仲間との出会い
「……」
暗い部屋。その中で唯一、窓から差し込む月光だけが強く自己主張していた。その強かな光に照らされたベッドを黒く塗りつぶすように、腰掛ける。
青空教室。結局、下級魔法を使う時でさえ自分の魔力は動かなかった。呪文に応えたのは、周囲の魔力のみ。
「ふう……」
そのまま、ベッドに横向きに倒れこむ。体勢を変えて、枕に頭を預けて仰向けに寝ると、月明かりが、星空が目に映る。
「……星、綺麗だな。日本じゃ、こんな澄んだ夜空見れなかった」
なんとなく、月が掴めそうな気がして右手を差し出す。手のひらを開いて、視覚から月を隠す。
けれど、星々は隠れない。手のひらに収まりきらないその小さな光たちは、その一番星は、存在を主張している。
「……」
やがて、右手を下ろす。月明かりが、顔を照らす。
明るい。けど、何故か、眠くなった。普段はカーテンを閉めるところを、今日はなんとなく、開けっ放しにして寝ることにした。
今は、安寧の時を受け入れた。
______
『魅てる?』
途方もない、海の中。水面は見えず。けれど、月明かりは上からここを照らしている。
照らされた海。その正面に、いた。それは、人の形をかたどったシルエット。彼女は、遠慮がちに聞いてきた。
「魅てる」
応える。すると、彼女はその場で震えた後、バンザイをするように両手を挙げ、その勢いに任せこの海を泳ぐ。上から下へ、下から上へ。縦横無尽にその感情を発露した。
彼女の動きで、海が揺れる。ここにあるものは、一つじゃない。何十も、何百も要素を含んだ、魔力。それが、混ざり合い、溶け合い、そして全体を揺らす。
それは、あの山の力。あの森の力。あそこに棲む生き物たちの力。
全てが、包んでくれている。彼女との邂逅を、見守ってくれている。どこか、童話の世界のような、曖昧だけど、優しい、そんな空気を感じる。
彼女は目の前で止まった。そして、近づいてくる。
彼女は、その手を伸ばし頬に触れてくる。そして、慈愛の声で、願った。
『なまえ おしえて』
以前は、聞き取れなかった、感じれなかった意思。今は、はっきりと、伝わってくる。やっと、応えられる。
名前。
「
『――――うれしい』
その手に触れる。暖かい。今は、ただ、それだけで――――。
______
「ん……」
朝。眩しいほどの日差しが、顔を照らしている。
まだ、頭が覚醒しきっていない。えーと、星空を見てて、そんでカーテン閉めずに寝て……右手が暖かくて……ん? なんか右手に感触が。
握ってみると、それはびくっと動いた。なんだろうこれ。細くて……暖かい。
疑問に思い、右を振り向くとオリちゃんがいた。ベッドの脇に立ち、そしてその右手は俺の右手と繋がっていた。
「――――ぇ、ぇと、おはよう。お兄ちゃん」
「……」
赤面する少女。三角頭巾、エプロン。つまり仕事着。窓から差し込む、日差し。満点の青空。つまり、寝坊。
熱いものに触れたときの反射の如く、オリちゃんと握り合っていた手を離す。
布団を跳ね飛ばし、その勢いのまま体を起こして、そして頭を下げ、両手をつける。フライング土下座。
「ごめんなさい許してくださいお願いします通報はやめてください許してください警察だけはどうか!!」
「えと……ごめんお兄ちゃん、ちょっと何言ってるか分かんない」
やべえ。オリちゃんからお許しが聞こえてこない。
土下座を維持する。これは、俺の誠心誠意。許しを貰うまで、続けるつもりだ。何故なら俺は、清廉潔白な少女の手をにぎにぎしてしまった大罪人なのだから。
「すいませんでしたッ!!!」
「も、もうやめてよお兄ちゃん。そのポーズ見てると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくるよ」
「そ、そうか……?」
お許しが出たので、土下座をやめる。土下座の文化はないのか。
……。冷静に考えると、何故あのような状況になっていたのだろう。疑問だ。
サンダルを履き、立ち上がって聞いてみる。
「あの、さっきのって……」
「お、お兄ちゃん! 朝ごはんできてるから! 冷めちゃうよ! ほら行こっ!」
