ミクラン森の影たち
その堅牢な肉体と、確かな攻撃力を持った角でE級と指定される魔物。弱点は、全体的に動きが鈍いことだ。反応速度や、体を動かす能力そのものが低い。ただし、角で攻撃する標的を視認したとき、その突進速度は、かなりのものになる。加えて、その低い姿勢から繰り出される突進は、非常に避けづらい。
「ふんッ!!」
「――!」
森に、剣戟かと錯覚するほどの金属音が響く。
渾身の突進を正面から受け止められ、
「――好い攻撃だった」
戦士は両手剣を縦に構え、右足の強い踏み込みでもって、振り下ろした。
その剣は、
木の上にいる猫獣人と、外套に身を包んだ黒髪の剣士が同時に言う。
「……正面にコボルト、気づかれた。4体、来る」
「3時の方向に
「ナーサはともかく、なんであんたが分かるのよ……」
魔法使いの少女がぼやく。
それぞれの報告を聞いて、金髪の剣士が、指示を下す。
「コボルトに炎魔法と矢で攻撃、残った奴はドイルとナーサで対処。
リーダーの指示を聞き、各々が頷いて、行動に移る。
金髪と黒髪の、対照的な剣士は3時の方向へと走る。それを見て、魔法使いと戦士が目を合わせて、頷きあう。
魔法使いが、両手で杖を持ち、詠唱を唱える。
『我が敵を燃やす火球よ 繋がる意志を持って 我が力を糧に 顕現せよ』
杖の上部の何もない空間に、突如、火球が現れる。魔法使いの少女が目を瞑り集中するほど、それは大きくなる。やがてそれは、こぶし大になった。
木の上の猫獣人が、弓を構えて、言う。
「コボルト接近……3、2、1、今」
『
そして、放たれた矢と火球。それは直線軌道で正面の茂みへと向かっていく。
次の瞬間、茂みの中から、コボルトが4体飛び出してきた。そして、飛来してくる矢と火球をみて、驚きの表情を浮かべる間もなく……着弾した。
「ギッィィィアアア!!」「グウウゥゥゥゥゥウ!!」
右端のコボルトの頭に、矢が突き刺さる。そして、左端のコボルトに火球が命中する。
火球は、コボルトに着弾して、その威力を発揮する。こぶし大の火球は、コボルトに触れた途端に膨れ上がり、対象を燃やし尽くす炎と化した。
中央2体のコボルトが、体を急停止させて、仲間を見る。そして、その表情を怒りに染め、彼らを見る。
「「ガルルッ!」」
その唸り声をあげた瞬間、左端のコボルトを燃やし尽くす炎が一際大きく燃え上がった。
隣のコボルトがその炎を見て、はてなマークを浮かべる。
「――――それ、連鎖するから」
そして、その大きな炎が一瞬、収束したかと思うと、隣のコボルトに向かって、熱線が放たれた。
「キャィイイン!」
連鎖する炎。こうして、たった一度の遠距離攻撃だけで、コボルトは一体のみになった。
そして、戦士は一歩前に出る。
「後は任せろ!」
「――――グルッ!」
______
「……来るぞ!」
「ウキィーッ!!」
木の上から、
「ウキキーッ!」「ウキャ、ウキャキャ!!」「ウキィ?」
うわうぜえ。手を叩いて笑ってやがる。
「あーむかつくぜくそ猿どもがぁ……絶対殺してやる」
「落ち着け、ラード」
「落ち着いてるさ、セイル。だが実際、厄介だな」
俺とセイルはてこずっていた。奴らは、俺らに飛び掛って攻撃をしてきて、そして避けられたらすぐに木に登って避難する。この行動を繰り返している。それだけなら楽なんだが、奴らは飛び掛る直前、木の葉の中に消えて、がさがさと動き回り、どこから飛び出してくるか分からなくしていた。
これのせいで、奴らの行動が読みにくく、剣で反撃するチャンスがなかなかこない。いや、剣で攻撃することはできるが、一体に斬りかかると、他の個体に攻撃される可能性がある。
奴らの爪は鋭く、強靭だ。できれば、攻撃は貰いたくない。こんなときに、防具を買ってないのが響く。あほか俺は。革防具ぐらいなら買えたけどな。
「素直にアルフィーたちが来るのを待とう」
セイルは言う。俺も実際、それでいいと思う。人数が増えれば、奴らは3体しかいないし、このヒットアンドアウェイは成立しなくなる。俺ら2人でも、回避に徹すれば攻撃を食らうこともない。
