ゴブリン洞窟編① 『謁見』


「あれだな」


 普段はうるさいドイルが、声を抑えて呟くことでこの状況を再認識させる。


 岩山の洞窟。そこの入り口に立つ、2体のゴブリン。恐らくは、見張りの役だろう。

 ゴブリンが巣を作るとき、多くの場合は指揮系統が存在する。一際優秀なゴブリンが生まれて、集団はそのゴブリンに従属する。そうして、その集団の中で、ゴブリンは役割を振られる。その一つ、見張り。


「どうするんだ?」

 セイルに聞く。


「見張りをナーサとアルフィーの攻撃で一気に倒そう」

「ま、だよなぁ……」


 ナーサさんとアルフィーに視線が集まる。二人はお互いを見合って、頷きあう。


「私は右。ナーサは左ね」

「分かった」

 ナーサさんはこういうときはハキハキ喋るんだよな。普段とのギャップも好き。


 ナーサさんは弓を構えて引き、アルフィーは杖を両手で持ち詠唱を始める。


『凍てつく存在よ 敵を貫く槍よ 我が力を糧に 顕現せよ』


 アルフィーの杖に魔力が集まっていく。感じていて思うが、何も持っていない俺と、杖を持っているアルフィーでは、魔力を集める効率に違いがあるように思える。アルフィーは魔法の構築が早い。


 やがて、魔力は一箇所に固まって、杖の上に氷の槍を作った。


「3、2、1……今」

凍てつく槍アイスランス

 二人の放つ攻撃は、斜め上へと射出された。それらはとてつもない速度を保って、見張りのゴブリンの胸を同時に射抜いた。


 しばらく見る。時間が経ってもゴブリンが洞窟から出てこないので、暗殺に成功したことを確信する。


「行こう」

 セイルが言う。全員、木の陰から体を出して、洞窟の方へと足を運ぶ。


 うわ、ここちょっと崩れやすいな。気をつけよう。


 やがて、岩山洞窟の入り口に、俺たちは立った。すぐ傍に、2体のゴブリンが倒れている。一体のゴブリンは、氷の槍に貫かれ、体の一部が凍っていた。怖い!


「……で、どうするんだ?」

 今までのは問題外。むしろ、ここからが本番だ。

 ゴブリンの巣を制圧するときに考えることは、いくつかある。一つ目は、別の出入り口がないか。二つ目は、中にいるゴブリンの規模。三つ目は、要救助者の存在。


 別の出入り口があるかないかの確認は大事だ。ゴブリンを掃討する際に、仕留め損なうゴブリンが出てくる可能性が出てきてしまう。多くの場合、出入り口は2つ以上存在するため、この洞窟も別の出入り口がある可能性は高い。そこをなんらかの方法で封鎖できれば、楽なんだが。


 二つ目、ゴブリンの規模。ゴブリンの巣の危険度は、規模によって決定する。しかし、偵察によって得られる情報では規模をはかることは難しい。ゴブリンの中でも、狩りに出かける者と、巣を守る者など、役割が分かれているため確認されたゴブリンの数が全体の数とは限らない。なので、掃討した後の記録として、危険度が設定されることが多い。


 三つ目、要救助者の存在。ゴブリンは、人間の雌を攫って苗床とすることがある。その場合、被害者は生存している可能性が高いので、救助をする必要がある。ゴブリンの巣は環境が悪いので、被害者が衰弱死してしまうこともあるので、ゴブリンの巣の早期発見と、迅速な対処はマストである。また、要救助者がいるかどうかで、攻略の難易度が大きく変わる。


 例えば、出入り口を全て塞いで、一つの入り口に向かって煙を焚く。すると、中にいるゴブリンたちが窒息して、戦闘をすることもなく掃討することができる。一番安全な方法が、これだろう。だが、これは要救助者がいないことを確認しなければできない方法なので、多くの場合、この方法はとられない。


