孤児院の依頼 ①
ギルドにある掲示板には、様々な依頼が貼られている。例えば、街道近くに巣食う盗賊や、地方村に被害を出した魔物の討伐依頼。失せ物を探す依頼もあり、延いては、人類の生存圏を縦断しているブラン山脈の下層部の生態系調査等、多岐に渡る。その中で、ギルドが独自の評価基準を持って、その依頼の難易度に応じてランクを付ける。
F〜Sまで、即ち、冒険者ランクと同じ幅で定める。Fランク冒険者はFランクの依頼を、Sランク冒険者にはSランクの依頼が推奨されている。
ランクによる依頼受注の制限も存在する。
ランク違いの依頼は、一段階上の依頼までしか許可されない。Fランク冒険者はEランク以下の依頼しか受けられない。逆に言えば、Sランク冒険者は全てのランクの依頼を受けることができる。
もちろん、報酬額もランクに比例して上がっていくので、Sランク冒険者がFランクの依頼を受ける意味はほぼ皆無だ。
また、冒険者には担当者が付けられている。依頼を受注する際は、必ず担当者を通じなければならないため、不正は行われない。担当者によって力不足だと思われた場合、その冒険者の今まで功績を評価基準として、3人以上のギルド員がその冒険者が依頼を成功させられるかの判断を下す。
また、パーティを組む際にもパーティの平均ランクより二段階上のランクの冒険者がいる場合、パーティとしては認められない。
しかし、これは特殊な依頼……例えば、大勢の冒険者を募って、未開拓地の調査をするような依頼の場合、臨時パーティにおいてはこの制限は解除される。
依頼主が個人の冒険者に対しての指名依頼で、もし希望があれば、ギルドの裁量を持ってこれらの全ての制限が無くなる場合もある。これは、ある方面に特化した技術を持った冒険者がいるからだ。例えば、斥候にのみ特化した冒険者や、個人の冒険者が開発した独自の魔法……
指名依頼は、貴族や王族が依頼してくるケースが多いので、指名される冒険者も横の繋がりがある者に限られる。つまり、ギルドが仲介する意味はほぼ皆無だ。しかし、有能な冒険者の発掘として使われることもある。そういった意味でも、この制度は存在する。
さて。ここで問題なのが、俺は経験が浅い上にソロの冒険者であり、加えて言うなら実力もまだ示せていないということだ。まあ、実力はないからいいんだが。
思考の海から戻れば、正面には女性のギルド員がいる。そして彼女は、俺から受け取った依頼書を見て、口を開いた。
「いえ、ラードさん。危険ですよ。
そう、担当者の裁量なのだ、結局のところは。
まあ、
これらの魔物を狩るには後衛職の絶対的な火力が必要だ。俺みたいな前衛は、強敵もしくは集団に対してほぼ無力。
ゴブリンを狩る……
ゴブリンは、はっきりいって疲れる。バカだから奇襲をすればほぼ抵抗なく狩れるが、たまに集団行動していると厄介だ。俺は今まで一撃必殺で決めてきたから、まともな戦闘はしていない。先日のベルラビットに鳴かれた事故で、ゴブリン3体と
でも、ここらで焦っても仕方ないのかもな。やっと余裕が出てきたことだし、剣の修行や、魔法に手を出す余裕も出てきた。最近は剣を毎日100回は素振りしてる。もちろん、途中で休憩を挟んでる。100回でも腕が限界を迎えるし、そもそも振り方はジジイに最初に教わったきりで殆ど覚えてない。
……あ、宿のおっさん冒険者たちに聞いてみようかな。
「……ラードさん? 大丈夫ですか」
「……あ、すみま……すまん。少し考え事をしていてな」
いかんいかん。ギルド内では基本的に顔とか隠しているからな。喋り方も気をつけないと。
「……ふふっ」
「……」
なんか、先日のベルラビットの一件から、なんとなく内情を見透かされてる気がする。ていうか、俺がボロを出しているだけなのか。
咳払いをして、他に討伐依頼がないか聞く。すると、ラロさんは受付の下から紙を取り出して見せてくれた。
「田魔貝の討伐と、
念押しされた。まあ、俺も受けようとは思わないけど。
特に依頼がないなら、今日は冒険者稼業は休みでいいかもな。
「まあでも、討伐依頼以外なら結構ありますよ」
「……見せてもらえるか?」
「あ、はい。どうぞ」
