青空教室、再び ①


「よし、やるか」


 修練場。

 その中央に立つ、三人。少年、少女、老人。どこかで見た組み合わせだ。


 少年は冒険者用の装備に身を包み、少女は白い外套を。老人は着物を。三者三様の彼らは、お互いを見合っている。


「先生、お願いします!」

「ほほほ。私は見学しておりますぞ」


 老人はそう言うと、修練場の端に向かって歩き出し、隅に置かれた切り株の椅子に腰掛けた。


「……」

「やったー! ついに私も魔法が使えるんだ!」


 いつぞやの青空教室。第二幕。少年は、教わる側から、教える側へと変わっていた。



______



「まず、魔力について教えよう!」

「おぉ~きたきた~!」

 ことりが、手を上げて喜びを表現する。


 なんだろう、このノリは。幼児の教育番組のような雰囲気だ。


「魔力というのは……万物に備わっているあーだこーだという力でな……」

「……なにそれ。面倒くさがらないでちゃんと説明してよ!」

 なんでだ。こういうときはカクカクシカジカ、もしくはあーだこーだで伝わるのが定石だろうが。

 うーん。魔力についてと改めて聞かれると、説明するのって難しいんだよな。


「……こういう説明ができないから俺は教師役として不足なんだろなぁ」

「ほほほ。ラード殿! 貴方にも教わった人がいるのでしょう。なに、妹君にも、教わったことをそのまま伝えるのがよろしいでしょうな!」


 修練場の外から、声を張り上げて言うジヴェルさん。

 なるほど……魔法について教わったことを、か。元宮廷魔術師のスーバさんが言っていたことなら、確かに間違いはないだろう。


 顔つきを、あのだらしない私生活を送っていそうなおっさんに寄せる。喋り方も、柔く。


「んん! ……魔力……それは全ての生命、物質が生まれながらにして持つ、力の源のことだ。我々人類を基準にして話すけど、例えば、生後一日の赤ん坊でも、老衰で死に掛けている人でも、魔力を持っている。そう、生命が維持される限り、永続的に生み出される……魔力が生み出される場所のことを、私たち人間は、想源そうげんと呼んでいるんだよ」

「……誰の真似?」

「俺に教えてくれためっちゃ強いおっさん」

「変なの」

 妹よ。俺が変なだけで、スーバさんはそこまで変じゃないぞ。普通ではないが。


「とまあ、そういうわけで。簡単に言えば、そこらへんに転がってる石から、あの龍……スリューエルまで、皆が生まれつき持ってる力……それが、魔力だ」

「へぇー……」

 そう言うと、自分の腕を不思議そうに見つめる。


 厳密に言えば、俺たちは生まれながらに持ってるわけじゃないけどな……。恐らく、この異世界に飛ばされたとき、この世界に適応するために魔力が備わったのだろう。

 だから、俺の魔力はブラン山脈と同じものなんだ。転移した場所がブラン山脈だったから。異世界に顕現した際に、適応するために魔力を得る……そのときに周囲の魔力を得るのだと思う。


