夜の一幕


 ドルドルの町、壁外。とある森の一角に、葉で隠れるようにテントが張られている。


 夜、その平原を歩く少女は、そのテントに真っ直ぐと向かっていく。


 葉をどかし、土をどかし。やがて、姿を現したテントの中は、照明によって明るく。その奥、テントの裏には木々に囲まれた広場のような空間に、少年とダークエルフが佇んでいた。


 少年は短剣を磨き、ダークエルフの女性は、弓の弦やしなり具合を確かめている。


 少女は、広場へと向かっていく。足音に気づいた少年が、少女を見て、こう言った。


「今日は遅かったな。なんかあったのか?」

「なんか面倒くさい人たちに絡まれちゃって……新興宗教が作られたかも」

「は?」

「……」


 少年の間の抜けた声が、森に響いた。


 夜は、深まっていく。



______



「なるほどな……まあ、そんなだから、お前が町中に行くのは俺は反対だったんだがな」

「えー私のせい? 絡まれたんだから仕方なくない?」

 まあ、その通り。被害者に責なんざあるわけないもんで。

 しかし、そこには理由は存在するのだ。それを回避するか否かは、受けて側のやり口一つだからな。


「その通りだよ。お前は何も悪くない。ただ、絡まれた理由の中には、背格好が低い、とか、まあ、くだらない理由があるんだよ」

「ふーん。私はここから成長期だもん!」

 ふん、と胸を張ることり。

 無いものを強調しても悲しいだけじゃないか……おっと、そんな冷たい目で見ないでくれ。ガラスハートが割れちゃうぜ。


 しかし、今回は運よく返り討ちにできたからいいものの……やっぱり、俺もついていくべきか。別行動してるとはいえ、ギルドの報告くらいは付き添える。


「はあ……今度からギルドには、俺もついていくことにするか」

「え~やだやだ。お兄ちゃんと一緒とか恥ずかしいもん」

「俺は一緒にいると恥ずかしい存在なのか!?」

 新事実。どうやら俺は存在してるだけで他者に辱めを与える存在らしい。

 なんてこった……結構、他人に気遣って生きてるんだけどな……俺の自意識は間違っていたらしい。


 顔に両手を当て、シクシク泣いていると、肩に手が触れた。


 振り返ると、ターニャさんが肩に手を置いてきていた。そして、もう片方の手で、サムズアップをしていた。


 どういう意味だ。慰めなのか。

 なにやら、サムズアップの意味を教えてから、ターニャさんは乱用するようになった。しかし、このタイミングは使い方間違えてないか。


「あ、ありがとう、ターニャさん……」

「……」

 握った拳をめっちゃ強調してくる。どんだけグッド、とできることが嬉しいんだ。


 やがて、ターニャさんが離れると、木を加工して作った椅子に、ことりが座っていた。

 そして、両手を後ろについて、空を見上げるように体を伸ばしながら、言う。


「私、疲れちゃった。お風呂入りたい。ご飯食べたい。そして寝たい。後は寝ながらマッサージを受けたいな」

「お前は欲望と口が直結してるんじゃないか……? まあ、風呂は用意してあるぞ」

「え、ほんと!? ついにできたの!?」

 ついに、というのは、前々から相談していたからだ。

 里には、風呂という文化はなかったからな。冷たい水で体を清めるだけだし。道中にももちろん用意できなかったので、ことりはこっちの世界に来てから、ゆっくり温まったことがない。


 そして、この町に到着するや否や、言われたのだ。お風呂に入りたいと。


 ドルドルは自警団が少ない。宿の警備が不安だ、とターニャさんが言うので、俺たちは町の外、拠点を隠して野宿をしているのだが……まあ、俺がこの拠点を色々と充実させている。


