元宮廷魔術師と昇格試験
『ご用件をお伺いします』
石。石に、意思。なるほど。ゴーレムというのはダジャレから生まれたものだったのか。
玄関の前に仁王立ちする、意思の石。それは、この家を守るように、そこに存在している。頭の部分、目に当たる暗い部分から、紫色の双眸が浮かんでいる。
2mほどのそいつを見上げながら、ここに来た理由を言う。
「ギルドの依頼で来たんだけど……」
『承認。どうぞ中へ。主がお待ちです』
「できれば玄関先で渡してそのまま帰りたいんだけど……」
『主がお待ちです』
おい。このゴーレム、優先順位が主>客になってるじゃねえか。こういうのは普段は中立的か客の方を大事にして、ここぞという場面で主を庇って株を上げるところだろうが。
その石の巨人は道を空けるようにして、横へ退いた。選択権は俺にはないらしい。
意を決して、扉の縁を跨ぐ。
「……お邪魔します」
『こちらです』
ゴーレムは先導するように階段を上がっていく。幅、ぎりぎりだけど、大丈夫なのか。あ、壁に擦れて削れてるなここ。
ていうか、階段の一歩一歩がでかい。あのゴーレムの足のサイズを考えれば妥当か。
やがて登り終えると、石の壁で囲まれた、広々とした部屋に出た。立ち込める、鼻につく臭い。その部屋は、研究室というような様相で、地面には散乱した何かの器械や本。机の上にはフラスコの容器、中には緑色の液体。ガラスの大きい容器に入った、土と葉。そこには一見しただけでは判別できない虫が入っていた。
『主』
ゴーレムは、声を出す。それは、明らかに誰かに向けられたものだ。しかし、視界には誰も映っていない。
疑問に思いゴーレムの方を見ると、こちらを見ていた。え、俺?
すると、右足の方からうめき声が聞こえてきた。
「ぅぅぅぅ……」
「うひぇえ!?」
吃驚して、ゴーレムに抱きつく。あ、硬い。
『主、お客様です』
ゴーレムは奥にある窓に向かって歩きながら言う。そして、がららっと窓を開け放つ。冷たい空気が部屋に流れ込み、つんとするような臭いは、空気の入れ替えと共に消えていった。
冷たい空気が入り、刺激されたのか、地面に這っていた人が起き上がり始める。
「うぅ~さぶぃ。お客さん……?」
『はい』
「あ、うん。依頼のやつで……シュイロカブトの」
その人物は立ち上がり、こちらを見た。全体が照明に当たってくっきり見えるようになる。
茶色のコートに身を包む、男。ねずみ色の、ぼさぼさの長い髪を一本後ろで無造作にまとめている。目にはゴーグルをつけていて、その奥には弛んだシアンの瞳。無精ひげを生やしていて、全体的にだらしないという印象を持つ人物だった。
だが、そんな印象は間違いだとでもいうような、力強い空気を彼から感じる。
この人、強い魔力を持ってる。
その人物は柔和な笑みを浮かべ、手を握ってきた。
「そうか! 持って来てくれたか! いや~流石、冒険者は仕事が早いな!」
「はあ……どうも」
ぶんぶんと振られる手を目線で追いながら、曖昧に答える。
「よし。早速見せてくれ!」
「ああ、これです」
腰に下げた袋を外して、その人に渡す。袋を持ったとき、中身がうねうねしていた。
その人物は袋を受け取ると、近くのガラスケースに幼虫を次々と入れていく。
「ふむふむ……みな元気がいいな。ちゃんと8匹いるな……君、よく一日でこれだけ見つけてきたね?」
と問うてくるので、素直に答える。
「大体、カヅノーの木の中にいますよ。水気が多いところが好きなんで」
