第四十八話 ご近所付き合い
温厚な性格で人懐っこく、学校生活にも問題は無い。
クラスの人気者ということはないが、クラスの除け者ということもなく、クラスメイトとは数名の友人関係を築いている。
ネットゲームを好んで遊んでいるが、引きこもるわけでもなく外で遊ぶことも拒まない。
勉強はそこそこできるし、塾通いを考えるほど成績の良い中学校を目指そうともしてはいない。
「私は正太くんのお隣さんでね。芽衣さんをご近所付き合いからお姉さん的に慕ってたら正太くんのこと任されちゃって」
小早志は窓の外を見ながら和美に話そうとしていた事情を話しだした。
少し距離を取ったまま奈菜は話を聞いていた。モグモグとメロンパンを頬張りながら。
「芽衣さん、お仕事頑張ってるからね、ちょっと帰りが遅くなることが多いんだよ。あ、それでもね、夜十時ぐらいまでには帰ってくるように気をつけてるんだって、正太くんをあまり寂しくさせないようにって」
だけど、子供を孤独に待たせるのは心苦しい。
そこで頼まれたのがお隣さんの小早志家だった。
「私が芽衣さんと仲良くなったからお母さんも交流を持つ機会が増えてさ、そしたらだんだん家族ぐるみのお付き合い?っていうのかなそんな感じになって、長い間そういう関係だから芽衣さんも正太くんも家族みたいに思うようになってさ」
少し間を開けて小早志が息を吸い込む。深呼吸、飲み込みたいのは自身が感じてる予感。
「だからさ、普通に気づくんだよね。正太くん、最近、芽衣さんが帰ってくる直前まで家に帰ってきてないの、学校に行ったきり」
「んーと、友達と遊びに行って帰ってきてないのでは? 小学生ということなんで夜遅くまでとは考えにくいかもしれませんが、″考えにくい″というだけで無い話しでも無いでしょう? 例えば、ちょっと年上のお友達が出来てちょっとした夜遊びしちゃってるとか?」
可能性の否定。口に含んだメロンパンを一旦飲み込み奈菜は意見を口にした。
あくまでも可能性の否定、実際はわかりきっている。和美が対峙した報告は受けている。
姉が、花菜が対峙した報告は受けている。
それでも、面倒事にならないように願うばかりだ。
目の前の後輩の幼い知り合いが殺人鬼だという面倒事にならないように願うばかりだ。
「先輩はこの話の流れでそういうオチだと思いますか?」
和美の代役が来たことに不満と不安を持っていた小早志は語気が強くなった。
何かしらの事情で代わりに来た話を聞くだけの伝達役なのかと思うと、奈菜にも和美にも落胆するしかない。
「ううん、残念ながらそうは思わないですし、んーと、そこがオチとも思わないです。オチは少なくとももっと──」
嫌だなという感覚が奈菜の胸をざわつかせる。とっくに始まってしまった事の次第に、止めることが出来なかった事の次第に、取り返せない事の次第に。
「──悲惨」
奈菜がそう言葉にすると窓の外を見ていた小早志が振り返った。
「小早志さんはもう正太くんを追うのは止めてください。正太くんはもう三人殺した殺人鬼です、それもきっと快楽殺人。彼は人を殺すことを楽しんでます。それを止めるとなると知り合いの説得なんて効きはしません」
先程まで呑気にメロンパンを頬張っていた少女が、悲痛な表情を滲ませながら言葉を並べていく。
「警察に通報するんですか? でも、証拠は? 正太くんが殺人鬼だって、証拠が無いじゃないですか? 私は・・・・・・ただ勘で話してるだけ・・・・・・なんだよ」
小早志の言葉が詰まる。証拠が無い、それは真実だ。二件目の通り魔事件があった後、笠沼家に訪れる機会があり、小早志は何となく探りを入れたのだ。
二件目の通り魔事件を知ったときに過った嫌な予感を払拭したくて、馬鹿な考えだと思いたくて正太の部屋まで探りを入れて、証拠は見つからず、考えを否定する確かなものも見つからなかった。
何かがあったのなら、肯定するものでも否定するものでも何かがあったのならと、家の近所で三件目の事件が起きたときに小早志は繰り返し思った。
「警察には通報しません。既にその段階は越えてしまっています。彼のことは祓うしかありません。笠沼正太は──」
奈菜の言葉は小早志にはすんなりと頭に入るものではなかった。
通報を越える段階、祓うしかない。何を言っているのだろうか。
「──鬼と化そうとしています」
何を言っているのだろうか。小早志はそう疑問を返そうと思う反面、ああそういうことか、と納得してる部分があることに驚いた。
私の知ってる笠沼正太は別の何かになってしまった。にこやかに笑う少年のいつかの残像が真っ黒になって消えていった。
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