「お、おう……その、あんまり押さないで……」
オリちゃんが背中に回りこみ、グイグイと背中を押してきた。たたらを踏みつつ、部屋からでる。
なんとも形容しがたい思いが胸に去来しているが、まあ、飯を食べるか。
オリちゃんと一緒に階段を下りる。彼女は俺の背中にぴったりとついていて、喋っていない。さっきのことをもう一回ちゃんと謝りたいんだが、表情すら見えない。
なんか申し訳ないことしたなぁ……。
階段を降り切ると、受付にいるヤグさんがこちらを見た。
「お、ラード。オリに起こされたのかい? 今日はお寝坊さんだね」
「おはようございます」
ヤグさんに挨拶すると、オリちゃんは何も言わずに、逃げるように受付の奥の扉に走って向かい、扉の奥に消えてしまった。
その様子を見てヤグさんが目を点にしたあと、こちらに振り返って聞いてきた。
「なんかあったの?」
「……多分、俺のせいかと」
「あんたの? ならいいや。はっはっは」
ヤグさんは何故か笑うが、俺は全く笑えないんだが。
なんてセンシティブなんだ、女の子ってのは。いや、俺もセンシティブだけど、めっちゃ今悲しいけど。
「さ、飯さっさと食っちまいな!」
「うす……今日のは?」
「暴れ鶏の卵を使ったベーコンエッグだよ」
「うまそう」
「うちの旦那が作ったもんだからね」
______
「あ、ラード!」
「ん……」
ギルドの中で、ラロさん以外に俺のことを呼ぶ奴なんていたか?
声がしたほうを向くと、彼だ。いつかどこかで見かけたようなことのある。遠い昔の記憶……今は無き忘却の彼方……。違った、忘れたんじゃない、忘れたいんだった。
「Eランクに上がったんだってな。おめでとう。それで……」
「人違いです」
最後まで聞く前に、ラロさんの受付へと向かう。さて、Eランクに上がったんだし、Eランクの依頼を受けてみるか。
「お、おい? 人違いじゃないだろ」
後ろからついてくる彼を無視する。
ラロさんの受付についた。机で書類と向き合っていて気づいていないので、声を掛ける。
「ラロさん」
「あ、ラードさん! ……と、この前の……」
「依頼見せてもらえるかな」
「あ、はい。その……後ろにいる方は……」
ラロさんが俺の背後に視線を向けている。ああ、クソ。対応しないとだめなのか……いやだなあ。朝から散々だ。
「なあ、ラード~無視しないでくれよ」
「……ああ、セイルか。今気がついたよ」
「嘘だ、絶対最初から気づいてただろ」
セイルは項垂れながら恨み言を言った。
セイル・ノクトー。ゴブリンの集団に襲われていたパーティのリーダーだ。あの日、街に帰った彼らはギルドに、俺に対しての言伝を頼んだ。内容は、パーティのお誘い。ソロに慣れてしまった俺は、拒否すると上から目線みたいに聞こえてしまって嫌だったので、Eランクに上がるまで待っててくれ、と返事をした。実質保留にしていたということだ。
そして彼は恐らく、毎日ギルドで聞いていたのだろう、俺の動向を。Eランクに上がった翌日に来るのだから。といっても、彼らと関係を持ってから2日しか経っていないが……。
セイルは項垂れていた顔を上げて、右の手のひらをこちらに向けて、説明するように話し始める。
「ラード、言っただろ? Eランクに上がったら俺らのパーティに入るって」
「なるほど……そう伝わっているのか。多分、ギルドの方で少し言葉の解釈が変わったんだろうな。俺はやんわりとお断りしたんだけど」
「ギルドは言伝を預かるときは一言一句間違いがないようにしてますよ」
「……えっと」
そういえばあの時、ラロさんは確認していた。俺の言葉を。
「嘘じゃないか」
責めるような視線を俺に向けるセイル。
伏兵。伏兵が存在していた。そういえば、ラロさんは何かあるたびに俺にパーティを組め、と常々言ってきた。まずい、1対2だ。戦略的撤退……不可。どうせまたこの状況になる。
黙り込む俺の悩みを察したのか、セイルが話す。
「なあ、ラード。お前が本当に嫌なら別に無理には誘わないよ。恩人に迷惑を掛けてちゃ世話ないしな」