彼女がずいっと差し出してきた紙束を受け取る。
(重……)
そういや、雑用の依頼とかはほとんど見なかったな。ゴブリンとか異世界の生き物が見たくて討伐依頼をやっていたまであるが、今ならこういう依頼の方が気楽かもな……。
えっと……? 「孤児院で炊き出しや子供の世話」、「飲食店で一日皿洗い」、「下水道のスライム処理班の助っ人」、「迷子の猫探し」、「失せ物探し」。果ては森ではぐれた仲間を探して欲しい……という救助依頼まで。
こうしてみると、かなりの量があるな。冒険者というより、何でも屋って感じだが。それに、緊急性がありそうな依頼も沢山ある。今までラロさんにこういうのを斡旋されたことなかったな……。
そんなことを考えていると、ラロさんが口を開いた。
「こういった依頼では依頼主との信用を大事にするものです。当然、顔も見せますし、依頼が終わった後に交友関係に発展することもありますから、ラードさんは嫌がると思ってあまりオススメしていなかったんです。報酬も依頼によってまちまちですから。余計なお世話だったら申し訳ないのですが……」
「いや、実際ありがたい。ただ、今日みたいな日は受けるのも悪くないな。これからはこういうのも紹介してくれて構わない」
「……あ、はい。ラードさんって結構喋りますね……」
「……」
え? 何? 早口だったかな。オタク特有のアレが出てしまったか。うむ、ちょっと話題変えて早く。恥ずかしいから。
「えっと…………そう。こういった依頼では、評価点があまり貰えないことが多いです。緊急性が高い……例えば、このはぐれてしまったパーティメンバーを探して欲しい、というような依頼は評価点が高いですが、雑用依頼ではほとんど評価点は貰えません。代わりに、信頼性が評価されていきます。その冒険者の信頼性が高ければ、安心して依頼を任せることができます。加えて、指名依頼が来る可能性も高くなります。ギルドでは情報の売買はしていませんが、冒険者の簡易的なプロフィールは、聞かれれば答えなければなりません。その時に伝えることは、ランクと信頼性ですから。やはり、大事になってくるものですよ」
「……俺の信頼性ってあるのか……?」
「ラードさんは討伐依頼を違約したことはないので、Fランク冒険者の中ではそれなりに信頼性がありますよ。中には、その時の勢いで受けてしまった依頼を急に怖がって、破棄してしまう冒険者もいますから。もっと酷いのだと、配達の依頼品を盗んでしまうとか、護衛の依頼で盗賊から依頼人を見捨てて逃げてしまうとか、そういったこともありますから」
「それは酷いな」
護衛の依頼人を見捨てた奴はどうなったんだろう。冒険者資格は剥奪されそうだが。その盗賊の討伐隊に参加したら免除とかそういう制度もあるのかもしれんが。
「というわけで、名を挙げるというのは責任も伴うことですから。実力以上のことはやらないのが基本です」
「……冒険者という職業名が、なんだか皮肉に聞こえるな」
「……ふふっ。確かにそうですね! でも、担当者に無理言って冒険に出かける人もいますから、間違いでもないかもしれませんね……」
そう呟くように言うラロさんが、なんだか少しだけ悲しむような表情を見せた。
担当者に無理言って……か。俺にはできないな。自分の実力不足をベルラビット一件で認識できたのはありがたかった。
「……この、孤児院の依頼を受けようと思うんだが。どうだろうか」
「……ええ、ラードさんなら上手くやれると思います」
どこらへんが上手くやれるか分からんが、とにかく受注してくれるらしい。
孤児院か……そんな施設が存在するってのは、まあ嫌でも認知していたが……街の門を通って少し道から逸れると、スラム街のような世界が広がっている。
飲み屋や娼館で人が賑わう場所と正反対の位置に、そのスラムはある。その対極の世界が混合している、交易都市ラグラーガ。多種多様な存在が入り乱れるこの街は、やはり
俺も一歩間違えば、あの場所にいた。そんな場所を、常々見たいと思っていたのだ。
「……はい。これが依頼書の写しです。孤児院の場所はここ。依頼主は院長さんなので、詳しい話は現地に着けば聞けると思います。ラードさん、頑張ってくださいね!」