 難しいものだ。ゴブリンの巣は、危険度が未知数で、E級でも難易度は上位だ。実際、過去にあったゴブリンの上位種が存在するほど大規模なゴブリンの巣は、危険度がC級に設定されていた。当時、多くの下級冒険者たちが犠牲になって、最終的にB級のパーティが殲滅に当たったらしい。そのときに、多くのゴブリンの上位種が確認され、ギルドの魔物情報が更新されたようだ。


 というわけで、それら諸々を含めてリーダーに、どうするのか、と聞いた。


 するとセイルがナーサさんを見て、言った。


「ナーサ、頼む」

「……ドーシュの加護よ」

 ナーサさんが何かを呟いて、前に出て、洞窟の目の前でしゃがんで、耳を洞窟の方向へ向けた。


 まさか、中の音を聞いているのか?


「ええ……いくらなんでも」

 思わず、心の声が口から出てしまった。それを聞いて、アルフィーが言う。


「ナーサは獣人よ。あんまり舐めないほうがいいわ」

 アルフィーの言葉を聞いて、ドイルを見ると、彼も首肯した。

 まじで? そんなことできんの?



「……ナーサさんのふわっふわの尻尾をモフモフしたい」


 実験の為に、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。もちろん、隣のアルフィーやセイルにも聞こえない音量でだ。


 ――バシ


 前でしゃがんでいるナーサさんの尻尾が閃いて、目に見えない速度で、俺の足をはたいた。アリガトゴザイマッ!

 見ると、ナーサさんは赤面していた。セクハラしすぎたな、反省。


 しかし、なるほど。獣人は人間とは一線を画すほど身体能力が優れているな。


 一人でうんうんと唸っていると、みんなが呆れた目で俺を見ていた。


「あんた、なにしたの……」

 アルフィーが代表者となって聞いてくる。みんなの心の声が聞こえてくるようだぜ!


「ちょっとな……反省はしているが後悔はしていない」

「……後悔もして、ちゃんと」

 すると、ナーサさんが立ち上がって、こちらを見ていた。いや、正確には赤面しつつちょっと目を伏せながら言った。長い睫が視線を隠してる。俺の心がときめきパワーに満ちていくのが分かる。


「……ゴブリン、多い。足音が多いからわかんないけど、多分、80以上はいる……。後、人間も2人。どっちも生きてる……」

 そう言って下がりつつ、その場でしゃがんで塞ぎこんでしまった。悪いことをした。いや、あれは照れ隠しか。うーむ。今後こういうことは控えるべきか悩ましい……。


 というような、お気楽な思考をしている場合じゃないな。見ると、ナーサさんの報告を聞いて、パーティ全員が浮かない顔をしている。


 ゴブリン80体以上……か。見たところ、この洞窟は一本道が続く形だろう。中で分岐もしているだろうが、この形状だと背後を気にする必要がないため、数の多さは脅威になりにくい。背後をとられないからな。


 しかし、それを考慮しても、80という数は脅威だ。継続戦闘になるのは必至。洞窟の中……その場で継続戦闘をすると、魔力が枯渇しやすい。アルフィー自体の残存魔力も、3分の2といったところ。洞窟が地下深くに続いていく感じなら、魔力もだんだんと濃くなっていくから、枯渇の心配はする必要はないが。


「……生存者がいるなら、助けたい。早く助けなければ、死んでしまうかもしれない。みんな、どうだ?」

 セイルが聞く。その目は、不安と恐怖に染まっている。それでも、彼はそう言った。


 彼はリーダーだ。パーティの判断を下すたった一人の人間であり、そしてパーティに起こることの全責任を持つ。恐ろしいことだ。俺にはできない。

 以前に彼は失敗している。トラウマになってもおかしくないのに、危険なことを提案できる彼は、全く持って尊敬の念しかない。


「俺は任せる」

 実際、危険なことだし、でも助けられる人がいる。俺はパーティの流れに任せよう。パーティがギルドに救援を求めにいくというなら、それに従う。一人じゃ無理だろうしな。これの……ゴブリンの巣の攻略は。どう考えても無謀だ。