 調理台を作ったし、机も椅子も作ったし、お風呂も作ったし……樽だけど。完全に木材でDIYする人になっている。


 かまどは土魔法で作れた。町から調味料を買っているので、料理の幅も広がった。しかし、最近はターニャさんがご飯を作っているので、触れていないが。


「おう。町の酒場から樽を貰ったんだ。運ぶのが大変だったな……」

「どこどこ!? 私一番最初ね!」

「聞いてねえや……ほれ、そっちの川の方。下手に弄るなよ。作るの結構苦労したし、多分俺しか仕組みを把握してないからな」

「分かってるよ~!!」

 そう言って、川の流れるお風呂がある場所へ走っていくことり。

 まあ、周囲に柵を作ったし、獣除けも置いてるから、万が一もないだろう。


 ……それでも不安なことは変わりないが。


「……ターニャさんも、お風呂、どうですか。まあ、ことりを見てて欲しいってのが本当なんですけど」

「……」

 彼女は頷くと、ことりが消えた森の方向へと歩いていった。

 ……ターニャさん、お風呂初めてだよな。びっくりするだろうな。最悪、寒いのに慣れてるから、熱すぎて入れないかもな。


 お湯は一定の温度で流れ続けるように作っているが……もしあれだったら、少し温度を下げるかな。


「さて……じゃあ、俺が飯でも作るか……」


 立ち上がり、調理台に近づく。

 そのすぐ傍、土の山があり、その横面に、木の蓋が二つ、上下にある。


 上の蓋を開けると、中から冷気が漂ってくる。ついで、様々な肉や野菜の匂い。


 固めた土の中に、木の網で区切りを作る。下に氷魔法で作った氷を、上には食材を。天然の冷蔵庫だ。魔力操作で、比較的簡単に作れた。


 その中から、尾噛魚テーターイ逆光蟹コレクラブを出す。それぞれ、討伐証部位である尾びれと目玉がないが、問題ない。

 他にも、屋油牛の肉を取り出し、野菜を取ろうとする。


 その中に、少なくなった氷解草や雪茸、グウェルの実、マング、ズンブ、トラプ。全部、ダークエルフの里で採れる特産品。

 一瞬、手を伸ばしかけて、自制する。


 とある事情で、こいつらは使えなくなったんだった。


 代わりに、町で適当に買ってきた、白菜に似た奴、えのきっぽいやつ、大根。もう大根だねこれは。文字が読めないから分からないけど。大根でいいと思う。

 違う世界とはいえ、どうにも似通った部分がある。俺的には、宇宙の神秘に近いレベルの野菜とかがあると思ってたんだが……例えば、夜空を蓄えたキャベツとか、スライムみたいにぶよぶよした人参とか。ありそうで無い。


 まあ、基本は一緒だからな……基本は。


 調理台に立ち、短剣を取り出す。


 尾噛魚テーターイは出汁みたいなものだ。大雑把に、鱗と皮、骨だけ取り除けばいい。次、逆光蟹コレクラブ。甲殻が水気を帯びると、反射を利用して透明になる蟹だ。意味が分からないが、強くはない。


 そうやって、水魔法でささっと水で洗うと、段々と手元で透明になっていった。


 ……。なんだこいつは。


 手をぶんぶんと振って、水気を取っていく。それでも取れないので、風魔法を手に纏わせ、風圧で水気を飛ばしていく。


 やがて、やっと透明ではなくなった。


 こいつも出汁みたいなもんだ。雑に足を切って、体を割る。味噌が出てくるが、こいつも溶かせばいい。


 そう、俺が作ろうとしているのは、鍋だ。冬の寒い時期に温まる、全体的に雑でも許される鍋。


 一応、四本ほど、足を分けて、切って割っておく。はさみも同じく。身が中から出てくるが、こいつも熱湯でさっと茹でればなかなか美味しくいただけるだろう。

 生に近いからな。一応、そこらへんの衛生管理はちゃんとしたい。いや、蟹の微生物がどうとかはよく知らんが。熱湯に浸せば大丈夫だろ。


 ついで、野菜も細かく切っていく。白菜みたいなのも、とん、とん、とん、とん。これでいいだろ。四等分にして、ヘタの部分は……捨てるか。えのきみたいなのは、各自適したサイズに裂いてもらえばいいので、ある程度は大きくしておこう。大根は、薄くスライスするように切っていく。これで茹でれば、紙のように薄くなり、食べやすくなる。


