解決後の安寧
白い息を吐く。外気に霧散していくそれは、なんの感傷もない。そんな存在に勝手に儚さを感じ、風情に浸っている気分になっている。
冬。冬が来ている。近づいてきて、目と鼻の先にある。以前の世界では、しづり雪を見るだけで、心が動いたものだ。景色が塗り変わる様子に、感嘆した。
こちらの世界での冬は、どういったものになるだろう。
未来に想いを馳せている。
しかしこれは現実逃避に過ぎない。そう、今、俺の目の前で、涙を目一杯に浮かべて、両手で服を掴んで、下を向いたままの……彼女に対して、どういった言葉をかけていいか分からない。ただそれだけのことで、現実から逃亡し、未来を幻視していたわけだ。
「――おにぃ」
「……」
彼女は、まだ俺のことをそう呼んでくれるらしい。思えば、この子は自分と触れ合っているとき、ほとんど涙を流していた気がする。
何をするでもない、空気に触れるだけの両手が、全く動いてくれない。
「おにぃ」
「……」
彼女は近づいてくる。両手で服を掴むのをやめて、上を向いて――俺と目を合わせて。しかし、彼女がした経験、俺がやってしまったこと。それら全て、きっと、恐怖の感情というフィルターを通してしか認識できないはずだ。
小さい子に、小さなこの瞳に、あの光景はどう映ったのか。想像に難くない。
それでも、この子はこうして目を合わせてくれる。その藍色の宝石のように美しい瞳でもって、俺を認識してくれている。
それなら、それならば。
「おにぃ!」
「――――ミーちゃん。遅れてごめん」
自分から彼女を抱き寄せる。彼女は両手で抱き返してくれた。胸の中で、泣き声が響いた。その声が、彼女のものなのか、自分のものなのか、そんなのは些細なことだろう。
彼女が元気なら。
______
「ラードくん……っ!」
「ちょ、ロノーさん、子どもたちの前ですよ」
「私は、君を頼ってしまった……! 取り乱してしまった。もっと他にやりようがあったはずなのに……すまない!」
「いや……はは」
おじさんの抱擁なんざ全くもって要らないだが、ロノーさんは嫌じゃないな。
息を吸う。彼に非はない。俺も、後悔なんて死ぬほどした。なら、きっと、誰も……だから、宣言してやるのだ。俺は、冒険者なんだから。
「依頼ですから」
「――ラードくん」
ロノーさんは、肩を震わせながら言う。
「本当に……ありがとう」
「ありがとなーにいちゃん!」「にぃにぃ、またきて」
全く、これだけで救われるんだから、人間って奴は単純にできてやがる。
______
依頼の報酬の金貨の4分の3…36枚をロノーさんに押し付けて、帰路についている。
ロノーさんはもちろん拒否していたが、実際問題、あの事件が起きたのは俺の能力不足によるところが大きい。それに、経営に少し苦しんでいたようだし、あれぐらいはしないと、かっこつけられない。
「しかし、恐ろしいのは……『銀貨2枚、報酬から差し引いておきます。本来ならもう少し貰っていくところですが、私のことを喋らなかったのでそれに免じて提示していた金額通りにしてあげます。ではまた』って。どこにいるんだ……」
ガデルさんから直接貰ってから一回も手放していない袋の中に、こんな紙切れが入っていた。怖くなって後ろを振り返ったが、当然人影の一つもない。
情報屋……彼? 彼女? 正体不明の奴に監視されているとか恐怖しかないんだが。追加料金支払ったら関係を絶ってくれるかな。
宿に続いている路地を通る。大通りと繋がっているので、それなりに人がいる。
ウサ耳やら飛び跳ねたオヒゲやら……人通りを見ているだけで飽きないと、この世界に来た当事は思っていたが、どうやら慣れてしまったらしい。結構飽きる。
