教会、再び


「……」

「お、目覚めたかな? 会いたかったよ、ラードくん。いや、『ソラク』くんかな?」

 どこかで見たことのある部屋。いや、一週間ぐらい前に見たか。かなり鮮明に覚えてる。


 そして、俺のことを真上から覆い被さるようにして、こちらを覗く純白の瞳も、視界の隅に垂れ下がった金色の髪も、めちゃくちゃ鮮明に覚えている。なんかいい匂いするんだもん。仕方ないね男の子だし。うん。ちょっと嗅覚が過剰に反応しちゃうんだよね。


 さて、後半の部分を聞き流して、先に聞くことがある。


「皆は無事ですか」

「無事だよ」

「今回は何日経ちました?」

「一日だね。君の仲間は一人を除いて皆完治したよ」

 一人を除いて?


 その疑問を解くように、隣から声が聞こえてきた。


「ラード、起きたか。心配したぞ」

「お、お前はセイル! 生きていたのか!?」

「勝手に殺さないでくれ……」

 起き上がって、目を合わせた。そしてお互いに、ははは、と笑いあう。ああ、皆生きてたんだな。本当によかった。


『ソラク起きたの!』

 すると、目の前にリーフがふわふわと浮かんでやってきた。

 リーフ、ありがとう。心で伝えると、リーフは飛び上がって喜んだ。なんか、感覚が繋がってるからか、俺もちょっと嬉しくなった。なんだろう。自分で自分を褒めて喜んでいるとかやばいやつでは?


 というか、空中で飛び跳ねるとは、器用だな、リーフ。


「よかったね、リーフちゃん」

『うん。ありがとう、ソラノ!』

 あ? 今、リーフとソラノさんが確かに目を合わせて会話をしていたように見えた。


「……? もしかしなくても、ソラノさん、リーフのことが見えてるんですか?」

「見えてるし、会話できるよ。私は治療術師であり、修道士であり、精霊士でもある、すごいお姉さんなのだ! ふんすー!」

 両手を腰に当て、若干えびぞりになる。通例、偉そうなポーズ。

 そこに、セイルが解説を加える。


「ついでに言えば、エリメル教の中でも有数の力を持った宣教師であり、この大陸の中でも随一の治療魔法の使い手だ。命女神エリメル様の生き写しと言われている。ラード、ソラノさんは有名かつ、高名な魔法使いなんだよ」

「へぇ……ソラノさんってそんなすごい人だったのか」

「そこの爽やかボーイ、あんまりお姉さんを恥ずかしがらせないで!」

 ソラノさんは偉そうポーズをやめて、両手をあたふた振っている。


 しかし、女神の生き写しか。容姿が似ている、とかそういうことなんだろうか。確かにめちゃくちゃ可愛いし。そも俺はエリメル様のことを何一つ知らないんだけど。


「ていうか、その、あの後のこと聞いていいですか?」

「ん……? ああ~。あの後。フィーヴが穴の中の君達を担いで穴から飛び出て、それで君たちを街まで運んだ。ゴブリンの巣の討伐報告は、君達のパーティ名義でしておいたよ。今回のゴブリンの巣の退治はギルドが依頼したものだから、危険度に応じて報酬が変わるんだけど……」

 全員担いで穴から脱出……? 15mはあったよな? フィーヴさん、人外だったのか。知らなかった。


「だけど……?」

「ゴブリンの巣の依頼は、基本E級に設定されるのは知ってるよね? それで、君たちはE級パーティだったわけだ。ところが、今回のゴブリンの巣、危険度がC級上位……まあ、下手したらB級レベルの依頼だったわけだ。君たち、よく生きていました~パチパチ」

 口でオノマトペを言うな。可愛いからって許されると思うなよ。なんなら俺も言うぞ。ソラノさんマジ可愛い~ペロペロってな!


『ソラク』

「すみませんでした」

 今のは不適切だった。しかし、心の声を読める相棒とはなんとも厄介な。


「ふふっ……。ま、それが問題でさ……ほら、ギルドって、ランクが一個上の依頼しか受けられないじゃない」

 一個上……いい響きだ。ソラノさんが一つ年下だったら素敵やな。俺の守備範囲は無限大だが、年下はかなり好きだ。いや、ソラノさんが一個年上でもいいんだけど。どっちも好きだ。


『ソラク』

「すみませんでした」

 話が進まない。どうやら彼女は俺の好意が他に向くのが気に食わないらしい。愛い奴!


「今回みたいなのって、前例がないんだよね……だから、ギルドがどう対応するか、だね。まあ、君たちは今は療養に集中しなさい」

「なあ……俺ってこのパーティに入ったその日に、馬鹿みたいなことして死に掛けたってことだよな」

「そうだな。こんなことになるとは思いもしなかったよ」

 俺どんだけ死に掛けてんだよ。おかしいだろ。しゃばい。しゃばばば。


 リーフを見つめる。リーフは俺の意識がなくても動ける独立した存在なんだな。さっきのソラノさんとのやりとりを見てて思った。

 いまだに、俺の魔力についてよく分かっていない。リーフは俺の魔力が精霊になった存在だろうけど……まだだ。まだ、俺の中に海は広がっている。ブラン山脈の地脈から、そこに住む様々な生き物が生み出した魔力が、俺の中に入っている。あの森の雰囲気が、その感覚が、ある。


