強者との交流


「あれ」

 テントを張っている場所に戻ると、テントの入り口が開いていた。中を覗くと、もぬけの殻。どこにいったんだろう。お花でも摘みに行ったか。


 先に、噂の盗賊の砦と化しているらしいホスグ山の偵察を、リーフが行ってくれた。それによると、どうやら情報は本当のようで、盗賊が大量にいたと。そして、このイレーヌ商会のキャラバンを襲う計画を立てているとも。


 人の目には映らない精霊はこういうときに頼もしい。


 とりあえず、確認の報告をしに戻ってきてくれた。リーフはまた盗賊の根城へと戻った。その襲撃の計画が聞けるなら、聞いて欲しいとお願いしたからだ。


 リーフをこき使うみたいで、気が引けたが、それよりもこのキャラバンの安否の方が重要だ。それに、この気持ちもリーフに伝わっているだろう。俺と感覚を共有しているからな。だから、安心して任せられる。


 さて、盗賊に襲われることが確定的になったことを、全体のリーダーであるシュードさんに伝えたいんだが……。


 辺りを見渡す。冒険者たちは皆寝静まっている。外に出ているのは、俺だけ。残りのものは夜番に出ているのだろう。


 うーん……シュードさんのところはあそこか。寝てたらアレだしなぁ……夜番に出てたら探すのも難しいな。



 そう思っていると、森の奥から話し声が聞こえてきた。


「研鑽。それに尽きる」

「はあ~~疲れたわ。明日までに魔力が回復すればいいけど」

 本野郎とアルフィー? なんで二人が一緒に……そんな、まさかお二人さん、付き合っている!? なわけないか。今回の依頼で初対面だしな。


「ん? ラード、どうしたの」

「いや、それはこっちのセリフだけど……ええっと……その人」

「ああ、この人は……って、そういえば! 私もまだ名前聞いてなかったわ」

 アルフィーと一緒にその人を見る。


 だが、その人は俺を見て、その目を見開いていた。


「……無限に等しい……海と相似」

「は、はあ……?」

「その人、変わってるのよ。ほんっとにね! はあもう私疲れたわ。あんなに魔法を連発したのは初めて」


 そのときだ。また、森から話し声が聞こえてくる。


「グァッハハハハ! 結局一発も当てられなかったな、お嬢ちゃん!」

「……むぅ」


 あいつだ。あの眠りこけていた、虎獣人が、愛しきナーサの肩を馴れ馴れしく叩いていた。なんだ? あいつは。


「……アルフィー、ラード。後……誰?」

「お!? シャリョウじゃねえか!! どこ行ってたんだよ!! お前の代わりにこのお嬢ちゃんと遊んでたんだぜッ!!」


 アルフィーが虎獣人の言葉を聞いて、本野郎のほうを見て、言う。


「あんた、シャリョウっていうの?」


 本を持つ、シャリョウさん? に、皆の目線が突き刺さる。


(そんなことより……)


 虎獣人に、視線を向ける。


「……ッ!! てめえ、俺様に殺気を向けるたぁいい度胸だなぁ!!」

「あ? てめえこそうちのナーサになに馴れ馴れしくしてんだよ」


「あ、ラードが切れた」

「……初めて」


 このクソ畜生が。今すぐ叩き潰してやる。

 魔力を練ろうとした瞬間、背後から一瞬にして、魔力が膨れ上がる気配を感じる。


 見ると、シャリョウさんが左手をその獣人に向けた。


『静寂の一時』


 そういうと、虎獣人の口が閉じた。それは、何かに強制されたように見えた。


「むぅ!? むううううぅぅうぅ!!! んんんんんん!!!」


 口に手を当てて、何かを叫んでいる。


「五月蝿い。ジャオジャ」

「……あなた、ジャオジャ……っていうの……」


 ナーサがジャオジャを見ながら言う。アルフィーもナーサも、名前も知らない相手と交流してたのか……。


「むうううぅぅぅ!!」

「な、ナーサ。その、こいつとはどんな関係なんだ? 場合によっては自殺する。もしくはこいつを殺す」

「……? 別に、なんでも……」

「もしかして……ナーサも絡まれたのね」

「うん」


 どういうことだ? 何かあったのか? 俺がリーフと話して、一人黄昏ている時に何が起きたんだ?



