龍に乗って
一面、銀世界。太陽光が反射して輝く雪たちは、風によってサスツルギの模様を描いている。
先導する二人をことりが追い、その隣をシロが歩いている。そして、最後尾に俺が構えている。
すると、ことりがボーっとしていたのか、少しだけ横に逸れた。
「……きゃっ! っとと……」
片足を浮かせ、体勢を崩すことり。背負った袋の中から、物が揺れ動く音が鳴る。
「カゥカゥ!」
雪が舞い、シロが声を上げる。
少しだけふらっと揺れたが、ことりはすぐに体勢を立て直した。
「おい、大丈夫か?」
声をかけると、ことりは振り返って苦笑いをした。
「うん。ちょっと足取られちゃって」
俺たちの様子に気づいたレイブさんが立ち止まって、振り返り言う。
「この辺りは雪も深い。亀裂が入っていたりと様々な危険がありますから、しっかりと我々の足跡に続く形でついてきてください」
「うん、気をつけるよ。ありがとうレイブさん」
お互い見合って、会話をしている。
その様子を見て、俺も一旦足を止める。すると、先頭のターニャさんも立ち止まって、振り返っていた。
一息吐いて、景色を見渡す。今はなだらかな坂を下っているが、これが急な坂になった場合、滑落の危険性などが出てくるだろう。
美しい自然の景色だけれど、同時に無慈悲でもある。
俺たちは、白い外套を羽織い、全身を防寒性に優れた服装で固めている。それに、大きな袋を背負って歩いている。中には里の人たちがくれた旅の食料やら道具やらが入っている。それなりに重いので、雪に足を取られると体のバランスが崩れてしまう。
命綱のようなものもないので、もし異常事態が発生したときの為に、魔力を薄く張り巡らせている。いつでも魔法を発動できるようにだ。
しかし、それにもかなり神経を使うので、歩きにくい雪、ということも加わって、既に結構疲労が溜まっている。
……だが、これほどの寒さの地域だというのに、体は暖かい。血液の流れが滞りないので、体は鈍くないのだ。
「……しかし、この防寒具はすごいな。こういうとき、手足は感覚が無くなるぐらい冷えるもんだが。本当に貰っちゃってよかったのかな」
レイブさんに言うと、彼は豪快に笑いながら、こう言った。
「ははは! むしろ、押し付けてしまって大丈夫なのかと思っていましたよ。里に余っていましたからな。そうそう、靴の素材は、
「へえ~……確かに、足、暖かいね。雪とか水とかも入ってこないし。私、
「いや、こんなに寒くなることなかったから、いらないだろ……」
「お兄ちゃんのダジャレとかが寒いから、必要なんだよ」
そうやって、軽口を言っている時だった。
『――――』
山に響く、天使の歌のような音。
なんだ、と空を見渡そうとするその視覚から、太陽が消える。
辺りが急激に暗くなる。その原因は、上空に現れた巨大な影。
その影が、音の正体。
その影は、大きな翼を展開し、俺たちの真上で停止した。
そして、段々と、影が大きくなっていく。
「――――おいおい、まさか……」
「クゥア!」
やがて、その影は太陽に照らされ、その姿を鮮明にしていく。
流れる川のような、滑らかに輝く鱗。大きく羽ばたいているその翼膜は透明で、先の景色を見通せる。細長く蛇のようにうねる尻尾からは、羽衣のような膜が生えている。
その巨体は、雪を舞わせながら、俺たちの目の前に着地した。地響きと共に、雪崩が起きるかと思ったが、その龍が地面に降り立つと同時に、周囲の景色は停止した。
龍から、とてつもない魔力が放たれて、周囲のありとあらゆる物質を、組成から停止させているのだ。
やがて、全てを悟ったかのような透き通るようなその双眸が、俺たちを見据える。
荘厳な空気を纏ったその龍は、ゆっくりと……その口を開いた。
『――――見送りに来たよ~』
「軽っ!?」
「す、すす、すすすすすすうすすすうす」
「スーちゃんだ~!!」
「カゥカゥ!」
