夜の訪れ④ 『少女の言葉』


 馬車を停めてある広場が見えてきた。大量の馬車と、こちらを見つめる壮馬たち。


 そして、広場の中央に立つ人々。その中に、アルフィーがいた。

 集団は俺に気づいてざわめきだす。アルフィーが大きな声で話しかけてくる。


「お、おい! アレじゃねえか?」「そうみたいだな……女の子? ってあの顔は……!?」

「ラードー! ……って、何よその子」

「ああ、えっと……歩ける?」

「は、はぃぃ……」

 まだ少し腰が引けているように見えるが、大丈夫そうだ。俺の外套をぎゅっと抱くようにして、肌を隠している。沢山の人に注目されているから、恥ずかしいのだろう。顔も赤いし。


 ……メイドの人の遺体を隠すように、皆が立っていた。気遣ってのことではない、たまたまだろうけど、ありがたい。


「ラード。とりあえず、話を聞かせてくれ。その娘と、ついでに、この森の嫌な雰囲気についてもな……」

「シュードさん……来てくれたんですね」

 シュードさんが森をにらんでいる。それは、その奥にあるものを警戒するよう。

 俺の魔力感知も反応し続けている。ずっと、嫌な魔力が増えている。あの男……人間以外の何かに変化しつつある。


「何から話せばいいか……俺も詳しい事情は知ってるわけじゃないし……」

「私が話します」

 俺の言葉を遮るようにして、少女が言った。そして、一歩前に出て、その場の目線を集める。


 元々、美しい少女だ。流麗な、短く切りそろえられた、輝く主張を続ける金色の髪、サファイアのような瞳、華奢な体。王女と言われれば、なるほど、という感じだ。この場にそぐわないという意味では、一番目立っている。


「私の名は、アリス・バラル=アディティード。このバラル王国の第二王女です」

「はぇ……?」

 アルフィーの気の抜けた声が、やたら強く聞こえた。周りの冒険者は知ってる人が多いようで、俺が森から来たときからずっとざわついていたけど。


「殿下。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私、シュード・ギャルホトと申します。僭越ながら、このキャラバンのリーダーを務めております」


 シュードさんが膝をついて、頭を下げた。すると、周りの冒険者も膝をつき、頭を垂れる。アルフィーがそれを見て、少し慌てたように右往左往した挙句、結局真似て膝をついた。


 ちなみに俺はやってない。もう既に不敬罪に問われそうなことを何度もやってしまった。今更格式ばったものをやる気もせんわ!!

 頭を垂れる皆を上から見下ろせて少しいい気分になり、両手を腰に当ててわははは、と高笑いしようと思ったら、あばらが痛んだ。


「皆様、どうか頭をお上げください。私は皆様を騙していたのです。むしろ、頭を下げ、謝罪させていただきたいのはこちらの方です……」

「……では、失礼して」

 そうして、皆、頭を上げた。何人かが、何もしていない俺を見てぎょっとしたが、まあ、仕方ないだろう。こういう性分だ。


「殿下、お聞きしてもよろしいですか」

 シュードさんが聞く。この人、貴族向けの挨拶とかしたくせに、今の言葉には、有無を言わさないというような圧を感じた。尊敬の念どこいった。


「……私はとある理由で、内密に、交易都市ラグラーガにしばらく滞在しておりました。そして用向きが終わり、イレーヌ商会の協力で、王都まで戻るという手はずになっておりました。それが、このキャラバンです」

「内密に滞在してたから、護衛の冒険者にも知らせてない。それで、姫さんの情報がどこかから漏れて、狙われたって訳か……犯人の見当はついてるのか?」


 なんとなく聞いてみる。あまり期待していないが……と思ったら、アリスはすぐに答えた。


「はい。私を襲ったあの騎士の名前はルルノ・ブォーツ。王室と対立する貴族派の筆頭であり、王族と並ぶ権力を持ったブォーツ公爵家の息子……つまり、今回の襲撃はトルノ・ブォーツ公爵の手引きによるものでしょう」


