成長の夜
暗い森、照らされたその丘の上で、少年は一人座る。
鈴虫の鳴る音を聞きながら、少年は一人、呟いた。
「リーフ、どうだ」
それに返事をするものは、誰も居ない。それでも、少年は誰かと会話を交わしているように、表情を、口を動かす。一瞬、月明かりが一際強く輝いた。
「……分かった」
やがて、少年は満足したのか、何かを呟くのはやめた。そして立ち上がり、一人、月を見上げる。そして、息を大きく吸い、吐いた。
「……」
少年は何かを憂うように、月を見上げていた。
こうして、少年の夜は更けていく。
______
揺れるとんがり帽子。
「くしゅっ! ……寒いわね」
暗い夜。雲間に差し込む月明かりは、少し頼りない。普段よりも暗いその森は、自分を脅かすようにざわざわと揺れている。
「……寝付けないから散歩でもしようと思ったけど、やっぱり帰ろうかしら」
少し怖いので、目線を隠すようにとんがり帽子を大きく被る。
このまま進めば小川がある。水の流れる音を聞きたくて、そこを目的にして歩いている。
やがて、森は開けて、目の前に流れる川が見えてきた。
水面に月明かりが反射して、きらきらと輝いている。川のせせらぎが耳に心地よく響いて、心が落ち着いていく。
しばらく、ここにいよう。
そう思って、手近な岩に腰掛けた時だった。
「……睡魔は、お前を手放したか」
「ひぃ!? だ、誰!?」
声が聞こえてきて、全身がびくってした。
声の聞こえてきた方を振り向くと、彼がいた。左上、崖になっているところの先端に立ち、月明かりで本を読んでいる。
本を常に携帯している人、サブリーダーの人だ……。髪が長くて、サイズが大きいコートに身を包んでいる、見るからに、自分のことを管理できませんって奴。
「あんたは……」
「……満たされぬ器。お前の澱みは、原初に逆らっている故の、歪み」
「はあ……? ちょっと何言ってるか分からないんですけど……」
その時だった。彼が本を閉じ、空いている左手を前方に突き出し、唱えた。
『燃え尽きる運命』
彼の左手に、幾何学的模様……巨大な魔方陣が展開される。そして、その手の先から、輝きが生まれる。そして、それは炎へと変わり、全てを焼き尽くすような業火として放射された。
その業火によって、辺りが急に明るくなる。風が、熱が、ここまで伝わってくる。
「――熱っ……!」
小川の上を、火炎の柱が横向きに通り抜ける。対岸の森に届くか届かないかぎりぎりで頂点は止まる。なおも、放射され続ける。火炎の下にある小川が、少しずつ泡だってきている。
『――』
彼が何かを言うと、魔方陣が消え、炎は止まった。彼は結局、5秒ほど火炎を放射し続けた。それは、目的のない魔法の行使に見えた。何を燃やすでもない。ただ、宙にとてつもない威力の炎魔法を放ち続けるだけ。
すさまじい威力。私のところにまで、その熱量が届いてた。川が、少し茹だっているのが見えた……
「……って! あんた、いきなり何してんの!?」
「現象の確認をしたか」
「え、どういうこと」
「もう一度、必要なのだな」
そういい、彼は左手を正面へとかざした。
もう一度やる気……!?
「ちょっと! 見たから! もうやらなくていいから!」
「――倣え」
彼が、初めてこちらを見ながら、言った。
「え?」
「真似をしてみろ、と言った」
「ど、どういう……」
「遅いのは木馬だけでよい」
そう言って、彼は私に左手を向けた。
何を、と思う間もなく、体が勝手に動いて、両手を小川に向かって突き出した。私の意志じゃない……魔力を動かして、私を操作したんだ。
「な、なにするの――」
「撃て。娘、お前の力を出せ」
「……」
彼は私に……魔法を見せてみろって言ってるんだ。
「私、杖を使うんだけど」
「無き物に構う必要はない」
「そ、そう……」
気づいたときには、体は自由に動いていた。
……やってみよう。私の、今使える最高の炎魔法で。
両足に力を入れて、その場で踏ん張る。両手を前に突き出して、呪文を唱える。
『我が敵を燃やす炎よ 轟け 渦巻け 我が力を糧に 顕現せよ!』
想像を掻き立てる。無から炎が生まれ、大きくなり、正面、轟くように渦巻き、敵を燃やし尽くす。そんな、情景を想像する。
それは、魔力となって、私の体を巡り、両手を介して、顕現する!
