銀光熊と幼獣
木々の隙間から夕日が差し込む。その幹は暗い影を纏い、往々と暗く立ち並ぶ。夕日が小川を茜色に照らし、極光さながらの輝きを持って周囲を彩る。凛々としたその自然の光景に、二人。動く人影がある。
小川に佇む彼ら、少年少女。一人の少年は上裸になり、体を拭いている。少女はその横で、顔に水を当てている。
彼らの会話が、聞こえてくる。
「あ~痛い。マジで痛い。ここも痛い」
「ん~冷たいっ! ……ふぅ。最初見たとき、お兄ちゃんもめちゃくちゃ凄いって思ったけど、ジヴェルさんはとんでもないね」
「ああ。あの人、今まで会った人の中で一番強いかも。実力が計り知れないって、初めてだ。といっても、俺より強い奴とか星の数ほどいるけどな。むしろ、俺は下の方だと思うし」
「ひぇ~……とんでもないね。この世界」
「ああ。本当。魔境だぜここは」
少年少女は、にししと笑い合う。その様子を、夕日が照らしている。
「ん」
少年が、手拭いを少女に手渡した。
少女はそれを受け取ると、自身の顔を拭いていく。少女の顔から、夕日を反射して輝く水滴が、一個一個消えていく。
それでも、彼らはどこか輝いている。
「もどんべ」
「そうだね」
少年少女は、その背中を夕日に照らされながら、その場を去っていった。
そして、時が流れる。
______
燦然とする白き大地を、一人進む黒髪の少年。
異様に目立つその光景も、周りからすればもう慣れたものだろう。
「むぅ……」
雪をザクザクと踏みしめながら、復路を進む。
そう。俺は今、スリューエルの殿から里へ帰る道の途中。とある用事があり、友たる龍にご挨拶に向かっていたわけだ。
まあ、その用事ってのは妹のことだが。
最近、ことりの魔法の練習がうまくいかなくなってしまった。
それは偏に、教師役の指導力不足というものだろう。
ジヴェルさんは元々魔法を扱う人ではないし、魔力もそこまで優れていないから当然として、俺のほうは……単純に知識不足というのが大きい。
俺は魔性体であるが故に、魔法に関すること全てを感覚で補うことができる。
魔力感知や、詠唱時の変形、魔法陣……俺が扱うもの全て『理論2割、感覚8割』といったところだ。
だからこそ、他人に説明するような場面では、俺自身が魔法について把握できていない……つまり、言語化できていないということで、非常に曖昧な説明になってしまうのだ。
ついでに言えば、ことり自身が持つ魔力が特異だということも、また一つの要因だろう。
それについてジヴェルさんと相談した結果……。
「それならば、あの方に頼めばよいのでは?」
「あの方?」
『――――なるほど。それで僕のところにきたんだ』
「ああ。俺の代わりに、ことりに魔法を教えてやってくれ」
スリューエルは少し驚いたような顔をして、ことりを見、そしてことりも口を開く。
「お願い、スーちゃん! お兄ちゃんダメダメでさぁ」
「スーちゃんって、お前……」
『ははは! 人間のお願いなんて久しぶりだよ。まあ、僕は此処をあまり離れられないから、ここでならいいよ。稽古をつけてあげよう』
「やった! ありがとう!」
「はあ……軽いもんだな。本当にいいのか?」
『全く問題ないよ。僕は大体暇だしね――――』
――――ということで、ことりは日中は水龍の殿へ通うことになったのだ。
習い事感覚。ていうか、「暇だ」と語っていた時のスリューエルの澄んだ瞳。あれは本当に暇を極めていた者の瞳だった。
「まあ……問題ないか……」
明日からの送り迎え、俺一人だとジヴェルさんの稽古に間に合わない日もあるし……ターニャさんと相談してみようかな。
と、考え事をしていたら、里の入り口についていた。
それと同時に、見張り台の上でいつものように酒盛りしているおっさんと、レイブさんを見かけた。
レイブさんがここに居るのは珍しい。いつもはターニャさんと狩りに出ている時間だ。それに、おっさんことギヲルとレイブさんの組み合わせ自体も珍しい。
「おっさ~ん」
声を掛けてみると、二人もこちらに気づいたようで、見張り台から顔を出してこちらを見下ろす。
「お? 坊主、帰ってきたのか」
「ラード殿! ことり殿はどうでしたかな」
「大丈夫そうです。それよりお二人は何してるんですか?」
「それがな……ちっと問題があってよ。坊主、装備下すついでに、倉庫前でちょっと待っててくれ」
「我々が後で向かいますので!」
「……? 分かりました」
問題、という単語自体がこの里においてはさらに珍しい。
まあ、とりあえず話を聞いてみよう。
______
雪まみれの装備を下し、楽な恰好になって倉庫前で待っていると、おっさんとレイブさんがすぐにやってきた。
手を挙げて軽く挨拶したのち、こちらから声を掛ける。
「それで、話って?」
「あ~……坊主。話の前に、なぜこの里が魔物に襲われないか知っているか?」
「へ?」
話を聞くつもりが、まさかいきなり質問が来るとは。
「まあ……里の周辺に、忌避剤を擦りこんだ柵があるからですよね」
「その通りだ。ついでに言えば、長老たちが魔力の流れに淀みを加えて、魔物が嫌う雰囲気を作っている」
「ギヲル。長老“様”だ」
「へいへい……」
レイブさんがツッコミを入れるなんて。意外と仲いいのか?