 そのときだ。


「良いストレス発散になったぜ! ありがとな、セイル!」

「いえ、俺の方こそ、勉強させてもらいました! シュードさん、ありがとうございます!!」

「お、おう……俺はお前をぼこっただけだけどな。ま、まあ、ウィンウィンって奴だな?」


 ……またか。森の奥から、二人、並んで歩いてくる人影。


「お、セイル、お仲間が揃ってるみたいだぜ」

「あれ? 皆、どうしたんだ? それに……サブリーダーの。確か、シャリョウさんと、そのパーティの……ジャオジャさん」

「夜の邂逅」

「むぅうう!」


 ジャオジャとかいう虎獣人は口を閉ざされても、コミュニケーションを図れるタイプのようだ。サムズアップしている。


「セイル、シュードさんと何かしてたのか?」

「あ、ああ……少し、剣を見てもらってたんだ」

「これまた同じね」

「うん」


 そのとき、まただ。何度目だ。森の奥から、騒がしい二人の声が聞こえてくる。


「がははははは! そうか! 砂漠豹ゾルードは凄まじいのだな!」

「そうさ。食うものに困ってたときは、決闘で食料を奪い合っていたもんさ」

「恐ろしいな!! ……む、皆、集まってどうしたのだ!?」

「おっと、朝の坊やじゃないかい。ラードっていったね」


 ドイルとゾデュさんがこちらに気づいて、話しかけてくる。

 人口密度が高くなってきた。


「どうも、ゾデュさん。ドイルもゾデュさんと何かしてたわけか」

「うむ!! 彼女は武人だ!!」

「あんたも中々だよ」


 そこまで聞いて、シュードさんが口を開く。


「さて、各々、好きにするのはいいが、明日も早いんだ。夜番は暇な奴らがやってるし、皆寝た方がいいんじゃないか?」

 それをあんたが言うのか、シュードさん。真っ先に寝た方がいいですよ。っと、丁度いい機会だから、報告しよう。


「シュードさん」

「ん? どうした」

「ホスグ山、盗賊いました。数にして、100人以上」

「……それは本当か?」

 疑うようなシュードさん。でも、彼は内心は疑っていないように感じた。そのまま、話し続ける。


「はい。そして、彼らはこのキャラバンを襲う計画を立てています。内容までは分かりませんでした。明日には分かるかもしれません。というわけなので、こちらも何か対策をとった方が良いと思います」

「……それって、リーフの?」

「は、はい! そうでしゅ!」

 噛んだ。急にナーサが割り込んできたので、びっくりした。というより、ドキッとした。ハートキャッチ。


「……そうか」

「報告感謝。シュード、為すべきこと、理解しているな」

「むぅうう!」

「ああ。明日、朝の時に、皆に報告しよう。確定したのなら、隠す必要もない」


 俺の話が、あっさりと受け入れられるのに、違和感を覚える。


「……少し意外なんですけど、皆さんあっさり信じるんですね」

「疑念、抱く価値なし」

「嘘を言っても意味ないだろう。それに、お前たちはこれまでずっとキャラバン護衛で活躍してきた。お前らの意見を無視できるわけないだろう。まあ、どの道、盗賊に襲われる覚悟は必要だったことだからな。それもある」

「はあ……」


 このキャラバンの中では一番低いD級パーティだし、差別的な扱いを受けることもあるかなあ……と思っていただけに、この信頼はどこか歯がゆい。


「明日が本番、ね。今までも結構辛かったんだけど」

「……眠い」

「俺とドイルがようやく動けるな」

「がははははは! 腕が鳴る!」

「おい俺以外の前衛組み。お前らの活躍の場じゃないんだぞ、盗賊に襲われるってのは。ていうか、どうにかやり過ごせないか……」

「無理だな」

 俺の疑問を速攻で解くシュードさん。まあ、俺も大体は分かってる問題だけど、それでも他に何か方法はないか……それの模索は欠かせない。が、ほぼ無意味なことも理解している。