『――
手に魔方陣が生まれ、炎が生まれる。それは、渦巻く炎の竜巻となって、目の前に轟いた。
私の視覚を覆うほどの炎が、目の前に放射されていく。
熱風が辺りに漂う。炎の勢いに、体勢を崩しそうになる。両足のふんばりが効かなくなってくる。
やがて、炎の放出の勢いに耐え切れず、私の体は後ろに倒れる。
(――やっぱり、杖がないと、安定しないな)
体勢が崩れているので、受身は取れない。背中に衝撃が来るのを覚悟して、目を瞑る。
『――悪戯な風の自由』
目を瞑っていた私の体に、衝撃は来なかった。代わりに、私を支えるように風が吹いた。そして、私はその場でへたり込むように、座った。
「あ、ありがと……」
「責任は、俺にある」
彼を見上げながら言うと、こちらを見下ろしながら、彼は言った。
その言葉に、ちょっと照れ隠しが入っているように感じて、笑ってしまった。
「あはは……あの、私が魔法見せればいいんだよね?」
「……」
そういうと、彼は私が魔法が放ったところ、小川の上の宙を、じっと見据えた。目を細くして、何かを観察している。
「……存外、悪くない」
「え?」
「夜は長い」
彼が崖から飛び降りる。危ない……なんて思うことはない。
彼は、地面に落ちる直前で、風に吹かれる。まあ、そりゃそうよね。考え無しにあの高さは降りない。
そして、彼は私に近づいてきて、手を伸ばしてきた。
「睡魔がお前を縛らないのなら、俺が時間を使ってやろう」
「えっと……ちょっと意味が分かりづらいけど、私の魔法を見てくれるってこと? よろしく?」
伸ばされた手を握る。握手だ。すると、彼は振り返って、小川の上流の方へ歩き出した。
「まず、倣うことに慣れる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
こうして、魔法使いの少女の夜は更けていく。
______
「ガァァアアア!! どこだぁ!? どこ行ったんだシャリョウー!?」
うるさい。誰だろう。
起きると、アルフィーがいない。
「……アルフィー?」
声に出して確認しても、いない。
……。
テントを捲って、辺りを確認する。アルフィー、どこにいったんだろう。
「お、そこの獣人の嬢ちゃん! 俺のパーティメンバー知らねぇか!? 常に本を持ってる変な奴なんだぜ! すごいだろ!」
「……うるさい」
テントを出てきた私に、うるさい人が話しかけてきた。
黄色の……髪の毛の質が、人間と違う。獣人だ。でも、獣人ってことを考えても、その目の鋭さは、ちょっと怖い。
「うるさいだと!? そうだな! 俺はうるせぇな! グァハハッハァ!!」
誰だろうこの人。どこかで見たことある。虎の獣人……あ、馬車でずっと眠っていた人。でも、この人、尻尾がない。軽装に身を包んでるけど。
「嬢ちゃんは獣人なのにおとなしいな! 元気ないのか!? どうした!?」
「……」
「お? お? 弓を扱うのか!」
その人が、テントの中を覗いて私の装備を見た。
「グァハハッハァ!! そうか! 嬢ちゃん! 俺と少し遊ばねぇか!?」
「……遊び?」
「おうッ! ずっと眠ってたら体が鈍っちまってよ! ちょっくら付き合ってくれや!」
「……」
テントを見る。アルフィーがいない。馬車を見る。ラードもいない。皆いない……眠くない。
「分かった」
「おお! そうか! じゃあ、弓矢を持ってきてよ……あっちの広場で少し付き合ってくれや!」
彼が指でその場所を指しながら、歩き始めたので、弓矢を持ってついていく。
そして、広場についた。かなり広い。
彼は私と向かい合うようにして、少し離れたところに立った。
「よーし! じゃあ、嬢ちゃん、その弓で俺を撃ってくれや! 準備運動にはなるだろ!」
「……嬢ちゃんじゃない」
「おぉ!? 俺に一発でも当てられたら、呼び方を変えてやるよ! グァハハハハ!」
舐められている。そう感じた。
遠慮はいらないみたい。弓矢を構える。ぎゅっと絞る。弓が引き締まっていくのが分かる。
