ゴブリン洞窟編② 『強敵』


 壁に設置された松明が揺れる。


「――――おらぁ!!」

「――グゥ……」

 ドイルが気迫に満ちた怒号を上げ、ジェネラルとかち合う。恐ろしいまでの剣戟が洞窟に鳴り響く。それは、空間を揺らしていると誤認するほどだった。


 しかし、ドイルの全力の攻撃は、その弾きによっていなされる。ジェネラルは、ドイルの剣を受けてなお、余裕綽々としていた。


「グギャウ」

 ジェネラルは俺とセイルに向け、手招きをした。それは、あからさまな挑発。


 ――――武人。脳裏にそんなイメージが沸き立つ。絶対的な自分の力を信じている奴の、余裕。


 その余裕を崩すのは、難しい。直感する。俺とセイルとドイルが同時に斬りかかっても、いなされる。そんな光景を幻視する。うかつに斬り込めない。


 それに、警戒しなければならない相手は、まだいるのだから。



凍てつく槍アイスランス!!』

『――――ガァ』


 アルフィーから放たれた氷の槍は、ゴブリンメイジが出現させた炎の壁によって消される。氷が急速に溶ける音が鳴り……


 凄まじい蒸気爆発が起こった。


「きゃあ!?」「ぬうううぅぅぅぅ!!」「う……」


 視界が霧で覆われ、仲間たちの姿が消える。


「――警戒しろ!」

 霧の中、セイルの声が響いた。しかし、ジェネラルの攻撃は、防御に徹すれば、凌ぐことはできる。


(ジェネラルの動きが霧で見えない)


 すぐに、ナーサさんの所へ駆けた。ナーサさんは霧の中で周囲を警戒していたが、気にしている余裕はない。ナーサさんの前に立つ。


「ら、ラード……?」

「気を付けろ!!」



 ――――ヒュオ


 瞬間、前方から霧を打ち払う、魔法の風の矢が飛んできた。霧の中、不意打ちの攻撃だったのだろうが、逆に霧だからこそ、視認しやすい攻撃だ。


「うぉおおおお!!」

 風の矢を全力で下から切り上げる。


 視界から自分の剣が消え、前方……その風の矢の後ろ、追従するようにジェネラルが迫っていた。


(剣を上に振り上げてる。このまま振り降ろしても、奴に対応される。決定的な隙。やられる。でも、やるしかねえ。このまま攻撃を回避しても、ナーサさんに被害が行く)


 その一瞬の思考。しかし、その思考は無に帰す。


 ――――ヒュン


 後ろから、肩越しに矢が飛んできたのだ。その矢を、ジェネラルが盾で受ける。


 ジェネラルの視覚が金属の盾で消えた。チャンスだ。

 そのまま斜めに切り込んで、袈裟斬りをする。

 しかし、そんな俺の攻撃を読んでいたのか、盾の後ろに構えていた剣で受けられる。


 ――ギィン


 何度も鳴り響いている剣戟。ジェネラルの顔を見ると、不敵に笑っていた。でも、反撃の余裕はないぜ。


「うおおおお!!」


 視界の隅に、セイルが近づいてきていた。盾と剣を使って無防備なジェネラルに横から切り込む。


 しかし、ジェネラルはそれすら読んでいたのか、セイルに振り向きもせずに、全力で体を当てにいった。

 急に突っ込んできたジェネラルに対応できずに、セイルが突き飛ばされる。


「――ぐぅぅうう!」

 吹き飛びながら、なんとか体勢を瞬時に立て直すセイル。

 ジェネラルはその間に、驚異的な跳躍で後退する。



 霧が晴れたとき、俺らは再び対峙していた。疲弊しているパーティとは対照的に、こちらを見下ろすように、絶対的強者としてそこに君臨している、メイジとジェネラル。


「グガ」

「グゥア」


 肩で息をしながら、悪態を吐く。


「くそ共が……ナーサさんを狙いやがって」

「……ありがとう、ラード」

「今のもう一回言ってください」

「嫌」

 くそ。ナーサさんが折角デレてくれたのに、緊迫した状況のせいで全然絡めねえじゃねえか。


 しかし、突破口はないものか。ジェネラルの近接戦闘での対応力と、メイジの的確な遠距離攻撃が非常に厄介だ。アルフィーとメイジの魔法攻撃力はほぼ互角。ややメイジの方が上と見える。