「ルルノ・ブォーツが……!? ラード、戦ったのか!?」


 シュードさんが驚き、俺に聞いてくる。


「……この森に漂う、歪な空気の元が、そいつです。俺の剣が奴の首をはねる直前、急に様子が変わって……いや、元々変だったけど……なんて言えばいいんですかね。まるで、人間をやめて何かに変わろうとしているような……手に負えないので、逃げてきました」

「……そうか。俺は、この感覚に心当たりがあるけどな」


 シュードさんはずっと森を睨んでいる。その顔は、苦々しいものだった。

 あの男の変化は異常だった。魔力が集まって、あの男の体内で悪質なものへと変化されていった。この現象に心当たりがあるなら、そりゃいい顔しないだろうな……。


 そして、シュードさんは振り返って言う。


「お前ら、全員殿下に付いて今すぐこの森から離れろ。盗賊の砦の方は今頃制圧しているから、迷ったらそっちの方へいけ。そして、獣人とB級以上の冒険者を、この森へ救援として向かわせてくれ」


「え……」「ど、どういうつもりなんだ、リーダー」

「シュード様!? 何をお考えなのです!」


 周りの冒険者と、姫さんが疑問の声を上げる。

 だが、実際……俺の魔性体としての本能だろうか。脳がずっと警鐘を鳴らしている。今すぐここから逃げろと告げる。魔力が……濃密に、澱んでいる。この森は……。


「ラード、お前は来い。ルルノ・ブォーツとやり合えるなら、お前の力も必要になってくるだろう」

「え、俺? ちょっとあばらが痛くて……今日はちょっと休もうかなって」

「ダメだ」

 すると、シュードさんは腰につけた袋を手に取った。そして、その中に手を突っ込んだ。腕を突っ込んでいるところが、傍目から見たら袋の体積を越えているんだが……これが噂の魔法袋か。


「これを飲め」

「あ、はい」

 赤色の液体が詰められた小瓶を取り出して、それを手渡された。

 赤色……。瓶のふたを取って、口をつけ、液体を一気に流し込む。恐らく、治療のポーションだ。こういうものは大抵苦いから、一気に流し込むに限る。


 案の定だ。


「にっがぁ……」

「お前ら! 早く行動しろ!! 殿下、この者たちに付いて行って下さい。何かあったら、必ず近くのものを頼るのです」

「ま、まさか、シュード様と……お、お兄様は、森へと向かうつもりですか!?」

 なんでお兄様って呼ぶときだけ恥ずかしがるんだよ。それならお兄様って呼ばなくてもいいんじゃね?


「はい。一刻の猶予もないのです。ですから、殿下も急いでこの場から離れてください。いいですね?」

「……分かりました。どうかお気をつけて」

「大丈夫です。私はA級冒険者ですから、この程度の急場、いくつもこなしておりますから」

「俺はそんな自信ないんですけど……」

 そうして、姫さんは名残惜しそうに冒険者の集団と合流していった。

 それと入れ替わるように、集団から一人抜けてこちらに駆けてくる人がいた。アルフィーだ。


「アルフィー、どうした?」

「はぁ、はぁ……私も、行くわ!」

 いや、そんな肩で息をしながら宣言されても……。


 横から、シュードさんが入ってくる。


「ダメだ。はっきり言って、実力不足だ。この森はもう、危険度指定で言えばB級以上だ。今すぐ避難しろ」

「私も連れて行ってください!」

「……なぜそこまで」

「私はラードのパーティメンバーです! ラードが死に掛けて、私が助けられるだけなのはもう、嫌なんです!」

「いや、そんなの気にすんなよ……」

「あんたは黙っててっ!」

 はい。黙ってます。でも俺のことを案じて来てくれるっていうのに俺のことを罵倒するのはどうなんですかね、アルフィーさんや。


 すると、シュードさんはその場で唸りながら考え込んでいる。まあ、実際……俺もこの闇を思わせるかのような魔力を放っている奴がいる森に、アルフィーを入れたくないんだが……。