「それで、今朝見回りをしてたらな。なんと柵が壊されてやがった」
「……なぜです? 魔物を寄り付かないんじゃ」
「まあ、本来はな……だがここは霊峰ノーエル。今は外界は厳冬期。この辺は水龍様が護っているが、本来は生き物が寄り付かないほどの過酷な環境なんだよ」
「……なるほど」
「お、さすが理解が早いな」
つまり、捕食者たちの餌が減っているのだろう。
外は厳冬期で、およそ全ての生き物は冬眠につき、スリューエルが気候を安定させているこの一帯には、ほとんど新しい生き物は入ってこない。
本来は存在しえない、厳冬期なのに活動可能なこの環境下に生息している捕食者たちは、食べ物にありつけず、ついにはダークエルフの里に手を出し始めたのだろう。
「理解はしましたけど……どうするんです? また柵を作り直しですか?」
「まさか。そんなの、大元を断つに決まってる」
「つまり……」
おっさんは、俺とレイブさんを指さして、言う。
「討伐隊を編成する」
______
雪原。四人の人影。
彼らは歩いている。だが、そこに足跡はない。
いや、正確に言うと、足跡が刻まれてすぐ、最後尾に位置する少年が何かをして、足跡をすぐに消しているのだ。
彼らは、黙々と歩く。まるで、目的地があるかのように、一直線に。
やがて、着いた。
「……ここか」
四人、すぐにその場に伏せる。身に着けた白い外套が、雪と混ざり合って、一見しただけでは彼らを見つけることはできない。
彼らの視線の先。雪が沈み、岩肌を晒した穴のようになっている地形。
そこに、洞窟があった。そして、すぐ。洞窟の中から姿を現す。
体長3mはあろうかという、熊のような生物。口に、生き物の骨を銜えて、現れた。
白い体毛に包まれているが、その腕から肩にかけて、金属に近い材質の鋭い刃が生えている。そして、よく見てみると、体毛の下、棘のように同じようなものが生えている。
『
体の至るところから発達した骨が突き出ており、それらは神経を通わせず、やがて分離し更に硬質化する。金属のように変異し、太陽光を反射させて輝く。
体の全身が、太陽光を反射させ銀色に輝くことから、そう名づけられた。
強靭な体を持ち、その刃を纏った腕を振るうだけで、大木は切り刻まれ倒れる。非常に危険度の高い魔物だ。
普段はおとなしいが、空腹になった途端、凶暴化する。その空腹が満たされるまで、周囲の全てを切り刻み、暴れ狂う。
強固な作りになっている柵が破壊されて、加えてその破壊痕が、鋭い何かで切り刻まれたものだった。
里の近辺で大型の魔物で、鋭い武器を持つものは……熊。
つまり、この銀光熊が、柵を破壊した犯人というわけだ。
放置していては、銀光熊は何度も柵を壊すだろう。野生動物は、一度行ったことは、何度も繰り返す。
ダークエルフたちは、この銀光熊を指定危険生物とみなした。
やがて、その狩りは開始した。
最後尾に位置していた少年が、動く。段々と、その集団から離れて、逆側へと移動していく。やがて、所定の位置についたのか、そこで崖に腰掛けた。
そして、残った三人。片膝をついて立ち上がる。
二人のダークエルフは弓を。一人の少女は両手を、下にいる銀光熊に向けた。
チッチッチッ。ダークエルフの男が、鳴らしている。
『――――』
少女は、口を動かした。それは、何かを唱えているように見える。
やがて、少女の両手に、紫の妖しい光を放つ魔方陣が展開された。そこに、白と黒の魔力が薄く流れ込んでいく。
魔方陣が、白と黒に輝く。相反する性質を持つその魔力を、魔方陣はしっかりと受け入れた。そして、その中で混ざり合っていく。曼荼羅模様の陰陽を、模るように。
チッチッチッ。男はなおも、鳴らす。
そして、最後、一際大きく、鳴らした。
始まる。
