20:あれ?私、死にました?

 引き続きちょっとグロテスクです。ごめんなさい。


 ====================



「ちょっ、ちょっと待ってグラハムさん!まずは万能薬!ねっ?体調万全じゃないとうっかりまちがえちゃうこともあるでしょっ?」


 ひとまず、聖子は自分を落ち着かせるためにも、平常心を持ってことに当たった。まずは万能薬。このスプラッタ・ゾンビ・ホラーは苦手とする分野だ。


 健全な肉体に宿る健全な精神!ほんと、マジ、これ大事!


「フハハ。万能薬なんかなくてもいいんだよ!僕の体は不老不死だ!魔力さえ循環していればこの体が朽ちることはないのだから!」

「えええぇ。不老不死!?そうなの!?」

「そうさ!これについてもまだまだ調べなければいけないけれどね!きっとハーナの唾液の成分が関係しているんだと思う。ああ、そういえば、大神官様も、ハーナのミルクを飲んでいるんだったねえ!ぐあぁぁあ、ぐ、ぐふ。ぼ、僕の脳、ががが、さい、再生、されて、ああああ」


 脳みそが溶けて再生されて、言葉がうまく発せなくなってしまったようだ。グラハムの体も再生と腐乱を繰り返しながら、おかしな形に変わっていく。頭が小さくなって、目の窪みがだんだん小さくなって目玉がころりと転がっていった。代わりに片方の肩が盛り上がり首と繋がっていき、もう片方は上腕が異常に長くなっていく。内臓が見えて、胃のあたりに大きな塊ができた。それが脈打つようにドクン、ドクンと動きどんどん大きくなっていく。


 ただれて落ちた肉塊はシュウシュウと音を立てて蒸発していく。周囲の芝も一緒に焼け爛れ、ひどい匂いが漂う。一体、グラハムはどうなってしまったのか。まさか聖子が進化する時もこんな風になるんじゃないだろうな、とふと不安になる。


 神様。私、脱皮ぐらいまでなら我慢します。だからこれはやめて!


 これが不老不死だと言うのなら、私は不老不死じゃない方がいいです。アダムが不老不死なのかと思ったけど、あれはどういうの!?ただの長寿なの?時間の流れが違うとか、聖魔法がそうさせるとかそんなヤツ?加護とかついてんの?


 留まる事なく、そんなことを小さな脳みそで高速で考える聖子だったが、次第に肉がこぼれ落ち、骨だけになってきたグラハムの手は流石に体長30センチのぽっちゃりイモリを握りしめているのに無理が出てきたようで、聖子の脇に骨が食い込んだ。ついでにイモリの体は滑りやすい。ツルツルしている上に自分の血肉でヌルヌルになった手は、聖子が万歳のポーズを取ることで、するりと取り逃してしまったのだ。


 割れガラスで受けた脇の傷の痛みにかまっている暇ではない。そいやっとばかりに聖子は二足歩行で走り、泉に飛び込み深く深く潜りながら、万能薬になれ!と祈った。


 聖子の必死の祈りのおかげか、泉の水は一気に泡立ち、泉の底には占い師の水晶玉サイズの聖結晶がゴロゴロと生まれ泡立った水は噴水となって吹き出した。


「ぎゃああああああぁああぁぁぁ!!!!」


 再生途中だったグラハムの体に万能薬が飛び散った。


 水の底でほとんど気を失いかけていた聖子は、慌てて浮上し、顔を水面に出し状況を確認しようとして、目を見開いた。


 万能薬を体に浴びたグラハムは、一部が赤黒くただれ、一部が元々の人間の体へと戻り、じゅうじゅうと音を立てて蒸気を上げていたのだ。その間も体の細胞は再生と破壊を繰り返して、その姿はこの世のものとは思えないほどだった。


「聖子さん!」


 呆然とその姿を目に焼き付けていると後方から自分を呼ぶ声がした。


「アダム!!」


 我に戻った聖子は、水面から顔を出しできる限り伸びをして手を振り上げた。


 アダムが来てくれた!

 解剖されずに済む!

 この惨事を自分だけで解決しなくても済む!


 涙が出そうだった。こんな非現実的なファンタジーは、聖子の頭では理解できないのだ。許容範囲をすっかり超えていた。自分が一度死んだのは、理解した。イモリになったのも理解した。ここで何かしらの手助けをしてアダムを救わなければならない。でも、そこまでだ。アダムのためなら頑張ろうと思った。自分の息子のようなものだ。一人で寂しく長い時を生きてきたのだ。


 こんなゾンビを相手にしろなんて聞いていない。歌って踊れる聖女を目指すのに、なぜゾンビが必要になるのか。避けて通れない試練なのか。


 すっかり変質してしまったグラハムを挟んで、アダムとでぶったおばさんが目に入った。


 ーーあらやだ。私以上のぽっちゃりがいたわ。


 狂い泣きそうになっていた聖子だったが、その姿を見てすん、と我に帰った。だが、その視線に見覚えがある。あの人を見下した視線といい、にやけた笑いといい。


「もしかして……ハーナ?」

「やっだ、聖子、やっぱり生きてたわねぇ!そーよぉ、あんたのマブダチの愛しのハーナよぉ!」

「ええぇ…。人間になったの…?」


 ってかいつの間にマブダチになったの?マブダチって最近の若い子、使わないんじゃないかしら。こっちでは流行ってんの?