「そうか……なら霧吹きは多めにした方がいいかな」
「え、育成するんですか?」
聞くと、その人は、目を輝かせながらぐんぐんと近づいてきて、両手を使って力説をし始めた。
「ああ! 僕は興味があるものは何でも研究する性質でね! 最近、自然生物に関する文献を読んでいたんだが、シュイロカブトは、自分の体重の50倍はある相手を投げ飛ばすことができるんだ! その身体構造を解明して、その力の秘密を知りたい! もしその力が再現できるなら、他のことに応用できるとしたら、それはとんでもないことだと思わないかい!? 考えてごらんよ。人が、自分の何倍も大きい竜を投げ飛ばすんだ。これは一種の技術革命の第一歩に違いない! しかも、それだけじゃない! もっともっと他の事に応用できる! はあ、早く僕に研究させてくれよ、虫ちゃんたち~!」
「お、おう」
まあ、いいんじゃないか。好きにしたら。
「ところで……彼らはカヅノーの木を食べるのかい? てっきり、幼虫には腐葉土を与えていれば良いと思っていたよ」
「いや、問題ないと思いますよ。こいつらは腐葉土も食べます」
「そ、そうかい? 他に何か育てる上で気をつけた方がいいこととかあるかな。実は、シュイロカブトに目をつけたのが昨日でね。初めての育成なんだ。まあ、冒険者に聞いても分からないかな……」
「えーと、研究に使うんですよね? なら……成虫の角の大きさは、幼虫の時にどれだけ良質な餌を与えられたか、後は遺伝で決定するものなので、餌を絶やすようなことはしない方がいいと思います。後、育ってきたらケースを分けた方がいいですね。縄張り争いで、最悪の場合、死んでしまう個体が出てくるんです。分けた方が、安全ですね」
「ふむふむ……君、詳しいんだねぇ。前に育てた経験とかあるのかい?」
「まあ、似たようなものを」
前の世界でな。
「なるほど……助かったよ、ありがとう。っとと、自己紹介してなかったね。僕はスーバ・マジモラトラム。元々王宮に仕えていた魔術師さ」
「え!? 宮廷魔術師だったんですか!?」
俺が驚くと、豪快に笑った。そして、誇るように言う。
「そうは見えないだろう?」
「ええ……、まあ、はい」
確かに見た目はそうだけど……この人が纏う圧の強さは、今まで見てきた冒険者たちとは一線を画している。
「退屈な日々だったからね。お金が貯まったから辞職して、ここ、ラグラーガに来たんだ」
……へえ、宮廷魔術師って辞められるものなんだ。王宮の秘密とか握った人を野放しにしていいもんかね。
そう思っていることが顔に出ていたのか、スーバさんは説明してくれた。
「契約魔法さ。秘密を守るって、『裁神ルール』に誓うんだ。もし違えたら、裁神ルールが裁きを下す。それは、魔力を使えなくなるとか、精霊に見放されるとか、あるいは天の雷がその者に降りかかるとか。僕の場合は、そもそも自律魔法で王宮のことは喋らないようにしてあるから関係ないけどね」
「へえ……」
契約魔法、か。無秩序が横行するこの世界での、絶対的な秩序ってところだな。便利であると共に、それは絶対的であるから、毒にもなり得る……。
「悪い使い方ばかり思いつく魔法だな」
「まあ確かにそういう側面はあるかもね。でも、魔法は使い手の意思によって、その性質を変えるから。正義にも悪にもなる。結局のところ、その人次第なんだよ」
悪い使い方しか思いつかない俺が性悪にしか見えなくなるだろうがやめろ。