代わりに空を見上げる。快晴。雲ひとつないその青空を見ているだけなら、日本と変わらないのに……。
「……でも、俺は違う世界にいるんだよな」
ラヴソングなどで、よく『あなたと同じ空を見ている』なんて歌詞が使われているが、今同じ空を見上げてる日本人はいないんだな、と現在ならではの皮肉めいた思考が浮かんでくる。
ギルドには、寄らなかった。もう、日が落ちてきていたし、何より孤児院の依頼の処理はもう終わっているらしい。ラロさんに心配かけただろうな。なんなら教会にいたっぽいし。
「あ……後で小言を言われそう」
なんか色々言われそうだ。もう、俺の全てを否定してきそう。
ていうか、俺依頼受けた時、くっせえセリフ言って逃げたんだった。やべえな、もうギルド行けないよ。お仕事どうしようかしら。
……いつでも現実逃避してらあ、俺。こんな世界自体、現実とは程遠いってのに。
見えてきた『止まり木の宿』を見ながら、全く似たような思考を繰り返す。
さて、ここに入るのもまた勇気がいるな。4日間の利用料がどうなってるとか、心配かけたこととか。うーん、『唐突にばっくれたバイト、辞めるために店長に会いに行きます』レベルのきまずさがあるな。でもそういう時って、向こうは大して怒ってないふりをしてバイトを継続させようとするか、ガチで怒って無視するかの2パターンしかないと思うんだよな。
なら彼らはどっちのパターンを取るのだろう。答えは、扉を開けて覗いてみようぜ。
「――――やあ、ヤグさん」
「ああ、ラードかい。遅かったね。この時間に来るってことは今日は休むつもりなんだね」
「え、うん。ていうかヤグさん、怒ってないの」
普通な様子の彼女に少し驚く。
「? 怒るってなにさ」
本当に疑問だ、というようなヤグさん。うーん。ばっくれたバイト先が普通の対応だったら違和感しかない。
「4日間連絡もなしにいなくなってたこととか……」
「ああ、なるほど。ま、冒険者なら珍しくないし……ていうか連絡ならあったわよ。ギルドの人が来てね。あんたが寝込んでるってさ。ついでに、向こう一週間の宿代も払ってったよ。えっと……経費なので安心してくださいって言ってたよ」
それガデルさんの懐から出てそうなんだけど、大丈夫なんですかね。こういう時ギルドが負担するとは思えないんだが。おかしいな、俺の中で取り調べをしただけのガデルさんの株が上がっていく。買うなら今。
「まあ、そういうわけだから、私はなんとも……まあ、文句がある奴はいるわね」
すると、食堂から少女の顔がにゅっと出てきた。その赤い瞳が俺を捉えると、ちょっとずつ眉間に皺が寄っていく。が、その次にパッと笑顔になり、さて次は手を顎に当て何かを考える素振りをしている。やがて、全身を玄関に現し、少し後ろ引く。エプロンのフリルがはためく。彼女が走る準備はもう万端。全ての力で疾く走る気満々。後は、俺の心の準備のみ。さあ、心構えを。その時は、もう目の前だ。
「えいっ!!」
その時は来た。何を合図にしたのか分からない。それでも彼女は迷いなく、駆けた。そして、右足で跳ね、頭と両手を前面としてこちらへと一直線に飛んできた。赤い瞳はきらきらと輝き、赤と白が入り乱れた長い髪が風に靡く。
「お兄ちゃ~」
「……ふぅ」
やっぱり、ヤグさんは溜め息を吐いている。そこのお母さん、愛娘の暴走を止めてはくれませんか。
そんな願いは空しく心の中に消えていく。
飛んでくる少女をどう受け止めるか、迷う。この全力の勢いをいなすのは、少し難しい。
ほんの少し、後ろにジャンプするように後退して、勢いを殺しつつ、その開かれている両手の間に体を差し込む。そして、少女の脇に手を入れつつ、体を左へ反らし、右に回転するように体を捻る。そうして、少女の勢いを段々と中心部へ、体の胸の部分へと吸い込んでいく。
