一期一会?
森の中、開かれた広場のような場所。倒木に腰掛けるアルフィーと、その前で屈み、足の傷の様子を見るその人を、俺らは眺めている。
「うっ……」
「矢を抜くぞ」
返事を聞く前に、その人はアルフィーの矢を引き抜いた。
「――っ!」
「ちょ、そんな雑に……!」
「強いな。よく泣かずに耐えた」
止める間もなく、その人はアルフィーの足に触れて、傷の具合を確かめている。
任せていいのだろうか。ナーサとドイルに視線を向けると、任せていい、という風に首肯した。なら、任せよう。
その人は、腰から水筒と袋を出した。そして、袋の中からイラジク草とノーモス草を取り出した。水筒のふたの部分に水を入れ、そこの上で、それらの薬草を握り締める。
薬草から漏れ出る汁が、ぽたぽたと手を伝って水に落ちる。やがて、しなしなとなった薬草を放り投げ、その水をアルフィーの足から傷口に流した。
「うぅ!」
「あ、すまん。しみるって先に言えばよかった」
「ふざけないでよっ! ああ痛いよもおおお!」
「声で痛みが和らぐなら好きなだけ叫んでくれ……といいたいところだが、ゴブリンが怖いからな。少し抑え目にな」
「この鬼畜!」
「ははは」
その人はもう一個イラジク草を取り出して、葉を切り取ってアルフィーの足へ巻いていく。その手際は経験者のものだった。
それで、治療は終わったようだ。その人は、立ち上がって言う。
「まあ、応急処置だ。街に戻ったら……この怪我なら、医師だな。診療所に見せに行ったほうがいい。俺は専門的なことは分からんからな。しかし、毒が塗られてなくてよかったな」
「あ、ありがとう。本当に助かったよ。俺の名はセイル。どうお礼をしたら……」
大きな借りができてしまった。正しく、命の恩人だ。この対価は、金貨10枚でも足りない。
「あー……やっぱ覚えてないみたいだな。これでどうだ?」
といって、その人はフードを深く被った。こんな黒髪で存在感のある人を忘れるはずがないが……と思って見ていたら、すぐに思いついた。
「あ、ああ! パーティに誘った……っ!」
「そうそう」
その人は、急に背を向けて歩き始めた。
え、どうしたんだ。まさか、去る気か。まだ大したお礼もできてないのに……!
呼び止めようとしたら、いきなり短剣を取り出して、近くの木を掘り始めた。
「え……その、何をやっているんだ?」
「これか? 依頼でな。シュイロカブトの幼虫を取ってこいとかいうやつで……お、いたいた。3匹か。やっぱカヅノーの木みたいな水分量が多いところが好きみたいだな……この受け皿みたいな葉っぱがきっと貯水的な役割を……」
「……」
彼は完全に、自分の世界に入ってしまった。
「変わってるわね」「うん……」「ああ。頼もしい奴だ」
「恩人に対してそんな態度をとるなよ……」
パーティメンバーを宥める。事実だが、失礼だ。
その人が現実に戻ってくるまで、ずっと見守っていた。
______
「なあ、本当にいいのか? なにか俺たちにできることはないかな」
「ああ、気にするな。見かけたから助けただけだ。あ、なら今度俺が死に掛けてたら助けてくれ」
「分かった。絶対に助ける。命に代えても」
「俺ごときに命捨てるなよな……」
そうぼやくと、彼は苦笑した。
お礼って言ったってなぁ……本当に思いつかないし。せいぜいその弓使いの猫獣人の女の子の尻尾が触りたいってくらいだ。これを言ったら引かれるのは分かる。分別くらいあるさ。喉が張り裂けるぐらい叫びだしたいけど、我慢するさ。ああ、触りてえモフモフ。クソ。やっぱ言おうかな? 先っちょだけならオーケーじゃね?
決心が揺らぎそうになっていると、彼らは動き始めた。
アルフィーさんの怪我の治療の為に、街に戻るのだ。ああ、ナーサさんの尻尾が魅惑的に揺れてるよぉ……ふぇぇ……。
「じゃあ、本当にありがとう」
「ああ」
意識してきりっとした顔を保つ。油断すると涎がたれそうだ。ナーサさんの尻尾の揺れにあわせて顔が左右に動いてしまう。
「街で会ったら、飯を奢らせてくれ」
「ああ」
くそ。ナーサさんがこっちを向いたせいで尻尾が見えねえ。あ、でも耳が、耳の内側が見えてますぅぅぅぅぅぅ。
「また会おう」
「ああ」
「ありがとう」「……助かった」「また隣に立ちたいものだな! ははは!」
あ、ナーサちゃんが後ろを向いた。はぁはぁ、はすはす。可愛いなあ。人から尻尾が生えてるだけでこんなに癒されるなんて、全人類に尻尾を生やしたほうがいいんじゃないか? あ、でも男に尻尾が生えても萎えるだけだ……。
そうして、見えなくなるまで彼らを見送った。
一つ、気づいたことがある。
あれ、俺ってガデルさんに入街手続きしてもらったんだし、顔隠す必要ないじゃんね。口調も、もう戻していいんじゃね?