……まあ、奴隷とかにも使われてるんだろうな、契約魔法。商売に使いやすそうだし。もし女の子に、なんでもしてあげるって言われたら、真っ先に契約魔法使うしな、俺。あ、備えておくべきかもしれない。その時に。契約魔法教えてもらおうかな。
「ははは。これでさっき育成について教えてもらったことのお返しができたかな?」
「はい、ありがとうございます。これで女の子に好き勝手して見せます」
「君はそんなことやらないだろう~」
うりうりと指で肩を突いてくる。なんか、面倒くさい親戚のおじさん感が拭えないが、悪くない。楽しい。
すると、スーバさんは何でもない風に言った。
「君、名前は?」
……今まで、名前を隠してきた。正体を隠してきた。人との関係を断ってきた。それは仕方のないことだったけれど、やっぱり孤独感はあった。
ジジイはめったに会わないし、宿の家族も朝と夜だけ。今まで、日中はずっと一人森で狩りをしていた。孤独には慣れていたつもりだったけど。やっぱり、どこか辛かった。
でも、最近は、少しずつ、認めてもらえている。この世界に、馴染めてきている。
そんなことを、今、スーバさんの言葉を聞いて実感した。
「……ラード。ラード・アルヴェスタです」
すると、スーバさんは噛み締めるようにうんうんと頭を振りながら、言う。
「ラードくん、ね。いい名前じゃないか。うーん、どうだろう。今回の依頼のお礼として、何かしてあげたいんだが……想像よりも2日早く終わったからね。暇なんだよ。何かできることはないかな? これでも、僕は宮廷魔術師だからね。結構やれることはあるよ」
お礼、か。今日二回目だな。別になんか欲しいものとかないしな……あ、なら、あれがあった。
「なら、ちょっと見てほしいものがあるんですけど……」
「ふんふん………………」
それを話すと、スーバさんは快活に笑いながら答えてくれた。
「いいよ! 実にらしいお礼だね!」
______
翌日。俺は朝早くに、ギルドを訪れた。
「あ、ラードさん。早いですね」
「ラロさん……まあ、はい。なんか緊張しちゃって」
「ふふっ。受験者の中で緊張しているのはラードさんだけかもですね」
「いやいや……そんなメンタル狂人ばっかじゃないでしょ冒険者……」
ギルドの修練場。少し砂っぽい床、線引きされた場所。普段は、剣やら弓やら魔法やら、冒険者が各々スキルアップするための場所。今日に限っては、試験。
試験場を見ていると、近づいてくる人がいた。その人は俺を見て、話しかけてきた。
「お、新人。お前も受けるのか」
「あ、はい。今日はよろしくお願いします」
「ははは! 俺は礼儀正しい奴は嫌いじゃない! まあ、あまり緊張するなよ。普段の力が出ないと、試験の意味がないからな」
はははっと笑いながら去っていった。あの人が試験官か。髪の毛長くてチャラそうだな。ピアスしてるし。危なくない? 後、金髪に染めてるし。あ、この世界では色があるのがデフォだったわ。地毛だわ。
そんな彼の後ろ姿を眺めていると、ラロさんが説明してくれる。
「彼は現役のB級冒険者です。『疾風』という異名を持っていて、実力も折り紙つき。素早い剣術と、最小限の身のこなしで、とにかく無駄なく獲物を狩るのが得意だとか。名をフィーヴ。今日は彼に揉まれる日ですね」
チャラいとか言ってすみませんでした先輩。『疾風』という異名だけで負けれる。
ていうか、ラロさん解説似合うね。
「はあ……絶対ぼこぼこにされる……」
「安心してくださいラードさん。今日の受験者全員ぼこぼこにされる日ですから!」
