ゴブリン洞窟編③ 『王とは、君臨する者』
熱い。全身が、火照って仕方ない。業火に焼かれているほどでもないが、着実に体が燃えていく感覚がずっと、永遠のように感じる。
ぼやける視界の中で、仲間とゴブリンキングが戦っている。誰かが戦っているんだ。視界の解像度がどんどん低くなっていって、よく分からないけど。セイルかな。
視界の上から、赤いものが落ちてきた。血。頭が割れて、そこから流れているんだろう。ますます、見えにくくなるじゃないか。やめてくれよ。
腕が、足が動かない。ピクリともしない。
何が、起きたんだっけ。
______
「な……仲間じゃないの!?」「……」「不要、ということなのか」
仲間が驚きの声を上げる。しかし、王ってのはいつの世も勝手なもんだぜ。我が意思は誰にも曲げられぬ! ってな。
チラッと、視界の端で倒れているドイルを見る。どうやら、意識はないようだ。だが、生きている。それほどまでに、気力を使う攻撃だったのだろう。
ありがとう、ドイル。後は任せろ。
「みんな、向こうの出方を見よう。アルフィーは魔力を練っているんだ」
セイルが言う。しかし、さっきの光線みたいな魔法を乱射されたら厄介だ。そうなったら、こっちから攻撃を仕掛けるしかない。それまでは、あくまで様子見に徹する。
セイルの指示に、皆頷く。
その時だ。
「ガゥ」
キングが何かを言うと、空間の魔力が、キングに集まっていく。
なんだ……?
「……え、え!? 私の魔力が!?」
「……」
俺の魔力も、奴に吸収されていく。それでも、かなり残っているが……。
そう思っているうちに、この空間の魔力が根こそぎ持っていかれた。そして、その魔力が濃縮されていく。
――――ハルバード。その巨大な漆黒の武器は、その場に顕現した。
その柄に手を当て、握るキング。そして、前傾姿勢をとった。
キングが、消えた。
「な……っ!?」
驚きの声が出る。しかし、そんな俺の声はすぐに、かき消される。
目の前、キングが、突如現れた。
認識したときには、既に
「――ぅ、ぉぉおおおお!!」
全力で右手の剣を、俺の体と斧槍の間に割り込ませる。
次の瞬間、両者はぶつかり合い、そして俺はとてつもない破壊の力を受け、後方の壁まで吹っ飛んだ。
「――――かはっ」
激突。背中の衝撃はとてつもないもので、呼吸が途切れる。
そこで、意識を失った。
______
「――――!!」
『――――――!』
戦いの音が、遠く聞こえる。
ああ、そっか。俺、一瞬のうちにあいつにぶっ飛ばされたんだった。
剣を見ると、中央の部分から両断されていた。剣先はどこかへ飛んでいってしまったのだろう。あの斧槍の攻撃を受けて、破壊されてしまったんだ。
俺のことを、身を挺して守ってくれた、相棒。……。
さて、どうしたもんか。少しずつ、体の感覚が戻ってきている。思考はどこか鈍いが、何かできることはないか。あ、痛い痛い。体の熱さが痛みに変わってきてる。
はっきり言って、あのゴブリンキングの強さは異常だ。パワーも、スピードも、桁違い。今、セイルと皆が戦っているが、やられるのは時間の問題だろう。まさしく別次元の存在。あれが、C級上位の危険度。いや、それ以上に感じる。奴のあの、禍々しいほどの魔力を帯びた斧槍、あんなものを召喚するなんて聞いたことがない。
「セイル!!」
アルフィーの叫び声が耳に届いた。次に、何かの衝突音。見ると、セイルが反対側の壁に吹っ飛んでいた。
セイルはその姿勢のまま地面に落ち、そして動かなくなった。
前衛全滅。その後、後衛が蹂躙される。パーティが敗北するときの、テンプレ。
キングが、アルフィーとナーサさんに向かってゆっくりと歩を進める。それは、将棋の王手を決めるような光景だった。
アルフィーとナーサさんが怯えてらぁ……。