反転し、止まった。今日も少女の体に一切の負荷を与えずに、受け止められた。いいか、皆の者。この技術を会得したとき、免許皆伝とする。
存在しない弟子へと宣言しつつ、その少女の動向を見守る。やはり、その少女からは不思議と、獣が匂いを嗅ぐときのオノマトペがする。クンクンというやつだ。うーんなぜなんだろう。分からない。今度本人に聞いてみよう。
「オリちゃん、ただいま……?」
「くんくん……お兄ちゃん、オリはめちゃくちゃ心配しました。心配した! また危ないことしてるって聞いたもん! ももんがもん!」
唐突に現れるももんが……なぜだか、両手をいっぱいに広げているモモンガが想像できる。
「いや俺冒険者だし、ほら、危ないことするのが仕事みたいな」
「そんなことオリが許しません!」
ふむ。少女の尻に敷かれるのも存外悪くない。このままヒモにしてもらえないだろうか。無理か。俺が嫌だ。
「まあ、ごめん、オリちゃん」
「くんくん……許しません! どうしてもというなら、今日、オリとお出かけしてください!」
「え、俺はいいけど……」
チラッとヤグさんを見ると、溜め息を吐きながら申し訳なさそうに言った。
「あんたには悪いけど、よかったら付き合ってやってね。なに、オリにはお小遣い持たせるから」
「はあ、そうですか……オリちゃん、俺全然街のこと知らないんだ。それでも平気かな」
「もちろんです! 今からいきましょう着替えてきます!」
オリちゃんはパッと俺から離れ、食堂の方へ小走りで向かった。
それを見届け終えると、ヤグさんは溜め息を吐いて、話す。
「ラード……毎回悪いね」
「いや、別に嫌じゃないんで。オリちゃん、素直で可愛らしいじゃないですか。ていうか、普段お世話になってるのは俺のほうなんで」
「まあ、オリのこと、悪く思わないでね。私たち夫婦の仕事につき合わせて、あんまり遊べてないんだ。同世代の友達もいないみたいでね……一応、後継ぎのための教育はしてるけど、本当はあの子には独り立ちしてほしいんだ」
「……」
「外の世界を知ってほしくてね……」
自分の愛娘を、手元に置くでなく、旅に出させる勇気を持つ親というのはどれほどいるのだろう。
ヤグさんは、元冒険者と聞く。結構、腕が良かったらしい。ランクは聞いてないが。そういった過去を持つヤグさんだからこそ、娘には旅に出てほしいのかもしれないな……実際、俺もこの短期間で2回も死に掛けているが、冒険者はやっていて良かったと既に思い始めている。以前なら、こんなこと思わなかったかもな……ただ生きていただけのあの日々。
本当の意味で、ただただ生きているということを確認するだけの――――。
思考に耽っていると、ヤグさんが俺のことを品定めするような目で見ていることに気づいた。
……余計なことを考えるのはやめよう。もう、手遅れなことだ。
やがて、ヤグさんは口を開いた。
「そういや、あんた、その服以外ないのかい?」
と、言った。
うむ……この冒険者装備以外は、部屋着だけだな…………俺が来てきた向こうの世界の服は、ジジイに渡しちまった。
「……その、今までお金がなかったんで」
「ぷっ、ははは! なら、いい機会じゃないかい。オリに選んでもらいな」
「そうしますかね……なんか、この格好でオリちゃんの隣歩くの申し訳ないな」
「なら、うちの旦那の服着ていくかい?」
う、悩む。なんか結婚してる人の服借りるのって居た堪れない気持ちになる。うーん。でもこの切り傷とかが付いてる冒険用の服で行くのもなぁ……。