といい、笑顔で見送ってくれるラロさん。もしかして、今までずっと笑顔で見送ってくれてたんだろうか。心に余裕がなく、塩対応だった俺に営業スマイルとはいえここまでしてくれるラロさん、めっちゃいい人だった。
その顔が印象に残る。橙色の髪に、眼鏡の奥に映る緑色の瞳。下ろしているその長い髪の一部が、ヘアアクセサリーから一本束ねられていて、サイドテールになっていた。ロングでありサイドテール。
……最近思うけど、こっちの世界の人、可愛い人多いなぁ……! ガラスケースに入れて鑑賞したいくらいだぜ……。冗談だけど。
「……頑張ります。いつもありがとう、ラロさん」
返事を待たずに、足早にギルドを出る。今までのキャラと違いすぎて、恥ずかしい。でも、お礼を言いたくなったんだから仕方ない。にしても俺、あんな美しく可愛い人に塩対応してたのか。マジで余裕なくってギスギスしてたのが申し訳ない。
あああ恥ずかしい。何もかもが恥ずかしい。何より、この依頼が終わったらまたラロさんに報告しに行かなきゃいけないんだよな。あの恥ずかしいセリフを言った後で顔を突き合わせるとか地獄かと。
なんであんなこと言ってしまったんだ…という会話の後の反省会は、いつも開かれている。
「はあ……孤児院に向かおう」
______
「初めまして、私は院長のロノーと申します」
「……冒険者のラードだ……です。よろしくお願いします」
握手をする。
見上げて顔を合わせると、ニッコリと微笑んでいた。
50は超えていそうな人だ。白い髪に、白い髭を少しだけ蓄えて、穏やかな雰囲気がある。
この人相手に冒険者ムードで行くのは違う気がしたので、訂正した。多分、この後子供達と関わることになるので、語気を強くする怖がられるかも知れないし。
「それで、依頼は炊き出しの手伝いと子供の世話って聞いてますけど……」
「はい。貧困域……スラムに住んでいる人たちは、この孤児院の炊き出しを頼りにしている人も多いのです。ですから、炊き出しを止めるわけにはいきません。しかし、経営者は私一人なのでどうしても手が回らなくてですね、普段は知り合いを頼っているのですが……」
と申し訳なさそうな顔で言ってくる。
成る程、確かにこの大きさの孤児院を一人で経営するのは大変だろう……一人で!?
「え、お一人で経営されているんですか!?」
「……はい。領主様からの援助がありますから、お金のことは……少し足りませんが、そこは私の懐から出して経営しております。愛する子供たちの為なら、なんてことないですな、ははは」
自腹で……経営まで。すごいな。
「いや、素直に感激しました。俺に手伝えることがあったらなんでも言ってください」
「そう言ってもらえると助かりますねぇ。では、早速炊き出しの準備をしましょう。パンとスープを配る予定なのですが、スープに入れる材料に手をつけていなくてね。二人で調理するとすごい早いんですよ」
ロノーさんが先導してくれる。道中、庭から楽しそうな子供たちの声が聞こえる。窓からチラッと見ると、人族と亜人族の子供が入り乱れて追いかけっこをしていた。なんとも微笑ましい光景だ。
「子供たちは可愛いですよねぇ」
「……そうですね」
オリちゃんも子供と呼んでいい少女だが、彼らはもっと幼い。可愛いのカテゴリーが少し違うんだよな。
……俺も子供なんだろうか。15歳はこの世界では成年らしいけど。
「さて、ここが調理場です。ささ、先ずは手を洗って、こちらのエプロンを着てください」
案内された通りにする。エプロンを装着すると、台所にまな板と包丁、後は芋や人参などの野菜とピーラーがあった。
「料理は得意ですか? ラードくん」
「いや……俺は皮剥きやりますね」
「分かりました。お願いします」
男二人並んで料理をする。一体どういう層に需要があるのか。
皮剥き……家庭科の実習でしかやったことないな。家では母さんが作ってたし。ていうか、この世界でもピーラーとかそういう便利機器はなんの違和感もなく登場してくるんだよな。もしかしたら俺と同じような人が前にもいたのかも……。
思考しながらピーラーを動かす。こういうのはあんまり力を入れない方がいいとか聞くけど、実際そんなことできるのか?