 それで言うなら、ことりは悪魔の魔力を持っているはずだが……ことりの体内魔力は、

 リーフや、スリューエルのような霊的存在が持っている、清さを感じる聖の魔力と、あのセレナードと名乗る悪魔の闇の魔力……その二律背反の魔力が備わっている。


 それが、どんな作用を生むのか分からないが……少なくとも、普通ではない。

 だから、どんなことが起こるか分からない。念のため、魔力を薄く張り巡らせておく。


 そして、思い返す。スーバさんに教わったことを最初からやっていこう。


「まず、魔力を感じてみろ」

「……? 分かるよ。お兄ちゃんが今出してるものでしょ?」

 そうでした。この子はもう既に魔力を感じ取れている。


「よし。次は、魔力を動かしてみろ」

「うん」

 すると、ことりは自分の右腕から何かを掬うように、左手を動かす。

 そこに、ことりの魔力が溜まっている。


「これでいいの?」

「……」

 魔力に対して、物理的な干渉……加えて、他者の魔力も扱える。

 こいつ、あらゆる工程をスキップしてやがる……しかし、やって欲しいのはそういうことじゃない。


「それでも動いているけど……違う。魔力ってのは、想えば動く。そして、願えばそれに応えてくれる。手を使って動かすんじゃなく、頭や心で動かしてみろ」

「……ん~」

 その掬った魔力を見て、唸り続けている。

 しばらく眺めていても、変化がない。まあ、最初は難しいか。例を見せたほうが早そうだ。


「まあ、まずは真似てみろ」


 右手を、修練場外の地面に向ける。

 そして、願う。


『姿を現して』


 俺がそうやってお願いをすると、魔力が動く。体の至るところに纏われた魔力が、少しずつ右手へと、集まっていく。

 次いで、周囲の自然からも、段々と集まってくる。


 ……命令するよりも、お願いしたほうが、こいつらはよく動いてくれる。俺には分かる。今、動いている魔力の機嫌が良いように感じるのだ。

 日々、触れ合うことでどんどん意思疎通が取れているように感じる。最初は、皆こうして魔力を扱っているのだと思っていた……まあ、結果として、魔性体としての能力だったようだが。


 ……それを加味しても、魔力の動きが良い。澄んでいて、乾いているここの空気は、魔力の動きを邪魔するものが少ないのだろうか。


 やがて、十分な量の魔力が右手へと集まって、実体化した。右手の先の空間が歪んでいる。


 これは既に、魔法だ。


『飛んでくれ』


 次の瞬間、右手に収束した魔力が、右手の先の地面へと向かって射出された。


 歪みが地面へと衝突し、ボコッという音と共に、地面が爆発した。土を舞わせ、雑草が散る。

 それを見届けて、ことりに振り向く。



「とまあ、これが最も簡単な魔法の一つだな」

「……すっごぉー……」

 呆けていることりの肩を叩いて、言う。


「お前もやってみ。言葉は何でもいい。重要なのは、明確なイメージをすることだ」

「あ、うん……えへへ、ちょっと恥ずかしいね」

 ことりが、照れくさそうに後ろ首を掻く。


「おいこら。お前は今、世界中の魔法使いを敵に回したぞ」

「わお。それはまずいね……うーんと」


 ことりは、俺と同じように右手をかざした。

 やはり、少し恥ずかしいのか、言い辛そうにしながら、ことりは唱えた。


『姿を現して』


 ――瞬間、空気が変わる。


 全ての魔力が、動きを止めた。まるで、世界が止まってしまったかのような感覚。


 そして、それらが急速に動き始める。


 ことりの体内に存在する聖と闇の魔力が、交じり合う。両方の性質を持ったそれが、右手の先へと集まった。そして、その魔力が蠢いた。それに呼応するようにして周囲の魔力が、まるで根こそぎ吸い取られるように、ことりへと収束していく。