だけど……まあ、突破口はなくもないな。
「ウキャーッ!」
一体が、一際大きい声を上げる。すると、奴らは木の葉の中に消え、がさがさと動き回り始めた。
「来るぞ……気をつけろ、ラード。どこから来るか分からない」
「……セイル。次は、反撃するぞ」
「は? どういうことだ、ラード」
「こういうことだ」
俺は、願う。
『万物に吹く風よ 我が力を糧に 顕現せよ』
周囲の魔力が集まってくる。やはり、まだ俺の魔力は動かないが、十分だ。
俺の周囲に、風が立ち込める。耳に、風が強く吹く音が、刺さる。
「……なるほどな」
セイルは剣を構えた。俺も、構える。
やがて、その時は来た。
「「「ウキーーーーッ!!」」」
三体の
『
風を、上方向へと解放する。それは、突風となって、宙にいる
「ウ、ウキー!?」「ウキャキャ!?」「ウキキ!!」
一瞬の猶予が生まれる。俺とセイルは、笑って剣を構える。そして、悪猿たちは、俺らに向かって落下してきた。
「いらっしゃーいっ!!!」
剣を振る。その剣先が
その場に、
「ウキャーッ!」
耳に、
すかさず剣を構えて、そっちを振り向いたら、セイルが空中の
「油断したな、ラード」
「あぶねー……助かった。さんきゅ」
セイルと拳を突き合わせる。にっと笑いあうと、仲間ができたんだな、と実感してなんか、感極まってくるぜ。
すると、後ろの茂みががさっと揺れる。
「あれ、終わってるじゃない」「……」「がはは、流石だな!」
振り返ると、パーティメンバーがいた。あれ、君達早くない? コボルトもう殲滅したの?
どうやら俺の想像以上に、このパーティの皆様方はお強いようだ。むしろ俺が一番、経験も知識も……技術的にも劣っているんだろう。
「よし、みんな揃ったな。討伐証を回収しよう」
セイルが言う。そうだ、討伐証回収しないとだな。
そうして、森での戦闘の一抹が、終わった。
______
「なあ、セイル」
「ん? どうしたラード」
干し肉を齧りながら、セイルに話しかける。なんかあんま美味くねえな。塩が圧倒的に足りない。
昼。太陽は真上に昇り、森を燦々と照らしている。森の開けた広場で、俺らパーティは昼休憩をとっていた。
近くに小川が流れているので、そこで装備についた血などを洗い流したり、各々好き勝手に動いている。
倒れた大木に腰掛けたセイルの横に俺も腰掛けて、聞く。
「あのさ、ナーサさんが言っていたワイルドハンターってなんだ? 後、剣士と戦士の違いが分からないんだが」
「……本気か?」
セイルが信じられないものを見る目をしている。ついさっきもこんな感じで見られたな、俺。
「マジマジ。全然知らない。説明してくれ」
「最初にギルドで登録したときに聞かされるはずだがな……まあ、いいか」
俺、ギルドで説明されたこと、一個も聞いてないからね。金稼ぐのに必死で適当に返事してたし、まあ、色々あったしな。
セイルはだらけていた姿勢を正して、説明し始める。
「ワイルドハンターや、剣士、戦士ってのは、その人の適正のことだな。ほら、最初の冒険者登録のときに、水晶玉に触れただろ?」
「……?」
「……まあ、触れたんだよ。それで、適正が分かるんだ。剣士や戦士や弓使いに向いてますよって。それらのことを、”職”と総称するんだ」
なるほど、適正か。便利やな。
「なら、ワイルドハンターの詳細とか、剣士と戦士の違いとかは?」
「ワイルドハンターっていうのは……俺もよく分かってないけど、軽く説明するなら、身体能力が高い弓使いのことだな。獣人の弓使いに多いらしい」
「……ああ、ナーサさんは獣人だしな。とてもプリティな」
「……それで、剣士と戦士の違いだが、剣士は片手剣に向いている人のことだな。戦士は、両手剣や斧、槌などを得意とする人……それぞれ、メリットがある。剣士は軽量である上に、片手だから、盾を持つことができるし、戦士は剣士にない破壊力を持っている」
華麗にスルーされた。俺は悲しいよ、セイル。ナーサさんについて語れる奴がいなくてさ。ドイルも同意してくれるだろうけど、奥深い話はできなさそうだしな。