人参を剥いてるが、途中で止まったり、皮がちゃんと剥けていないところもある。
「ラードくん。そういう時は、人参を動かすんですよ」
「へぇ……こうですか」
「そうそう、お上手です」
50ぐらいのおじさんに褒められた。悪くない。
「ああ、後、人参のヘタの部分は皮剥きをしなくてもいいですよ。そこは包丁で切って捨ててしまいますからねぇ」
「あ、本当ですか……」
なぜか手伝いに来た俺が色々と教えてもらうような形で、二人で料理を進めていく。
全くもって、本当に、至極当然に、需要がないな。
______
「後は煮込めば、クリームシチューの完成です」
「おおー」
パチパチパチ。拍手を鳴らして完成を祝う。
俺がやったことが皮剥きしかないんだが。院長さんが手際良すぎて、むしろ足を引っ張った感が満載だ。
「私は少し雑務がありますから、このまま料理を見た後に、私室に戻ります。ラードくん。良かったら子供達と遊んでやってくれませんか?」
「もちろんです。でも、知らない人だし怖がられないかが心配ですね」
「大丈夫ですよ。皆いい子ですから。もちろん、ラードくんもね」
と言って、微笑んでくれる。
なんか、男の人なのに、包容力のある人だな。これがスタイルのいいおっとり系の女性だったら間違いなく惚れてるが。
調理場を出て、外に向かう。
子供達と遊ぶ…俺も遊びたいけど、挨拶とかどうすればいいんだ。何も分からない。俺はコミュ障気味だからな。こっちの世界では人と会話することがかなり多いから毎度毎度勇気を出して会話してるんだぞ……。
扉を開けて、庭に出る。すると、新参者に対する視線がビシビシと向けられる。
うへぇ……そんな気持ちで立ち止まっていると、突然、すぐそばにある建物の柱の色が、灰色から青色へと変わっていく。
「えっ」
「おにぃ……だ〜れ?」
柱から幼女が出てきた。ショートスタイルの青い髪、特徴的な……虫の目か? 宝石みたいな藍色の瞳。尻尾が生えていて、先端で丸まっている。
そのままトテトテと近づいてきて、足を掴まれた。すると、その子が、掴んだ部分から変色していく。俺のズボンと同じ色になっていく。
……カメレオンか。ていうか何その行動クッッッッソ可愛いな。
「えっと……俺は冒険者のラード。院長さんの手伝いに来たんだ。良かったら、俺と遊ばない?」
「……」
その子はそのまま俺の体をよじ登ってくる。手をよく見ると、5本の指が独特の形状をしていた。中指と薬指の所で、区切りがついているように見える。その手で、俺の服を挟んで、登ってきている。
やがて、胴体のところで止まった。腕が背中の方に伸びてきて、完全に抱きつかれている。
「……えっと」
「…………」
この子は喋る気はないらしい。まあ、悪い気はしないし、この子がこれでいいなら、そのままでいいか。
すると、ドタバタと足音が聞こえた。どうやら子供達が集まってきたらしい。
「にいにいだれ?」「あ〜ずるいぼくも」「ミーちゃんが出てるーめずらしー」
色んな子が集まってきた。このままだと収拾がつかなくなりそうなので、俺が話を始める。
「やあ、みんな。俺は冒険者のラードって言うんだ。みんなと遊びたいんだけど、いいかな?」
「いいよ〜」「なにやる〜」「おにごっこ!」「飽きた」
今冷めたガキがいなかったか?