サムズアップするラロさん。安心できる要素が何一つないんだけど。
「あ、最後の受験者が来たみたいですよ。じゃあ、ラードさん。頑張ってくださいね!」
「泣きそう」
「泣く日ですよ」
無慈悲か。
______
「じゃあ、お前ら! 俺様が今日試験官を務めるフィーヴだ! 番号順に立ち会うから、一番目の奴は上がって来い! 他の奴は適当にそこらへんに座ってな!」
それでいいのか。
俺の番号は12番目だ。最後の最後、トリ。試験が終わった奴はすぐに退出するらしいので、誰にも見られずに済むという点ではラッキー。人に見られると緊張するもんね。
まあ……。
「ひひひっ。新人をボコすのは楽しいんだよなぁ……っ!」
あの人と純粋に1対1になるのも嫌なんだけど。あれ、冗談だよね? あ、でも、あの悪い顔見た感じ、半分ぐらい本気かもしれない。
すると、俺の隣にいた猫獣人……トラかな? ライオンかも。その13歳程度の少年が急に立ち上がった。
「おいっ! 試験官だかなんだかしらねえけど、俺は弱っちいやつに従う気はねえ! 俺と勝負しろ!」
続いて、他の受験者も立ち上がる。
「そうだそうだ! 試験だかなんだかしらねえが、偉そうにしてんじゃねえぞ!!」
おお、言うな。
すると、フィーヴさんはその獣人の少年を見て、玩具を見つけた子供のような顔をした。舌なめずりまでしている。ああ、展開が読めるな……俺は黙っておこう。沈黙の体育座りだ。
「へえ、そうか。おいガキ。いいぜ、お前からやろう。上がってこいよ」
「オレはガキじゃねえ!!」
怒った様子で舞台に上がっていく少年。一番の魔法使いの女の子が戸惑って、涙目で周囲を見渡している。目が合ったので、下がった方がいいぞ、と手と目で合図する。女の子は隅っこの方に移動していった。
さて……彼らは……
「ママのおっぱいがお似合いの顔してるけどなぁ~?」
「てめえ……舐めやがって!!」
なんであんなに煽ってんだあの人。絶対分かっててやってるだろ。
すると、獣人の少年は二本足を踏みしめる。筋肉が隆起しているのが分かる。
これは、始まるな。
「ぶっ殺してやる!!」
開戦の合図だ。
獣人の少年が、足の力を解放する。地面に窪みを作り、砂埃が舞うその踏み出しは、見事、としか感想が出ない。実際、周りの冒険者からおおっ、という声が聞こえてきた。
しかし、正面の人物は、ただただ少年を嘲笑っていた。
俺は確信する。少年の敗北を。ああ、目を瞑りてえなあ……。
少年はその勢いのまま宙に飛び、木刀が真っ直ぐとフィーヴさんの胸元に振り下ろした。ただの真正面からの突進。だが、その速度はとてつもなく速い。普通の人なら、反応が追いつかずにそのまま斬られてしまうかもしれない。
だが、瞬間、試験官のフィーヴさんは体を捻る。それは、片足を軸に半歩だけ下がるという最小限の動き。たったそれだけの動きで、少年の全身全霊の攻撃は、無に帰す。
「なっ!?」
フィーヴさんは、最小限の動きで少年を躱した。余裕がある。対して、少年は宙に飛び、全身全霊の攻撃をした。無防備。致命的な、隙。
悪い顔をした試験官は、空中の少年の背中に手を当て、落下の勢いと共に、地面に叩きつけた。
「――がはっ」
叩きつけられた少年の、悲鳴と同時に喉を通る呼吸音。砂埃が、少し舞った。
「合格」
めちゃくちゃ良い顔をしたフィーヴさん。さっぱりしてる。こええ。あの一瞬で攻撃を見切って、その運動エネルギーを利用しやがった。ていうか少年死んでない? 大丈夫?