……でも、これで殺したら、悪い。少し、手加減して……
「――――今、手加減しようとしただろ」
耳元から、声。正面の少し離れたところに居た彼が、獣人の私の目にも捉えられない速度で。
「――――」
反射的に、足に力を入れて、その場から退く。
すると、彼はそんな私の様子を見て、笑った。
「おいおい! 嬢ちゃん、獣人なんだろ!? 体の使い方がなってねぇなぁ……。どうだ? 手加減なんかいらねぇぜ!? 本気で射抜いてきなぁ!!」
「……舐めてたの、私だった。全力でいく」
「ふはッ! もう一回言うぜ! 準備運動にはなるだろうな!!」
弓に、2本、矢を番える。全力で引き絞る。弓がしなって、きりきり……という声を上げる。
私は、この、弓の、きりきりっていう声が好き。
――――バシュ
音が鳴る。まずは一本、相手の動きを見る。
「――おせぇ!!」
彼は右に避けた。続いて、二本目。少し体勢が崩れたところを狙う。
――――バシュ
彼の体は右に流れてる。足は宙に浮いてるし、避けづらいはず。もしかしたら……
「――ッハ!」
すると、彼は右に流れた体を捻って、地面に手をついた。そのまま、体を横向きに回転させて、矢を避けた。
曲芸みたいな、動きだった。
「――――」
「どうした? もっと撃ってきな!」
彼は、なんでもない風に言った。
あの動き、すごい。これが、獣人の身体能力を余さず使った人の、動き。
観察する。この場で、彼を見抜く。私の動体視力を持って、全部、見る。
「……おお? いい目になってきたな!? 上がってきたか!!」
「……そうかも」
弓を構える。彼はにやっと笑って、前傾姿勢になる。夜風が、辺りに吹いた。
こうして獣人の少女の夜は更けていく。
______
「ったくよ……どいつもこいつも、聞きわけが悪いったらありゃしねぇ……」
「あはは……」
なぜ俺だけ、リーダーの愚痴を聞かされているんだ。
ドイルと夜番の仕事に来たら、なぜかシュードさんに絡まれた。そして、いつの間にか、ドイルはどこかに消えていた。
今、俺は焚き火を隔てて、シュードさんの愚痴をひたすら聞いている。
「セイルよぉ……俺はお前らのパーティに感謝してるんだぜ? 実際、お前らの働きはすげえよ。哨戒から殲滅まで、D級とは思えねえぜ」
「はあ……」
「なのによぉ。他の奴らが、俺たちにも活躍させろ!! とか言ってきてよぉ。D級に舐められてたまるか! とか。ばかかよぉ……勝手に活躍してろよぉ……」
「しゅ、シュードさん。とりあえず、肉でも食って落ち着きましょう」
「干し肉じゃねえかよぉこれ」
といいつつ、干し肉を齧り始めるシュードさん。30は超えてる大人の人でも、人間関係での困りごとはあるらしい。しかし、後輩に当たるのは勘弁してほしいものだな……。
「おいセイルぅ!」
急に大声を上げるシュードさん。感情的になってる。
「は、はい!」
「お前、ちょっと付き合え!」
「な、何にですか」
「ストレス発散に、お前の剣を見てやろう! そして、俺が偉そうに色々と教えてやろう!!」
「え、本当ですか! ありがとうございます!」
「お、おう……よし、行くぞ! あっちでやろうあっちで!」
「はい!!」
やった。A級冒険者に剣を見てもらえる機会なんてそうそうないことだ。
最近、仲間たちに負い目を感じていた。前衛三人。ドイルはひたむきに努力を続け、着々と実力を上げている。ラードも、色々と多才だ。斥候もできるし、剣も使えるし、魔法も使える。
俺が、リーダーなのに。俺が一番弱い。そんな気がして、ずっと劣等感を抱いていた。
俺は、このチャンスを逃がさない。
やがて、月明かりに照らされた草原に出た。
「よーっし! セイル! お前がかかってこい! 俺からは一切手を出さねえから、安心して全力できな! 遠慮はいらねえからな~!」
そういって、抜刀するシュードさん。その剣は、赤い。燃えるような赤の剣。素材は分からないが、想像すらも及ばないものでできているのだろう。