「悩むくらいなら持っていきな。なに、もうあいつは着ない服だよ。よかったらそのまま貰っちゃっていいから」
「まあ、その、お言葉に甘えて」
「あいよ」
なんだか、最近、ヤグさんが俺のことを子どもを見守るような温かい目で見ている気がする。いや、もしかしたら最初からかもしれん。
ヤグさんは受付の奥の扉に入っていった。
黒パーカーと、紺色のズボン……ジジイにあげたしな。何に使うか知らんが。あの格好なら……異世界なら逆に目立っちまうか。でも材質は似てなくても似たようなデザインの服は結構見かけるんだよな。
どうでもいい思考をして、俺は時間を潰した。
______
夕暮れに沈む町。宿は少し小高い位置にあるので、坂道に立てば、この街を見渡すことをできるのだ。
茜色の太陽が照らす全ての風景の中に、元気よく動く存在。赤い陽に負けないような紅と、真珠のような白のコントラスト。目立つ特徴的な髪は、風に靡いて左右に揺れる。
普段は、エプロンの姿でいることが多い彼女は、今は少女らしい服装をしていた。フリルの多いワンピース。普段とは違う装いは、その人の印象をガラッと変えるものだ。そのせいか、彼女が普段よりももっと、可愛らしく思える。
少女が振り返る。パッと花開くような笑顔は、俺に向けられている。
「――お兄ちゃん! はやく!」
「はは……元気いっぱいだな」
先行く彼女を追うように、足を速める。
隣に並ぶと、彼女はにししと笑い、俺の手を取った。
______
オリちゃんに引っ張られるようにして、街並みを歩く。俺たちの様子を見て温かい眼差しを向けてくる住民。視線が…………まあ、いいか。
すると、オリちゃんが足を止めた。
「あ!」
「ん? どうしたの?」
「あそこ、服屋さんなんだよ!」
少女が指さす先を見ると、閑散とした大きな店が見えた。この住宅街でも一際大きく、目立つ建物だが……。
「あれ? 潰れちゃった……のかな?」
オリちゃんは、当然の疑問を口に出す。
恐らく、最近まで営業を続けていたんだろうなぁ。とても大きい、服飾店……アクセサリーとかも売っていたんだろうなぁ。
「な、なんでだろうね?」
さて、ザルボー商会だっけ? ガチで潰れてるけど(笑)って感じだが。普通は代表が責任とって、他の誰かが引き継ぎで店自体は続いていきそうなんだが。本気で潰したのか騎士団の皆様方。
ザルボー商会は、今回の事件の黒幕だ。誘拐、人身売買……立派な重罪だ。『守護騎士団』の人たちが取り締まりを行ったようで……経営権も抑えたって言ってたっけ。
にしても、結構でかそうな店なんだが。これを見ると、政府側……領主やら、貴族やら王族やらの力は相当に強いものみたいだ。
『守護騎士団』
王都から各地方へと派遣される騎士達が所属する。彼らは、王に忠誠を誓った身である……つまり、王の直属の部下って訳だ。そんなのの副団長を務めてるガデルさん……意外な大物だ。だが、ここはブラン山脈の麓であり、外大陸の存在も稀に現れるほどの交易都市。バラル王国とグレム王国を繋ぐ国交路もいくつか存在しており、国の中でも随一の主要都市なのだろう。彼がこの地で任に当たっているのもそう考えると妥当な気がする。
外大陸の存在……真なる獣たち。知性と社会性を持ちながら獣の姿をした存在たちで、なろうと思えば人型になれるらしい。彼らはブラン山脈へ力試しに来ることがほとんど。街へ寄ることは稀らしい。ブラン山脈は、中層から上層にかけてほぼ未開拓であり、魔力濃度が高いので半ダンジョン化しているらしい。下層と中層の切り目として、不自然な高さに雲が存在している……つまり俺は、ちょうど下層と中層の境目ぎりぎりのところで転移してきたってことだ。