「……別に、嫌じゃないんだ。お前らのことも嫌いって訳じゃない。ナーサさんともお近づきになりたいしな。尻尾がキューティー……」
「ん?」
「ラードさん、誰です? そのナーサさんって」
少し冷えた声でラロさんは言った。え、やだ怖い。
無視して続ける。藪から蛇、突く必要なし。
「ただ、今までソロでやってきたからソロに慣れちまってさ。俺がパーティに入ると迷惑になるんじゃないか、とか。俺が原因でパーティに不和が生じて崩壊とかになったら嫌じゃないか」
「なんだ、そんなことを気にしてたのか?」
そりゃ気にするだろう。だって、学校とかでいつものグループで話しているときに、いきなり知らないオタクが会話に参加してきたらヤバイだろ。想像する必要もないし、したくもないほど悲惨な状況だ。
しかし、オタクの事情も考慮して欲しい。オタクにも考えがあって話しかけたのだ。そのグループが話していたのは、自分の席周辺。トイレ休憩から帰ってきて、いざ席に座ろうと思ったら、彼らに自分の席を占領されているのだから、彼が自分の権利の主張の為に話しかけるのは仕方の無いことだろう。全くあいつら酷いぜ。話しかけたときのあの冷たい視線。
「あ、あの……その席俺のなんですけど……」「あ?」
「す、すみません……」
って感じだったな。泣きたかった。あ、これはオタクくんの話だ。俺の話ではない。
「お、おい? どうしたラード」
「……ああ、ごめん、ちょっと」
思考に耽っていた。まずいまずい。どうもふとした瞬間に思考に陥る癖があるな。気をつけないと。
そんな俺を落ち込んだと勘違いしたのか、励ますようにセイルは話す。
「ラード、大丈夫だ。俺らのパーティはみんなお前のことを歓迎するよ。ていうか、恩人を無碍に扱う奴がいたら、俺は絶対にそいつを許さない。そしたら、俺と一緒に抜けて新しいパーティを作ろう」
「せ、セイル……」
セイルは俺の肩に手を置いて、言う。その目立つ黄金色の髪と、紺碧の瞳が相まって、めちゃくちゃかっこよく見える。
いい奴かよ。これがリーダーか。カリスマってのはこういうことなんだな。俺には無い気質だ。
「冗談でもパーティ抜けるとか言うなよ……」
「ははは、もちろん冗談さ。でも、それぐらい感謝してるってことだ」
そこまでセイルに言わせたことが、どこか恥ずかしい。善行に抵抗はない。むしろ、この世界だからこそ、積極的にやっていたいと思う。けど、こう、正面から感情をぶつけられることに、まだ慣れていない。そう……嬉しい、と思う。
「ふぅー」
照れ隠しに、下を向く。少し考える。でも、答えはほぼ決まっている。
……決めた。
上を見上げ、セイルに告げる。
「……入るよ、パーティ」
そういうと、セイルは途端に肩を震わせる。そして、俺の両肩をがしっと掴んだ。目が輝いている。
「そうか!! ラード! 俺は嬉しいよ! お前が仲間になってくれたことがな!!」
「お、おう……ちょっと近いよ……」
「決定、ですね」
ラロさんが微笑みを浮かべて見ていた。
うん、やっと仲間ができましたよ、俺。
「こうしちゃおれん! お姉さん、パーティ申請書ください!」
「ふふ、もう用意してますよ。こちらです」
「そうか!! よし、どれどれ……」
セイルが受付で書類に記入していく。
それを見て、少し驚く。この世界の識字率はそんなに高くない。冒険者の中でも、文字を書けない人はそれなりにいる。まあ、書ける人もいるが。セイルはそっちの人間だったんだな。
そして、ラロさんの指示に、セイルがやたら元気よく答えながら記入していく様子を、俺は手持ち無沙汰で眺めていた。
______
「今日、いきなりで悪かったな」
「いや、気にしてない。それに、今日はたまたまギルドに行くのが遅くなってさ。普段どおりだったら多分会えてないぞ」
「おお……幸運だったんだな」
セイルと並んで歩く。今日入ったパーティで、依頼を受けていた。こんなに早いもんなんですかね……。
依頼内容は、護衛。ここラグラーガから王都シャバルに向かうキャラバンに同行する。
ただし、明後日だ。この依頼はかなり大型のもので、依頼自体は一週間前から貼られていた。道中の魔物の処理や、盗賊から依頼主を守る。護衛依頼は一人前と認められたE級から受けられる。マストで経験しておきたかった依頼だ。