すると、少年がうつ伏せの状態から仰向けに転がって、フィーヴさんを見た。嗚咽をしながら、喋りだす。
「――がふっ、ぐっ! くっ、クソッ! 全然、かなわ、敵わなかった! ちくしょう!!」
お、おいおい。泣いちゃったぞ。どうすんだよ。やーい、フィーヴが泣かした~。
「……悔しいか?」
「う、うぅぁっ! えぐ、あ、ああ、くや、悔しい!!」
すると、フィーヴさんは、澄ました顔で周りを見渡す。受験者全員を見て、そして、少年を見て、宣言するように言った。
「悔しい、そう思え」
「え?」「ど、どういう意味だ……?」
周りの疑問に答えるように、フィーヴさんは続ける。
「いいか、悔しさは恥ずかしいものじゃない。冒険者は、常に失敗する生き物だ。依頼の対象を間違えたり、宿代が払えなくなったり。女に全財産持って逃げられたり、強い敵が現れて、負けることもある。その途中で、もしかしたら、かけがえのない仲間を失ってしまうかもしれない」
「……」
少年も、周りの冒険者も、聞き入っている。
「悔しむことで、失敗から力が生まれる。成長できる。いいか、成長を止めるな。後悔をし続けろ。どうしようもない失敗をして、挫けそうになっても、死にたくなっても、それを踏み台にして前に進め。そうして成長して、いつか大きな選択を迫られる瞬間がくる。その時だ、その時だけでいい。……成功できるようになれ。かつての失敗を全て乗り越えて、成功しろ! それが、冒険者なんだからな!」
そういって、フィーヴさんは少年に手を差し伸べた。少年は、もう泣いていなかった。涙は流れているけど、もう、泣いていない。
「ガキ、まだまだ成長の途中だ。これからだ」
「オレはガキじゃねえ!」
「ははは、そうかもな」
そういって、フィーヴさんは近くのギルド員から、カードのようなものを受け取り、それを少年に差し出す。
「おめでとう、冒険者」
「……ありがとう」
それを受け取った少年は一礼をして、修練場から去っていった。
恐らく、Eランク冒険者の証。ギルドカードとでも呼ぶべきだろうか。Eランクからは正式な証が貰えるんだな。
「さあ! 試験の続きだ!」
と、清々しい顔で言うフィーヴさん。まるで、正しい行いをした勇者のような顔をしている。
いや、なんかいい感じにまとめてるけど、あんたがやったことって年下煽ってからぼこって説教たれただけなんだけど……。
______
「さーて残り一人かぁ……楽しい時間はあっという間だな?」
「俺はだんだんと首を絞められていくような感覚だったので、かなり長く感じましたけどね」
「おいおい、この俺様が試験するんだぜ? 他の奴らは俺相手に力試しできるのが嬉しそうだったけどなぁ?」
「いやあんたのやってること端から見たら中々に気分下がりますよ」
「そういや、俺が演説してるときもお前は辛気臭え顔してたな。他の奴は英雄を見るかのような羨望の眼差しで俺のことを見てたってのに」
軽口の叩きあい。その間にも、俺の体から吹き出る嫌な汗は止まらない。
(ボコられるのが確定してるのにテンション上がってたあいつら、確かにメンタル狂人だったぜ……)
剣士はボコボコ。弓使いは撃っても矢を切り落とされるか躱される。ついでにプライドが折れる。一人だけいた魔法使いの女の子は凄かったな。土魔法で体制を崩したあと、氷魔法を速射した。全部木刀で防がれてたけど。
……思い返したら、後衛職の奴らボコられてねえじゃん。マジかよ。実は俺も弩持ってるんだよね。実質後衛職じゃね? 無理か。無理だな。
弩を見て考えてたら、フィーヴさんが話しかけてきた。
「お前さ、冒険したことある?」
「え? どういう意味ですか」
「自ら危険に飛び込んだことはあるかってことだよ」
「……自らは、一回だけ」
思い返せば、こう、危険が俺に飛び込んでくることはあっても、自分から危険に飛び込んだのはセイル達を助けたときだけかもしれない。
「ふーん……じゃあさ。人助けとか、そういう事情一切抜きにして、冒険したことってあるか?」