「……私も」

 ナーサさんが呟く。同じ意見ということで、至極の喜びに浸る。わははは。


「私は、怖い。でも、任せる」

 アルフィーは怖いだろうな。あの時に怪我を負ったんだから。でも、決意を滲ませて、言った。


「行くべきだろう! 前回、俺は恥をかいたからな。雪辱を果たすチャンス!」

 ドイルは言う。彼は一瞬でも冷静さを失った自分を恥じていた。


 みんな、それぞれ想いがある。


「……分からない。これが正しいのか」

 セイルは言う。ああ、お前の決断、誰も責めないし、責められないよ。


「分からないから、行こう」


 お前はリーダーだよ、セイル。



______



 暗闇を照らす松明が、赤く輝く。壁面を鈍く照らすが、その光が及ばない範囲は、深淵を思わせる暗闇。


 暗闇からは、何が出てくるのか。理解が及ばないその空間は、恐怖を迸らせる。常に、警戒をする。


「グギャ! グギャギャ!」


 そして、出てくるのだ。暗闇から、潜みし者が。


「……」


 矢が閃く。松明の明かりに反射して、オレンジ色に反射したその矢先が、ゴブリンの胸元へと突き刺さる。


「グゥ!」


 そして、ゴブリンは倒れた。少しの安堵が走る。しかし、その平和は続かない。


「グギャギャ!」「グーグギャギャ!」


 出てくるのだ。ゴブリンは物音に気づいて、暗闇から絶えず出てくる。



「きりがねえな……」

 独り言をごねる。先ほどから継続でずっと戦っている。そのせいで、周囲の魔力も薄い。魔法を使うには少し、頼りない。アルフィーの魔力はできるだけ温存したい。このパーティで一番火力が高いのはアルフィーだ。いざって時の殲滅力は凄まじい。


「ラード、左! ドイルは右だ! 俺は真ん中の奴を引き受ける!」

 セイルが瞬時に指示を下す。


 俺はそれを聞いて、左前方向に駆ける。左のゴブリンを釣るためだ。ゴブリンは敵と見定めたものに向かっていく気質がある。セイルとドイルは、気にする必要はないだろう。彼らも強い。俺は俺の仕事に集中する。


「グギャギャ!」


 左のゴブリンが向かってくる。手には棍棒。先ほどから襲い来るゴブリンは武器を持っていた。その中には、明らかに人工物である鉄製の剣も。


 そこからの想像は易い。苦虫を噛み締めるような気分だ。

 真正面、ゴブリンが走ったままの勢いで、棍棒を振り下ろしてくる。


「……っ!」

 それをバックステップで避ける。全力の攻撃を回避されたゴブリンに、隙ができる。その隙を突いて、ゴブリンの胸に剣を突き刺す。


「グギャァ……!」

 ゴブリンが呻き声をあげる。そんなのを聞き届けるつもりはない。胸に突き刺した剣を乱暴に右肩へ流す。そして、ゴブリンの体を切り裂いた。


 肩で息をする。さっきから連続で戦闘をしているせいで、疲弊している。


 振り返ると、セイルとドイルもゴブリンを倒している。二人も疲れた様子だ。


「ふぅー……」

「……来ないな。狩り切ったか?」

 ドイルが汗を拭いながら言う。ふと正面の暗闇を見ると、そこに潜むものの存在を感じない。なるほど、これが尖兵であったとしても、一段落がついたらしい。


「……ナーサ、どうだ」

 セイルがナーサさんの方を向いて聞く。ナーサさんは耳を暗闇に突き立てて、音を拾おうとした。


「……? だめ、聞こえない」

「聞こえない? どういうこと?」


 アルフィーが聞く。


「音が曇ってる」

「音が……?」

「さっきまでは聞こえてた……おかしい」

 どういうことだ? 音が聞こえなくなった? 何か原因があるのだろうか。分からないな。俺はこの世界についての知識を全然得てないからな。パーティに解決を委ねるか。


 と思ってみても、皆頭の上に疑問符を浮かべていた。あれ?


