第20話

 アリスは複雑な心境だった。

 カイが戻って来てくれるのは嬉しい。

 涙が出るほど嬉しい。

 でもその条件が、婿を取り子を産む事なのは哀しい。

 胸が張り裂けそうになるくらい哀しい。


 父上様に多くの妾をあてがうのなら、何も自分が婿を取らなくてもいいのにと、心底思ってしまうのだ。

 だが爺や大公殿下が言うように、父に子を作る力がない可能性も高い。

 そこ事は、娘である私が一番分かっているかもしれない。

 母上様が亡くなってからの父上様は、生きる屍なのだから。


 でも、少しは期待してもいいと思ってしまった。

 時間稼ぎくらいは、許されると思ってしまった。

 だから我儘を言う事にした。

 ローガン様を婿に迎えるにあたり、色々と条件を付ける事にした。

 でもそんなに非常識な事ではない。


 公爵家から伯爵家に婿を迎えるのだから、その格式に相応しい決婚式の会場を用意して欲しいとか、披露宴会場を確保して欲しいとか、正当な要求だ。

 二つの式で使う衣装も、格式に応じた正式な衣装を用意してもらう事にした。

 今迄は貧乏で格式に応じたことが出来なかったが、莫大な賠償金が手に入った今は、貧相な会場や衣装では許されない。


 裕福な貴族が御金を使わなければ、下々にまで御金が回らないのだ。

 没落しそうな貴族は仕方がないが、裕福な貴族には文化を担う責任があるのだ。

 アリスは華美な衣装が苦手だが、やらねばならない責任がある事を理解しており、高価で清楚な衣装を用意し、服飾文化に貢献する心算でいた。

 いや、その準備を名目に、婿入りの時間を少しでも遅らせようとした。


 レオやヴラド大公には、アリスの思惑など明々白々だった。

 それくらいの小細工は、笑って許せる範囲だった。

 そもそも二人には、ローガンを婿入りさせる気などなかったのだ。

 月乙女に下劣な欲望を抱いた豚男を、徹底的に潰す心算だったのだ。


「どうなっているのだ、ヴラド」


「必死で金策に走り回っているよ。

 借りれる所から借り切ったのではないかな。

 昨日確かめたが、国王からも金を借りたらしい」


「よく国王が金を貸したな。

 フィリップス公爵家が借金で首が回らないのを知らないのか?」


「知っているさ。

 苦々しく思うくらい知っているさ。

 何度も商人から訴訟されているからな。

 だが今回は、確実に回収出来ると踏んだのだろうな」


「何故だ。

 商人の借財は全く返済していないのだろう。

 貴族士族からも苦情が上がっているのだろう。

 家が婿に迎えると言っても、援助するとは限らんぞ」


「国王は、ローガンの婿入りを機に、スミス伯爵家の爵位を侯爵に陞爵する。

 その代わりに、フィリップス公爵家の借財を肩代わりさせる心算なのさ。

 末流とは言え、スミス伯爵家に王家の血が入るからな。

 全く可能性のない継承権だが、王位継承権も手に入る。

 それに余が仲人を務めるからな。

 何かあったら、余に尻拭いさせる心算だろう」


「ひどい話だな」

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