 一応、それ以外にもサイズを変えたりと、様々な工夫をしたものを切っていく。皆の好みとか分からんから、とりあえず色々作る。


 そして、そこらへんの石を拾う。

 水魔法で洗って、その後、適当にかまどの台に置いて、火魔法で熱し続ける。


 ついで、土鍋を取り出して、水を注ぎ、そこに町で買った味噌……これも厳密に言えば違うのだろうが、味噌でいいだろう。それを溶かしていく。


 さて……後は、熱し続けた石を鍋にぶち込んで沸かして……色々ぶち込んで終わりだ。


 一応、酸っぱい果汁を集めたと言うポン酢紛いのものも容易しておいて……食器も机に置いておこう。



 一人、黙々と作業をする。しかし、それももう慣れたこと。少年は苦心することなく、調理を続けた。



______



「わぁ……すご。お兄ちゃん、めっちゃ頑張ったじゃん」


 目の前に広がる、2mはあろうかという柵。それが四角形に立ち並ぶその空間の中央に鎮座する、樽。

 正面から見て、左上の方向。川の上流がある方向だ。その方向から、木筒が伸びており、それが樽へと注がれている。


 見ると、湯気が出ているので、どこかで沸いたものを、ここに注いでいるようだ。


 よく見ると、樽の右下、下部に排水の口があり、お湯が少しずつ地面へと流れている。そして、樽の周囲にある小さな穴に吸い込まれていっている。


 樽の排水よりも、給水のほうが多い。


「新鮮なお湯がずっと……お兄ちゃん、どうやって作ったんだろ」

 床も、土まみれじゃなくて、固まった石になってる。

 横を見ると、石の台があった。そこに、布が置かれていて、その横には窪みが。服をここにしまっておけ、ってことかな。


 そして、その脇には、お風呂グッズがある。


「……木の桶もある。お~これはちゃんとした売り物の……あはっ!」

 ガラスの容器が三つ。中には白い液体が入っている。

 手に取ると、紙が貼られており、日本語でシャンプーと書かれている。隣には、リンス、ボディソープ。


 なんだか、日本の頃のお風呂場を思い出す。思わず、笑ってしまった。


「お兄ちゃんっぽいな。こういうの」


 振り返り、お湯を宙から樽に注いでいる木筒を見てみる。

 すると、紐が下に垂れている。これで動かせる。その紐を掴んでその矛先を樽から外すと、頭にちょっぴりお湯が降ってきた。


「わわっ!」

 急いで手を奥のほうに伸ばす。すると、正面の地面にタタタっとお湯が当たり、周囲に跳ねている。


「シャワーみたいに使うこともできるのかな」

 お兄ちゃん、相当頑張って、凝ったもの作ったんだな。

 自分の安易な一言でここまで動いてしまう兄が、どこか微笑ましい。


「よ~し。早速入ろ……誰?」


 背後の出入り口のほう、茂みが揺れた音がした。


「……」

「ターニャじゃん。びっくりさせないでよ~」

「……」

 お風呂場に入ってくるので、何事かと思って、その意思を魔力から感じ取る。


 ことりを見守る。そう言っている。


「……ふふっ。いいこと思いついた。ターニャも一緒に入ろうよ。この樽なら、ちょっと狭いけど二人入れるし。体の洗い方から教えてあげる!」

「……」

 自分は後でいい。そう言っているけど、関係ないもんね!


「ささっ! まずは服をどーんと脱ごう!!」

「……」

「なに躊躇ってるの。ほら、えいっ!!」

「――――!」

「………………どーん、だ……胸が……どーんしてる……」

「――――!!」

「ちょちょ、やめてよ、ターニャ! あははっ!!」



 森の一角。夜空の下で、女性の楽しげな嬌声が、辺りに響いた。

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