少年は、崖から腰を浮かして、
「――――?」
それに気づいた銀光熊が、視線を向ける。
少年と銀光熊の目が合う。それは、お互いが臨戦態勢に入る合図となった。
「――――バウアッ!!」
四足歩行をやめて、前足を浮かして全身で少年に威嚇する。
お腹の体毛、そこから覗かせる、金属質の棘が、太陽光に反射する。
これが、銀光熊か。少年は、冷静に思考した。
「バウッ!!」
自分の巣に侵入した不届き者を仕留めるため、四足歩行に戻り、走り出そうとしたそのとき。
「今ッ!」
『
声が響いた。そう知覚した銀光熊。
明らかな異常事態に、本能をむき出しにする、その心の動き。
――それを止めるように、足と背中に衝撃と痛みが走る。
「――――」
鳴き声すら出すこともできずに、その場に倒れる。
駆け出そうとしたところ、出鼻を挫かれる。右足一つ。背中に二つ、何かが刺さっていると感じる。
その雪の絨毯が敷かれた巣の地面が、赤く彩られる。
痛みで動けない銀光熊の目の奥、少年が雪を舞わせながら、同じ地面に立っていた。
「――バウッ!!」
「……」
銀光熊は、怒っていた。急な襲撃、痛み。それを、この小さき者たちが行っているという、事実に狂う。
そして、目に入ったその者に、全ての怒りをぶつけることにした。
痛みを忘れ、足を動かす。少年の下へ、全力で駆けた。
しかし、少年は逃げない。腰から、黒くて鋭い、自分の腕と同じような物を出した。
だが、それがなんだ。こんな小さい者に、何ができる。
こいつを殺して、洞窟に持って帰ろう。そして、安全に食事をする。その後、こいつの仲間たちに、こいつの死骸を見せるのだ。勝ち誇るのだ。
銀光熊は、もはやそれ以外のことを考えられなかった。怒りに、暴力衝動が溢れ出す。
だから、気づかない。自分よりも遥かに小さい者が、逃げようとしないこと。普通は、背中を見せて、一心不乱に逃げるはずの矮小な者が、何故か立ち向かってきていること。
万に一つも考えないのだ。この者が、何故逃げないのか、その理由は……。
――――小さき者には、鋭い牙が生えていることに、気づかない。
「バウウウッ!!」
「……」
飛びかかった銀光熊。その先、少年の剣が、ぶれる。
――――キン
金属が、何かに当たる音が、鳴った。
そして、銀光熊が少年の背後へと倒れる。まるで、何かの支えを失ったかのように、顔から。
やがて、何かが落ちる音がした。
見ると、その場に銀光熊の腕が落ちていた。上腕から先まで、両断されていた。
「――バアアアアアアアアッ!!」
「……すぐに楽にするよ」
痛みに叫ぶ銀光熊。それを見て、少しだけ辛い表情をした少年が、呟いた。
そして、それが最後の音となった。
______
見上げると、彼らはいなかった。
どこに行ったんだろう、そう思って周囲を見渡すと、洞窟の裏側から足音が聞こえてきた。
どうやら、坂のようになっている場所があったらしい。
やがて、三人が姿を現した。こちらに近づいてくる。
「お疲れ様です。ラード殿」
「ほい、お兄ちゃん」
「……」
労ってくれるレイブさんと、荷物から湯立つ木のカップを渡してくれることり。
ターニャさんも、カップを持っていた。温かそうな飲み物を飲んでいる。
「さんきゅ」
ことりから受け取ると、手袋越しに温かい。手袋についた雪が溶けている。
飲むと、白湯だと思っていたが、違った。お茶だ。少し苦味があるが、それがまたいい。
「温まる……」
「でしょ? ホリョウさんと一緒に作ったの」
「は~。よきよき……」
口から白い息を吐き出して、辺りを見る。
頭に一突き。血を流して倒れている
この空間の主だったもの。すごく大きい魔物だった。平均値よりも大きいんじゃないだろうか。
その死体に、レイブさんとターニャさんが近づいていく。
