自己紹介


 街から離れ、森の手前にある平原にて、俺らは顔を見合わせている。

 セイルを始めとし、『弓使い』猫獣人の女の子、『魔法使い』の女の子、『戦士』の男……おまえ体でけえな。前も思ったけど。


 やがて、セイルが一拍すると、口を開いた。


「――じゃあ、改めて自己紹介な。以前は簡単にしたけど、これからは正式なパーティだからな。俺は『セイル・ノクトー』。17歳、【剣士】だ。リーダーを務めている。よろしくな、ラード」

「……おう、よろしく」

「じゃあ……次、ナーサ」

「うん……」

「……」

 セイルの自己紹介が全然耳に入らなかった。正直、どうでもいい。

 ナーサちゃんの揺れる尻尾が今、目の前にある。そのことが、他の思考を全て置き去りにする。今、ここは平原なんかじゃない。俺と、ナーサちゃん。この二人しか存在しない、夢の世界だ。彼女の揺れる尻尾が、この世界の時間を刻むリズム。揺れることで、世界は動く。今、俺は、全身の感覚を、注いでいる。彼女の揺れる尻尾に。視覚、聴覚、嗅覚。ああ、クソ。触覚と味覚で感じれないのは何故だ。たった数歩の距離が、とても遠く見える。絶対に届かない、まるで学校の男生徒と女教師の距離のようだ。絶対に許されない領域が、そこにはある。ん? 絶対に許されない領域? 絶対領域……その揺れる尻尾は正しく、触れてはならない、むしろ、触れないからこそ魅力的に見える絶対領域だったのか。なるほど、それなら、俺はやはり視覚と聴覚と嗅覚のみを研ぎ澄ませばいいのか。ああ、白い。純白だ。こんなに真っ白な尻尾が、今まで存在していただろうか。いや、ない。存在しない。今、ここが、この瞬間が、最高点。あ、今揺れた、最高点更新。うおおおおお可愛いいいいいい。何故だ。彼女が猫獣人なのに、猫なのに、俺の心はねこじゃらしで遊ばれる猫の如く、疼いて仕方ない。は、俺は猫だったのか……? そうか、この尻尾の前では、万物が猫になるのだ。なにそれ、猫しかいない世界とか最高かよ。いや最高なのはナーサちゃんの尻尾だよおおおおお!!!!


「ラード、大丈夫か?」「あぅ……」「ナーサの尻尾に釣られて顔動かしてる……」「わははは! 面白いな!」


 は。俺は何を。


「すっ、すまん。少し意識が飛んでいた。続けてくれ」

「ぁ、いや……」

 鈴のような声だ。


 ナーサさんは少し恥ずかしそうに指を唇に当てた。ちょっと俯いてる。白い毛のお耳が強調される。あ、やばい。また飛ぶぅ。

 右手で太ももをつねり意識を保つ。しかし、弓使いは軽装な子が多いな……ショートパンツ。あの尻尾の部分は穴が空いてるのかな……


 という無駄な思考を捗らせつつも、しっかりと耳を傾ける。


「……ぇと、ナーサ。『ナーサ・チョルー』。16。【ワイルドハンター】」

 碧の目を伏せたまま、言う。

 彼女は猫獣人だ。この世界に存在する、亜人族の代表格、『獣人』。人間としての特徴を色濃く残しつつ、細部が元の獣の特徴をしている。


 例えば、耳。純白の髪、ボブっていうんだっけ……可愛いな。じゃなくて、その純白の髪に隠れて見えないが、頭の横にある耳は無いはず。猫獣人は、頭の上に耳があるからだ。加えて、手足の爪が少し鋭い。そして、最大の特徴は、尻尾だろう。かわゆす。あ、八重歯。ふふふ、ふふふふふ。ストライクゾーンばっかり攻めてくるじゃねえか。萌えてきたぜ!!!


