獣パラダイス
「……来るぞ」
「……うぅ~やだなぁ……」
「クルルゥ……」
腰に下げた鞘から剣を抜く。
闇の魔力に触れてから、黒く染まった剣。影の鉱石の特徴だ。魔力に触れ適応していく。
宵闇を思わせるこの剣は、今やなくてはならない俺の相棒だ。
そして、段々とこちらに近づいてくる魔力反応。しかし、どうにも変だ。
進みが、遅い。その上、やたらとふらふらしている。なにやら、周囲を警戒しながら進んでいる様子。
魔物ならば、もう既に俺たちの匂いに気づいているか、気づいていないにしても、こんなにふらふらと動くこともないはず……。普通なら、真っ直ぐと突き進んでくるところだろう。
すると、ターニャさんがこちらを振り返った。
「……?」
「……」
「お、おお?」
剣を持つ腕を取られ、そして剣を鞘に戻された。
「な、何を……?」
「……」
武器をしまえ。ということは……
「――――スン。ワンッ! 魔物じゃネえ奴の匂いがするゼ!」
「ヒヒン! 本当だな!」
そうやって茂みから出てきたのは、ふわっふわの毛を顔に携えた犬の獣人。並びに、馬の獣人、牛の獣人、鼠の獣人だ。
一見して分かるぐらいに、獣としての特性を強調した身体をしている。馬の奴は馬面だ。それとは別に、茶色の革防具を身につけている。腰のところに鞘がある辺り、あの集落の自警団的な役割を担っている人たちなのだろうか。
彼らは、俺らを見ると、反応を示した。
「お!? ダークエルフじゃねえか。山から下りてくるなんて、珍しいな! ……ん? おい、待てよ。その後ろの二人……人間じゃねえか!?」
鼠の獣人が言う。その丸々とした鼻をひくつかせながら、指差してきた。
「あ、どうも……」
思わず、頭を下げて会釈をして挨拶をする。
「やい、人間! なんでこんなところにいるんだ! この辺りでは、人間には一回拷問をしろってルールがあるんだぞ!」
拷問。尋問の間違いじゃないのか。
「カゥカゥッ!」
吠えるシロを、見る。真剣なまなざしで見て、お願いする。どうか、彼らに威嚇するのをやめて欲しい、と。
その意思が伝わったのか、シロは、まだ唸り続けているが、吠えるのはやめてくれた。
利口な奴だ。
すると、牛の獣人が、剣を抜いた。突然のことで、驚く。
敵対行動とみなして、俺も剣を抜こうとすると、ターニャさんがこちらを見ていた。
抑えろ。そう言っているように思えた。
「ひっ……お兄ちゃん……」
「……大丈夫だ。なんかあったら、動くから」
「お前たち! そこを動くなよ! 特に人間! こんな場所にわざわざ来るなんて怪しい奴らめ。俺たちが改めてやる!」
剣を見せびらかして、威嚇するように牛の奴は言う。
なんとなく、先ほどの牛肉の焼肉弁当が頭によぎるが、今はそんなふざけてる場合じゃなさそうだ。
彼らは俺たちを囲むように、動き始める。そして、俺の背後に、犬の獣人が回った。
突如、ふくらはぎに衝撃が襲う。
「――っ!」
足の衝撃に耐え切れず、膝を折る形で前に跪く。
「カゥ!」
シロが吠える。やっぱり、まだ理性が足りないな。
「――――ねえ」
そして響く、感情のない少女の声。
腹の底から忍び寄る、死の気配。全身の産毛が立ち、純然たる恐怖を滲ませる。
もう、すぐそこまで、濃密な”死”が押し寄せている。彼らは、まだその気配を察知していない。
(堪えてくれ)
そう願う俺の思いが届いたか、単純にそう判断したか分からないが、その瞳の光を、徐々に消しつつあることりの肩に、手を置くターニャさん。
「……」
「た、ターニャ……なんで……」
ありがたい。この場で不和を生じさせたくない。
今、俺がされていることは、いわば検分だ。獣人に危害を及ぼすような人間ではないか、俺は今、試されているのだ。
そう理解して、抵抗の意志を弱める。今は、我慢するんだ。