ブラン山脈山頂には、人魔大戦期の勇者の遺物である聖剣が眠っているらしいが、そもそも登頂なんて誰もしてないし、眉唾物の噂だろう。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
思考に耽っていると、オリちゃんがこちらを見ているのに気付いた。
「ああ、ごめんオリちゃん。この店が潰れたことに儚さを感じて感傷に浸っていたところで……」
「お兄ちゃん全く関係ないのに!?」
なんだその言い方は。妹がいきなり彼氏を家に連れてきて、「お兄ちゃん関係ないでしょ黙ってて」って言われてるみたいで悲しいや。そんな出来事は一回もなかったけれど。
なんだか、妙な空気になったので、話題の転換になりそうなものを探すべく、辺りを見渡す。
「んー……。あ、オリちゃん。あそこの屋台行こうよ。ちょっと小腹が空いてさ」
「いいねいいね! はやくいこっ!」
手を取って駆けるオリちゃん。彼女はいつも積極的で元気だ。でも、今はその元気が嬉しい。眩しいほどの彼女の笑顔と対照的に、太陽は少しずつ降りてきている。でも、今日はまだまだある。
屋台の前に着く。幸い、客は他に居ないようで、すぐに注文できそうだ。
オリちゃんが一歩前に出て、店主のおっさんに話しかける。
「おじさーん! その鳥串4本ね!」
といいつつ、銅貨を2枚渡すオリちゃん。
っと、ボーっと眺めていたが、少女に代金を支払わせる男というのはいかがなものか。
「いや、オリちゃん、俺が払……」
「おうっ! 元気なお嬢ちゃんだな! 隣のあんちゃんは彼氏さんかい?」
「そうそう、そうなの! ふへへ、おじさんいい目してるね! おまけしてくれない? この後仲良く食べるの!」
「そりゃいいな! 恋人ってのはいいもんだ! しょうがねえ、1本だけだぞ」
そう言うと、本当に1本多く焼き始めた。うーん。後でお金渡せばいいか。
しかし、彼氏彼女とは。年齢差結構あるが。まあ、二人とも適当にノリを作っただけだろう。
ゆったりとした時間が流れる。肉が焼ける音を聞きながら、街並みを眺めて時間を潰す。
やがて、店主が声を掛けてきた。
「ほら、できたぞ! あんちゃん、可愛い彼女さんを大切にな! ガハハハッ!」
「ありがとーおじさん!」
「あはは。ありがとうございます」
俺が串3本、オリちゃんが2本。オリちゃんと一緒におやじに手を振って、その場を去る。目の前に広場があり、ちょうどベンチが空いていたので、そこに座る。
「にしても、すごい人の多さだね。毎日祭りでもしてるみたいだ」
「大通りだからね! ここら辺にお店が集まってるから夕方はこんなもんだよ!」
っとと、危ない。オリちゃんにお金を渡さなければ。
「オリちゃん、さっきのお金……」
「あー! いいよそんなの!」
「いや、流石に年下に奢られるって情けなさ過ぎるから」
「えー……じゃあ」
オリちゃんは苦笑いながらこちらを向く。夕焼けのオレンジ色の光に当てられた彼女の顔は、赤くなってるように見えた。俺には、その顔が夕日のせいなのか、分からないけど。
目が合って、そして、オリちゃんは恥ずかしかったのかすぐに顔を逸らしてしまった。
二人で、無言で串に食いつく。食い終わるまで、何も会話せず、前を見ていた。鶏。串は、すぐそばのゴミ箱に放り込んだ。
彼女は、両手で指先を弄って、何かを言い辛そうにしている。しかし、俺も何を言えばいいか分からない。
ここは2人の空間のはずなのに、やけに周囲の音が鮮明に聞こえる。もしかしたら、俺が逃げようとしているだけなのかもしれない。この、女の子との会話が途絶えたときの、微妙な雰囲気から。
噴水きれいだな……夕日に照らされて、水がオレンジ色に光ってる。あ、あの子、ぎざぎざした尻尾してる。鰐かな? 可愛いなあ。