「原因は分からないのか?」


 俺が聞くと、みな首肯する。そうか。どうしようもないな。


「進むしかないな。ここまで来たのなら。けど、ゴブリンは相当狩ったはずだ。もう少しだ」


 セイルは言う。異論はない。進もう。



______



 ……魔力が濃くなっている。少しずつ、下に向かっている。松明の火が揺れる。


 そして、消えた。


「……」


 明かりは消えても、驚きはない。いや、正確には違う。それ以上の驚きがある。


「――――ガゥ」


 濃密な魔力。それを迸らせている、存在。圧を、感じる。

 この魔力を感じているのは、アルフィーと俺だけだろう。冷や汗が出る。


「ガウゥルルガアア!」


 ――――咆哮。それは、この空間に現れた侵入者に警告するものか、それとも、宣戦の合図か。


 ゴブリンメイジ、ゴブリンジェネラル――――ゴブリンキング。


 相対するだけで格の違いを感じる。脳が警鐘を鳴らす。今すぐここから、全力で逃走しろと、叫んでいる。


 しかし、視界の隅で倒れている女性たちが、目に入って仕方ない。彼女たちは、来訪者である俺らを見て、驚きの表情を上げ……そして、諦めの表情を浮かべた。


 ……助けが来ても、諦念か。ゴブリンたちが持っていた、人工的な剣。恐らく、先駆者はいたんだな。そして……。

 ギルドに報告したソロの冒険者、よくやってくれたもんだ。とびきり優秀じゃねえかよ。


 現実逃避。終了。


「とんでもない圧だな……」

 後ろの仲間をちらっと見ると、みな絶望の表情をしていた。マイペースなナーサさんも、陽気なドイルも。


 俺の顔も絶望に染まってんだろうな……。


 固まっている皆を動かすために、声を出す。


「セイル!!」

「――ぁ」

「しっかりしろ。リーダーだろ」


 絶望するのは分かる。ゴブリンキングはC級上位の魔物だ。近接戦闘能力は、オーガと遜色ないほどに高い。それに、側近のゴブリンメイジよりも強力な魔力を感じる。はっきり言って、強すぎる。明らかに、今闘っていい相手じゃない。

 でも、逃げることも難しいだろう。逃走経路はほぼ一本道だ。きっと、あいつらから逃れるのは不可能だ。身体能力の差で、追いつかれる。


 詰んでるんだ。なら、やるしかない。そういうことだろ、セイル。


 パーティメンバーを見ると、まだ正気に戻っていない。特に、アルフィーは圧倒的な魔力の圧を受けて、震えている。


 ――キィン


 俺は、その場で剣を突き立てて、大きな音を立てた。強制的に、パーティメンバーの意識を戻す。


「やるしかないんだぜ」

「ら、ラード……」

 ドイルがいう。その顔は、まだ絶望に染まっているが、まあ、多少はマシになったな。


 ゴブリンキングを見上げる。洞窟の中で、一際高いところに椅子を作って見下しやがって。畜生、いっつもこうだ。この世界での危険ってのはいつも急にやってくる。


______


「お前は、受動的に冒険して失敗したことはあるかもしれないけど、能動的に失敗したことはない。でも、いつか来る。絶対に、でっかい選択がな。その時、お前が今のままだと、取り返しのつかないことになるぜ」


______


 試験官のクソ野郎が言っていた言葉だ。っは! その時はこれか? 全く、いつか来るとか言ってたけど、こんなに早く来るなんてな。選択の時。


 俺は、間違えるつもりはない。恐怖に怯えて、無抵抗に殺されるつもりはない。足掻いてみせる。抗ってみせる。



 お前と、闘うぜ。キング。



 ゴブリンキングと、目が合う。



「――ガゥ」

 ゴブリンキングが、片手を前に振るった。すると、側近のゴブリンメイジとゴブリンジェネラルが、同時に前に出た。


「前哨戦ってか……燃えるじゃねえか」

 俺が言うと、呆けていたセイルが俺の言葉を聞いたのか、口を引き締めて、言った。


「……やるぞ、皆。生きて、帰るぞ」

「……うん」「最悪……っ! でも、やるしかないわね」「俺はまた怖気づいて何もできなくなるところだった。だが、俺はもう正気になったぞ! がはははは!!」



 最大の冒険が、今始まろうとしていた。

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