さて、みんなは鬼ごっこや隠れんぼが希望らしい。あの遊びは知られてないのかな……ちょっと提案してみるか。
「みんな、だるまさんがころんだっていう遊び、知ってる?」
「しらな〜い」「なにそれ、やろうよ!」「僕、あっちで本読んでるから」
おいガキ。本はいいよな。俺もよく読むぞ。
まあ彼は孤高に生きる子どもなのだ。俺もそういう時期があった。ていうか今もそうなんですけど。パーティ組んでないしな……。
「だるまさんがころんだっていうのはね〜……」
______
「だ、る、ま、さ、ん、が……ころんだ!」
勢いよく振り返ると、ピタリと止まってる子どもたちが目に映る。片足立ちをしたり、決めポーズをしたりしている子供達が見えて、大変微笑ましい。特に、ライトニングボルトのポーズをしてるライオンっぽいの獣人の男の子、彼は逸材だ。
みんな、楽しそうに笑いあっている。
「いやー! 誰も動かないなー!」
と言って、振り返り木に顔を向ける。また、呪文を唱える。
「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ!」
振り返ると、みんな思い思いのポーズをする中、一人の女の子がバランスを崩した。それを見てか、続いてドタバタと多くの子供が倒れ始める。
そしてゲームは続き……
「がんばれー! マーくん!」「にいにい、にいにい」「マーくんあとちょっと〜」
ライオンっぽい獣人の子供だけ残された。つまり、俺とあの子のタイマン勝負だ。彼はかなり本気になっているようで、先程から変なポーズを取るのをやめて、すり足で近づいてきている。ガチすぎないか。狩猟本能出てるよ。なんとなく目が獲物を狙う感じになってるもん。
「だ、る、ま、さ、ん、が〜ころんだ!」
勢いよく振り返ると、彼はなんと勝負を決めにきていたのか、駆け出す姿勢で止まっていた。片足で体のバランスを取っている。しかし、そんな体勢は長く続かず、その場で倒れてしまう。
「あ〜」「にいにいのかち〜?」「くそー! さいごにあせっちゃったー!
「いや、みんな強かったね。マーくんも惜しかったよ」
ていうか、スタート地点と鬼までが遠すぎたな。次はバランス調整してもうちょい近くの方がいい。
と思っていたら、視界の左隅の地面。そこが変色していき、ミーちゃん……カメレオンの子が出てきた。
そして、俺の手に触れた。
「タッチ……だよ?」
その声を聞き、捕虜の子供達がピタッと止まる。俺は、息を吸って、こう叫ぶ。
「……うわ〜やられた〜!!」
「みんなにげろ〜!」「わー! わー!」
ミーちゃんの渾身の一撃が決まり、捕虜の子供達が逃げ出す。
あーやっぱ、子供達と遊ぶのって楽しいな。
討伐依頼じゃなくて、たまにはこういうのも悪くない。
______
「はいはい皆さん。そろそろご飯の時間ですよ〜」
孤児院の扉から院長が出てきた。そして、子供達が抱きついて揉みくちゃにされている俺に気づいて、微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ふふっ。子供達と遊んでくれてありがとう、ラードくん」
「いや、楽しかったっすよ。マジで」
「みんな、ラードくんに遊んでもらったお礼を言ったかな?」
「にいちゃんありがとう!」「にいにい、にいにい」「ラードさん、これ、なんて読むんですか」
すまんな孤高のガキ。俺はこの世界の文字はまだ分からん!!