そして、レイブさんが言う。
「……間違いありませんな。一応、巣の中も見てみましょう」
「え、マジですか」
「おおマジです。まあ、嫌でしたら待っていてください」
「ええ……なんかあったら嫌なんで、ついていきますよ」
お茶を一気に口に放る。外気に触れ、適度に冷めているため、火傷するほどの熱さはない。
カップをことりに渡す。布を取り出して拭くと、背負ったリュックに入れていく。
「……」
「あ、はいはーい」
ターニャさんも、同じようにカップをことりに手渡した。
洞窟の方を見ると、レイブさんが中を覗いていた。そして、風を感じている。
「……それほど深くはない。単純な穴倉ですな」
「そっか」
「ただ、暗い。松明はどこだったかな」
「あ、レイブさん平気だよ。私が明かり出すから」
俺たちのやり取りを聞いていたことりが、荷物をしまったリュックを背負いなおして、こちらに来た。
そして、洞窟の前で言う。
『
そう言うと、ことりの前に“光球”が生まれる。それは、ふらふらとたゆたうように、洞窟の中へと入っていく。
光魔法。聖と闇の魔力を持っていることりは、光魔法と闇魔法の相性がいいそうだ。簡単な魔法ならば、詠唱すらいらないのだ。
にしても、簡単に魔法を使うようになったものだ。属性魔法にステップアップしたときは、暴走する魔力を抑えるのに必死なっていたというのに。スリューエルのおかげか。
……しかし、この光の球を出す魔法。以前もどこかで見かけたような気がする。知り合いに光魔法の使い手なんていたか……?
「おお。さすがはことり殿。助かります」
「うん。じゃあ行こっか」
「……」
「あ、俺先頭行きます。一応」
といって、先頭に立つ。
岩肌の洞穴。まあ、自然の魔物の巣だ。中には、食べたものの残骸が転がっているぐらいだろうが……。
光の球に先導され、中を歩く。
獣の匂いが立ち込めている。その主はもういないが、それでもどこか警戒してしまう。
濃厚な獣の匂いというのは、本能的に危険を感じてしまうのだ。
やがて、行き止まりの壁が見えた。
足元に、何者かの骨が転がっている。他には、特に……
「――――クゥ」
脇の、骨の山。その物陰から出てきた、白い小さな獣。
それは、洞窟に踏み入ってきた俺たちに、好奇心の目を向けていた。
そして、不確かな足取りで、近づいてくる。
「お、おいおい……」
「クゥクゥ」
「どうしました? ラード殿……っとと、これは……」
「……」
「わあ……子供?」
近づいてきたその幼獣は、俺の脚に顔をこすり付けてくる。まるで、甘えるように。
俺についた銀光熊の匂いから、俺を親と錯覚しているのか……あるいは、自身の匂いを擦り付けているのか……それか、甘えているのか。分からない。
対応の仕方が分からず、固まったまま、背後にいるレイブさんに話しかける。
「あ、あの……こういうとき、どうすればいいんですかね」
「ふむ……銀光熊の子供……? それにしては骨格が……。まあ、どうやら、ラード殿に懐いている様子。ラード殿が決めればよろしいでしょう」
「……」
「賛成。私も、お兄ちゃんが決めるのがいいと思うな」
「ええ……」
足になおも顔を擦っているそいつの腹に、手を入れる。
すると、抵抗することもない。そのまま持ち上げて、顔の前に持ってくる。
目が合う。透き通るような碧い瞳だ。世の中を、何も疑っていない、純粋無垢な目。
この時点で、こいつを殺すという選択が、消えた。こんな純粋な奴を、俺は殺せない。
「カゥ」
「……俺、お前のお母さん、殺しちゃったと思うんだけど……」
「カゥカゥ」
「……罪悪感、良心の呵責……ぐぅうおおぉぉ……俺はいつか、お前に食われるかもな」