依頼主はイレーヌ商会。ラロさんに軽く説明してもらった。
魔術関連の物を取り扱っている商会で、技術者も抱え込んでいる。魔道具などの加工品から、その材料に当たる魔石まで、幅広く着手しているらしい。
運ぶ商品は分からないが、恐らく魔石だろう。王都には国立魔術研究所が存在する。バラル王国の中で最大の研究所。そこで働く魔術師たちは、魔道の極みに一番近い存在だ。まあ、これだろうな。
その研究所なら俺の体のことが分かるだろうか。魔性体になったこの体。まあ別に異常がないなら放置していても変わらないか。目つけられるほうが怖い。
というわけで、明後日以降の予定が唐突に決まってしまった。遠征になる。どれぐらいかかるか全然分からん。まあ、未来のことはその時考えるとして……。
「そろそろだな」
「はあ……」
壁の外、セイルのパーティは先に外で待っているらしい。
「緊張してるのか?」
「当たり前だろおぉぉぉ……」
「……俺はこの後の依頼の方が緊張するけどな……」
「……わざわざ、受けなくてもよかったんじゃないか?」
護衛依頼には応募しただけ。まあ、募集人数が足りていないから通るだろうが、他にも、別の依頼を受けた。
それは、ミクラン森で最近発見されたゴブリンの巣の駆除。ソロで活動している冒険者が発見し、ギルドに報告された。ゴブリンの巣は放置していると、際限なく繁殖していく。その成長力はとんでもない。魔物とは理屈が通じる相手ではないのだ。積極的に狩るべき対象なのだ。
……ゴブリンの巣自体は珍しくない。例えば、岩の洞窟。他にも、木を切り開いて集落を作ったゴブリンたちもいた。
今回は岩の洞窟の中に作られている。地図で確認すると、以前、セイルたちが襲われていた場所に近い。間違いない。あの時のゴブリンたちだ。
「……あの時、俺は完全に取り乱していた。ラードが来なかったら、多分、皆死んでたよ」
「……」
誰だって、失敗はある。フィーヴさんが言っていた言葉だ。失敗し成長する。そして、いつかとんでもなく大きい選択を迫られることがあると。
セイルはあの時、その大きい選択を迫られていたんだと思う。例えば、足を怪我したアルフィーを置き去りにして逃げる選択。気力を失わず、全力で戦う選択。他にも、色々。あの一瞬で、唐突に迫られたのだ。
彼は、パニックになっていた。彼だけじゃない、パーティメンバー全員。だけど、彼はパーティの命運を預かるリーダーだ。彼だけは、冷静でなければならなかった。
そのことに、セイル自身気づいているんだろうな。そして、負い目を感じてる。
自分で不始末をつける、じゃないけど、きっと、何かの形で整理をつけたい……成長したいんじゃないか。
律儀な奴だ。
「……ま、頑張れよ。リーダーはお前だけど、パーティは何もリーダーだけの意思で動いてるんじゃない。俺もサポートするから」
ふふ。異世界だからこそ言えるこの臭いセリフ。今俺は澄ました顔で言っているが、内心めっちゃ恥ずかしいぜ!!
すると、セイルは俺の顔をまじまじと見る。なんだ、異世界でも流石に臭すぎたか。
「……ラードってさ、同い年ぐらいに見えるんだけど。身長も同じくらいだし。でも、なんか、大人びてる感じがするよ。いくつなんだ?」
違った。隠すことでもないので素直に答える。
「15」
「15!? 年下じゃないか」
「え、セイルって年上だったの」
俺が意外だ。この世界はやたらと顔の造形が整っているから、年齢とか見ただけじゃ分からん。顔の彫りが深いやつもいれば、オリちゃんみたいにぷにぷにのやつもいるし。個性が強くて覚えやすいからいいけどな。
「俺は17だよ」
「そんな変わらないじゃん」
「結構違うと思うぞー?」
ははは、と笑う。セイルとは、仲良くやれそうだ。
そうして笑いあいながら、彼らは門を通った。その光景は、どこから見ても、友人が並んで歩いている様子だった。
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