「……いいだろう、許可しよう。だが、自己責任だ。そして、少しでも危ないと感じたら逃げるんだ。死ぬことだけは許さない。いいな」

「ありがとうございます!」


 話が一区切りついたので、聞いてみる。


「……シュードさん。さっき、心当たりあるって言ってましたよね。なんなんですか、この……変な空気は」

 シュードさんはこちらをチラッと見た後、森に視線を移しながら言う。


「これは、『悪魔の降臨』と呼ばれる現象だ。以前、魔王を崇拝する狂信者の集落で、これと同じ現象を目にした。その集落の狂信者どもが一斉に自殺をして、その血肉を天に捧げた……空気が震え、大地が恐れおののき……そして、悪魔が降臨した」

「悪魔……ですか」

 ゴブリンキングも、進化した後はまるで悪魔のような相貌になっていたが、あれと同じだろうか。確かに、少し似通った魔力を感じる。だが、今俺が感じている魔力の方が……より濃く、深淵のように重く暗いもののように思える。


「悪魔、それは南大陸を支配する奴らのことだ。南大陸は、どの大陸とも陸続きになっていないという点ではこの中央大陸と似通っているがな……魔大陸とも呼ばれる。そこには、かつての『人魔大戦』で魔王に与していた悪魔たちが住んでいる。そして、その悪魔たちは魔法を使って、心の弱い人間に取り憑き……己を招来させるように誘導するんだ」

「……その集落に降臨した悪魔はどうなったんですか」

「討伐した。A級のパーティが4組、その場にいてな。だが……そのとき生き残ったのは俺のところだけだ。ほかの奴らは、闇に消えていったよ」


 ……そりゃシュードさんがやけに深刻そうな顔をするわけだ。しかし、そうか。あの騎士の男の首をはねようとした瞬間、何かが聞こえた。あれが悪魔の声、か? そして、あの男を媒体として、自身を召喚しようとしているのか……。それとも、最初からあの男に取り憑いていたか。それなら、あの多重人格のような狂いっぷりも分かる。


 その仮定でいくなら、王族と対立しているっぽい貴族派、相当臭うんだが……色々と。あの騎士って貴族派の筆頭、公爵様の息子なんだろ? それってつまり……悪魔とズブズブじゃん。「悪代官様……お品物です……」「ほほほ……お主も悪よのう……」的なあれだろ。なんか、国全体がきな臭く思えて来たんですが……。


 なんでこんなのに急に巻き込まれてるんだろうな……俺。この森全体に這うように漂う魔力が、どんどん濃くなっていっているんですけど。


「ベルンダ街とか、サモミール、もしくは王都でもいいんですけど……応援呼びませんかね、シュードさん」

「ほかの奴らがやってくれるさ。俺たちは、足止めだな。こいつを森から出すことだけは防ぐ」

「……うぅ、私もようやく分かったわ。この雰囲気、やっばい……」


 その時だ。

 ズドン、と森の奥に黒い雷が落ち、雷鳴を轟かせた。


 あたりの濁った魔力が衝撃で一瞬散ったかと思うと、急速に森の中央へと吸い込まれていった。やがて、森は普段通りの雰囲気となった。ただ、暗いだけの、静かな森へと。


 静寂の中、アルフィーが口を開く。


「今のって……」

「……」

 嵐の前の、静けさってか。まあ、俺はもうやっばい魔力を纏った生物をびんびんに感じてるんだけど。


「……先に言っておくぞ。俺が前衛だ。ラードとアルフィー、お前らは後衛だ。ラードは俺をカバーするように動け。アルフィーは絶対に前に出るな」

「……ああ、めんどうくせぇ……」

「はい!」


 シュードさんが一歩前に踏み出す。俺とアルフィーも。


「行くぞ!」


 嫌な予感は、今も大きくなり続けている。

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