幼獣は、顔を横に向け、疑問符を浮かべる。お前、器用だな。それとも、利口なのか。
「生きたいか?」
「カゥ」
言葉も分からぬであろう、幼獣に問うた。しかし、その幼獣はしっかりと、頷いたのだった。
それを見て、そいつを肩に乗せる。
そして、振り返って言う。
「あー……紹介しよう。新しい仲間だ」
「やったー! 超可愛い!」
ことりがホップステップで近づいてきて、肩に乗っている幼獣に手を伸ばす。
すると、今度は抵抗をした。伸びてきたことりの手に、噛み付いたのだ。
「カゥ!」
威嚇の声を上げる幼獣。しかし、その声は、すぐに沈黙へと変わる。
「――痛いよ」
ことりは、瞳を闇に落とす。暗い洞窟が、更に暗く感じる。
軽いものだ。軽いものだが、それでも感じる、死の気配。
「……クゥ」
肩が揺れる。幼獣が、震えているのだろう。
「撫でていい?」
ことりが、感情のこもっていない声で、そう聞いた。
幼獣が、何かアクションを取ったように見えたが、俺からはよく見えない。
そして、ことりが手を伸ばす。幼獣の頭に触れ、撫でる。
やがて、ことりから放たれる深淵のような重い空気は、消えていった。
「――あはっ! 可愛い!」
急激に明るくなったように感じる。幼獣も、震えが止まり、幾許か安心したように感じる。
「……お前、そんな小さなことにもそれ使うのかよ」
「いや、ついつい……えへへ。びっくりさせちゃったかな。ごめんね~」
「キャゥルル」
猫なで声を出す幼獣。
やっぱり、自然に生きる者には、上下関係が必須なのだろう。今、幼獣にとって、ことりは圧倒的な格上として見えたのだ。そして、その者が攻撃をしてこない。だから、甘えられる。
しかし、躾けるためにあんなことをするなんて、心臓に悪い。
すると、その空気を何度も体験しているレイブさんは、特に驚くことなく、全く違うことを喋り始める。
「……うむ。この場で殺すのも忍びないですからな。しかし……」
レイブさんが、少し言い辛そうにしている。だが、それでも口を開いていった。
「ラード殿と、ことり殿はもうすぐここを発たれる。その旅で、その子は錘になってしまいます。よろしければ、私が預かりましょうか?」
「……いや、いいよ。こいつ、なんか俺に懐いているみたいなんで」
「……そうですか。いや、お節介でしたな」
「そうでもないよ! ありがとね、レイブさん! 大丈夫。旅の途中、この子は私が守りますから!」
ない胸を張ることり。その光景がデジャヴだったので、この後冷たい視線を向けられることを知っている俺は、一瞬で目を逸らす。
「では、戻りましょう。銀光熊は、我々だけで運ぶのは難しいですな。一度、里に戻って応援を呼びましょう」
「……そうですね」
「ねえ、お兄ちゃん。この子、私に乗せてよ」
「あいよ」
肩を、ことりの方に突き出す。やがて、肩から重みが消えた。
見ると、今度はことりの腕の中にいた。胸に張り付いている。
「あははっ! ちょっとくすぐったいかも」
「カゥ」
少女と幼獣のやり取りを見ながら、足を動かす。
そして、先ほどのレイブさんの言葉を、思い起こす。
もうすぐ、ここを発つ。つまり、霊峰ノーエルの厳冬期が、終わる。二ヶ月近くいたこのダークエルフの里を、離れることになるのだ。
「……結構、寂しいな」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもないよ。そいつの名前、考えないとな」
「そうだね……おぉ~。大人しい……お前は偉いな~よちよち」
そうして、彼らは洞穴を後にした。そこはもう、誰の縄張りというでもなく、ただただ風の音だけが響いていた。
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