「……」
冷厳に生きる龍は、まるで友達の家から去るときに、見送りに来る友達の親のようなフランクさで、現れたのだった。
______
上空、何百メートル。正確な数字は分からないが、遠くに見える俺たちが今まで歩いていた雪原を見ると、とても高いところにいるような気がする。
空の模様である雲が、高速で流れていく。別に、雲が流れているわけじゃない。俺たちが、とてつもない速度で飛行しているだけだ。
そう、俺たちは今、龍の背の乗っている。
「……また、ここに乗るとはな」
「あははっ! 見てみて、ターニャ! すっごい高いよ私たち!」
「……」
「す、すすうすすすすすす。すっすすすす」
「ク、クゥ……」
鱗のようなものに掴まりながら、下の景色を見て騒いでいることりと、その横で、そんなはしゃいでいることりを心配そうにして、両手を宙に伸ばしているターニャさん。
レイブさんは一人、正座で壊れている。
俺のあぐら座りの中で、この高速で流れる景色、上空に飛んでいるという状況に怖がっているシロ。今まで経験したことのないこの状況が、少し怖いのだろう。ぶるぶると震えている。
宥めるようにシロの背中を撫でてやると、俺の顔をその碧い瞳で見つめてきた。そして、不安そうな顔をやめ、猫なで声を出し始めた。
こいつ、四速歩行が様になってるし、なんか尻尾が長いし……体毛は白いけど、この小さな口の横に生えてきた跳ねるひげと牙を見ると、本当に
そうやって撫でながら、シロのことを考えていると、背後、俺たちが乗っている龍の頭のほうから声が聞こえてきた。
『君たち、乗り心地はどうだい?』
「ばっちりだよスリューエルちゃん! あ、ねえねえ、ここって感覚あるの?」
ことりはそう言うと、背中から空に向かって突き出るように生えている鱗のようなものを触れた。
そして、にぎにぎしている。それをターニャさんが無言で見届けている。一体どういうことを考えているんだろう。私も触りたい……それか、御神体になんてことを、だろうか。もしかしたらその両方でどっちを選ぼうか揺れ動いているのかもしれない。
しかし……我が妹よ、恐れを知らんのか。まあ、スリューエルなら大丈夫だろうけど。
『うーん。ちょっとあるかも』
ちょっとあるかも、じゃねえよ。最古の龍さんよ、それでいいのか。
「へえ! じゃあこれは?」
次は、風に靡く羽衣のようなものに触れた。
にしても、こういった体の器官には、何の意味があるんだろう。一見すると、この羽衣のようなものは存在意味がなさそうだが。見た目重視かなんかか?
『くすぐったいや』
「お! 弱いところはっけ~ん! うりうりー!!」
ことりは、その羽衣を撫で回すように手を動かした。
瞬間、全員の体が宙に浮いた。
「――――ぉ」
急激な浮遊感。突風が吹き荒れ、全身を風に殴打される。
「おぁああーーーっ!?」
「カゥァアアア!?」
「きゃあああ!!」
「すすすすすすすすす」
「……!」
全員の悲鳴が鳴り響く。
龍の背から皆、足が離れ宙に浮いているのだ。
なぜか。急に、座っていた面が、トランポリンのように跳ねた。
体の自由が利かない。後ろを見ると、そこには何もない、空中。
下、何百メートル。落ちたら、死ぬ。
「やば――――」
そう思っていると、風に流される俺たちの目の前に、巨大な塔が現れた。
龍の尻尾だった。それに、俺たちは激突した。
「ぐぇ」
「ぁぐ」
「ガゥ」
各々が、衝撃によってカエルのような声を出して、龍の尻尾に着地した。
『――――ごめんごめん。ついくすぐったくて、体が跳ねちゃったよ』
「お、お、おま……まじで、おおマジで死ぬかと思ったぞ」
「ひ、ひぃ~……ごめん、ごめんなさい皆! 私、もう大人しくしてます……」
「――っは!? ここは……」
「……」
ほら見ろ、衝撃でレイブさんが正気を取り戻してしまったじゃないか。
きっと、この後取り乱す。その前に、先手を打っておこう。
