ゴブリン洞窟編④ 『秘められた存在』


 暗い洞窟の中。壁から、光り輝く宝石のようなものが突出している。そのおかげで、暗いこの洞窟が、不安で恐ろしいはずのここが、神秘的に見えた。


 その洞窟の中で、シルエットが起き上がる。それは、こちらを見ているように思えた。


『人間とは、弱い生き物だな。簡単に壊れてしまう』

「……へえ、喋れたの」

『否。我は今、進化したのだ。我はもう王ではない』


 影の中から現れた者。それは、キングという風貌ではない。背中から翼が生え、牙を生やし、頑強だった体格をより、優れたものへ。


 悪魔。一言で形容するなら、それそのもの。


「っは。ここは魔力に満ちているな。まさか、進化するために地面を崩したのか? 洞窟が崩壊するところだぜ? 下手したら死んじまう」

『我は洞窟が崩れたところで死なぬ。死ぬのは、脆い人間のみよ』

「なんでわざわざこんなことしたんだ? 進化なんかしなくても、王様の状態で十分俺らを倒すことはできただろ」


 背中、仲間が倒れている。崩壊に巻き込まれ、気を失ったのだろう。誰一人として、立ち上がる気配はしない。俺も、もうそんな気力はない。


『人間とは弱い生き物だ。しかし、お前たちは戦いの過程で、進化した。我は、今まで王様という地位に甘んじていたのかもしれない。お前たちが、成長を見せたのなら、我も成長できると思ったのだ』

「意外と可愛いところあんのね……」

『戯言を。興が削がれる。我が持つ全力の力で、お前たちを葬ってやろうというのに、貴様はどこか飄々としているな』

「元々の性格なんだ。土壇場で現実逃避しちまう」


 命をやり取りをしていたのに、俺たちは何を話しているんだろう。

 この奇怪な状況に、思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。


『……読めない奴よ。人間に生まれたことが惜しいな』


 勝手なことを言うやつだ。生まれなんて選べねえだろうが。ていうか、俺はゴブリンに生まれるよりかは、人間の方がマシだぜ。あ、でも、ゴブリンに生まれたら、ナーサさんに狩られるかもしれない。それはちょっといいかもな……。


「お前、こんな所にいる奴じゃないだろ」

『……我は、彼の山の生存競争に敗れた者よ。山を下り、ここに王国を作ろうとしていた。だが、お前たちが面白いものを見せてくれた。この新しい力で、まずは人間の国を滅す』


 なるほど、ブラン山脈から逃げてきたのか。確かに、中層付近から化け物だらけになるからな、あの山は。でも、人間の国を滅ぼすのは無理だろうよ。人間にも、化け物みたいな奴は一杯いるんだぜ。きっと、俺たちがしくじったこのツケを、片手で片付けてしまうような奴らがな。


