19:ホラー展開きました
注意!中盤グロい表現があります。ホラーに弱い方は注意です。
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「彼女がいるとしたら泉だ!」
アダムは駆け出した。その後を器用に羽根だけ生やしたハーナが飛んで付いて来ようとしたが、体が重いせいなのかしばらく羽を動かしていなかったからなのか、完全に体を浮かすことができず、跳ねるように地に足をつけスキップしてアダムの後を追いかけた。
「あらっ、ちょっと……飛べないって、何よこれ?アタシ太った?」
ボイン、ボインと鞠のようにはねるハーナは、だいたい百年以上も鎖に繋がれるとは思っても見なかったわよ、とぶつぶつと文句を言う。
「あ〜、そういえば、あのっメガネ、ちょっとイっちゃっ、てたわぁ。アタシに舐め、られて、ちびってた、けどぉ〜」
「舐めた?」
「そう、貢物だって、言って、聖子の作っ、た万能薬にぃ、なんか毒、を仕込んでたのよ〜。まあ、ドラゴンに、毒なんて、効かないん、だけど、最近の人間っ、はそんなことも、知らないの、ねえ」
アダムはチラリとハーナを見て、こくりと頷く。全く毒の影響は受けていないようで、跳ねるたびに頬の肉が上がったり下がったりして、言葉がおかしなところで途切れ途切れになる。竜の姿のままの方が早いのでは無いかとも思うが、竜の姿では人語を話せないようだ。
「聖子も、瓶に詰め込まれてっ、蓋され、てたからっ、逃げろって、言ったんだっけどぉ」
「蓋!?」
「そうそっ。逃げない、ようにって、感じぃ?」
「あのヤロウ……!」
もともとグラハムは、聖子が孵化する前から卵を研究材料としてしか見ていなかった。生まれてからも何かにつけて体液採取をしようとしたり、怪しげな薬を与えようとアダムがいない隙を狙う素振りも見せていたのだ。
最近になって、聖子の作る万能薬や聖結晶に夢中になっていたから油断していた。グラハムが国から派遣されてきたことも、王族に連なっていることも聞いていたから、国の、ひいては王族の利益が第一だと思っていたのだが、間違いだったか。
「あいつは生粋の研究者だったのをすっかり忘れていたな」
「聖子も、はぁ、やわじゃ無いけど、裂かれたら、ふう、無理かもねえ」
ハーナの息は、すでに上がりつつある。ひい、はあ、と息継ぎが荒くなってきて汗だくであるが、アダムは足を緩めない。
「まさか、そんな事をするはずは!聖子さんは神の使いだと言うのに!?」
ーー黒焼きにされたりしませんよね?
アダムは、そんな事をするはずがないと言い切れなかった。知っていたからだ。あの男の猟奇的な執着を。
眉を寄せ、あってはならないことを想像したアダムはかぶりを振った。
どうか、無事で……!!
「ハーナ!あの男が聖子さんを傷つけようとしていたら構わず抹殺しろ!いいな?」
「ひ、人使い、荒い、わよぅ、アンタ!アタシ、もう、そろそろ、死にそう」
「有り余る魔力を使って体を浮かせるとかできないのか?」
「……あ、その手があったわ」
アダムはスピードを上げた。
* * *
「ぐ、ががあぁぁあぁ……っ」
「ヒエェ〜、グラハムさん!やばいよ、ヤバいよ!万能薬、ほら今作るから待って!」
掻きむしり、ぼろぼろと体が崩れていくグラハムを見て、聖子は愕然とした。腐食性物質による中毒症状とよく似ている。一度だけ、緊急患者で容体を見たことがあった。ホテルの清掃員が酸性洗浄剤を頭からかぶってしまった事故だったが、業務用洗剤だったこともあって、皮膚が爛れ熱傷を負った。その上目や口にも入り、結局一命は取り留めたものの、人として生きていくことができなくなってしまったのだ。
ハーナのよだれが酸性だったのか、グラハムが渡した毒がそれほど強烈なものだったのか。そんな毒をハーナに渡して一体どうするつもりだったのだろうか。殺す気で渡したとしか思えない。でもそれなら、なぜ今なのだ。ずっと長い間ハーナは鳥居に繋がれていたのだから、殺す機会はいくらでもあったのではないか。それとも、必要なくなったから殺そうと思ったのか。