左腕の弩を見る。無事だ。腰に手を当てると、矢が一本だけ残っていた。
すぐに装填する。
そして、左腕をキングに向けて、後頭部を狙って発射した。
「ガゥ!」
キングが矢を、振り返り際に斧槍で落とした。しかし、ヘイトはこっちに逸れた。
「ぁあ……いってぇ……」
全く、判断ミスだ。選択を間違えた。
誰かを囮にしてでも、逃げるべきだったのだ。部屋の隅っこにいる、要救助者である人間の女たちの、諦めの表情を見たときに、そう判断するべきだった。
誰だ、こいつと少しでも戦おうと考えた奴は。絶対無理だぜ。無理ゲー。ストーリーの序盤にある、敵幹部と戦う負けイベント。
興奮して、どこか冷静さを失っていたのかもしれないな。いや、冷静であっても、どの道酷い結果になってたのは目に見えてるか。
後悔なんざしてもし足りない。なら、これからどうするかだよな。失敗を、どう活かすか。
「おい、俺はまだ生きてるぜ」
気力を保つために言う。虚勢だ。戯言だ。でも、言わないと、挫けそうだ。
剣を見る。ぶっ壊れてしまった剣。
ふと、記憶の隅の何かが、引っかかった。
いつか、どこかの騎士が言っていた言葉がある。「名前には、力が宿る」。
俺は今、何をするべきかが分かる。
「――――俺は、俺はッ! ラード・アルヴェスタ! クソジジイに助けられた、ただの冒険者だッ!!」
洞窟の中から、風切り音と共に、剣先が戻ってくる。それは、剣の壊れた部分にはまり、そして淡い光を出し……剣が、元に戻る。
その剣が、以前よりも輝いているように見えた。長く連れ添った俺に応えるように、力を貸すように。
その光は、俺に流れてくる。少し、力が沸き立つ。
目にかかる血を拭う。
目の前のことに、集中しろ。全て、搾り出せ。
「――――第2ラウンドだ、王様」
「ガゥギャ……」
既に戦意喪失しているアルフィーとナーサさんを完全に放って、キングは俺を見る。それは、対等の敵として見ているわけではない。それでも、こっちに注意を引ければ、十分。
巨大な斧槍を乱雑に肩に置き、こちらを見下す王。
そして、前傾姿勢に入る。
また、来る。そう直感した。
ブン、という音と共に、キングは残像すら残さず消える。
そして、先と同じように、目の前で、斧槍を振りかぶっていた。
――右下から。
予想をする。そして、予想通り、斧槍は右下から、掬い上げるような軌道で、迫ってきていた。
右手の剣を、宙に置いて、剣を斧槍にあてがう。そして、斧槍の勢いに任せて、剣で斧槍の刃先を撫でる。その場で跳ねて、剣の勢いに任せる。
掬い上げるような斧槍の動きを、剣で受けながら利用し、回転エネルギーへと変換する。そして、その回転のまま、キングの腕を切りつける。
「ガゥア!」
2回。2箇所に切り傷。浅いな。いや、こいつが硬い。
回転しながら、攻撃した箇所を素早く確認する。
次、空いている左手で、殴ってくる。同じ方向、右からだ。中段。
回転し、落下したその姿勢のまま、その場でしゃがむ。頭の上を、轟音と共に、キングの拳が通過した。
しゃがんだ姿勢のまま、目の前、隙だらけの足に、斬り込む。
「ガアアア!!」
キングが、斬られることを警戒して、バックステップで距離を取った。
見合う。キングは、イライラした様子を見せている。俺が、動きに対応してきていることに対して、ストレスを感じているのだろう。
いい傾向だ。ストレスを与え続ければ、行動の判断に霞が生じる。
それでも、キングは余裕を保っている。
俺は奴の攻撃を貰えば一発KOだ。しかし、奴は俺の攻撃一発じゃ倒れない。
でも、やるしかない。
「グゥア!」
突然、キングの横から矢が飛んできた。それを、大げさな反応で叩き落すキング。
見ると、ナーサさんが、弓を構えていた。
「……私もまだ、戦える」
碧色の瞳が、こちらを見ていた。
『
「ガアアアア!!」
