第8話
「花を育てて欲しいのですよ。
アリス殿しか育てられない花を」
「え?
あの。
花ですか?」
「ええ、花です。
アリス殿が育てておられる花です」
アリスは思いっきり肩透かしを喰らった。
自分は身体を張った暗殺者にさせられるのだと思い込んでいた。
そうとしか思えないほどの莫大な金額の賠償金を、ジョーンズ伯爵家から搾り取って下さった。
そうでなければ、搾り取った賠償金を全て要求されると思っていた。
ヴラド大公の評判は素晴らしい。
非道外道な事をなされるような評判は一切ない。
だけど、大公家とは言え貴族だ。
いや、大公家だからこそ、守らなければいけない家臣領民が数多くいる。
家臣領民の生活を守る為には、貴族としての権利を行使するのが普通なのだ。
それが要求したのが花だけなのだ。
とても信じられない事だった。
だから聞き返してしまった。
「あの、他には。
他に何をすればいいのですか!?」
「いや、何も必要ない。
本当に花以外は不要ですよ。
余はスミス伯爵家のような名門が、下賤な輩に踏みつけにされるのが嫌だっただけですよ」
「では、お礼をさせて下さい。
無礼なのは重々承知しておりますが、どうかお願いです。
大公殿下のお陰で得られた財貨を全てお受け取り下さい」
アリスは、ジョーンズ伯爵家から得られた財貨を、全てヴラド大公にお礼として差し上げると言上した。
アリスの本性が無欲なのもあるが、一番の理由は借りを作らない為だった。
力ある貴族なら、借りを踏み倒して無視することも可能だ。
だがスミス伯爵家には、ワラキア大公家への借りを踏み倒す力などない。
いつか必ず返さなければならない。
ならば返せるものがあるうちに、全部返しておいた方がいい。
「いや、本当に花以外は何もいらないよ」
「しかし殿下。
スミス伯爵家にも面目がございます。
これほどのご恩を受けて、何もお返ししないではおられません。
どうかお受け取り下さい」
「そう言われてもな。
余が欲しいのは本当に花だけなのだ。
花さえもらえれば他は何もいらんのだ。
だったら育てた花を全てもらえないか」
「それくらい……」
「お嬢様。
お嬢様のお育てになった花は、今は亡き奥方様が大切に育てておられたものでございます。
墓前にお供えする花までお渡しするのはいかがなものでしょうか」
「そうね。
確かに爺の言う通りね。
だったらどうするべきだと思いますか」
「その件に関しましては、爺が大公殿下と直接お話させていただきます。
お嬢様はひとまず部屋にお戻りください」
「爺!
いくらなんでも殿下に非礼過ぎます。
殿下。
どうかお許しください。
爺も謝りなさい」
アリスは必死だった。
陪臣に過ぎない爺が大公殿下と直接話すなど、絶対に許されない非礼なのだ。
爺がヴラド大公に殺されないように必死だったのだ。
だがヴラド大公の返事は意外だった。
「いえ、謝罪など必要ありませんよ。
確かにその者と話し合った方がいいかもしれませんね」
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