いくら考えても聖子はクリミナル・マインドを扱うような仕事をしたことはない。殺人(?)の動機などわからない。どちらにしても、ハーナには毒は効かず、自分に返ってきてしまった。
溶けていくグラハム自身の体を容赦なく掻きむしり、皮膚らしい皮膚は残っていないのにそれでも肉を抉り、骨が溶け落ちた。思いがけないホラー展開に聖子は青ざめた。本人に痛覚はもうないのかもしれない。だとしたら火傷の末期症状だ。
だが、いくら自業自得とはいえ聖子は元看護婦で、ここでは聖女(仮)として派遣されたのだ。文明の利器はここにはないが、薬草と万能薬がある。
「グラハムさん!待ってて、今すぐ泉の水で…っ」
割れた水槽のガラスの破片で、前脚の付け根をざっくりと切られたせいで手が動かない。初めて痛みに気がついた聖子は傷を見て舌打ちをした。
「人間の体じゃないって、ここに来て初めて不便だと気付いたわ!」
片手に力を入れて、ふんぬと立ち上がり、ワタワタと泉に向かって走った。
「万能薬!万能薬になれっ!」
祈りどころか、慌てていて口で言うだけになってしまったが、それでも聖子は泉に飛び込もうとした。
「逃がすかぁっ!」
グラハムが聖子の体を掴み取った。
「ひうっ!?」
血みどろの手で掴まれた聖子は、思わず体を硬くして振り向いた。そこにいたのはすでにグラハムではなく、グラハムだった、何か。目玉がずり落ち鼻はこそげ落ち、ほとんど血まみれの骸骨だった。
聖子は看護婦ではあったが、戦場にいたわけではない。血肉を振りまきながら笑うグラハムを見て、吐き気を催し思わず両手で口を塞いだ。
「ふ……ははははっ!生きてる!僕はまだ生きてるぞ!!」
きしょい。これは、マジで怖い。
「わかるかい?聖子殿!僕の体は今魔力に溢れている!こんなに精力が漲るのは初めてだ!今なら、なんでもできる気がするよ!これが竜の唾液のおかげなのだとしたら素晴らしい!
ああ!そうだ、聖子殿。僕はね、君にとても興味があったんだ。君には聖なる力が宿っているんだよね!人間は体内に魔力を持ち、血液のように循環させている。血液型があるように、魔力にも型があるんだよ。だから普通の人は一つか二つの魔力しか持ち得ない。だけどどうだい?あの大神官様は聖魔力と共に水火風の魔力もある。おかしいだろう?人間としてどう言う体の構造をしているのか、実に気になるところだ。だけど彼は人間だから腹を捌くわけにはいかない。
でも君は?人語を話し、聖魔法の使い手で、精霊とも竜とも意思の疎通ができる。いったいその体のどこにそんな機能があるのか」
そこまで言い切って、グラハムの親指の肉がずり落ちた。聖子を掴んでいる手は骨だ。
ずり落ちていく肉を目で追って、聖子の現代医学の知識はパニックになった。筋肉もなく腱も筋もなく、骨が聖子を握りしめている。顔を見上げると、かろうじて片目は
だがよく見れば、うぞうぞと蠢くものがある。目を凝らせば、肉や筋が超スピードで再生しては溶けてと繰り返しているのだ。さまざまな映画が、聖子の頭の中に現れては消え、消えては現れた。確かこんな再生能力を持ったやつ、どこかで見た、と。
「ちょうどいい、今からその頭をちょっとでいいから覗かせてもらえないか?」
相変わらず青ざめた聖子は、両手で口を押さえて無言を通したが、脳内はパニック中である。
よく考えたら、ほとんど骨しか残っていないのに、どうやって魔力が巡ると言うのか。魔力が血液と同じだったら内蔵器官を無くして体に巡るわけないでしょうが。いや、でもこの肉体再生機能は魔力のせいなのか。生きてること自体がおかしいでしょ!
この人もう、人間じゃないよねーーー!?
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