朝、マールさん相手に顔隠したんだよなぁ……変に思われてなきゃいいけど。
______
横行闊歩の如し。その
だが、そんな
それは、時々現れるねばねばとした液体の塊。己の縄張りを、何の気なしに徘徊する、そいつ。
今、己はそいつと戦っている。何度も角を体に突き刺しても、そいつは倒れない。ならば、と噛み付くと、口の中に走る、焼けるような感覚。
すぐに離れ、角を振り回す。威嚇だ。
だが、そいつはびくともしない。本当に厄介な奴だ。どうやってここから退かせよう。
森で相対する、二者。
その黒い影から伸びた銀色の剣光は、真っ直ぐと、この縄張りの主の胸元へと吸い込まれた。そして、それを勢いよく引き抜き、今度は水色の液体に向かって、差し出――さなかった。
その人物は剣を鞘に収め、懐から小瓶を取り出した。それを、スライムへ押し当て、体の一部を瓶の中に詰め込む。
「ふう……」
彼の、この森での目的が、終わった。
______
「……はい。こちらが報酬です」
「おお」
依頼を全部こなすと、合計で銀貨1枚と銅貨47枚になった。これに討伐証分を足すと、銀貨2枚と銅貨3枚。
めっちゃ疲れたけど、やべえな。一日でこんなに稼いでいいの? 止まり木の宿の割引もう止めてもらおうかしら……。
「ラードさん」
「え? はい」
「顔隠すの止めたんですね」
ああ。そのこと。
「はい。今まですみませんでした。実はギルドに来たばっかの時、色々事情があって不正入街してて。顔を知られたくなかったんですよね」
「ああ、その話はガイナさんに聞いてますよ」
ふふっと笑うラロさん。え? 聞いてたの? あ、そっすか。でも今までそういう個人的な話を交わしてなかったしな。余裕なかったし。俺が悪いな。
「その、失礼だったよな……」
「気にしてませんから。あ、そういえば、とあるパーティから言伝を預かってますよ。ええっと……セイル・ノクトーさんですね」
本当に気にしてないなこの人。ありがたい……聖人か? この世界、聖人と悪人で極端すぎるだろ。それはそれとして……セイル、彼か。あのパーティのリーダー。
「なんて言ってました?」
「良かったらパーティに入らないか、だそうです。わあ、彼らE級の冒険者じゃないですか。チャンスですよ、ラードさん」
「あ、お断りしますぅ……」
「ええ!? な、なんで」
あ、反射的に人との交流を断とうとしてしまった。まあ、理由はある。
「なんか、今までソロでやってきたから、一人の方が気楽っていうか……」
「絶対もったいないですよ! 考えましょう、ラードさん。一緒に」
「いや、ラロさん、俺が頷くまで洗脳するだけでしょ……」
「そうですけど!?」
壊れてるぞー。この人最近よく壊れるな。見た目と雰囲気はお姉さんなんだが、特に眼鏡とその奥に光る翠色の瞳が美しいんだが、いかんせん故障しやすいな。問題点だぞ。ト〇セツなら歌詞にかかれてる。
「じゃあ、保留にしておいて貰えませんかね。いや、なんか偉そうだな……どうしよう。あ、E級に上がるまで待っててください的な」
「うーん、保留ですか。まあ、いいでしょう」
納得していただけたみたいだ。しかしギルド員ってここまで介入してくるもんなのか? 俺としちゃありがたいが。
「E級に上がるまで待っててください……でいいですか?」
「え? あ、はい」
そんな確認が必要な場面だったか? まあ、いいが。
「あ、それと、報酬金は払いましたけど、ちゃんとシュイロカブトの幼虫、届けるんですよ。明日までに届けないと違約扱いになってしまうので」
「はい。えっと、ここから結構近いんですよね」
「そうですね……ここから西の広場までいって右に曲がってすぐですね」
と、地図を出して説明してくれる。近いな。歩いて5分程度。この距離なら幼虫の委託もギルドがやってくれていいんじゃないですかね……。
「まあ、行ってきます」
「はい。受け渡した後の報告は大丈夫です。お疲れ様でした!」
笑顔だ。笑顔っていいな。この世界は美しい人が多い。余計に笑顔が輝いてやがるぜ。
そういえば、俺って笑ったことあったっけな……。
「ありがとうございます、ラロさん」
といって、笑った。
ああ、なんだか恥ずかしいので、さっさとギルドから出よう。あかん。やっちまったな。慣れないことをするもんじゃない。慣れないことをするといつも失敗する。ああ、きっとラロさんは、「なんだこいついきなり笑いやがってきっしょw」とか思ってるに違いない。いや、あの人聖人だから案外何も感じていないかも。それであることを祈ろう。
脳内反省会をしながら立ち去るラード。それを見送る受付嬢の顔は、笑顔のまま固まっていた。
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