「レイブさん、深呼吸ですよ……」
「は、はい……ぅ、うわあああ!? こ、ここは、ま、ままあまま、まさか!?」
「そのまさかですよ」
「す、すすす、すすすすすすすす………………うすすす…………す、スリューエル様の背中なのですね」
「お、平気だった。よかったですね」
「し、しかし、一体何故こんなことに……」
「あー……なんか、山の麓まで送ってってくれるそうです」
「はあ、そうですか…………はい!?!?」
すごい。レイブさんの顔が、驚き、困惑、怒り、疑問、様々なものに変わっていく。
これが七変化ってやつか。あれ? あれって、なんかの花の別名なんだっけ? わかんねえや。
しばらく一人で自分と戦っているレイブさんは置いといて、スリューエルと話そう。
立ち上がり、振り返ると、葛藤するレイブさん。自分の失態に落ち込むことりと、それを慰めるように横で一緒に座っているターニャさん。
その輪から外れているシロを持っていくか。
「カゥ?」
「……愛い奴め。ほら、行こうぜ」
腹に手を伸ばして、抱える。
もう既に何回もやられていることだからか、シロはすっかりなされるがままだ。というより、持ち上げやすいようにぴたりとも動かない。
「軽いなあ。生まれたての人間の赤ちゃんと同じぐらいなんじゃないか? お前、生まれてどれぐらいなんだろうな」
「カゥ」
シロに話しかけながら、龍の背を歩いていく。
尻尾から頭までが遠い。50m以上ありそうだ。でかすぎるだろうが。
やがて、先ほど飛ばされる前まで座っていた、首の根元の部分にたどり着いた。
そこに、同じようにあぐらをかき、座る。そして、その足の中にシロが入るのを見届けて、背中を龍の背に預けた。
太陽が真上にある。上空を飛行しているというのに、どこか暖かい。それに、風も吹かないのだ。
どうやら、スリューエルに触れている間は、風の影響を受けないようだ。乗る人に配慮している良い龍だ。星5個。
そうやって寝転がっていると、シロが腹這いに顔を近づけてきた。そして、案の定舐められる。
「お、おい、シロ、やめないか」
「カゥカゥ!」
そう言うと、離れて喜びの声を上げるシロ。ついで、俺の顔に顔を擦り付けてくる。
「ぐぉああ……スリューエルー俺は猛獣に食べられて死んでしまうー今までありがとうーお前と出会えてよかったー」
『酷いぐらいの棒読みだ。聖殿で別れたときはもう少し真剣に言ってくれていたじゃないか』
「そう、それだよ。俺とお前、わりと良い感じに別れたじゃねえか。なあ。お前、平然と現れてくれるじゃねえか。恥ずかしいじゃねえかよ、おい」
体を起こして、シロを適当にあやしながら言う。
スリューエル、また会おうぜ! そんな感じのことを言って別れたが、実際はもう二度と会えないと思っていた。それを、この龍は平然とぶち壊してくれた。
『ははは。友達がこの地を去るんだ。見送りぐらいは許して欲しいなぁ』
「第一な、こういうことしてくれるってんなら、先に言っとけよな。俺ら、下山の覚悟を決めるところだったんだぜ」
『急に僕がやって来たら、驚いてくれると思ってね』
「お前が現れたら、どんな状況でも驚くぞ。ていうか、聖殿は離れてよかったのかよ」
『厳冬期は終わった。僕が少しくらい離れたところで、何も影響は出ないさ』
「ふーん……そんなもんか。ま、助かるよ。ありがとな、スリューエル」
『ふふっ。いいさ。しかし、背中で残念だったね。確か、僕のヒゲと腹の上で寝るんじゃなかったっけ?』
「ああ! おい、お前、仰向けで飛べないのか!?」
『無理に決まってるじゃないか』
「カゥカゥア!」
巨大な龍の上、そこに乗る四人と一匹。
どこか幻想的な不思議な光景だが、彼らは確かに、笑い合っていた。
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