月乙女の伯爵令嬢が婚約破棄させられるそうです。

克全

第1話

 アリスは疲れていた。

 苦手な舞踏会で人疲れしてしまった。

 自分の婚約を祝う場でもあるので、苦手な会話を多くの人とかわす必要があり、とても消耗してしまったのだ。

 お手洗いだと言って、控室に逃げ込んだのだが、そこでとんでもない話を聞いてしまった。


「ジョージ。

 いつ婚約破棄を仕掛けるの。

 妾はもう待てませんよ」


「今しばらくお待ちください。

 ビクトリア王女。

 アリスとの婚約は、父上からスミス伯爵家に申し込んだモノです。

 こちらから破棄するには余程の理由が必要なのです」


「ですが時間がないのです。

 妾は妊娠しているのですよ。

 直ぐにお腹が大きくなります。

 そうなったら、妾は自害しなければいけないのですよ!」


「今しばらく。

 今しばらくお待ちください。

 今アリスの不義を捏造しております。

 数日のうちに噂が広がり、婚約破棄が可能になります」


「三日です。

 三日以内に婚約破棄が出来ないのなら、全てを父上様にお話ししますよ」


「必ず。

 必ず婚約破棄します。

 ですから、陛下に言うのだけはお止めください」


 ガタ!


「誰だ!」

「誰じゃ!」


 アリスとんでもない話を聞いてしまった。

 王女殿下が不義の子を宿しているなんて!

 しかもその相手が、自分の婚約者であるジョージだなんて!

 余りにも衝撃的な話を聞いて、隠れているにもかかわらず、思わず身動きしてしまった。


 とっさに身体が動いた。

 本能的に逃げなければいいけないと感じたのだ。

 見つかればただでは済まない。

 自分の婚約者だが、ジョージは酷薄な男だと聞いていた。

 婚約前には、数々の女性と浮名を流していた。


 だがそれ以上に怖かったのは、ビクトリア王女殿下だった。

 殿下の我儘は有名な話だった。

 何より父親の国王陛下が殿下を溺愛されている。

 殿下が強く望んだら、しかたなくジョージを婿に迎える可能性もある。

 そんな事になったら、自分は冤罪を着せられて殺されてしまう。


 そう考えたアリスは、急いで控室から逃げ出した。

 舞踏会からも逃げ帰りたかった。

 だがここで逃げ帰ったら、話を盗み聞きしたのが自分だと分かってしまう。

 そう考えたアリスは、必死で平常を装い、舞踏会会場に留まった。

 苦手な舞踏会で普段から心を隠していたのが役に立った。


 引きつりそうな表情を気力で笑顔に変えた。

 恐怖で真っ青になりそうな顔色を叩いて赤くした。

 黙り込みそうな心を叱咤激励して、嫌いな相手と話しを弾ませた。

 だが心の中では、どうやってこの危機を対応すべきか苦悩していた。


 まず時間がない。

 権力が段違いに違う。

 相談できる相手がほとんどいない。

 しかしそれ以前に、ここから無事に家まで帰らないといけない。

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