ドルドルの町


 は、覚醒している。


 冥き霊峰の中にいる。それすらも認知できるようになった。


 外界から流れてくる、悪感情。恐怖、怨み、焦燥、憎悪……絶望。


 我が糧となるもの。そして、それを生み出す者の存在。


 我は、望まれている。切望されている。


 だが……。


 



______



「……」

 水面に映る自分の顔。ぼやけてよく見えないが、手で顔に触れると感じる感触……じょりじょりとした、髭。


 短剣を取り出して、剃っていく。大雑把にしかできないのが、心苦しいが。


 やがて、肌を切ることなく剃れたと感じる。短剣と自分の顔を洗って、振り返る。


「お兄ちゃん。おはよう」

「ああ、ことりか。おはよう。俺は先に戻ってるからな」

「うん」

 寝ぼけ眼を擦りながら向かってくる妹とすれ違いながら、考える。


 髭剃りとかって、あるのかな……。




 こうして、俺たちは旅の日々を繰り返した。時には、崖のぎりぎりを歩き、山を上下し、凍った湖を渡り……やがて、旅の荷物が軽くなった頃。


 俺たちは、ドルドルの町に着いた。



______



「ぎゃははははっ! まーた女房と喧嘩したのかよ! お前、これで十回は超えたんじゃねえか!」

「ちげっ、俺は悪くねえからな! あいつが……っておい。噂のご登場だぜ」


 大勢の冒険者で賑わう、ドルドルの町に存在するギルド。その中に存在する、ギルド経営の酒場。

 仕事終わりに一杯、といった様な冒険者が集まるその場に、背の低い茶色の外套に身を包んだ者が現れた。


 その者は、周りの冒険者を見ることもせず、ギルドの受付へと向かっている。

 やがて、受付嬢とその者がやり取りし始めた。


「ああ? ……ああ。最近、大量の討伐証を手に、毎日ギルドを訪れるっていう……あれが噂の、気味悪い土竜スプーキーモールか」

「そうそう。街中で見かけないのに、ギルドにだけ毎晩、ふらっと現れては討伐証と貨幣を交換していくんだ。仲間がいる風にも見えねえし、あんだけちっこいから、多分、魔物の死骸を漁りまわってる根性のない奴なんだろうけどよ。神出鬼没だから、土竜みたいってな。それにしても、あんだけ討伐証を持ってるの、不気味じゃねえか?」


 酒飲みの獣人の男たちは、遠目に、その者が持った袋から出る討伐証を見る。

 鳥獣人、虎獣人。その優れた視力でもって、カウンターに並べられた討伐証を見ていく。


「……尾噛魚テーターイ、ゴブリン、逆光蟹コレクラブ……おいおい、ありゃ魔蟷螂サイマンティスじゃねえか? 確か、D級の魔物だったよな。ほかにもごろごろあんじゃねえか」

「ああ……不気味だろ? しかも、あいつ冒険者登録してねえんだ。登録したら、税がかかんねえのにな」

「へえ……そりゃ確かに不気味だ」

「だろ?」

「だが、こう考えられるだろ」


 虎獣人は得意げに人差し指を上げた。


「あいつは流浪の旅人さ。ここに居座る気もないから、登録もしてない。けど、路銀稼ぎに魔物を狩ってる。剣を持ってないところを見ると……凄腕の魔法使いと俺は見た!」

「……お前の推理譚は聞き飽きたぜ。酒が不味くなる」

「おいおい! 今回はいい線いってるぜ!?」


 そんな男たちのやり取りを聞いていた、近くの男三人たち。


 体格の良い牛獣人。しかし、容貌は冒険者か、山賊か見分けがつかない程度に小汚い。その隣に、細身の鼠獣人と、太っている豚獣人。全員が体の端々に革装備をし、剣を持っている。


