09:アダムの秘密を知りました


「私はね…どうやら年をとらないんですよ。ある日気がついたら、この姿のままで。以来ずっと変わらない…」


 えっ?不老不死ですか。そりゃすごい。


「えっと、それって…よくないことですか?」

「よくないことかですかって?聖子さん、考えてもみてください。例えば聖女様たちから見た私は憧れの的。数少ない聖職者の数少ない男性の一人。聖女という立場に相応しく地位の高い男性といえば、薬師か教王か国の王子たちだけ。

 まあ私の下にいる見目の良い神官もいますが、肩書きのないほぼ平民という立場の者ばかりで、理想の高い聖女様達には不釣り合い。質のいい聖女は王子たちに貰われていきますが、残りは聖魔力を失えばここから出ていくのが決まり。そこに私がいることで、彼女たちは夢を持てるのです。そのために私はここにいるのですから。

 ただ、ここ数日は騎士や討伐隊の演習場に通っているので、彼女達も視野を広げ始めましたが」

「えっ。神官ってそんな理由でここにいるの?ってか、聖女様って神様に支えてるんじゃないの?婚活なんてしちゃっていいの?」


 自分で憧れの的とか言っちゃうあたり、アダムは自分の容姿に自信もあるのだろうが、聖職者たるものそんな不純な動機でなるものなのかと聖子はちょっと引き気味だった。しかも聖女たち、ヤケにくい気味だけど、それでいいのか聖職者。聖魔法さえ使えればやさぐれでも腹黒でも聖女になれるのだろうか。それとも王子たちの嫁にするためだけに、ちょっと聖魔法が使えて可愛い女の子たちを選んでいるのだろうか。


 だとしたらこの国自体危ないのではないか。


「もともと私など聖職者として向いていないのです」


 がっくりと頭を垂れてアダムはへたりと座り込んでしまった。


「ある日、目が覚めたら祈りの泉の前にある森の中で倒れていたんです。過去の記憶もなければ、自分の名前すらわかりませんでした。昔の神官長様が私を見つけて、ここで暮らし始めたのです。そういう彼もすでに天命を全うして、もうこの世にはいませんが」


 記憶喪失というやつだろうか。にしても、ここの森に倒れていたということは、どうやってか侵入したわけだからもともとこの辺に住んでいたとか、薬師だったとか、そういった人だったのではないだろうか。でなければ、この辺りは簡単に侵入者を許してしまう、あまり安全な環境ではないような気がする。


「おかしいと気がついたのは、何年か経ってから。私の容姿が全然変わらないのに、大神官様の頭がハゲ…いえ、薄くなってきたのです。聖女たちが入れ替わり、若い人たちになって大神官様が私を後押しし、次世代の神官に選ばれたのです。

 ですが、それからも聖女たちが入れ替わり、若かった聖女が年を取り…なのに私だけが同じなのです。長い間、私はずっと変わらずここにいます。

 毎日毎日、朝から晩まで聖女様の世話をしてお祈りをして薄ら笑いを浮かべて、ああ、もう気が遠くなるほどの年月を過ごしてきたのです。


 ですが…私も自由になりたい。ここで相も変わらず同じ生活を延々と続けることに嫌気をさしているのも事実なのですよ。これは一体なんの罰なのだと」


 なるほど。神官であるはずのアダムが自由になりたい、というのはそうそう口に出せるものではない。それがアダムの隠していた秘密であり、罪悪感だったのだろう。

 聖子の言う『早く人間になりたい』とアダムの『私も自由になりたい』は同じレベルの魂の渇望に違いない。


「そう…。そりゃ確かに、150年も同じ生活を続けていくのは大変よねえ」

「そうでしょう?でも、そこへ聖子さんが現れた」


 アダムは聖子を手のひらに乗せて、その手を膝の上に乗せた。聖子を見下ろすアダムの顔に長い睫毛が影をつくり、聖子はアダムの整った顔を見上げた。


「アダムは神様が不老不死にしたのだと思う?」

「私は聖職者という立場にありますが、神と対話をしたことなどないのです。だが、あなたは違う。神と会話をして命をいただき、ここへ私を助けに来てくれたのでしょう?

 精霊と言葉を交わし、ハーナとも心を通わすあなたこそが聖職者につくべきなのに。

 なぜ聖子さんはイモリの姿で現れたのでしょうか」

「さあ…。私も聖職者になんかなるつもりはありませんし…。徳を積めば次のフォームになるらしいですから、乞うご期待といったところでしょうか」


 神様は確かに聖子を聖女にさせたがっていたが、自分の欲求(特に食事)に忠実な聖子はそれについては口を噤んだ。アダムは何か言いたげに口を開けたが、すぐに閉じて聖子を見つめた。


「あなたも不老不死なのでしょうか」

「どうでしょうね。イモリが何年生きるのか知りませんが。実年齢は……ですからね。そういえば、怪我をしても次の日にはすっかり治ってますから、ひょっとするとそうなのかも」

「聖子さん。あなたは私を助けるためにここに来たとおっしゃいましたよね」

「そうですね」

「私と人生を共にしてくれる相手だと捉えてもいいのでしょうか」

「へっ?」

「だって、私は命に限りある人とは対になれませんから」

「いや、でも私イモリです」

「例えイモリでも、私とずっといてくれるでしょう?不老不死ならあなただって、一人置いてきぼりを食うわけですし」

「いや、でも私、これバイトだし」

「私を助けるまでは、バイトも終わらないんですよね?それが使命なのでしょう?私を置いていかないでください」


 何だか話がおかしな方へ向いてしまったなと口を閉ざす聖子に、アダムはすがるような目を向ける。あの時、命を助けようとした子猫のようだ。


(こういうの、弱いんだよなあ、私)


「えーと…。一先ずですね。目先のことから処理していきましょうよ」

「目先の事?」

「ええ。ほら、ここに来たのは万能薬とハーナのミルクを混ぜるためでしょ。」

「………やはり、ハーナのミルクは飲まなければなりませんか…」


(あっ?もしかしてそれが嫌で、だらだら言い訳じみたことを言って引き伸ばしていたのかな?)


