第8話

「追え、逃がすな!」

「逃がしたら斬り殺すぞ」

「右に回り込め」

「後方を遮断するんだ」


 王国軍の下士が叫んでいますが、本気で追いかけてはきません。

 それはそうでしょう。

 指揮を執るべき騎士や貴族が、後方に隠れているのですから。

 大声だけ出して、本気で追いかけている演技をしているのです。


 それも仕方がない事でしょう。

 大将である王太子と側近貴族が、騎士の誇りを踏み躙っているのですから。

 彼らに仕える騎士が、誇りを持っているはずもないですし、兵が勇気を示す事もないです。

 ただ処罰されないように、上手に立ち回るだけです。


 私達も、本気で戦っている訳ではありません。

 体力を温存して、逆撃の機会をうかがっているのです。

 王太子と側近貴族を捕虜にした時の戦いで、多くの武器と防具を手に入れました。

 ほとんどは、むりやり貴族士族に買い取らせて、かさばらない宝石や金貨に換えました。


 ですが、体力のありそうな軍馬と、予備の武器と防具は手元に置いておきました。

 特に消耗品である矢は、数多く残しておきました。

 魔獣との戦いを主眼に置いている、私達辺境貴族家の主従は、弓術と投石術は極めているのです。


 ですが、射るべき矢と投げるべき石がなければ、その技も使えないのです。

 だから矢を補充できる機会は、絶対に見逃しません。

 今回の追いかけっこでも、弓兵だけは斃して、矢を奪っています。

 奪った矢は、予備の軍馬に運ばせています。


 大魔境に入り、魔獣を討伐するには、多くの武器が必要です。

 特に軍馬は必要不可欠です。

 自分が無傷でも、軍馬を失ったら、魔境から脱出する事は不可能です。

 足の速い魔獣に囲まれ、喰い殺されてしまいます。


 仲間の軍馬に二人乗りしようものなら、足が遅くなるので、囲まれて喰い殺されてしまいます。

 ですから私達には、一人で予備の馬も操れるだけの馬術が要求されます。

 魔獣の不意討ちを喰らわないように、完全装備で軍馬にまたがり、魔境の中で戦うのです。


 軍馬の消耗も激しいのです。

 戦闘用の軍馬は、最低でも三頭必要になります。

 食糧や予備の矢、予備の剣や槍を運ぶ、輓馬も必要になります。

 普通は駄馬を使うのですが、私達は馬車を牽く輓馬を使います。

 魔境の奥深くにまで入り込める騎士ならば、五頭の馬を操れるのです。


 ネラ達のような騎士は、武で馬を従わせます。

 私は聖女ですから、武ではなく徳で馬に慕われます。

 魔境の中なら、馬を魔獣から護ってやらねばなりません。

 ですが、王国軍のような弱兵が相手なら、逆に馬が王国兵を蹴り倒し踏み殺してくれます。


 今回の戦場では、軍馬達が元主人を蹴り殺していました。

 よほど馬を虐待していたのでしょう。


「姫様。

 頃合でございます」

「では王太子には、再び恥をかいて頂きましょう」

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