『もうよいだろう。手向けの会話にしては長すぎる』

「……」

『我の全力で、楽に死なせてやろう』


 その悪魔が、周辺の魔力を集める。右手を突き出した。その手に、炎の球体が生成される。それは、徐々に大きくなっていく。


 見たこともない魔法だ。ま、スーバさんほどじゃねえな……。

 命の瀬戸際でも、どこかに現実逃避してしまう癖は、結局治らなかったな。



 ああ、俺、ここで死ぬのか。俺は死んでもいいけど、後ろにいるこの仲間たちには、生きていて欲しかったな。

 何か、ないかな。ああ、頭が痛い。割れるように痛い。ていうか、割れてるんだよ。もう、思考が止まってもおかしくないのに。



 ああ……明るい。火球がどんどん大きくなっていく。


 明るいな……。目を閉じても、明るいや……。



______



 魔力の海。その中に、眠っている。意識の中ですら、眠りにつこうとしている。


 もう、疲れた。もう無理だ。


 やれること、全部やった。


 でも。


 その時、それは現れた。


『なまえ おしえて』


 妖精、みたいだ。


名々めめい 染楽そらく


『なまえ よんで』


 ……。


「リーフ」


『うれしい』


 妖精が、俺の手を取る。


 二人で、上に向かって泳ぐ。


 そうして、水面を、出た。



______



『ぬん!?』


 魔力が滾る。体から、意識から、魔力が溢れて止まらない。

 そして、それは魔力の渦となって、周囲の魔力を飲み込んで、全て俺の中に収まってくる。


『なんだこれは……周辺の魔力が、我の魔力が、吸い込まれている……!?』


 なんだか、体の感覚が薄い。現実なのか、空想なのか、分からないけど。でも、意識ははっきりしてる。俺の体は、ここにある。


『ぬぅ……滅びよ!』


 太陽を思わせるほど巨大な火球が迫る。


 そして、俺は呟いた。



「リーフ」



『――――やっと、呼んでくれた』



 その声と共に、魔力が爆発した。


『ぬぅあああ!?』


 魔力の爆発は、巨大な火球を消し去り、その余波で、悪魔を吹き飛ばした。



『嬉しい、ソラク』

「……君は」


 俺の目の前に、その子は浮いていた。


 とても小さい女の子だ。神秘的な光を放ち、天真爛漫としていた。 

 燦々とした金色の長い髪を携えて、透き通る絹のような純白のドレスを着て、宝石のような煌めく肌。


 それはまるで、神話に登場する妖精のようで。


「君は、精霊?」

『そうだよ。私は、ソラクの精霊』


 その子は、笑顔を浮かべていた。神々しい、有様。だけど、普通なら近寄りがたい、そんな雰囲気なのに、どこか、今までずっと共に生きてきたような、そんな懐かしいとすら思えるほどの感情が、胸に溢れる。


 ――君が笑うと、俺も嬉しい。


『ぬぅがあああっ! 何をした! 人間!』


 岩石を吹き飛ばしながら、叫ぶ悪魔。それは、恩情に背いた人間へ向けた怒り。傲慢さ故の、憤怒。


 俺はもう、応じるつもりはない。


「リーフ」

『うん』


『滅びろ! 滅びろおおおお!』


 悪魔は、闇の力を顕現させた。それは、深淵よりも深い。万物を飲み込んでしまうような、暗闇。それは、周囲の全てを消し去りながら、極大化していく。



根源の闇ダークネス!!』


 悪魔は、闇の球体を放った。地面を抉り、壁の魔石を飲み込み、大きくなりながら、迫ってくる。視界に、闇が広がる。


 その様子に、思わず笑みが浮かぶ。



「闇だって? ははは。それ、悪者が使ったら負けフラグなんだぜ」


 見せてやろう、リーフ。お前の力を。


 ここに、太陽を。



『『陽光サンライト』』


 太陽が、光がその場に生まれる。それは、慈愛の陽光でもって、俺を包み、仲間を包み、そして、闇とぶつかる。


 そして、光は闇を浄化していく。全てを飲み込む闇を、打ち払う。

 闇を打ち払い、光は、その空間に満ちていく。


『ぬぐぅぅおおおぉぉぉぉ――――――』


 悪魔を、飲み込む。そして、その叫びすら、どこかへ消していく。


 光が、一瞬強く輝く。


 そして、光が収まった。


 そこには、焼け爛れた悪魔が倒れていた。闇は、もうなかった。




「はあ…俺生きてる…」

 確認するように呟く。この場で立ち上がるものは、もういない。


「……ぐっ!」

『大丈夫?』

「いやぁ……ちょっと大丈夫じゃないかも」

 頭がちかちかする。全く、こんな大魔法をボロボロの状態で使うなんて、無理があったな。


 しかし、あんな魔法、俺は一体どこで覚えていたんだろう。無意識に、唱えていた。


『私が知ってたから。ソラクも知ってるの』

「……心の声が読めるのか?」

『私たちは、同じ存在だから』

 そう……。でも、今はそんなこと気にしてる場合じゃないんだよな。


 上を見上げる。随分と遠くに、玉座の間の、松明の明かりが見える。かなり落下したんだな。15mぐらいはありそう。よく生きてたな。なんかあったのかもな、アルフィーが風魔法を使ったとか。俺は余裕がなくって、なんもしてなかった。


