理を弁え、知恵が回るというのに、騙されていると知りながら、己の無知に甘んじて取引を成立させてしまうような愚者が」

「……」

 なんかすげえ馬鹿にされてるけど、事実だからな。反論する必要もない。


 というか、別に怒ることでもないしな。


「君は今、例え騙されても、怒ることでもない、と思っただろう?」

「……」

 図星。思わず、口が閉じる。

 その様子を見て、彼は鼻で笑う。それは、俺を馬鹿にしたものじゃなくて、自虐的な意味のもの。


「大多数の者は、その場で怒り狂い、取引を反故にするさ。しかし、君たちのような阿呆は、騙されてるのかな、まあ、騙されていても仕方ないか。それで済ませてしまう。そして、その取引の後……二度と、客として訪れなくなる」

「……」

「私は当時、それでいいと思っていた。一回の取引で大きな利益を得る。たとえ、一個人との信頼関係が無くなろうと、所詮は個人。騙し騙され合う。これが、商売の世界なのだと」

「はあ……まあ、損はしてないですしね」

 信頼が地に落ちようと、利益を得ていたのなら、その人は用済みなのだから。商会側は、一回の取引で愚か者を騙し、多大な利益を得た。事実、損はしていない。


「しかし……阿呆の者が莫大な利益を生む商品を手に持つのは、一回きりではないのだ」

「……」

「その後、その阿呆は別の商会の門を叩き……そして、信頼関係を築いた。その商会はその阿呆の商品を巧みに扱い、規模を大きくしていった。やがて、我がドンドルド商会と並ぶほどに大きくなった……過去の話だがね。つまり、私は……黄金を生み出す鳥を、逃がしてしまったのだよ。その鳥を一度食べて、そして満足してしまった。対照的に、商売敵のその商会は、黄金を生み出す鳥を丁寧に飼った。そして、無限のような黄金でもって、財産を築いた」


 つまり、固定客……のようなものだろうか。

 一度、騙されていると感じた店に、もう一度足を踏み入れる人などいないだろう。他に、安く買ってくれる店を探す。当たり前の話だ。


 訪れる客が、油田を持っている石油王か、宝くじを当てた一代財産の者なのか。その差によって、信頼関係の価値は変わってくるだろう。石油王は、長く付き合って多大な利益を生み出してくれたほうがいいし、一代財産の者は、たった一度だけ、騙して大きい利益を得るほうがいい。


 そこの判断を間違えた。そう言いたいのだろう。


「私の経験則だよ。君のような、騙されてもいいと考えている愚直な阿呆。それは、黄金を生み出す鳥だ。逃がしてはならない、上客」

「それ、俺の目の前で言ったら信頼下がりませんかね?」

「ははは。君のような阿呆な奴らは、常識は知っているからな。この程度は、冗談で済ませばいい」

「そうですね……」

 まあ、分からんでもないが。俺はこの取引一回きりだと思うけどな……。


「というわけだ。そうだな……君が持ち込んできた特産物の代わりに、商会が売り出している食材を好きなだけ持って行くといい。後、何か欲しいものがあれば金貨一枚に収まる範囲ならばそれも持っていくといいだろう。そして……」

 というと、懐から紙とペンを出して、何かを書いていく。

 恐らく、先ほど言っていた紹介状のようなものだろうか。


「こいつを持っていくといい。そして、彼らダークエルフとの商売、彼らの意見も尊重することを誓おう。さあ、この取引は公正だとは思うが、君はどうかね?」

「むしろ、貰いすぎな気もしますけどね……」

「我ら商会側もほとんど損はない。彼らが望むならば、里の発展に貢献しよう」

「いいですねそれ。彼らの意思を最優先するなら、俺も賛成です。じゃあ、取引成立ってことで」

「うむ。あの時声を掛けてよかったよ」


 俺たちは手を握り合った。

 どうにもお互い、商売人って顔ではなかったが、それでも満足いく結果になった。



 そして、とある女神がドルドルの町に現れたという噂が流れ始め、周辺の魔物が消える事件が発生し、町は混乱に陥る。


 それから、約一週間の月日が流れる。

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