 決定的な魔法攻撃は全て、相殺されている。そして、決定打が足りない近接攻撃は、全てジェネラルにいなされている。それに、隙が生まれると斬り込んで来る。一瞬も気が抜けない。


 ジリ貧……だな。向こうはまだまだスタミナ的にも余裕があると見える。めっちゃ強者面で見下ろしてるもん。おい、ゴブリンって名前が付いてるんだから少しは弱そうにしろよ。ジェネラルは武人みたいな雰囲気出しやがって。お前今、女の子に攻撃しようとしたんだからな。


 剣を見る。罅は入ってないが、刃こぼれはしてるかもしれない。どの道、長く戦っていると、武器が保たないかもな……。


「しかし、ジェネラルの方、異常なまでに強いな。力はもちろん、時々、限界を超えてるような反応速度だし」

「奴は『気』を使っているのだろう」

 俺の疑問に、ドイルが答える。彼が一番、ジェネラルとかち合っている。同じ戦士役だし、感じることがあるのか。


 しかし、『気』か。一体なんだか知らんが、とりあえず、身体能力の向上に貢献してそうだな。セイルを見向きもせずに、体当たりで突き飛ばしたアレは、明らかに異常だ。生き物の技じゃない。加えて、武器にもその『気』で何かしていそうだ。俺らは、かち合いの数を3人で割っているが、それでも武器が疲弊し始めている。なのに、敵の剣の輝きは鈍くならない。


 ……ゴブリンキングがずっと戦いに参加しないのはありがたい。こんなに苦戦しているジェネラルとメイジだが、キングから感じる圧はこの2体とは比べ物にならない。これ、連戦なんだよなぁ……流れ的に。ここで疲弊している場合じゃないな。


「……セイル、このままじゃジリ貧だ」

「そう、だな。よし、みんなで攻撃を集中させよう」

 セイルはパーティメンバーに言う。しかし、どの攻撃も防御されてしまう。何かないだろうか。


 すると、先頭に立つ巨漢の戦士が口を開いた。


「……実は、使えるスキルがある。それが、奴の堅牢な防御を突破できるかもしれん! まあ、それを使うと、俺はしばらく動けないんだがな! がはははは!」


 ドイルが、開き直ったように言う。

 しばらく戦闘不能……か。見たところ、キングは傍観に徹しているが、側近の2体が倒されたら動き始めるだろう。その時、ドイルがいないのはかなり苦しい。だが、このままではこっちの体力が減っていくのみ。