「ないですね」
ないな。第一に、安全。そう心がけて日々生きているから。ベルラビットに手を出したことはあったが、アレはほとんど無知によるものだ。
「ああ、だからびびってんだよ、今。冒険したことないから、強敵に立ち向かう恐怖が拭えない」
「……」
確かに、そうかもしれない。でも、それが悪いことだとは、思えない。
そう考えてるのが伝わったのか、語り口調になって話し始めた。
「あの俺の演説、案外間違ってないぜ。失敗から成長する。それは事実だ。お前は受動的に冒険して失敗したことはあるかもしれないけど、能動的に失敗したことはない。でも、いつか来る。絶対に、でっかい選択がな。その時、お前が今のままだと、取り返しのつかないことになるぜ」
これが、この世界を生きてきた、先駆者の言葉。それは、今までの俺と真反対の方向に突っ切った考え方だと思った。
でも、それは納得できる。正しいと思える。
ここが、俺が成長できる転換点なのかもしれない。
「……そう、ですね。確かに、俺は逃げ腰だったかもしれない」
「ま、そういう失敗をするためにこの試験があるんだ。だから、全部搾り出して、お前の全てをどーんとぶつけてきやがれ、後輩」
「なんか、かっこいいですね先輩」
「俺様は最初からかっこよかっただろ!?」
木刀を構える。フィーヴさんも、ニヤッとした後に、片手で弄ぶようにして木刀を持ち上げた。
隙なんか見つからない。相手の攻撃は、速すぎて防御できない。なら、持ってる俺の攻撃手段全部搾り出して、全力でぶつかる。
足に力を入れる。木刀を逆手に、柄の先端部分を持つ。体制を整える。弩のセットもよし。
イメージする。踏み出して、一歩、二歩。取るべき行動を、シュミレーションする。そして、脳に叩き込む。それが完成したときの図を、光景を。
準備、できた。
「いきます、先輩」
「こいよ、後輩」
駆ける。
一歩。フィーヴさんは動かない。予想通り。
二歩目。左腕を前に向け、弩に右手を添える。木刀を逆手に持っているから、邪魔にならない。
三歩目、射出。フィーヴさんが木刀を下に構えた。上に向かって切り上げるつもりだろう。予想通り。
四歩目、踏みしめる。射出のタイミングで少しバランスが崩れた体勢を、左手で地面に触れて戻す。その時、握る。矢はまだ届いていない。だが、フィーヴさんの目前に迫っている。
ここからが、勝負だ。
五、六歩目、全力で距離を詰める。フィーヴさんは矢を切り上げた。もちろん、当たるとは思っていなかった。そのまま木刀を振り上げたまま、迎え撃つ気だ。
七歩目、目前。フィーヴさんの木刀の範囲ぎりぎり。俺が圏内に入るのを今か今かと待っている。
そこを、狙う。
左手で握っていた修練場の砂を顔に向かって投げる。フィーヴさんの顔が、驚きに染まる。よし、相手が予想外なこと、予想通り。シミュレーション通りだ。
砂がフィーヴさんの顔にかかる。
(視覚を消した。そしたら、上に振り上げた木刀をそのまま振り下ろしてくるはず!)
体を瞬時に左側へ逸らす。すると、右肩の布に、とんでもない速さの木刀がかすった。動いてなかったら、ノックアウトしてた。目で捉えられなかった。予想通りで、安堵する。
そして、低姿勢を保ったまま、右手を、逆手の木刀を全力でその腹へと、滑り込ませる。
世界が、スローモーションになる。
ゆっくりと、入っていく。20cm。もう少し。1秒にも満たない間に、決着は、つく。
殺せる。
「――――合格だ」
その声に、意識が戻ってくる。
同時に、右の横っ腹に、衝撃が来た。足、だ。刺さるような、その鋭い攻撃が、腹の肉を無視して、内蔵にまでその衝撃を伝えた。
「――――」
全力で攻撃の姿勢を取っていた俺は、呆気なくその衝撃の方向へ、流れる。そして、修練場の壁まで、吹っ飛ぶ。背中から、ぶつかる。
「――っげぉ」
痛い。
(いってえええええええぇぇぇえええええええええ!!!)