 冒険者は、何れも泥仕事だ。しかし、それを考慮しても、彼らは他の者より、目立つ程度には汚れていた。


 隣の卓。男の推理譚を嘲るように、体格の良いリーダー格の男が鼻で笑った。


「ふんっ……凄腕の魔法使いだ? そんなわきゃあねえ。死肉に群がるハイエナさ」

「キキキっ! ちげえねえ!」

「アニキ、そろそろ奴が出ますぜ」

「そうか。よし、けるぞ」


 男たちは酒を飲むフリをしながら、茶色の外套の者がギルドを出るのを見守った。

 卓に酒代を置いて、男たちはギルドを出る。


 すると、右の路地、外套がはためいたのが見えた。


 男たちは、下卑た笑みを浮かべる。


 この男たちは、ずっと気味悪い土竜スプーキーモールを観察していた。

 狙いは、蓄えているであろう金。見ていると、奴は一人、仲間はいない様子。その子供のような体格からして、実力は程度が知れている。恐らく、身体能力に優れたネコ獣人か何かで、死肉漁りをしているに違いない。


 奴を脅して溜め込んだ金を全部奪い、そしてあの大量の討伐証を獲得している方法を聞きだす。もしできなくても、奴に討伐証を回収させ、俺たちは寝ながら待っていればいい。できないなら、殺すだけだ。


 リーダー格の男は、そのように思考しながら、路地まで走り、見た。

 すると、遠く。左に曲がる外套が見えた。


 やけに足が速い。もしや、気づかれているか……?


「おい、走るぞ」

「了解でさぁ!」

「ぶ、ぶひぃ……オイラ、走るのは苦手なんだなぁ……」


 やがて、外套の人物と、三人の獣人の追いかけっこが始まった。


 右に、左に。町の中心から端まで続いたそれは、やがて終わりを迎える。


「ぜぇ……ぜぇ……おい、土竜野郎。そっちは行き止まりだぜぇ?」

「キキっ! バカな奴。自分から袋小路に入るなんて!」

「ぶ、ぶひぃ……ひぃ……」


 行き止まり。大きな壁が立ち並ぶその一角に、外套の人物は立ち止まっていた。


 男たちは眺めていると、外套の人物が振り返る。

 その外套のフードは暗く、その中の顔は見通せない。だが、男たちは、自分たちが見られていることを理解した。


「おい。今すぐ有り金全部出せ。そしたら、命だけは助けてやる」

「……」

「キキっ! 従ったほうが身のためだぜ? アニキはD級冒険者。しかも、C級への昇格試験を控えた大物だぜ?」

「そうだそうだ!」


 そのとき、外套の人物が、声を出した。


「――――貴方たち、名前は?」

 鈴のような声。獣人特有の声の揺らぎがない、凛としたその音を聞き、多少、動揺する。だが、逆に良かった。


(こいつ、女か。しかも子供。これはいい玩具を見つけたぜ)