「……それに賭けるしかないな。どの道、アルフィー以外じゃドイルが一番、攻撃力を持ってるしな」

「メイジが邪魔ね。私も、一つだけならあるわ。メイジを一瞬、無力化できる魔法」


 それを聞いて、セイルは少し考えた後に、指示を下す。


「……分かった。アルフィーが魔法を発動した瞬間に、一斉にジェネラルに攻撃しよう。ナーサとドイルの攻撃で防御を崩して、そこの隙を俺とラードで突く。これしかない」

「「「「了解」」」」


 剣を構えて、前傾姿勢をとる。ドイルとセイルも同じようにしている。ナーサさんは、弓に矢を番えた。


 準備万端。パーティの雰囲気が、変わる。

 その雰囲気を察知したのか、ジェネラルも剣と盾を構える。メイジも、こちらを注視している。


『生命の源よ 封じ込む牢よ 我が力を糧に 顕現せよ!』


 アルフィーの呪文を聞いて、メイジが何かを唱え始める。


『――――――』


 対なる魔術師が、その準備を終わらせる瞬間に、今、この場の全員が、備えている。


 そして、時は来た。


水牢ウォータープリズン!!』

「――グガ!?」


 メイジの足元から水が噴き出て、やがてメイジを包み込んだ。驚いたメイジは詠唱を中断した。


「いくぞ!!」


 セイルの号令がかかる。先ず、ドイルが先に飛び出す。それに俺とセイルが追従する。

 ジェネラルが、初めて焦ったような表情を見せた。

 後ろから矢が飛んでくる。それは十分な速度で、ジェネラルへと一直線に向かう。


「グゥ!」

 ジェネラルの剣が閃いて、矢は斬り落とされる。何度も見た光景だ。しかし、剣を振るうという隙を作った。


「ぬぅぅぅ!!」

 ドイルが呻く。体から蒸気が出て、筋肉が膨張しているのが、傍目でも分かる。

 ジェネラルはドイルを見て盾を正面に構えた。腰を落として、衝撃に備えている。完全に受け止めるつもりだ。


 両者の距離は縮まっていき、やがて、間合いに入った。


『――――追撃の刃パシュートスラッシュ!!』

 ドイルが横薙ぎに剣を振るう。その動きに、ジェネラルは盾を合わせる。そのドイルの剣は、ゴウッと風を吹き飛ばしながら、盾と激突する。それでも、ドイルは力任せに剣を振るい、盾を上方向に弾いた。


 ――ガギィン


 凄まじい金属音が鳴り響いた。けれど、ドイルの全力の攻撃は、ジェネラルの盾を弾き飛ばすまではいかなかった。


 それでも、ドイルを信じる。あいつが奴の防御を崩すと言っていたのだから。


 ドイルは剣を薙いだ勢いのまま、後ろに向かって倒れた。それを尻目に捉えながら、足を動かし続ける。

 正面には、盾を上に弾かれ、若干姿勢を崩しているジェネラル。あそこに辿り着くまでに、盾を正面に戻されるか。


――ガギィン


 先ほどと同じ金属音が鳴り響く。正面、ジェネラルの盾が吹き飛び、奴の左手は宙へと流れ、がら空きに。右手の剣も、振るえる姿勢ではない。

 誰も盾に触れていないのに、突如衝撃が盾に走ったように見えた。


 これが、ドイルのスキル。2連続の斬撃。


 ニヤリと笑う。今まで崩れなかった奴の防御が崩れた。無防備な奴が、目の前にいる。



 ジェネラルの目の前、セイルと剣を合わせる。


「――グゥガァ!」

 ジェネラルが叫ぶ。だが、それは反撃の威勢でもなんでもない。俺らへの、罵声。何も反撃できない奴のできる、唯一の抵抗。



 もう、遅い。



「「もらった」」



 合わせた剣を胴体へ入れる。セイルの剣は右へ、俺の剣は左へ流れる。肉を切り裂く感覚が手に伝わる。力任せに、剣を薙いだ。


「――――グ」


 その場に、金属の盾と剣が地面に落ちる音が鳴り響く。続いて、肉体が崩れ落つ。



 そうして、ジェネラルは倒れた。



『――――グガ!』


 水の牢を風で吹き飛ばしながら、メイジが再度現れる。


「グガ……グガ?」


 ジェネラルを確認して、そして疑問符を頭に浮かべた。あれ? やられたの? そんな風に言ったように聞こえた。


「さて……お前はどう倒すかな……」

 剣の血糊を振り払いながら言う。ジェネラルがいなければ、単体のメイジはそんなに怖くない。

 今までチクチクと遠距離攻撃してきやがって、絶対許さん。



 その時だった。


 ゴブリンメイジの首に、光の線が閃いた。


「グッ!?」

 一瞬の悲鳴の後、メイジが倒れる。

 その閃光、元を視線で辿る。



「……まあ、俺としてはありがたいんだけど……仲間じゃないんですかねぇ」

 虚勢のつもりで言った言葉が、恐怖で滲む。畏怖。そんな感情が心を支配する。


「ガゥア……」

 右手をメイジに向かって差し出していたキングは手を戻して、その場で立ち上がった。そして、腕を組んでこちらを見下していた。


 体長、2.5m。オーガ並の体格に加えて、内包された圧倒的魔力。



 王はその存在感を持って、その空間を支配していた。

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