 俺の魔力も、だ。


 暴風。魔力の動きに合わせて、空気も急速に流れだす。まるで、台風のよう。中心の目は、少女。

 修練場の砂が一斉に舞い、煙を出す。そして、その煙すらもどこかへ吹き飛ばす。草木が揺れ動き、空気が震動する。


「え、え!?」


 中心の少女が慌てふためく。自身に何が起こっているのか、理解できていないように。


 しかし、これは……早く魔力を解放しないとまずいんじゃないか? 俺の魔力すらも吸って、どんどん肥大化している。このままでは、魔力が爆発してしまうんじゃないか。


「――ことり! 飛ばせ! その力を、早く解放するんだ!」

「え、ええ!? ど、どうしよう。えっと、えっと」


『と、飛んで!』


 その声、その意思は、空間に満ちた。響き渡り、呼応する。


 ――――ゴウッ


 右手の収束していた大きな球状の力が、真っ直ぐと射出される。

 空間を歪ませ、修練場の地面を削り、なおも肥大化していく。凄まじい豪風が、吹き荒れる。


「うわ、うわわっ……!」

「……っ!」


 ことりの手から離れた魔力の塊は、なおも周囲の魔力を吸収し、地面を抉りつつ、正面の大木へ向かう。


 あんな濃縮された魔力の塊が大木に衝突してしまったら、爆ぜ、その余波が辺りに伝わる。もしかしたら、離れている俺たちにすらも、その被害が及ぶかもしれない。



「ことり! こっちにこい!」

「え!?」

 ことりの手を取って、引っ張る。

 魔力を薄く展開しておいて、その瞬間に備える。


 魔力障壁。今の俺に張れるだろうか。いや、無理だ。詠唱も分からないし、術式も分からないから魔方陣を描けない。必要な工程を、俺は知らない。

 しかし、アレは属性が付与されていない、ただ実体化しただけの魔力だ。同じく、魔力を実体化すれば相殺できるか?


 そうやって警戒していると、今も突き進む暴走した魔力の正面、割り込む人影。



「――御免ッ!」


 剣光の閃き。それは魔力の塊を切り刻んだ。


 次の瞬間、濃密な魔力が、一瞬で細切れになる。

 その力は芯を失って、空気へと霧散していった。


 先ほどまでの暴風と轟音が、一瞬で消える。代わりに、剣を鞘に収める音が、響いた。


「じ、じ、ジヴェルさ~ん!」

「すっげぇ……斬ったのか。ありがとう、ジヴェルさん」


 この騒動を一瞬で治めてしまった老人は、髭を撫でながら、申し訳なさそうに言う。


「ほほほ……ことり殿の晴れ舞台を汚してしまって申し訳ない。しかし、自然が破壊される様を黙ってみていることはできませんで……」

「いやいや! 私のせいで、こんな、こんな……ありがとうございます!」


 ジヴェルさんと、妹のやり取りを見ながら、思う。

 まさか、こんなことになるなんて。アレは、異常だ。聖と闇の魔力が混ざり合って……それによって生み出された魔力が、周囲の魔力を吸収していった。


 いや、表現が少し違うな。アレは、全ての力を喰い荒らして、糧にしていた。

 まるで、そこに意志が存在していたかのように。


「なあ、ことり。何を考えたんだ? 普通、あんなことにはならないぞ」

「え?」

 ジヴェルさんとの会話が一段落したところで、聞く。


「いいか。魔力ってのは、別に言葉だけじゃない。自分の想いや願いにも応えてくれるんだ。ただ、姿を現せ、飛べ、それだけの言葉、想いじゃあんな風にはならないと思うんだ。何か心当たりはないか?」

「うーん……何か考えてたかなぁ……別に大したことは考えてなかったと思うけど……」

 うーんうーんと悩むことり。あれほどの力を生み出すには、意志が必要だ。絶対的に。アレは、属性魔法に迫る破壊力を持っていた。ただ、魔力を実体化させるだけの魔法だというのに。


 ジヴェルさんが対処しなければ、この見上げるほど大きい大木は、間違いなく粉砕していただろう。


 絶対に、何かあったのだ。


「些細なことでもいいぞ」

「うーんうーん……あ、大きくなーれ、って思ったよ」

「……なるほど」

「なるほどって……って、ええ!? まさか、それだけでこんなことになったの!?」

 そういって、惨状を見ることり。次いで、俺も目を向ける。


 酷い光景だった。辺りに、草木の葉が舞い散っており、修練場の地面は抉れ、地面の土が舞い上がっている。

 これを、一息に……。


「……なあ、ことり。お前はまず、力の加減を覚えなきゃいけないようだな」

「力の使い方も覚えてないのに!?」

「ほほほ。前途多難ですな」

「もー!! せっかく魔法が使えるようになったのに、なぜか素直に喜べないよー!!」



 少女の叫びが響き渡る。青空教室は、なおも続く。

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