「ええ、精霊にそう言われましたからね。それがアダムの助けになる、とはっきり。私も次のフォームになりたいですし。ちゃっちゃとやりましょう、ちゃっちゃと。ね?」

「……わかりました。」


『話し合い終わったのー?』

「話し合いというか…ええ、まあ。えっとハーナさん、精霊にあなたのよだ…いえその、ミルクをもらってこいと言われたので、ちょっといただいてもいいですか」

『あら、そうだったのー?そうねえ、あげてもいいけど…』


 あっ、やな予感。「あげてもいいけど」の後で続くのは、絶対何か無理難題が付いてくるんだから!


『この足枷、取ってくれたらいいわよ』


 ほらきた!


「アダムさん、ハーナの足枷って何のためについているんですか?」

「それは…私がここへ来るより前からのことで…実はハーナは一度国を滅ぼしたドラゴンなんだそうです…」

「えっ…」

「時の勇者パーティがハーナを捕縛し、この聖なる鳥居に縛り付けることでハーナを浄化し、悪さをさせないようにしたという話です」

「ハーナさん、国滅ぼしちゃったんですか」


 ハーナは面倒くさそうにため息をついた。


『もうずいぶん昔の話よぉ。私が人間の国こっちで王妃やってるときにね。格の低い若竜が悪さをしてた頃ね。人間だって私たちのこと珍味とか言って殺してたんだから、国の一つや二つお返しに壊したって文句言えないと思わない?』

「珍味」

『そう、珍味。尻尾が美味しいからよこせだの、ミルクが薬になるからよこせだの。ちゃんとお願いしてくれれば、鱗やミルクくらい分けてあげても良かったけど、尻尾はさすがにねえ。トカゲじゃないんだから、そうそう生え変わって来るものでもないしー?いやよって言ったら、竜の国を攻撃したから、怒ってやったのよ。しばらく静かだったわぁ。自国を滅ぼしたって知ったのはその後ね。どうりで静かだと思ったわよ』


 グフグフと笑うハーナを呆気にとられて見つめる聖子。まあ、この巨体からすれば人間なんて象と鼠ほどの差があるんでしょうけど。人間って珍味に命かけるものね、反対にやられちゃったらしょうもないけど。


『で、流石に私も人間の姿のままでいられなくって、仕方なく竜の国に帰ったのよ。そしたら、あの男がやってきて、竜の国を騒がせたお詫びに私に似合う素敵なアンクレットをプレゼントするっていうから、もらったのよ。そしたらこんなところに繋がれちゃって。騙されたわあ』

「え?精霊に保護されたんじゃないんですか」

『最後の竜種だから人間に殺されないようにって精霊達に保護されてここに来たのは確かよ。この止まり木に魔力を吸い取られて、この辺一帯にアタシの魔力で勝手に結界を作っているのよ。しばらくしたらコソコソと人間が入り込んできて、アタシを害さない代わりに自分たちを保護しろって言って勝手に居座ったのよ。思うにあの精霊、その男に媚び売ってたんだと思うわあ。騙されてすっかり言いなりになっちゃって、腹立つったらないわー』

「そ、そんな…」


 アダムはその話は知らなかったらしく、言葉を失った。アンクレットを付けた勇者はハーナをどうするつもりだったのか。飼い殺しにして鱗やミルクをせしめるつもりだったのか。それともやはり最後の竜種だから保護したかったのか。


『私のミルクにはもちろん竜の血が混じってるから、人間にしてみれば長命になったり、力が強くなったりするんじゃないかしら?でもミルクの効き目が切れれば、その反動も強いからずっと飲み続けなくちゃいけないのよね。』


 そんなハーナの言葉を聞いて聖子はあっと思った。


「あ、アダムさん。あなたまさかハーナのミルクを毎日飲んでたりするんじゃないですか?」

「まさか!……毎日の食事に混じっているのであれば別ですが、そんなことをする必要がどこにあるというんですか。それこそどんな嫌がらせだって話ですよ」

「食事は聖女様や薬師のみなさんと同じなんですよね?」

「……いえ。私の食事は、大神官として私だけのもので、他とは区別されていますが……」


 まさか、という考えが浮かんでアダムも青ざめた。


 だが、何のために?アダムが大神官でなければならない理由などどこにもないはずだ。それに精霊がアダムにハーナのミルクと万能薬を混ぜたものを飲ませろと勧めたのはなぜ?


 もし、アダムが既に毎日ハーナのミルクを口にしていたのだとしたら?


 ハーナが自由になったら、ミルクは手に入らなくなる。その反動で、アダムはどうなるのか。


「わ、私がハーナのミルクと万能薬を混ぜ合わせたものを飲んだら、何かわかるのでしょうか」



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