「はい!」
俺も抜刀する。あのガイナ氏に打ってもらった剣。月明かりに照らされ、白い輝きを持つ。この剣、初陣だ。
風が吹く。前傾姿勢をとって、足に力を入れる。
「行きます!」
足の力を解き放ち、全力で前に出る。剣を中段から上段に切り替え、斜めから切り込む。袈裟斬り。斜めからの斬りこみは、絶妙にいなし辛い。
「ほ」
しかし、その攻撃は、軽い掛け声と共に、いなされる。赤い剣の剣先から、右の腹を撫でるようにして。そして、尋常じゃない力で、剣を右にそらされる。地面に、勢いよく剣を振り下ろした形になる。手に振動が伝わってきて、体が震える。
「まずは一本」
気づいたら、剣先が胸に突きつけられていた。
すぐに剣を翻して、右下から左上へ流れるように、斬り上げる。右切り上げ。
しかし、それも、無に帰す。赤い剣が、上から俺の剣を叩き落した。
このままでは、ずっと俺の剣が叩き落される。
足に力を入れ、後ろに後退する。そして、剣を手元に戻す。
そして、お互い見合う。
「いい判断だ。まあ、俺が本気だったら今のうちに4回は死んでるがな。だが、同格の相手なら退くのが正解だ」
「……はい!」
「もう一回だ」
「行きます!」
全力で踏み込む。今度は、突きだ。突進しながら、剣を前に突き出す。
「狙いが分かりやすい、ダメだ」
「――ふっ!!」
「お?」
突きの直前、体を前に出して突きを強制的に止める。そして、体を低姿勢にしながら、剣を真下から、真上へ、切り上げる。突きはフェイントで、逆風。
「あぶねっ」
シュードさんは、剣で受けずに、体を反らして、剣を回避する。剣先が、シュードさんの髪を掠める。
「――うおおお!!」
振り上げた姿勢から、全力で剣を振り下ろす。これ以外に、太刀筋がない。
「よ」
体を反らした、その体勢から、赤い剣を横向きにして、俺の剣を腹で受ける。堅い防御だ。崩せない。なら……。
赤い剣の剣先は右だ。右に剣を動かしていく。火花が散る。そして、右に剣を動かしきって、剣先から宙へ、そしてそのまま袈裟斬りを……!
「二本目」
「――」
喉に、剣を突きつけられていた。
「攻撃だけならいいが、今の動きは自分の防御を捨てている。剣の拮抗を自分から崩すと、相手にそこを狙われる。忘れるな。剣は相手との命のやりとりだ」
「……はい!」
離れて、見合う。
「もう一度、来な」
「はい!」
こうして、少年剣士の夜は更けていく。
______
森に響く、気合の入った声。
「――ふっ! はああっ!!」
鉾は宙を切る。しかし、思い通りのところで鉾先が止まらない。少し、宙を流れてしまった。
まだまだ、甘い。制御が利かなければ、正確に力を入れることもできない。狙いもつけられない。
「……」
正面の岩を見る。大きな岩だ。俺よりも大きい。
鉾を構える。両手で柄を引き、右足を浮かす。力を溜める。限界まで、体を引き絞る。そして、弓から矢が放たれるが如く、全身の力を解放する。右足を地面に衝撃が及ぶほど踏み込み、右の肩の下から、鉾を前方へ、突き刺す。
『
鉾から、衝撃波が放たれる。周囲の風を圧縮して吹き飛ばしながら、その衝撃波は岩へと一直線に向かう。
――ドゴォン
轟音。そして、岩に窪みが生まれる。
窪み。今の突きの威力がもしそのまま衝撃波に伝わっていたなら、岩を全壊させていただろう。窪み。
「まだまだ甘いな……」
「へぇ」
「む……? 誰か居るのか?」
声がした方を振り返ると、そこには素晴らしい筋肉をした女性がいた。見せびらかすように、露出が多い。
確か……真なる獣。
「悪くない。まあ、悪くないだけね」
自分でも感じていることを他人に指摘された。
不甲斐ない! そして、彼女が実力者であることを理解した。聞いてみよう。
「む……その通りだ! 貴姉はどう思う! どう変えたらいいか!」
そういうと、彼女が、驚いたように、目を数度瞬きさせた。
むむっ! 何か変なことを言ってしまったか!?