「さあ皆さん、ラードくんから離れて。ラードくん、炊き出しの荷物を運ぶのを手伝ってくれませんか。一人じゃ少々重たくてですね」
「あ、分かりました。ごめんなみんな、また後で遊ぼうぜ」
「おー! にいちゃんがんばれ」「にいにい、いっちゃうの」「ラードさん、背中にミーちゃんが張り付いてますよ」
え。背中に手を当てるとサラサラとした髪の手触りがした。
「えっと……ミーちゃん、ごめんね。少し離れてくれるかな」
「……しょうが……ない……」
口をすぼめて地面に降りるミーちゃん。この子はどうやら甘えん坊らしい。遊ぶ時以外はいつも俺に張り付いていた。愛やつめ。
「また後で遊ぼうな」
ミーちゃんの頭を撫でながら言う。彼女は撫でられてる時はされるがまま。本当にマイペースな子だ。この子は大物になりそうだな。
「……ふふっ。ラードくん、子供達とこんな短い間にそんなに仲良くなってしまうなんて、少しだけ嫉妬してしまいますねぇ」
「ははは。みんないい子なので、仲良くしてもらってるだけですよ。じゃあ、器材とか運んじゃいましょうか」
ロノーさんについて行く。でっかい鍋などの重いものは俺が運び、その他のレジャーシートやらの荷物をロノーさんが運ぶ。やがて、孤児院の庭は炊き出し場へと変貌した。
同時に、近所から人が入ってくる。痩せ細っている彼らは、見るからに貧困といった様子で、炊き出しをしてくれている院長に深く感謝しているようだった。
「「ありがとうございます……っ!!」」
「ははは、人は助け合いですよ。お気になさらず」
と言って、温かいクリームシチューとパンを手渡す院長が、俺には聖人に見えた。
やべえなあの人。歴史に名を残した偉大な御方々よりも遥かに徳が高そうだ。前世でも百万人は救ってそう。
子供達も美味しそうに食べている。
みんな、美味しそうに食べてるなぁ……作った人として嬉しい限りだ。まあ、ほとんどロノーさんがやったんだけど。
しかし、なぜだろう。その光景に違和感があった。子供達はみんな一緒に食べているが…誰かがいないような……
「……………っ!!」
ミーちゃんだ。カメレオンの子。ミーちゃんがいない。何かに擬態してるのか?でも、何の意味もなくそんなことをする子じゃない。まして、こういう集団の場では尚更だ。
「ミーちゃーん! いるー!? いたら姿を見せて!!」
「どうした?」「何かあったのか?」「にいにい、どうちたの?」
「……ラードくん、何かありましたか。今、ミーちゃんと呼んでいたような…」
食事を配っていたロノーさんが心配して近づいてきた。ロノーさんに、話さなければ。
「ロノーさん。ミーちゃんが見当たらないんです。さっきまでいたはずなのに」
「え?」
ロノーさんが辺りを見渡す。そして、ミーちゃんがいないことに気づいてドンドン顔が青ざめていく。
「あぁ……あぁぁぁ……いない。ミー!! いたら返事をしてくださーい!! ミー!!」
普段の雰囲気から一転して、取り乱したように叫び始めるロノーさん。しかし、先に確認していた俺はもうこの場にミーちゃんがいないことは分かっている。
「ロノーさん。俺はこの辺を探してみます。もし、事件に巻き込まれるようなことがあったら…何か、心当たりはありませんか。ミーちゃんが行きそうな場所とか」
「あぁ…………ミー…………ミーがいなぃ……」
「ロノーさん!!!!」
「っ!」
「ロノーさん、しっかりしてください! 今はミーちゃんの安全が一番大事です。ミーちゃんが行きそうな場所に心当たりはありますか」
「ミーは……よく中央広場の噴水を見ていました……ミーが行きそうな場所は、そこしか…………ないです」
「分かりました。その広場を中心にミーちゃんを探してみます。その広場、どっちにあります?」
「あっち、あっちの方向です……ミーを、どうか、どうか頼みます」
「……はい」
ロノーさんが指を指した方向は、暗い路地が広がっていた。日が暮れ始めている。嫌な汗が、止まらなくなっていた。
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