「街道はこの道しかないし……森には入れないからってことですよね」

「その通り。リーダーとして、思考停止はしたくないが、盗賊とぶつかるしか方法はないだろうな」


 ……分かってる戦いを避けられないのは、どこかやるせない。死者が出るだろうな。明日のことを考えると、今から気が重い。

 だが、周りの様子を見ると、そんな様子は俺だけのようで。皆、仕事面してやがる。流石異世界人、メンタルがタフだぜ……。


 まあ、死の概念が近いからだろうけど。こんな商会の護衛よりも人命を優先したい気持ちが捨てきれねえ……。


「まあ、ありがとうラードくん。これで全員、心の準備ができるってんだからな。助かる」

 といいつつ、肩を叩いてくるシュードさん。


「はあ……まあ、そうですね」

 そんなシュードさんに生返事しかできない。


 そんな俺の様子を見てか、ゾデュさんが話してくる。


「あんたはもっと堂々としな。男だろう」

「ゾデュさん……それ二回目ですよ、聞くの」

「二回言わせるあんたが悪いんだよ。直しな」

「これは俺の美点です!!」

「まあ、そうかもね」

 また、二回目のセリフを言わせてしまった。だめだめじゃねえか。


「さあ、皆、今日は解散しよう。明日に備えて、しっかり休むんだ。俺は夜番をしている奴らに、明日のための休息を用意してやらなければいけないからな。今からその伝令だ……」

 最後の方に愚痴っぽくなるシュードさん。やっぱりこの人が一番、休みが必要なんじゃないか。

 そして、シュードさんは森へ消えていった。


「……」

「むうぅぅうほほ! んんん!」

 シャリョウさんとジャオジャ……さんが、自分たちのテントに向かっていく。彼は先ほどの出来事をもう忘れた様子で、元気に去っていった。


 ……まあ、ナーサと何もなかったなら許してやろう。


「……俺たちも、もう寝るか。夜番は大丈夫そうだしな」

「そうだな! がははははは!!」

「テント、一つしかないんだけど」

「……皆で、寝る?」

「俺は絶対に馬車で寝るぞ」


 ナーサがとんでもないことを言い出したので、変な流れになる前に、馬車へと転がり込む。


「……ドイル、俺たちも馬車にしよう」

「そうだな! 当然だ!」

「なんか、申し訳ないわね。風邪だけは引かないでよ」

「……残念」


 そんな話し声が聞こえて、しばらく後、毛布が2枚放り込まれる。そして、男二人が乗車してきた。


「……狭いんだが」

「俺も同じ気持ちだ」

「わはははは! 男三人、川の字で寝るのが夢だったのだ! 叶って嬉しいぞ!」

 俺はそんなに嬉しくないぞ、ドイル。と思ったが、仲間感があって、少しだけ嬉しかった。本音は。


「少し、冷えるんだよな。馬車は。俺はもう慣れたけど」

「……そうだな。ちょっと冷える」

「男は耐えるのみ!」

 うーん。何かないかな。俺一人冷えるのならどうでも良かったけど、セイルとドイルはちとかわいそうだ。


 あ、そうだ。

 思いついたことがあり、起き上がる。そして、馬車内、中央に向かって、右手を突き出す。


「ん? 何してるんだ、ラード」

「む……?」

「まあ、ちょっと見てな」


 集中。ここに浮かび、停滞する火を想像する。それは、夜が明け、太陽が昇るまで、存在し続ける。そんなイメージを、リアルに頭に刻み込む。

 やがて、微量の魔力が右手に流れていく。


停滞着火イグナイト


 右手の先に、火が生まれる。それは、とても小さいもので、何かを燃やすでもないが、暖かい空気と光を、そこから放出し続ける。

 右手を離す。火は、宙で停滞し続けていた。まるで人魂のようだ。


 寝たままのセイルとドイルがその火に魅入ってるのが見えて、面白い。


「触ると熱いかも」

「す、すごいな……魔法はこんなこともできるのか」

「暖かいな! わはは!」


 横になる。俺、セイル、ドイルの順で、寝ている。少し狭いが、腕を伸ばさなければ、大丈夫だ。

 なんだか、誰かと一緒に寝るのもこの世界じゃ初めてかもな……。


 そんな思考をしながら、目を閉じた。


「おやすみ」

「ああ、おやすみ」

「おやすみだな」


 セイルとドイルの声を聞き届けて、意識を落とした。

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