 命だけは助けてやる。その言葉は本当に言葉の意味だけだ。お前の命は助ける代わりに、お前の身体、自由、全部奪ってやる。


 男の欲望はどんどん昂っていく。脳内で、情事が展開されている。


 しかし、この女を捕らえないと、話は始まらねえ。多少の暴力を振るってもいいが……痛めつける趣味はねえ。抵抗しないなら、多少は気遣ってやる。


「名前だ? ま、俺はギュー。こいつはチュー。こっちはトンだ。よろしくな、嬢ちゃん。俺たち、仲良くやろうぜ?」

「……ふふっ。名前、そのまんまじゃん」

「あ?」


「さすがに、本当に答えてくれるとは思ってなかったよ。おかげで、魔法の準備ができちゃった」


 突如、奴の外套がはためく。奴の右手は、雑にこっちに差し向けられ、その手の先から、形容しがたい空間の揺らぎが生まれ、その後、幾何学模様の魔方陣が展開された。


「な――――」


 そして、奴の外套のフードが後ろにずれた。夜の月明かりに照らされる、艶を纏った黒髪。まるで、尻尾のように見える、後ろで括った髪が、揺れ動いている。


 長い睫、大きな瞳。顔の至る部分が、深淵を思わせる黒。しかし、肌は白く、相容れない色の混合が、なおさらその少女の端正な顔を際立たせている。


 やがて、その柔そうな唇が、何かを唱えた。


「てめ、にんげ――――」


輪天変サークルテラ


 少女が、宣言する。


 魔方陣が輝き、そして……


 男たちの地面が、爆ぜた。


「――おぁ……」


 悲鳴すら上げず、呼吸の乱れる音だけを出して、男たちは宙を舞った。


 そんな中でも、リーダー格の男、ギューは、意識を手放さない。チュー、トン。両名は既に、爆破の時点で気絶した。


(人間の女、加えて、魔法使いだと……)


 ギューは、自身の身体を襲った衝撃に恐れを抱く。

 あばらは折れているだろうし、呼吸もままならないせいで、声すら出せない。血反吐が出る。


 やがて、背中から地面に激突した。


 顔をなんとか動かして、その少女を見る。

 天使のような容貌。淡く儚い印象の、圧倒的に格下だと思っていたその少女は、一瞬にして俺たちを蹴散らした。


 その小さな少女は、今は俺を見下している。しかも、眉を顰めて、まるで可哀想だ、という風に。


「――て、めぇ……」

「あれ、まだ動けるんだ。D級冒険者って丈夫なんだね……大丈夫?」

「だ、だいじょ――かはっ! 大丈夫、って、てめえがやったんだろうが!! ぜってえゆるさねえ!!」

「許さないのはいいけど……このままなら、きっと死んじゃうよ。それとも、私が今すぐ――――」



 目の前の天使が、消える。にこやかな笑みの奥、代わりに現れたのは――――死神だった。


「――殺してあげようか?」


 不意に、寒気が襲う。少女の瞳から、感情の気配が消える。その死人のように冷たい瞳が、俺を射殺している。


 背後に、死神がいると、感じる。鳥肌が立つ。冷たい。手足の先から、どんどん感覚が冷たくなっていく。無くなっていく。首に、鎌を掛けられている、そう思う。


 心が震えている。身体が震えている。震えているのが普通であるように、止まらない。いや、止めようとも思わない。


 やがて、その冷たい死神の手が、自分の心臓を握った。



 死ぬ。


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


 月明かりすらも消え、周囲の暗闇が増幅していき、そして飲まれた。


 深淵の底。死神と対面している。無音だ。


 身体の姿形は一片もなく。ただ、概念として、そこに死が存在している。声が出ない。


 やがて、それは口を開いた。死にたくない。


『死ね』



 ――――パン


 破裂するような音と共に、意識が現実へと戻ってくる。


「――――ぁ」

「はい! びっくりした? 死ぬのって、嫌でしょ?」


 少女が手を叩いていた。その両手が開かれた先、天使の笑みが待っていた。


 股間が、気づかぬ間に濡れている。


 目の前の、微笑みを湛えているこの少女が、今は、とてつもない化け物に見えた。


「ぁ……ああ、ああああああ……ゆる、許して、許してください……」


 倒れた姿勢のまま、頭を地面に擦って、涙を流しながら、許しを請う。

 鼻に、鉄のにおいがついた。自分の吐血した血が、下に溜まっていた。けれど、そんなことを気にしてる暇もない。


 今すぐ、この化け物に、許してもらわなければならないのだから。


「大の大人がそんな情けない格好しちゃいけないんだよ……どうしようかな。もう二度とこんなことしないっていうなら、私はそれで許すけど」

「ぜ、絶対にしない!! 二度と!! も、元々、こんなことしてなかったんだ!! た、たまたま、その、気が動転して……だ、だから、許してくれ!!」


 ギューは、この危機的状況において、思考を加速させる。


 そうだ。元々、真面目に生きてきた。

 でも、最近、狩る魔物が減って、ランク昇級に焦っていたんだ。装備に金を使ったら、有り金全部消えてしまった。


 金稼ぎのために、近くの森を歩いても、湖を泳いでも、魔物はいないんだ。だから、この化け物に、手を出してしまったんだ。


 なぜ、こんなことをしてしまったんだ。酒のせいでもある。俺たちは皆、悪酔いするから、止める奴なんていない。いや、酒のせいにはできない。こんなこと、絶対にこの化け物は許さない。きっと、今すぐミンチにされる。今は、甚振っているだけだ。弄び、楽しんでいるだけ。