呼吸。空気がいくつか体から抜ける。痛い。ああくっそいってぇ。
「――はあっ! はぁ……はぁ……」
「中々どうして、やるじゃねえの」
「はぁ……ぜぇ、はぁ、ぜ……絶対最後……はぁ……手加減できた、でしょ……はぁ」
「わりぃ。結構いい攻撃だったから、余裕なくってな」
「はぁ……がぁぁああ、いってえクソ……はぁ……体に、支障出てたら、はぁ、しばらく養ってくださいよ……」
「おう! 任せろ!」
めちゃくちゃいい笑顔でサムズアップする。ああ、この人が、何故かっこよく見えたのだ、過去の俺よ。
フィーヴさんは出入り口のギルド員のところまで行くと、カードを貰ってきた。
ああ、合格か。ていうか落ちた人、一人もいないじゃん。通過儀礼ってそういうことか、ラロさん。カード事前に用意してるのも頷けるわ。
まだ起き上がれずに修練場の壁に寄りかかっている俺の視界に、カードが映る。Eランク冒険者、ラード・アルヴェスタ。多分、そう書かれている。
見上げると、相変わらず澄ました笑顔で見下しているそいつがいた。
「はいよ、後輩冒険者くん」
「……痛いんですけど、先輩冒険者さん」
カードを受け取る。これで、Eランクか。めちゃめちゃきつかったな。Dランク昇格の時はどうなっちゃうのかしら……私、心配だわ。
「じゃ、俺様は先に失礼するぜ。いやー悪かったな後輩くん。でも、お前の全部、良かったぜ」
「……中途半端にかっこいいんだから」
「なはははは!!!」
彼は笑いながら去った。飄々としているのに、どこか生真面目で、尊敬してしまう、そんな先輩。
完敗だ。全然、予想通りなんかじゃねえよ、先輩さんよ。
「あー悔しい!」
一人、修練場で叫んだ。
______
「あ、フィーヴさん! 試験官ありがとうございました」
「いやいや、いいって。後輩の面倒見るのは先輩の役目だしな。それに、新人をぼこぼこにするのは最高に楽しいからな!」
「ははは……あ、そうだ」
ラロは手元の書類の中から一枚の紙を引っ張り出す。それは、受験者リストだった。
「フィーヴさんから見て、どうでした? 全員の評価が聞きたいです」
「いいよー。でも、みんな普通に上出来だったぜ。基礎とかの技術の前に、全員が冒険者としての気概を持っていた」
「そうなんですか?」
「まあ、ただ、あえてだな、あえて今回の新人の中でよかった奴らをあげるとすれば……この3人だな」
「ふむふむ……って、ラードさん!?」
「ほお、ラードっていうのか。まあそれは置いといて、まずはこの虎獣人だな。剣士としての腕はまだ未熟だが、既に獣人としての体の使い方が分かってる。反骨精神もあるし、磨けば実力とカリスマ性を兼ね備えたリーダーになり得る。こっちの魔法使いの女の子は、もう魔法使いとしての知識と技術を持ってる。ただ、少し意志が弱いな。心強い仲間ができれば、その才能を遺憾なく発揮するだろう」
「なるほど……して、ラードさんは? ラードさんはどうなんです?」
顔をフィーヴに近づけるラロ。かなり近い。そんなラロの様子に若干赤面しながらフィーヴは答えた。
「お、落ち着けよ……その後輩くんは、うーん、難しいんだよな……」
「どうなんですか!」
フィーヴは考える素振りをしていたが、やがて話し始めた。
「一番星、だな」
「一番星……ですか?」
「ああ。まず、戦闘のセンスがある。そんで、物事を冷静に判断し、その判断を生かせる頭脳と技術を持ってる。加えて、吸収力もいい。だがな、そんなもんじゃねえ。そんなもんじゃ、計れねえ。奴の土壇場での、極まった集中力、そして……圧倒的な、存在感……思い出すだけでも、興奮しちまうぜ」
フィーヴの目つきが変わる。
「え……?」
それは、玩具で遊ぶような、優しいものではない。
敵対心。フィーヴの目には、確かにそんな感情が宿っていた。
「野郎、俺様に本気を出させやがった」
「どういうことですか……?」
「……将来が楽しみってことだよ」
フィーヴはラロの頭を撫でる。それは、ごまかすように強引で、ラロの髪型が乱れる。
「ちょ、フィーヴさん!」
「なははははは!!!」
フィーヴは去る。まだお昼なのだ。仕事の時間は、たっぷりある。
彼は、今日も冒険にでる。
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