第四十七話 メロンパンを頬張る

 明日また学校で。


 確かにそう伝えたはずの相手が登校していないことに小早志は落胆していた。


 相手は校内では有名な人物で、『お手伝いさん』と呼ばれる噂は都市伝説並みに真偽疑わしいレベルに膨れ上がって耳に入っている。しかし、それが確かならば自分を手助けしてくれるに違いないと小早志は思っていた。


 昨日、殺人現場を目撃したというのに平然としていた高城和美は今日は登校していなかった。


 昨日別れた後に何かあったのか? それとも、怖じ気づいたのか?


 和美と別れた後、夜の街を徘徊したものの手掛かりを一つも掴めなかった小早志にとってどちらにせよ和美と連絡が取れない事態は落胆でしかなかった。


 昼休み、図書室の窓際。本を読むことなく並べられた机を一つ窓際に寄せて、窓から外の景色をぼんやりと眺めながら小早志は購買部で買ってきたメロンパンをはむっと口に頬張った。もぐもぐと口を動かし甘さを堪能する。噛みしめる幸せに落ち込んだ気持ちが僅かに持ち上がる。


「図書室での飲食は厳禁ですよ。本が汚れてしまう可能性があるので」


 急に声をかけられ驚いた小早志は口に咥えたメロンパンを溢しそうになり、慌てて手で掴んだ。振り返るとそこには三つ編み丸眼鏡の少女が立っていた。誰だ、と小早志は首をかしげるが少女の制服の袖には図書委員と書かれたワッペンが付けられていた。黄色の蛍光色で書かれているが、暗い場所での対応なんてあるのだろうか?


「ビックリしたー」


 バツの悪さと初対面の人間への対応に戸惑いとりあえず今の感想を言うことにした小早志。


「飲食は厳禁です」


 図書委員に指を差される。指摘先は手に持ったメロンパンだったので、小早志は残り三分の一ぐらいのメロンパンを袋に入れ直した。口に含んだ分は机に置いていたコーヒー牛乳で流し込んだ。メロンパンの甘さとはまた別の甘さが絡み合って幸せの時間が口に広がる。


「あー美味しい」


「反省する気はないようですね。先生に報告することに──」


「わーわーわー、ちょっと待ってちょっと待って、つい、つい、美味しくて。すみません、反省してますので、この通り反省してますので、どうかそれだけは」


 高校生になって染めた茶髪で両親の不安を煽った小早志は、最近学校をぽつぽつと休み出したことで気まずくなっていた。そこに教師からの評判も悪くなったとしたら不味い話になるだろう。


「図書室は放課後のみの解放で、昼休みのこの時間は本来開いてないはずですけど、何故ここで食事を?」


 図書委員の差した指が動く。食べ残したメロンパンにコーヒー牛乳のパック、そして机に並べられたメロンパンが二つ。三つ目と四つ目。


「あー、えー、凄く言いにくいんだけど、あの鍵さ、壊れてるよね」


 小早志は図書委員から目を逸らし図書室の入り口を指差した。


「え? 問題なく施錠出来ますけど」


「いや、アレね、片方のドアちょこっと持ち上げてガタガタやったら鍵開いちゃうし、逆に何故か閉まりもするんだよね」


「は?」


「いや、本当だって」


 小早志はそういうと椅子から立ちあがりすたすたと図書室の入り口まで歩くとドアの取っ手に手をやり言葉通りガタガタと音を立て上下に揺らした。立付けが悪いわけでもないのに僅かな隙間でドアは動きカチャという音を立てる。鍵が閉まった。


「ほら?」


「んーと、ほら?、じゃなくてですね。それが出来るからって勝手に入って良いというわけじゃないんですよ。ルールを守ること、そのことを先生に報告すること、二点が出来てません」


「確かに」


 返す言葉もなく小早志は頷いた。


「でもさ、四階の校舎の隅にある図書室はさ、教室から離れてて静かなんだよねー。一人で考え事したいときには最適なんだよね」


「確かに、この時間の静寂さは独特ですね」


「あ、わかるってことは利用したことあるんじゃ・・・・・・ってか、今ここにいるのってそういうこと? ぼっち飯仲間?」


 小早志は別にクラスメイトと仲が悪いわけでもないし孤立してるわけでもないが、普段から一人で食事を取ることを好んでいた。メロンパンの旨さを堪能したい。それは精神統一のようなこだわりだった。


「ち、違います。友達がいないわけじゃないんです。一人が好きなんです、友達がいないわけじゃあないんです!」


「あ、そ、そうだね。そうなんだよね。一人で考え事したいときとか一人で落ち着くとかあるもんね」


 図書委員の力強い勢いに小早志は若干引き気味になった。


「あ、わかった、今日のところはメロンパン一つで許してくれない?」


「え、いいんですか!・・・・・・あ、そうじゃなくて、賄賂とかそういうのダメですよ、まったく!」


「いやいや、驚きの速さで手に取ってるじゃん」


 ドアの前に立ったままだった小早志の位置では到底間に合わない速度で図書委員はメロンパンを掴んでいた。


「面白い子だなー。私、小早志真理亜、1のC。あなたは?」


「んーと、西生奈菜、二年生です。ここへは高城和美さんの代わりに来ました」


「・・・・・・へ?」


 三つ編み丸眼鏡の少女が年上であることと、高城和美という名前が出てきたことに小早志は目を丸くして驚いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る