『? どうしたの、ソラク』

「……いや、なんでもない」

 今は、いい。


 はぁ……なんか、安堵って感じ。


「そ、れ、に、しても~ラードくん? 色々と聞きたいことがあるんだけど」

「ああ、俺もだ」

 言いながら、ソラノさんとセイルが同時ににじり寄ってくる。近い、近い。


「なんだよ……」

「君、本当に色々と隠してるみたいだね~」

「そうだ。仲間に隠し事なんて、酷いぞ、ラード」


 もしかして……という意思をこめて、リーフを見る。


『ソラノといっぱいお話したよ!』

 笑顔はプライスレス。リーフがにこやかに言った。


 ……なるほど、どういうことだ? リーフがなんで俺の過去を知ってる。リーフは俺が転移したときに体内に入り込んだ魔力なんじゃないのか?



『リーフはずっとソラクと一緒だったよ! 生まれたときから、ずーっと』

「……」

 訂正。なるほど、リーフは俺の魔力から生まれた精霊なんかじゃない。もっともっと前、元の世界に居たときから俺の中に眠っていたのか? どういうことだ。分からないな。


 とりあえず、俺の隠し事について話し始める。


「セイル、ソラノさん、どこまで聞きました? リーフから」

「そんなには聞いてないよ。リーフちゃんも、どうやら昔のことは記憶が曖昧……もとい、意識が覚醒していなかったみたいだしね」

「元々別の世界の住人だったと……精霊は、言ってるらしいな」

「……分かった。全部話すよ」



______



「へえ~日本っていう国から来た……随分、文明が違う世界から来たんだね」

「そうか……大変だったんだな、ラード」

 うんうん、といった感じでしみじみという二人。


「いや……なんか反応淡白すぎない? めちゃくちゃ驚くか、嘘だと決め込んで信じてもらえないみたいな展開になるかと思ってたんだけど」

 そう。ジジイに話したとき、最初は「嘘言うな!」って怒鳴られたのに。信じてもらうまで結構時間かかったんだぞ。


「先にリーフちゃんにある程度聞いてたから。そのときは本当にびっくりしたけどね」

「俺はそれをソラノさんから聞いていた」

「あ、そう」

『いっぱい話したんだよ!』

 おお、よかったな、リーフ。俺が眠っている間の暇つぶしにはなっただろう。ところで、俺の恥ずかしい黒歴史とかは話してないよな? 大丈夫だよな?


 すると、セイルがベッドに身を投げ出して、両手を頭に当てて、上を見上げながら、言う。


「まあ俺はどっちかというと、ラードが冒険者を始めてまだ一ヵ月半ということに驚いた。俺は、半年前からやっているんだ。なんだか、才能の差を感じてしまうな」

「何言ってんだ……剣の技術はセイルの方が一段上だろ。ゴブリンキング相手に何合か斬り合ってたじゃないか」

「あれはたまたまだ」

「俺は開始早々にぶっ飛ばされたがな!」

 俺たちは何をやっているんだ。そんな感じで目が合う。そして、ぷっ、と息が出る。


「「はははははは!!」」

「パーティ組んだばっかなのに仲良いね。若き少年たちの友情とは美しいなぁ」

「ソラノさんも若いでしょうが」

「お姉さんはもうその手には乗りません!」

 ダメか。照れるソラノさんが見たかったんだが。


 でも、冷静に考えると、パーティメンバーのこと、何にも知らないな、俺。


 セイルのことも、ドイルのことも、ナーサさんのことも、アルフィーのことも。全然知らない。好き嫌いも、出身地も、尻尾の長さも。特に、ナーサさんの尻尾の長さは最重要案件だろう。本人も測っているに違いない。俺の目測では70cmと見た。


 まあ、それは冗談として。こんな大冒険を一緒に体験したんだ。なんか、皆で語り合いたいな。俺がこの世界でできなかったこと。

 体験を共有して、仲間内で笑いあう。ギルドの酒場にいるおっさん冒険者たちの語り合いが、どこか羨ましくて、いつも足早に去っていた。


「なあ、セイル」

「どうした」

「今度はお前の話を……いや、いいや。皆で飯食いに行こうぜ。俺、皆の話が聞きたい。そこでお前の話も聞かせてくれよ」

「……そうだな。冒険の後の、楽しみだな」

「ああ。ちなみに俺は今までソロだったから、飯はいつも一人だったし、冒険を語り合う相手もいなかったぜ」

「ラード……泣きたくなったら、いつでも泣いていいんだぞ」

 なんで死に掛けになっても泣かなかった俺がそんなことで泣かなきゃいけないんだよ。あれ、おかしいな。視界が滲んできやがるぜ。


 セイルの方から顔を反らして、目を拭っていると、ソラノさんが生暖かい目で見ていた。くそう。嫌なところ見られた。


 すると、ソラノさんが立ち上がって、言う。


「まあ、後一日は休もうね。特に君たちは、結構危ない状態だったんだから」

「「はい」」

「よし。お姉さんはちょっと仕事があるから、もう行くよ。今は何も気にせず、英気を養いなさい、小さな英雄たち」


 ひらひらと手を振って、ソラノさんは去っていった。


 急に、眠気が襲ってくる。窓の外は明るいけど、今は、気にせず……。


『おやすみ、ソラク』


 おやすみ、リーフ。

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