第19話

 アリスは哀しかった。

 父上様が頼りないのは昔からだったが、爺まで頼りにならなくなった。

 いや、爺が悪い訳ではない。

 自分の我儘だと分かっていた。

 伯爵家の嫡女にあるまじき考えだと分かっていた。


 どれほど愛していようと、家臣を恋するなど、あってはいけない事だ。

 いや、愛人にするのならよくある話だ。

 家同士の政略結婚を届懲りなく果たし、子供をちゃんと産みさえすれば、女が愛人を作っても許される。

 もっとも愛人の子を産む事だけは許されないが。


 だがアリスは、もう政略結婚だと割り切れなかった。

 一度は諦めて政略結婚を受け入れた。

 だが、そこから救い出されてからは、欲が出てしまった。

 傷のついた自分なら、家臣と結婚して子を産んでも許されるのではないかと、そう思ってしまったのだ。


 だが許されなかった。

 ヴラド大公殿下が手に入れてくださった莫大な財産が仇となった。

 考えてもいなかった、大量の貴族から結婚の申し込みが来てしまった。

 この状態で家臣と結婚など許されない。

 逆恨みになってしまうが、ヴラド大公殿下を恨みたい気分だった。


 気分が落ち込んでいるせいか、どれほど手入れしても花が咲かなくなってしまった。

 昔からそうだった。

 気分が落ち込んでいる時は、花が咲いてくれないのだ。

 ヴラド大公殿下を恨む気持ちが悪いかもしれないと思った。

 恩を仇で返すなど人の道に反すると反省し、心を込めて世話をしたが、それでも花は咲かなかった。


「御嬢様。

 御嬢様が婿を取り、子を産むと約束してくださるのでしたら、カイを伯爵家に戻す事にします」


「本当?

 本当なのね、爺!」


「爺が約束を破ったことがありますか?」


「ないわ。

 爺は何時だって約束を守ってくれた。

 私を事を気にかけてくれた。

 ずっと私を守ってくれた。

 だからカイも必ず戻って来るのね!」


「はい。

 ですがそれは、御嬢様が約束してくださればの話です」


「約束するわ。

 本当は分かっていたの。

 婿を取らなければいけないことは、一度は納得した事だもの。

 御金の為に自分を売るようで嫌だったけれど、あの時に諦めたわ。

 先のジョージ殿も、今回のローガン様も、そう変わりはないものね」


「はい。

 どちらも下種である事に変わりはございません。

 ですが今回は、ヴラド大公殿下の支援がございます。

 ローガン様の好きにはさせません。

 カイの他にも、大公家から信頼出来る者を送って頂くことになりました」


「本当?!

 では、父上様の御世話をして下さる侍女も送って下さるの?」


「はい。

 以前御嬢様と御話しした事を、大公殿下に御相談致しました。

 その道に優れた侍女から清純可憐な侍女まで、多くの者を送って下さるそうでございます」


「では、私が婿を迎えなくてもいいのではないの?」


「大公殿下が御助力してくださっても、成功するとは限りません。

 全ては御主人様次第でございます。

 それに大公殿下が御助力してくださったのも、御嬢様が婿を迎える約束をして下さったからです」

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