「ナーサ、もう少し何か無いか?」

「ムリ…………」

 セイルが気遣って言うが、ナーサさんは背を向けて地面いじりを始めてしまった。くぅぅぅぅぅぅ揺れとる。尻尾が。尻尾尻尾尻尾。俺、日本にいたときはコスプレ好きとかでもなかったのに、なぜなのか。なぜこんなにキュートに見えるのだろう。


「……ねえ、次私いい?」

 そう言うのは、魔法使いの子だ。足を怪我していて、俺が簡易的に応急処置してあげた。あの時はしゃがんだりしていて分からなかったが、いざこうしてみると、ちょっと身長が小さい。


「ラード、先に言わせて。あの時はありがとう」

 魔法使いらしいとんがり帽子を右手で取って、ハーフアップの茶色の髪型が露になる。その頭を俺に向かって下げた。


「気にするな。ていうか、今それどころじゃないんだ」

「……ぁにっ」

 視界の隅で、白い尻尾の毛が逆立って跳ねた。見ると、ナーサさんが両手を胸のところまで上げて、ビックリ、というようなポーズで固まっていた。

 ナーサさん足元に、ミミズがいた。自分で掘って吃驚するとか、そのぽんこつっぷりも愛らしい!


 視線を戻すと、呆れたようにこちらを見ている魔法使いがいた。


「……あんた、ナーサのことジロジロ見るの、やめたら?」

「いや、無意識だ」

「意識的に見てるようにしか見えないんだけど」

「ほぼ無意識だから仕方ない」

「はー……」

 彼女はとんがり帽子を頭に戻す。そして、杖を左手で持って、地面に突き立て、言った。


「『アルフィー・クラスズ』。17歳。【魔法使い】で、使えるのは炎魔法と水、氷魔法ね。普段はナーサと二人で後衛。これからよろしく」

「ああ……よろしく……」

 彼女と握手する。だが、俺の視線は、恐る恐るミミズを触る猫耳少女に向けられている。失礼なことをしている自覚があるが、しかしどうしようもない。これはほぼ無意識なのだから。


「……」

 アルフィーがジト目で見ていた。


「な、なんだ。違うぞ。俺は悪くないんだ。生き物はみな揺れる物体に惹かれるものなんだ」

「そう……」

「おい、その蔑むような目をやめろ」

「……白馬の王子様がこんなんじゃね」


 うむ。人間とは、他者とのコミュニケーションにおいて、その人物に評価などを下すとき、第一印象を重要視する。つまり、最初に彼らを助けたときの俺の印象が色濃く残り、過大評価されていたのだ。そう、今の行動は、考えようによっては、評価基準を元に戻したということなのだ。つまり、俺にとってプラスなこと。なお、社会評価はちゃくちゃくと下がっている。


 頃合だと見たのか、最後の一人が前に出る。


「次は俺だな! がははは!」

 野太い声が響く。彼の容姿は若々しいが、顔は少し大人びている。背中に装備した両手剣と、その太い腕が、彼の役割を示している。


「俺の名は『ドイル・バーン』! 【戦士】、18歳だ! 可愛くて頼もしい後輩が入ってきたな! がはははは! これからよろしく!」

「ああ……っと……」

 ガシっと手を掴まれる。握っただけで、かなりの圧力を感じる。

 革の鎧に包まれた、その恵まれた体格。


 ……ゴブリンに襲撃されたとき、彼と一緒に殿を務めたが……彼の両手剣の技術と破壊力は目を見張るものがあった。ゴブリンの剣を両断して、そのままゴブリンを斬り飛ばしていた。凄まじい膂力。恐らく、彼はこのパーティの戦闘時の要。


「こちらこそ。頼もしい先輩がいて安心です」

「がはは! 頼りにしろ!」

 にやっと笑いあう。あの時、苦境を凌いだ仲だからか、互いの実力を認め合っている。それが伝わってきて、嬉しい。


 うん。自己紹介してもらったけど、分からないことが多すぎる! ワイルドハンターだとか、剣士と戦士って何が違うんや! まあ、後でアルフィーかセイルに聞こう。他の二人はまことに勝手な印象だが、そういう話に向いてなさそうだし。