……どうにも、ダメだな。
「オリちゃん」
「……ぃや、ぅぅん、これもちがぅ……」
「オリちゃん」
「っへ!? は、はい!」
なんか吃驚してる。まあ、俺みたいな奴に急に話しかけられた時の対応としては、おおよそ正しいが。今の場面でされると結構傷つく。違うだろうけど。
「オリちゃん、何かお願い事とかある?」
「へ……願い事?」
「うん。いつもお世話になってるお返し。俺にできることなら何でも」
「ほ、本当になんでもいいの? あ、あんなことやこんなことしてもいいの? ふ、ふへ、へへへ……」
それ、むっつり男子の定番セリフだよ、オリちゃん。君、女の子だっていうこと、時々忘れるよね。
隣で妄想に浸っている少女は置いといて、俺にできることを考える。
うーん……何かあるかな。こう考えると俺ってマジでなんもできねえな。やばい。本気で考えても、本気で一個も浮かばない。俺がこの少女に何かできるっていう考え自体が傲慢なんじゃない? うーん死ぬか。
すると、隣のオリちゃんがやがて決心がついたのか、両手を握りこぶしにして、目を輝かせて、やたら必死に、気合の入った感じでこっちを振り向いた。何か決意した顔をしてる。もしかしたら俺は死ぬのかもしれない。「Fランの癖にしゃしゃってんじゃねーよ笑」みたいなこと言われたら今すぐ噴水に飛び込んで息を止めるか、金属に連続で頭を打ち付ける自信がある。人生満了。少女に罵倒されて終わる人生もよし。
くだらない思考に浸っていると、いよいよ、オリちゃんがその重い口を開いた。見た目めっちゃ軽そうだけど。ぷにぷにしてそう。いや、もうこの思考やめろ。
「お、お、お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんとお揃いの、あ、アクセサリーが欲しい!」
「え、いいけど。じゃあ行こうか」
「――え!? 決断早いよ!」
え、そんぐらいよくない? あ、まさか、異世界特有の文化的な……
「……? もしかして、いや、本当にそんな気持ちじゃないんだけど、申し訳ないんだけど、確認のために聞くけど、もう一度言うよ、確認のために聞くけど、共通のアクセサリーは婚約の証とかそういうのってある?」
「い、いや、そういうのはないけど……ふあぁ、そんなに確認とか言わなくてもいいじゃん……」
いやそういうのあったらオリちゃんに申し訳ないし。ああでも、オリちゃんなら知ってるわけだし、それならそもそもこんなこと言わないか。
「じゃあ、アクセサリー売ってるお店に行こうか。俺、オリちゃんの目の色好きなんだよね。赤色のなんかがいいな」
「……お兄ちゃん、嘘でしょ。あり得ないよ。こんなのってないよ。オリはどうすればいいのぉお兄ちゃ~ん」
立ち上がった俺の背中に抱きついてくるオリちゃん。普段より掴む力が弱く感じる。
普段はあんなにうらうらとしているオリちゃんの元気がなくて、お兄ちゃんちょっと心配だよ。
「ふぅ……本当に酷いんだから、お兄ちゃん」
抱きついた姿勢から離れたオリちゃんが言う。後ろを振り返ると、夕日が逆光となったオリちゃんが、目尻にたまった涙を指で拭いている。
白と赤の髪が普段より強調され、色濃く輝いている。影の中にある赤い瞳が、妖しく光り輝いていた。
その姿に、グッとくるものがあった。
「……いや、全人類守備範囲外なんだ」
「え? なんか言った?」
「うーん。なんでもない。いこうよオリちゃん」
せめて、今度は俺が手を引いてあげよう。俺には、これぐらいの勇気しかないから。
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