「……へえ。人間にしては、中々素直だね」
「どういうことだ?」
「なんでもないさ。そうだね……まず、持つところをもう少し前にしな。せっかく長物を使ってるんだ。攻撃のたびに、力の入れ方や、距離を変えられるのが強みなんだから」
「そ……そうか!!」
何故今まで気づかなかったのだろう! 柄を持つ部分を変えることで、応用が利く! 短く持てば、振りは速く、力は直接伝わりやすい! 逆に、長く持てば、リーチが伸び、しなる鞭のように、大きく振ることで力も大きくなる!
「まず、短く持って振ってみな」
「あ、ああ!!」
鉾を短く持って、力を入れ、上段から、振り下ろす。そして、止める。すると、狙ったところで鉾先は止まった。これなら、もっと力を入れられる。
次は、全力で、振り下ろしてみた。風を切る音が鳴る。そして、少しだけずれてしまったが、鉾先は狙ったところで止まった。
感動だ。
「す、すごいな! 持ち方を変えるだけで、こんなにも変わるのか!!」
「あんた、武器の師匠とかいないのかい?」
「ああ! 先日、この鉾を手にしたばかりだ!」
「そうかい……変わってるね……」
「そうか? 努力は裏切らないからな! 一人でも練習をしていれば、力はつくものだ!! それがたとえ、新しいものでもな!!」
「いいね、あんた。気に入った」
彼女は段差を降りて、近づいてくる。
「さっきの技、今度は持ち手を遠くしながら、やってみな」
「ああ!」
彼女の言うとおり、柄を長く持つ。そして、正面にいくつかある大きな岩の、傷がついていないものに狙いを定める。
体を引き絞り、先ほどと同じように、全力で突きを放つ。
『
衝撃波は風に乗り、正面にある岩に衝突した。
そして、先ほどよりも大きい窪みを作る。だが、窪みだ。
「むぅ……」
「……」
彼女も、その岩の様子を見ていた。何か考えているようだ。
「ちょっと、その武器貸してみな」
「あ、ああ……」
彼女に鉾を渡す。
「少し離れな」
言うとおり、距離をとる。
そして、彼女は大きく息を吸って吐いた。
体に力が入ってるのが、傍目でも分かる。筋肉が浮かび上がっている。
それは、始まった。
「――――ッシ!!」
彼女は鉾を、正面に構えた。そして、体を捻った。右斜めに全力で回転する。全身、鉾ごと。鉾の切っ先が、その場で楕円形を描くようにして、彼女は回転する。
その回転によって生まれた遠心力、勢い、全ての力を余すことなく込めて、彼女は正面に向かって鉾を突き出した。
――――ブォン
凄まじい風切り音が鳴る。風圧が、離れた俺のところまで届く。風を押しのけて、岩に向かって直進する衝撃波が、目に見えた。
そして、それは岩に衝突した。
――――バゴォォオン
岩が消えた。穴を開けるでもなく、窪みを作るでもなく、正しく、爆発でもしたかのように、破裂した。
岩の破片が、辺りに散らばる。砂煙が発生する。
鉾を地面に立てて、彼女は息を吐いた。
「ふぅ――――とまあ、こんな感じだね。鉾を長く持って、最大限の力を衝撃に乗せるなら、全身のバネを使って回転する。遠心力さえも味方につけて、攻撃するのさ」
「――す、す、すごいぞ!! なんだ今のは!! 鮮やかだったぞ!! まるで、踊りのようだ!!」
「そ、そうかい?」
「お、教えてくれ!!」
こうして、一人の戦士の夜は更けていく。
______
月明かりの下、各々は、自分の技を磨いていった。
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