第四十二話 新たな《お手伝い》
「・・・・・・という話が昼間にあったのよ」
「へぇー・・・・・・って先輩、今そんな話するタイミングじゃないでしょ」
和美と一緒にビルの物陰に隠れる少女は口元に人差し指を立て静かにとジェスチャーをする。
プルっとした唇には薄目のピンクの口紅が塗られ、片目を隠すほど垂れ下がった茶色い前髪が夜風に揺れる。フワッと仕上げたショート、大きめの耳には星形のイヤリング。細目に薄くアイシャドウ。薄紅色のVネックのセーターは萌袖仕様の大きめサイズで、白い肌の首もとには黒のチョーカー。細目の脚が白のパンツルックで映える。
和美より少し背の低いその少女は、少女と呼ぶには大人っぽいファッションをしていて和美は初対面時に年下だと思えなかったぐらいだ。メロンパンが好きな一年生。それが目の前の少女──
対して和美はというと学校帰りだった為に制服のままだった。事件のこともあり《お手伝い》を断られていつもより早くなった学校帰り、余分に買っておいたメロンパンを頬張りながら帰っていると声をかけられた。匂いと袋で購買部のパンだと気づいたと見知らぬ少女は距離感近めで話してきた。お腹が空いたのでついつい、と言い訳をしていたが何の言い訳だろうかと和美は首をかしげた。
「メロンパンについてあんなに熱く語れる人がいるなんて。いそうだけどいない感じだよね」
「先輩、振り返るタイミングでも無いんですけど」
小早志は再度人差し指を口元に当てて静かにとジェスチャーを強調する。
「ごめん、色々と突然すぎて状況を整理しないと追いつけなくて。それに──」
「それに?」
小早志はどれほど主張しても静かにしようとしない和美に対して眉をひそめた。この先輩は状況を理解していないらしく混乱してるらしい。
「通り魔はここには来ないよ」
「そうですよ、通り魔が・・・・・・へ?」
「昼までは他人事だったんだけど、購買部のおばさんと話してから気になってね、SNSとか調べてたんだけど。死体発見現場周辺からは通り魔の目撃情報は無いの、よくある犯人は現場に戻るってのは通用しないみたいね、この犯人」
先週からの通り魔殺傷事件の被害者は三人。監視社会とも呼べるSNS社会による目撃情報はその三件の現場を避けるように離れていた。闇夜に紛れる黒いレインコートのナイフ所持者。髑髏のフェイスマスクを付けてるとか付けてないとか、映画の見すぎだとか。
そして、今日。恐らく四件目となる死体を和美と小早志は見つけてしまった。
「ネットの情報にそんなに信憑性あります?」
「うーん、私も参考程度に思ってたんだけど、今、こう寒気とか怖さみたいのを感じないからさ。やっぱりそうなのかもって」
「何です、その寒気とか怖さみたいな感じって、気配ってこと? 漫画とか見すぎじゃないですか?」
小早志は抗議と疑問を口にする。不安なのか小声だった。最近の体験で感覚が鋭くなっている、という気がしてた和美は小早志の疑問に上手く説明してやることができず首をかしげるしかできなかった。
戸惑いながらもメロンパン談義に花を咲かせていた夕方。和美は買い物があると駅周辺に向かう旨を小早志に伝えると自分も用事があるとついてきた。駅周辺に着いた頃には暗くなってきて、それぞれの用事を済ませようと別れようとしたときに二人はビルとビルの間に倒れる女性を発見した。白いブラウスとモザイク柄のスカートが赤黒く染まっていくのを見て、小早志は悲鳴をあげそうになって手でそれを塞いだ。
小早志の行動を不可思議に思いつつも、和美は鞄から携帯電話を取り出し警察に通報しようとしたが、それを小早志に止められてしまった。何をと抗議するより早く、小早志に手を掴まれ引っ張られ物陰に身を隠した。
それから息を潜めること数分。沈黙を破ったのは和美の回想話だった。
「いい、小早志さん? 通り魔はこの近くにはもういないし、早く通報しないと。彼女をこのままには出来ないし、新たな被害者も生みたくはない、そうでしょ?」
「・・・・・・そうですね、そうしましょう」
渋々返事する小早志を心配しながら和美は電話を警察に繋いだ。そういえば、小早志は通り魔が恐くて今日学校を休んでいたはずだ。
「先輩、SNSから通り魔のことどれだけ調べました?」
「え? ちょっと待って、小早志さん。あ、いえ、えっと駅の周辺なんですけど、ここ何丁目だっけ?」
和美は警察に場所を説明するために標識を探すためビルの物陰から出ていった。ビルの物陰から出ていくと通行人と目があった。暗がりから女子高生が出てきたので驚いたような顔をするサラリーマン。目の前のサラリーマンが突然歩みを止めてぶつかりそうになった女性が何事かと見回したとき、女性は死体に気づいた。女性が周辺に響くほどの悲鳴をあげる。
「はい、はい、いいえ、他の方も気づいたみたいで、はい、大丈夫です、いえ、お願いします」
警察への説明が終わり電話を切ると、ビルの周りは集まってきた野次馬で騒々しくなっていた。
「先輩──」
一応野次馬の中に怪しい人間がいないかと和美が見回しているところを、小早志に袖を引っ張られた。
「小早志さん、警察も来るしもう大丈夫だから──」
「──先輩、私、通り魔を見つけたいんです。《お手伝い》してくれませんか?」
小早志が強い眼差しで和美を見ていた。
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