第5話

「エマ、ネラ。

 降伏すれば、命だけは助けてやる。

 命だけはな」

「ひゃははは。

 王太子殿下の御慈悲にすがりな」


 馬鹿がやってきました。

 本当に馬鹿です。

 大将がのこのこと、最前線に出てきてどうするのです。

 万が一討ち取られたら、全軍が崩壊してしまいます。


 もしかしたら、自分を傷つける事など出来ないと、思っているのかもしれません。

 私達が逃げ出したのを、自分を恐れたのだと勘違いしたのかもしれません。

 だとしたら、大馬鹿でしょう。

 私達は、領地を護るために逃げたのです。


 王都で死ぬことは、人間同士の争いで死ぬという事です。

 我ら貴族家や士族家は、魔獣から民を護るために存在するのです。

 人間同士の覇権争いで死ぬなど、恥以外の何物でもありません。

 でも、王太子のような愚者には、戦士の誇りは理解出来ないでしょう。


「ネラ。

 やれますか」

「御任せ下さい。

 御前達、気を引き締めな」

「「「「「おう」」」」」


 私の問いを受けたネラは、配下の戦闘侍女隊に気合いを入れました。

 王都を逃げ出して二週間。

 先頭を逃げている御養母様達は、随分と王国軍を引き離したと思います。

 私達が王国軍を押しとどめているから、心配は貴族家の諸侯軍だけです。


 だが諸侯軍に戦意はありません。

 特に外様貴族家は戦意が乏しいのです。

 中には、王家王国に媚びへつらう貴族家もありますが、そんな貴族家の兵が精鋭のはずがないのです。

 ジェダ辺境伯家の精鋭なら、鎧袖一触で粉砕してくれるでしょう。


 体格のよい、選び抜かれた青毛の馬に乗ったネラが、無人の野を進むがごとく、一直線に王国軍の中を突き進みます。

 目にも止まらぬ速さで十文字槍を振るい、王国兵の首を刎ね飛ばします。

 雑兵も徒士も騎士も関係なく、まとめて斬り殺します。


 彼女の進む先は、斬り飛ばされる首が宙を舞うのです。

 急いで王太子の側近が防御を固めようとしますが、阿諛追従(あゆついしょう)で側近に選ばれた貴族士族に、ネラを斃す事など出来ないのです。

 それどころか、時間稼ぎも出来ないのです。

 側近貴族は、王太子を護ろうとするどころか、王太子を置いて逃げようとしました。

 恥知らずな事です。


 ネラの勢いに恐れをなしたのでしょう。

 豪奢な馬具で飾り立てた白馬に乗った王太子も、馬首を巡らせて逃げようとしましたが、ネラから逃げられるはずもありません。

 石突の一撃を受けて、だらしなく気絶してしまいました。

 情けない事です。


「王太子殿下を召し取つたぞ!

 武器を棄てて降伏しろ。

 さもないと、王太子殿下の命はないぞ。

 さあ、早く武器を棄てろ」


 何とも情けない話です。

 いかにネラが相手だとはいっても、万の兵が一騎に負けるのです。

 こんな事では、魔獣と戦う事など無理な話です。

 これで、魔獣から人間界を護っているジェダ辺境伯家を、よく潰そうと思えるモノです。

 狂気の沙汰としか思えません。

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