第2話

「誰かこのハンカチーフを知らなくて?

 控室に落ちていたの。

 会場から出ていた人は誰?」


 嘘だった。

 アリスのハンカチーフはちゃんとあった。

 誰が盗み聞きしたかを確かめる為の嘘だった。

 しかも、会場から出ていた人間を確定すべく、全員に質問している。

 これは逃げ切れない。


「私のではありません」

「私もお手洗いには行きましたが、控室には入っていません」

「私も違います」


 よかった。

 私だけが中座していたわけではない。

 他にも何人も中座していた。

 だったら正直に言った方がいい。

 下手に嘘をついて後でバレたら、言い訳のしようがない。

 そう考えたアリスは、自分も名乗り出た。


「私もお手洗いにはいきましたが、控室には入っていません」


「あら。

 アリス。

 あなたも中座していたのね。

 そう、あなたも中座していたの」


 怖い。

 完全に疑っている。

 入口のドア近くにいるジョージも、酷薄そうな表情でこちらを見ている。

 もっと何か言い訳をすべきか、アリスは必至で考えた。


「はい。

 今日は私とジョージの婚約を祝う舞踏会ですので、緊張してしまって」


「!

 そう。

 そうだったわね!

 あなたとジョージの為の舞踏会だったわね。

 忘れていたわ!

 ごめんなさいね」


 王女殿下は完全に怒っていた。

 人前では絶対に感情を表に出さない貴族が、怒りを露にしていた。

 まあ、元々王女殿下は、感情を隠せない方だ。

 直情径行な方で、よく平民を打擲しておられる。

 貴族にそのような振る舞いをする事は少ないが、宮廷に使える下級貴族の中には、殿下に打擲された方がいると言う噂もある。


 そんな殿下が、満座の席で怒りを露にされているのだ。

 会場中が水を打ったように静まり返っている。

 これは危険だとアリスは考えた。

 勘の鋭い人は必ず邪推する。

 アリスとジョージの婚約祝いの舞踏会で、不機嫌を隠さない王女殿下がいる。


 ジョージが怒りの表情でアリスを見ている。

 陰謀渦巻く貴族社会だ。

 必ず悪意を含んだ噂が広がる。

 スミス伯爵家とジョーンズ伯爵家が婚姻を結ぶ事を、苦々しく思っている貴族は多くいる。


 人間関係が苦手なアリスだが、貴族社会の事は十分理解している。

 アリスの産まれたスミス伯爵家は、財力も武力も大したことはないが、王家よりも古い歴史を誇る超名門貴族だ。

 一方ジョージの産まれたジョーンズ伯爵家は、成り上がりと陰口を叩かれるものの、商売上手で有名な富豪貴族だ。


 そんな両家の婚姻政策を潰そうとする者にとったら、今回の出来事は絶好の機会だ。

 ましてジョージと王女殿下が婚約破棄を目論んでいるのだ。

 噂に巨大な尾鰭がついて、アリスを喰い殺す化物に育つのは確実だ。

 だがそこに、アリスが想像もしていなかった救いの神が現れた。

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