 そのまま見上げていると、こちらを見下ろす人がいた。それは、このゴブリンの巣に捕らえられていた、人間の女性2人だった。


「おーい! ゴブリンは倒した! 助けを呼んできてくれないか! 身動きが取れないんだ!」

 大声で伝える。声を出すたびに、体が軋む。しかし、俺の仲間たちは無事なんだろうか。正直、起き上がる気力もないので、確認できない。無事であることを祈ろう。早めに救助が来ればいいが……。


 女性たちはそれを聞いて、どこかへ駆けていった。彼女たちもまた、強い。恐らく、恐怖で声を出せなくなっていたはずだ。最初の、広場で、助けに来た俺たちを見たときに、一声でも掛けるはずだろう。その時、彼女たちが声を出せないほどに怯えている、ということが分かって、多少の怒りに震えたものだ。


 ああ、疲れた。頭がガンガン鳴ってるぜ。これはまた教会行きなんだろうか。助けが来るまで体が保てばいいけど。



 ――――ガラッ


「……」


 頭だけ動かして、音の鳴った方を見る。


 悪魔が、立ち上がっていた。


 フラフラとしている。喋りかけてこないのは、恐らくその気力がないのだろう。なのに、立ち上がる、その生への執着。


 そして、両手を垂らして、だらけきった体勢で、少しずつ、こちらににじり寄って来る。少しずつ、距離が詰まる。


「……リーフ、魔力、残ってるかな、俺」

『ううん、残ってないよ』

 首を振るリーフ。

 君、ちょっと余裕じゃない? このままだと、結構やばそうなんですけど。


『大丈夫だよ』

 笑顔で言う。精霊は、人間と価値観が違うのかもな。もしかしたら、死んでも天界で話せるよ、的なニュアンスかもしれない。



 その時だ。上空から、砂が落ちてきた。

 なんだ? と思って、上を見た。


 宙を飛ぶ人影。それは、真っ直ぐと悪魔へ向かって落下していく。


 そして、着地音と同時に、斬撃の音が聞こえた。


 悪魔の首が、斜めに切断され、ずりずりと落ちていく。そして、ポトっという小気味よい音と共に、悪魔の首が地面に落ちた。


 そのまま、悪魔は倒れたのだった。


 何が起こったのかよく分からなかったが、その人物が鞘に手を当てているところを見ると、目に見えない速度で、空中で斬ったのだろう。とんでもない技だ。あのキングの速度の比じゃない。まさしく、一瞬も斬撃を捉えられなかった。


 な? ゴブリンさんよ。人間にも化け物はいるんだぜ。



「お~後輩。生きてるか? どうやら、冒険できたみたいだな」


 この声、そして呼び方は。


「……先輩、遅いです。もう少しで皆死んじゃうところでしたよ」

「ヒーローは遅れてやってくるんだよ」


 いや遅すぎだよ。あのゴブリン悪魔、もう瀕死だったぜ。


「はあー……」

「よくやった」

 と、近づいてきて、俺の頭を撫でてくる。


「ちょ、痛い痛い。俺頭割れてるんですよ。あんた頭おかしいんじゃないの」

「わはははは!」

 そうして、フィーヴさんは笑った。


「大丈夫ですか~?」

「おう! 全員生きてるぜ!」

 上から、教会にいたソラノさんの声がする。ああ、ちくしょう。知り合いが来るだけで、こんなに安心感が出てくるものなのか。


「ていうか、早いですね、来るの」

「ああ。実は、このゴブリンの巣の掃討に当たった3パーティが帰ってこなくてな。そこでB級の俺が駆り出されたってわけ。入り口で女の子2人が泣きながら俺に抱きついてくるもんだから、困っちまったぜ」

「……」

 正直、そんな自慢話に付き合う余裕がもうない。


「お、おい? 後輩君?」

「あぁ……」


 ああ、思考が薄れていく。また、このパターンか。



 どこかデジャヴを感じ始めている、この薄れゆく視界を見て、そう思った。

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