第7話
アリスはこんな場所にいたくなかった。
ジョーンズ伯爵家との婚約破棄賠償など、父親に任せたかった。
だがそうはいかなかった。
ヴラド大公に当人も出るべきだと言われたら、参加しない訳にはいかない。
しかしその場は地獄だった。
特にジョーンズ伯爵家のジョージにとっては。
「問題はビクトリア王女の妊娠だ。
これを誤魔化さないと、下手をすればジョーンズ伯爵家は改易だ。
いや、一族皆殺しもあり得るぞ」
ヴラド大公の言葉に、スミス伯爵家当主のオリバーが倒れた。
気の弱い人なのだ。
そうでなければ、王家よりも歴史が古い超名門貴族が、ジョーンズ伯爵家に家を乗っ取られるような状況にまで追い込まれるはずがない。
「殿下がお口添えして下さるのですよね。
だから結納金の百倍も賠償せよと申されたのですよね」
「一番簡単なのは、王女殿下の子をお流しすることだが、それは嫌なのだろう」
「当たり前でございます。
王孫殿下でございますぞ。
お流しにするなど出来ません」
「王家との絆を確保したいのだろうが、王家に恥をかかせれば、命が無いのだぞ。
まあここは命の賭け時ではあるな。
余からも陛下に口添えしてやろう。
だが分かっているな」
アリスは本当に怖かった。
本当なら交渉の矢面に立つはずの父が気絶してしまった。
普通なら自分一人で交渉しなければならない緊急事態だ。
父の代わりに執事長が後見してくれているとは言っても、貴族ではない彼はジョーンズ伯爵家に強く出られたら引き下がらなければならない。
だが今回は他にも強い味方がいた。
理由は分からないが、ヴラド大公が味方してくれている。
ヴラド大公の交渉術は、スミス伯爵とは雲泥の差だった。
ヴラド大公には財力も武力もあるから、スミス伯爵とは比較出来ない。
だがヴラドがスミス伯爵の立場であっても、ありとあらゆる方法を使って、同じ条件をジョーンズ伯爵家から引き出していただろう。
アリスはそう感じていた。
「アリス殿。
一つ頼みたいことがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」
「ヴラド大公殿下には一方ならぬお世話になりました。
スミス伯爵家に出来る事でしたら、何でもさせて頂きます」
アリスは極限まで緊張していた。
ヴラド大公が何か要求して来るのは予想していた。
何の思惑もなくて助力してくれる貴族など存在しない。
力がなくて、助力しても代価を得られない弱い貴族もいる。
スミス伯爵などはそうだ。
ヴラド大公はそうではない。
「それほど難しい事ではないのだ。
いや、普通の人間には難しいのだが、アリス殿には簡単な事だ」
アリスの緊張は限界を超えそうだった。
他の人間には難しくて、アリスには簡単な事。
貞操を要求されているのだ。
だが自分のような十人並みの女が、年収の千倍もの価値がないのは、重々理解していた。
だから、自分の結婚を何かの陰謀に使うのだと思った。
財力も武力もないが、歴史だけは古いスミス伯爵家だ。
ワラキア公国が後ろ盾になるなら、色んな使い道があるのだろう。
アリスは覚悟を決めてヴラド大公の言葉を待った。
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