 すまねえ……チュー、トン。俺についてきてくれたのに、俺が一瞬、甘えちまった。そのせいだ。死んだ後、お前らに謝って、許されるだろうか。


 心の中で、全ての覚悟を決めつつある男とは対照的に、少女はうーんうーんと、まるで自販機の前で、買う飲み物に迷うように、軽い雰囲気で唸っていた。


「うーん……まあ、D級冒険者って、それなりに頑張らないとなれないよね……きっと、人助けもしてきただろうし……これから、三人で真面目に生きるっていうなら、私はそれでいいよ!」

「すまねえ、すまねえ。俺のせいだ……俺が、こんなことを……」

「あれ? 聞いてる?」

「ひっ!? す、すみません! どうか、殺すときは、一瞬でお願いします! 苦しむのだけは、嫌なんです!!」

「え、ええ……そんなお願いされたの、初めてだよ。って、そうじゃなくて、これからは真面目に生きるよね?」


 少女は首を傾げている。どういう質問だ。これから殺されるってのに、意味はあるのか。


「あ、あぁ……真面目に生きる」

「なら、もういいよ。えっと……回復魔法、かけるね?」

「あぁ、ありがとう……って、え!? ゆ、許してくれるんですか!?」

「え、さっきからそう言ってるじゃん。きっと、一時の気の迷いだったんだよね? 誰にも、そういう時って、あるよね」


 えへへ、という可愛らしい笑みを浮かべる少女は、正しく天使だった。


 この力社会。弱肉強食の世界では、弱いものが悪い。

 その精神で、俺たちはこの少女を襲った。弱いほうが悪いというのに。


 だというのに、この少女は、襲い掛かったことを許してくれる上に、治療してくれるだと?