「まあ、聞いてみりゃ簡単な話だな……でも、それって区分する意味あるのか? 剣士と戦士って、あんまり役割変わらないだろ? それに、普通の弓使いとワイルドハンターの違いも、身体能力ぐらいだしな」
と、疑問に思ったことを口にする。実際問題、そこまで意味がある概念だとは思えないが。
すると、セイルは答えてくれる。
「適正職の違いは、技術を磨くと出てくるんだ」
「うん? そりゃ、違いは出てくるだろ。弓の技術と、剣の技術は一緒じゃねえしな」
「そういうことじゃないんだ。確かに、武器の技術は違う。でも、スキルは違う」
「スキル?」
なんだそりゃ。ゲームみたいだな。
そう思っていると、もう何度も見たあの目でセイルがこちらを見ていた。
「……それも、本気か?」
「残念なことに」
「はぁ……恐ろしいな、無知とは」
「全くだ」
同意する。無知は怖いものだ。その無知な本人にとっても、周囲にとっても。
そんな俺の言葉を聞いて、セイルはより一層溜め息を吐いて、呆れた表情をした。
おいおい。無知や未知は怖いが、既知ってのは怖くないんだぜ。いや、そんなことないかもな。ホラー映画とか怖いし。まあ、これからも知らないまま歩んでいくよりかは、今知っといた方がいいのは事実だろう。
「ま、説明頼むぜ」
「長くなるぞ……」
「平気平気。俺は興味のあることは忘れない性質なんだ」
「そうだな……」
咳払いをすると、彼は語り始める。
「スキルっていうのは、技術を磨いて、実力を上げて……そして、気づいたら身についている、技のことだ。例えば、戦士や拳士などは、『気』と呼ばれる力を備えるようになったり、弓使いやワイルドハンターは、放たれる矢の威力が増していったり、かなりの遠距離にいる敵を射ることができるようになったりする。もちろん、修行をしたりすることで身に着ける技術もあるが、それとは違う。ある日唐突に目覚める、元々体に備わっていたかのように自由自在に扱える、力とも言うべき技……それが、スキルだな」
話し終えたセイルが少し疲れたように肩から力を抜く。お疲れ様。
「へえ……そのスキルが、職ごとに違うって訳か。なるほどな。でも、俺はまだスキルっぽい技に目覚めてないんだが」
「スキル、なんて大仰に名前がついているが、判断する方法はないし、本人が無自覚っていうのも珍しくないぞ。普通に技術を磨いてできるようになったこと、と思うこともある」
「認知する方法はないのか?」
「一応、自分の力量を上手く把握できている人間は、ちゃんと認識できるらしい。技名などを付けて、より自覚しやすくして扱いやすくする人もいる。あとは……他人のスキルを判別する魔法とかも存在してるらしいな。俺は少なくとも、今までの人生で一度も見たことはないが……」
「……そんな分かりづらいものを、どうやって……」
不思議だ。結局、扱う武器が一緒のワイルドハンターと弓使いなら、変化に気づけず、一緒くたにされてもおかしくなさそうだが。
すると、セイルが青空を見上げて言った。
「先人たちが証明したんだよ。その職の存在を、スキルの存在を。人にはそれぞれ、違う適正があり、違う才能がある、ってね。実際、名を残した偉人……つまり、職それぞれの極みに到達した人たちは、決定的なまでに戦闘技術やスタイルに違いがあったんだ」
「……なるほどな」
異世界の歴史。それは今まで、あまり意識していなかった。異世界転移。その事実を、無意識に避けていたのかもしれない。元々は日本にいたし、それにこっちに来てからまだ2ヶ月ぐらいだ。そこまで考えが回らなかったが……確かに、今を、現在を作り上げたのは歴史なのだから、しっかりと認識しておくべきだな。こっちで生きていくからには。
「ありがとう、セイル」
「ああ」
セイルと並んで、干し肉を齧る。ナーサさんとアルフィーが小川で涼んでいる。ドイルは木に背中を預けて休憩している。
束の間の平和が、流れている。
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