 それで、ハーナは人間になって、グラハムは化け物になった。唾液交換とかで人間と竜が入れ替わったとか、そんな映画どこかで見なかったかしら。


 とはいえ、今は現実放棄している場合ではなかった。


「アダムっ!それグラハムさんの成れの果て!!ハーナのミルクでこうなったのか、自分の持った毒でこうなったのか分からないけど!不老不死だって言ってた!」

「聖子さんは無事ですか!?」

「私は大丈夫。万能薬の泉に浸かってるから!あ、それとグラハムさんの今の体に万能薬かけると一部人間の体に戻ったけど、細胞が活性化してて再生と破壊を繰り返してるの」

「よ、よくわかりませんが……。グラハムはもう人間ではありません。魔獣に変化しています!泉から出ないでください!わかりましたね?」

「う、うん。わかった、でも、アダムは」


 言われなくても泉から飛び出す予定はないが、その魔獣に変化したグラハムはどうするのかと聞きただす前に、グラハムがパチンと弾け飛んだ。ボチョンと泉に落ちた肉塊は、ジュッと溶けて消え去ってしまった。


 だが、地面に落ちた肉の塊とボロボロに折れた骨がマグネットのように引き合い、別な物体を作り上げていく。人間の体ではなく、もっと大きな不気味な何か。


「こ、こでハ、ぼ、僕ノ物ダ……あ、ああアダ、アダムに渡さナイ、僕の、ボ、グ、グフ、グフフ」


 それは牛のツノのようなものを頭から生やし、恐竜のように背中にとげがあった。指だった手の先は鷲の爪のように凶暴で魚の鱗のようなものが体にびっしり生え始めていた。


「あらまあ、アタシの魔力の影響かしら?」

「醜いな」

「ちょっと!アタシが醜いってこと!?」

「……他にあるとすれば、おそらく自身で試していたのかもしれん」


 アダムはハーナから視線を外し、言葉を濁した。


 グラハムは研究熱心だった。国を守り、魔獣と戦う騎士たちのために様々な薬品を作り上げていたのだ。当然、効果的なものを作るには検証をしなければならない。一殺多生を自身を持って検証していたのかもしれない。様々な薬品を試し、すでにグラハムの体は取り返しのつかないところまで来ていたのだ。そこへハーナの魔力が混じり合い負へと働いた、と考えられるのではないか。


 変身の早い地点だったのなら万能薬も働いたのかもしれないが、今となっては万能薬はグラハムにとって猛毒になってしまった。


 グラハムは魔力を溜め、アダムに向かって口から火を噴いた。


「きゃあっ!?」


 それを見て聖子は飛び上がる。


「ゴ◯ラ!?ゴジ◯なの!?」


 ファンタジーかと思ったら特撮だった!?アダムは、と思って首を伸ばせば、二人とも軽々と避けたらしく、少し離れた場所で水魔法で防いでいた。そうか。水魔法なら火炎放射とかも消すことができるんだ。それならば、と聖子は泉に潜り込んだ。


 今のグラハムは危険だ。特撮怪獣に変身してしまったのだ。火を吹くなんてとんでもない。胃の辺りで脈打っていたのは核反応袋か何かか?


 グラハムに万能薬が降り掛かった時、ひどく痛がっていたけれど、一部人間の体に戻っていた。たくさんかければ、人間の体に戻ってくれるのかもしれない。


 そう思った聖子は、先ほどと同じように万能薬に変えた水を飛ばしてみようと考えた。少しだけだとまた魔獣に戻ってしまうから、たくさんたくさん。噴水よりも、消防車の放水ポンプのように。


「でもどうすればいいのかわかんないわ……イメージして、なんとかなるもの?」


 泉の水を万能薬に変えたみたいに?


 聖子は一か八かの賭けに出て、放水ポンプをイメージした。


 果たして、泉の水は水柱になって沸き上がり、グラハム目指して落下した。だが、考えていなかったのは、自分自身まで鉄砲水に打たれてシュポーンッと吹き上がったことだった。


 当然、吹き上がった水は落下する。そして聖子も。




 あっ、やっば。私もしかして詰んだ?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る