第9話
「久し振りだな、ヴラド」
「ああ、久し振りだな、レオ。
直接会うのは百年ぶりか?」
「ああ、それくらいになるだろう」
「今回はいったいどう言う事だ。
レオにしては手抜かりではないか。
月乙女が不幸になったら、花が手に入らなくなるのだぞ」
「当主が腰抜け過ぎたのだ。
それに、月乙女を不幸になどさせん。
婿が家に入ったら、直ぐに殺す心算だった」
「おいおい。
それでは月乙女が未亡人になってしまうではないか。
未亡人だと、もっと条件の悪い婚姻を押し付けられてしまうぞ。
そんな事になったら、花が咲かなくなってしまうではないか」
「ふん。
ジョーンズ伯爵家からの結納金が入ったら、月乙女が嫌いな相手と結婚する必要もなくなる。
嫌な相手が婿入りしてきたら、俺が殺すから問題ない」
「相変わらず力業だな。
もう少し謀略を使ったらどうだ」
「頭を使うのは得意じゃないんだ。
俺達に出来るのは、月乙女の側にいて、力で御守りすることだ。
その事はヴラドも理解している事だろう」
「そうだったな。
互いの役割があったのだったな。
余計な手出しだったかもしれんが、眼の前で起こった事だったのでな」
「分かっている。
我が一族もヴラドの一族も、月乙女が育てる月下草と月光草なしでは陽の下を歩けない、呪われた一族だからな」
「呪われたと言うのは語弊があるが、確かに我が一族は、月乙女の作る花がなければ、陽を浴びると死んでしまう。
レオの一族も花がなければ、月の光を浴びると狼に変化してしまう。
月乙女には、何としても花を育ててもらわなければならない。
だがその為には、月乙女に幸せでいてもらわなければならない」
「困った条件だよ。
不幸せな状態では、花が咲いてくれないなんて」
執事長は狼男だった。
スミス伯爵家を守る守護の役目を、長年に渡って担っていた。
スミス家には秘密があったのだ。
スミス家の血を受け継ぐ女性は、月乙女と言われる特別な能力があるのだ。
月の加護を受けた花を、育て咲かせることが出来ると言う能力だ。
しかもその能力は、幸せでなければ発現しないというのだ。
不幸せな時には、草は育っても花が咲かないという、厄介な条件だった。
先代の月乙女はアリスの母親だった。
とても優しい気性で身体が弱い人だった。
一人子で、又従兄を婿に迎えてアリスを産んだ。
だが産後に体調を崩して若くして亡くなっている。
もう月乙女の一族は、アリスと父親のオリバーしかいない。
本当はオリバーに多くの子を作って欲しいのだが、超愛妻家だったオリバーは、後妻を娶る気が全くなかった。
それに後妻が来てアリスが不幸になったりしたら、わずかに花を咲かせている月光草や月下草まで花を咲かさなくなる可能性があった。
だからアリスを大切に育てることに専念していた。
繊細な壊れ物を扱うように大切に育てた。
だから全てが後手後手に回ってしまっていた。
今回はヴラドのお陰で想定外の幸運な形に治まった。
だがヴラドにはヴラドのしがらみがあった。
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