 一回の罪と言えど、普通だったら、断罪される。有り金全部奪われた上に、殺されるのが、この社会では普通だ。


 天使。いや、女神だ。女神なのだ、この少女は。じゃないと、道理が成り立たない。


 ギューは、その少女を、もはや崇拝するような目で見ていた。そして、心の中で化け物と思っていたことを、自分で悔やんでいた。


 俺は、なんてバカだったんだ。


「えっと……回復魔法は、まだあんまり得意じゃないかもだけど……失敗したら、病院とかに連れてくね」

「女神様の御心のままに」

「え? なんて言ったの? まあ、いいや……シャスティル、カゲメデア、ちゃんと仲良く協力しあってよね……」


 少女はそう呟くと、両手を倒れている俺たちに差し向けた。

 そして、鈴のような、女神の声でもって、唱え始める。


『癒しの願いよ 我が想いの成就を 不幸の名の下へ 我が力を糧に 顕現せよ』


 魔方陣が、両手の先に展開される。

 魔方陣は、先ほどよりも大きく、加えて、描かれた文様が、遥かに多い。


 そして、少女の右手からは、白い液体のようなものが。左手からは、黒いものが。それぞれ、魔方陣へと流れ込んでいく。


 やがて、それらは多少反発しあった後、混じり合う。そして、ひとつの紫の輝きとなって、魔方陣を満たした。


ファウンテン


 魔方陣が一際輝いたあと、少女を中心に円形状に、淡い緑の光を放つ泉が展開される。


 波打つように、広がっていく。


「お、やった! 成功した!」


 ギューは、目の前から迫り来る光の波に、目を閉じる。

 やがて、目を開けたとき、体に光が纏わりついていた。目の前にある自分の手を眺めていると、それは感覚を取り戻して、動き始めた。


 気づくと、体の痛みは消えていた。


「これは……」

「あ、後ろの人たちも起きた」

「ちゅ、チュー……なんだ、何が起きたんでぃ」

「ぶ、ぶふぅ。なんか、暖かいぞぉ」


 やがて、立ち上がる。

 手足を動かして、確かめる。どこにも異常はない。しかし、胸の痛みはまだ少しだけ、残っていた。


 しかし、折れていた骨も治りかけている。このまま二日ほど寝ていれば、完治するはずだ。


「あ! てめえ、俺たちに何しやがったんでぃ!」

「ぶひぃ! に、人間だぞぉ。そ、そそ、それも、女の子だぞぉ。ぶひぃ」


 起き上がったチューとトンが、女神様に生意気な口を利いている。


 せっかく、女神様の治療を受けて、晴れ晴れとしていたと言うのに。


 なんて、情けない奴らなんだ。怒りが、湧いてくる。


「あ、もう一回襲ってくるようなら、もう一回さっきの――「お前らッ!! 女神様になんて生意気な口を利いてやがる!!」


 怒りを声に乗せて、張り上げる。こいつらは、何も分かっていない。なんて失礼な、失敬な。俺が教育してやらなければならない。


「め、女神? ギューさん……だっけ。なんて言ったの?」

「申し訳ありません、女神様。俺の仲間がとんだ粗相を。今すぐに正しますので」

「……なんだろう。よく分からないや。とにかく、頼んでいいのかな。私、あんまり人を傷つけたくなくて。話し合いで済むならそれが一番だから」

「おぉ……なんと慈悲深き御心。このギュー、感動致しました。必ず、彼らにも理解させます」


 女神様とお話をした後、振り返り、薄汚い仲間たちを見る。

 女神様を見た後だと、なおさらこいつら、汚いな。いや、よく見たら、俺も汚かった。俺たちは、なぜこんなことにも気づかなかったのだろう。


 いや、そんなことは今はいいのだ。まずは、こいつらに理解わからせないといけないのだ。


「へ、へい? 女神? アニキ、何言ってんですかい?」

「ぶひ、ぶひぃ……た、確かに、女神みたい、なんだなぁ」

「トン、お前はもう分かっているようだな。チュー、お前は残念だ。物分りがいいのが、お前の美点だろうが。いいか? 彼女は、現世に舞い降りた女神なんだよ。分からないのか? 一目見れば分かるだろうが」

「い、いや……あっしには、ただの人間のメスにしか見えませんが……」

「バカ野郎ッ!!」


 チューの頭を殴りつける。この頭がダメなのか。普段はずる賢い知恵が回るのに、なぜ分からないんだ!!


「あ、暴力はよくないよ……」

「はいッ!! すいませんッ!!」

「う、うん……声、大きいね……」


 殴りつけたチューの襟を掴んで、顔を上げさせる。


「分かったか!?」

「へ、へい……分かったんで、もう勘弁して下せえ、アニキ……」

「よし!! お前ら、今から女神様のお名前を拝聴する!! しかと聞き届けろ!!」

「「へい!!」」

「え?」


 振り返り、女神様を見る。そして、物語で聞いた、騎士のポーズをとる。

 跪き、右足を立てて、左手で拳をつくり地面へ。右手を、自身の心臓がある胸へと当てる。


「女神様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか!!」

「……わあ。すごい、かっこいいね」


 頭の上から降る、女神の恩賞。今は夜だと言うのに、そのお言葉だけで、まるで真昼間の天国に飛んでしまったよう。


「ありがとうございますッ!!」

「名前……言ってもいいのかな。えっと、ことりって言います。ことり・アズゴーン……でいいのかな。うん、そんな感じ」

「なんという尊き響き……ことり様。我らがパーティ、牛飼いの背中キャトラーは、貴方に心身を捧げると誓います!」

「「ち、誓います!」」


「え、別にいらないよ」

「「「えっ」」」


「私、そろそろ帰るね? 待たせてる人とかいるし……」

「「「えっ」」」


 そうして、呆然としている間。脇を通って、その外套をはためかせながら、黒髪の女神は、後ろの路地へと消えていった。



 月明かりが、跪いた俺たちを照らしていた。

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