「オイ、人間! こノ袋にはナニが入ってル!」
「……食料と、野営の道具だ」
突然の暴力の反抗として、夢と希望が入っている、とふざけた回答をしたかったが。悲しいことだ。そんなことはできない。
「ココには、何でキた!」
「信じてもらえないかもしれないが、とある奴に、魔法でここに転移されたんだ。元々、中央大陸に住んでたから、今、中央大陸に戻る旅の途中だ……」
「フン! ソレは真実カ! ターニャ!」
「……」
なんだ……ターニャさんは知り合いだったのか。
なら、多分、大丈夫だろう。
跪いた俺からは、彼らのやり取りが見えないが……恐らく、ターニャさんは頷くことで返事をしているだろう。
やがて、その犬獣人は、吠えるように言った。
「……いいダロウ! 立ってイイ! オイ、お前ら! いくゾ!」
「へっ! 人間が。さっさとここから去れ!!」
馬面の罵倒が、耳に響く。
言われなくてもそうするから、本当に勘弁して欲しい。ていうか声量でけえよ。
そうして跪いていると、彼らの足が視界から消える。
同時に、遠ざかっていく足音たち。やがて、草が揺れる音が聞こえたので、茂みの中へ消えていったのだろう。
「……ふぅー」
立ち上がり、服に付いた汚れを手で払っていく。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……」
「カゥー……」
心配そうに見ることりと、申し訳なさそうなターニャさん。シロが足元から俺の顔を見上げていた。
ターニャさんは何も悪くない……ていうか、この場合、悪いのは、もう既に亡くなった、過去の獣人を冷遇していた人間たちの思想なわけで……。
「まあ、大丈夫だ。さ、行こう。こんぐらいのトラブル、きっとまだまだあるぞ」
「うぇ……最悪じゃん。私、あの馬面野郎、魔法でやっちゃおうと思ってたよ」
「こら。年頃の女の子が野郎とか言うんじゃない」
ふざけるように注意する。
すると、俺の軽薄な態度が気に食わないのか、ことりは声を荒げた。
「なんでー!? お兄ちゃんはあんなことされて、腹立たないの!?」
「……まあ、必要なことだからな。仕方ないよ」
「えー……私たちは悪くないのに」
「まあ、あそこで抵抗してたら、最悪、命のやり取りになってただろ? そんなの嫌じゃないか」
「――――私はいいよ」
またか、このお姫様は。
本当に、こんなに軽くソレを扱うのは、やめて欲しいんだがな……。
「こらこら……さ、ターニャさん、行こう」
「……」
見ると、ずっと申し訳なさそうに眉を顰めていたターニャさんが、居佇まいを直した。そして、俺に向かって頭を下げてきた。
「――ちょちょ、やめてくれよもう……俺は全然、気にしてないですって」
「ターニャ。謝ったらだめだよ。悪いと思ってるなら、今から私と一緒に、あいつらぶっ飛ばしにいこっ!」
それもダメだろうが。
「ていうか、ターニャさんは何も悪くないじゃん。ほら、頭上げて……気にせず。俺ら持ちつ持たれつ……っつーか、ターニャさんによいしょされてばっかりなんで。頭下げられると逆に苦しい」
そう言うと、ターニャさんは顔を上げた。
見ると、普段のポーカーフェイスに戻っている。
よかったよかった。この人は、酒を飲むときに表情が崩れるのがおもしろ……可愛いんだから、そのときのカタルシスの為に、できるだけ普段は無表情でいて欲しいのだ。
ていうか、澄ました顔をしてるほうが似合う。
そして、もう一度軽く頭を下げた後、振り返りまた、道を進み始めた。
ことりとシロは、苛立ちからか歩幅を大きくしながら、それについていく。
そんな彼らの様子を見て、溜め息を吐きながら、俺は後を追った。
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