氷の槍が飛んでくる。キングはそれを斧槍で防いで、咆哮する。
「わ、私も、やれるわ!」
腰が引けてるぞ、アルフィー。
「……がはっ、はあ……すまない、みんな。少し、休憩してた」
セイルが、剣を杖代わりにして起き上がる。満身創痍じゃないかよ、リーダー。
「――――ゴフッ!! くぅ……みんな、遅いな! 俺はもう準備万端だぞ! がははは!」
ドイル、お前が一番遅かったぞ。まだ寝ぼけてんのか。
みんなが、また気力を取り戻しつつある。まだ、全身は岩肌に身を打ちつけた痛みに苦しんでいるけど。それでも。
「いくぞ!!」
「ガァ!!」
セイルの号令で、一斉に駆け出す。キングは、誰に狙いを定めるかで、迷っている。今が攻め時。
『凍てつく存在よ 敵を貫く槍よ 我が力を糧に 顕現せよ!』
「アルフィー、同時に」
「分かってる!」
アルフィーの体内魔力の全てが、杖に集まっていくのが分かる。それは、今までよりも一回り大きい氷の槍を形成した。
ナーサさんが、矢を2本、弓に番えている。
近接組が、キングに近づいたあたりで、ナーサさんが言った。
「3、2、1、今!」
『
大きな氷の槍と、2本の矢が飛んでくる。
1本の矢は、山なりに飛んでいた。時間差攻撃。
「「「うおおおぉぉぉおお!!!」」」
俺とセイルとドイルが同時に吼える。剣の届く距離、キングを囲んでいる。横から氷の槍と1本の矢、加えて、キングの頭上に降るもう1本。
逃げるスペース、なし。
「ガァアアアアアア!!」
キングも、吼えた。そして、斧槍を横向きに構えて持った。
――その場で回転する。直感が脳裏に走る。
もう少し、後一歩……今。
キングが回転を始める。巨大な斧槍が、殺戮の兵器と化す。
やがて、そこは渦となる。
氷の槍は砕かれ、矢は弾かれ。ドイルは両手剣で防いだが、その勢いに負け吹っ飛んだ。セイルは、ぎりぎりでしゃがんで避けた。
なぜ、その状況を一息に掴んだのか。
俺は、跳んだ。宙に跳び、斧槍の回転を回避しつつ、キングの首を狙う。眼下で、セイルが剣を下から上に切り上げようとしている。
これは、避けれないだろ? 王様。
回転を止め、俺を驚きの表情で見るキング。その体は硬直していた。
そして、剣を振るう。その切っ先は、キングの首元へと、静かに吸い込まれ――――そして、軌道が狂う。
「――ぅぉぁああ!?」
直前で、とてつもない風圧が吹き荒れ、俺は再度宙に吹き飛ばされた。
荒れ狂う視界の隅で、セイルも同じように吹き飛ばされているのが見えた。
(何が……!?)
受身も取れずに、地面に叩きつけられる。脳が揺れて、顔にまた血が垂れてくる。
意識が、また一段と薄くなる。
「――グァ」
キングを見上げると、斧槍が無くなっていた。先ほどの風圧は、斧槍から魔力を解き放ったときのものか。
そして、その解き放たれた魔力を、キングは体内に吸収していく。まさか、また出すのか。
そう疑問に思って、呆然と見ていた。すると、キングは拳を上に振り上げた。
「何を」
次の瞬間、キングは拳を地面に叩きつけた。凄まじい轟音と砂埃が立ち、そして、地面に亀裂が入っていく。その亀裂は、俺のところまで来ている。
「まさか……」
そして――――地面は崩壊する。
浮遊感。岩が崩れる音。そんなものを聞き届けながら、落下していく。視界の隅に、一緒に落下している仲間がいた。必死に手を伸ばすが、届かない。
「ラード……っ!」「んんん!」「ぅぁ……」「――――」
セイルとドイルが、目に見えるほど重傷で、落下していた。そして、アルフィーとナーサさんと、目が合う。
その、困惑したような、心配したような……その目が、やけに印象に残った。
記憶に、残った。
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