 さて、ナーサさん以外の視線が俺に集まっている。まあ、そういうことだよな。

 ちょこっと手が震えて、奥歯ががたがたになっていて、足が生まれたての小鹿的アレになってるが、これが俺のノーマルなので、どうしようもない。あがり症なのだ。


 落ち着こう。そうだ、ナーサさんの尻尾を見よう。平常心平常心。あ、逆にちょっと興奮してきた。


 ……まあ、いい。


「んんっ! ラード・アルヴェスタ。剣士……でいいんだよな。15歳だ」

「15……?! ラード、あんた年下だったのっ!?」

 アルフィー、少しうるさいぞ。ナーサさんがびくってしてたぞ。黙らすぞ。


「肉体もろとも、成長が楽しみだな!! がはははは!」

「いや皆さんも若いじゃないですか……」

「まあ、冒険者を始める理由は人それぞれだし、冷静に考えればラードくらい若いのも珍しくなかったわね」

 おい。俺のレアキャラ感を下げるな。いや、モブだけど。


 さて、俺には弩や下級魔法があるんだが、そういった小手先の技術的なのを前衛が使うとプライドが傷つく弓使いやら魔法使いやらがいるらしいが、ナーサさんとアルフィーはどうなんだろう。正直言って、馬鹿みたいだと思うが、それが不仲に繋がるなら控えることになる。聞いてみよう。


「……ナーサさん、アルフィー」

 俺の声を聞いてか、耳をぴくっと動かして立ち上がりこちらを向くナーサさん。アルフィーはなんだか不満げな顔をしている。


「なんでナーサのことはさん付けなのに私は呼び捨てなのよ」

「ちっ……うるせえな」

「え!? 今うるさいって言った!? 仲間に!? 先輩に!?」

 アルフィーの使い方が分かってきた。最初の段階で第一印象を撤回させたのは良かったな。


「俺は小型の弩と下級の魔法を扱うんだが、その、プライドとかそういう問題があるんだろ? そこらへん二人はどうなんだ?」

 ナーサさんは、何を言ってるか分からない、というような顔をした。アルフィーは、腕を組んでふんっとして喋る。


「私はそんなの気にしないわよ。それより、私のこともさん付けで呼びなさいよ!」

 ガミガミ。そんなオノマトペが聞こえてきそうだ。まあ、この人は置いといて、ナーサさんを見る。


「……私も、別に……」

「くぅ……!!」

 彼女は呟くように言う。いじらしい。俺もうメロメロだぜ。

 そんなパーティの様子をみて、セイルが笑い出す。


「ははは! まあ、こんな感じで自由奔放な奴らだから、ラードも好きにしていいよ」

「セイル、俺とナーサさんの会話に割り込んでくるな。殺すぞ」

「いきなり好きにしすぎじゃないか……?」

 ダメか。できれば俺はナーサさんをずっと眺めていたい。そう、眺めていたいだけなんだ。これは純粋な気持ち。下種な感情は一切ない。きゃわわ。



______



「さあ、お話はおしまいだ。みんな、この地図を見てくれ」

 といって、セイルは地図を取り出す。その地図に、みんな群がる。俺も俺も。


「現在いる場所は街の北門、ここだな。ここから北東の方……ここだ。ここにゴブリンの巣がある」

 北門から右上の方に指でなぞる。いくつかの街道を跨いで、岩石地帯で指は止まった。


「……ミクラン森の中層」

 少しの畏怖の感情を込めて、呟く。セイルは俺を見て、頷いてから話す。


「そう、今回発見されたゴブリンの巣は、ミクラン森の中層部分に当たる。街道からは大きく離れて、魔力が濃くなるところ。魔法使いにとって、魔力が増えるということは魔法の威力向上に繋がるメリットのあることだが、その分周辺の魔物も強力なものになっていく」

「がははっ! 腕が鳴るなあ!」

「ん……」

「まあ、私たちは中層域に入ることはあるからね」

「え、そうなのか。俺は実は中層域にはまだ入ったことがないんだが」

 俺がそう言うと、みんなから信じられないものを見るような顔で見られた。


「え、なに?」

 という俺の疑問に、アルフィーが答える。


「あれだけ実力があるのに、中層域に入ったことがないとか、信っじられない! ……ってことよ」

「あの時は不意打ちだっただけだ」

「まあ、そりゃそうだけど……」


 その時、パンっという手を叩く音と共に、セイルが会話を止める。脱線しかけてた話を軌道修正か。リーダーらしいじゃないか。


「はいはい。ラードは中層に入ったことがないんだな? なら、主に出現する魔物を簡単に説明しよう」

「お、助かる」

「まずは、双角蜥蜴グ・グルリザードだな。こいつは……」


 説明を始めるセイル。聞き入るラード。他のメンバーは目を合わせて、しょうがないな、という風に、離れた場所で雑談を始めた。



 太陽は徐々に上に昇る。まだまだ一日は、始まったばかりだ。

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