第三章 メロンパン大逃走

第四十一話 売れ残りのメロンパン


「あれ、メロンパンが売れ残ってるって珍しいですね」


 購買部前の廊下もすっかり寒くなってきた十月下旬。文化祭まで残り一ヶ月を切ったことで和美への《お手伝い》依頼は日毎に増していた。今日も担任の横宮に頼まれごとをしてから昼食のパンを買いに来ていた。


「今週メロンパンの売れ行きが良くてね、ちょっといつもより多めに作ってもらったんだけど、そうなると残るっていうね。難しいところだね、商売って」


「はー、そういうもんなんですね。私としては滅多に当たらないメロンパンに遭遇できたんでラッキーですけど」


 溜め息を吐く購買部のおばさんからメロンパンを二つ受け取って、和美は二百円を手渡した。メロンパンはまだショーケース内に十個ほど残っていた。


「あ、やっぱりもう一個貰えます?」


「大丈夫かい? 食べた方がいいとは思うけど、メロンパン三つってなかなか飽きるもんじゃないの?」


「いえ、ここのパン美味しいから大丈夫です」


 放課後に《お手伝い》があるのでお腹も空くだろう。渡された小遣いからすると出費として大きいが、たまの贅沢もありだと和美は自分を納得させるために頷いた。


「じゃあ、これ。ありがとうね、売れ残るのって申し訳ないから」


「売れ残りってどうするんですか?」


「もちろん作ってもらってるお店に返すんだけどね。お店で働いてるバイトの子とかで分けるらしいから、それはそれで良いんだけどねぇ。売れ残りましたって返すの、何だかね、申し訳ない感じがするじゃない」


「うーん、確かに言いにくいですね。お昼が過ぎたら誰も買いに来ないんですか?」


「そんなこともないんだけどね、部活があるからもう一個とか買いに来る子もいるし、先生方も遅い昼食って形でたまに買いに来るしね。ただまぁ十五時には片付けちゃうからね、十分休憩とかに買いに来るには面倒じゃない? そうするとたまに二、三個売れ残っちゃうのよね」


 ショーケースにはあと九個のメロンパン。その他のパンは売り切れている。購買部のパンは昼には売り切れているのが常なので、昼過ぎには買いに来ようとも思わないのかもしれない。


 流石に九百円の出費は厳しいので和美はこれ以上の貢献を諦めた。


「うーん、想定外よねぇ。まさかメロンパン好きの子が休んじゃうなんてね、想定外よねぇ」


「メロンパン好きな子? メロンパンって結構人気だから好きな子って多いんじゃ?」


「ああ、そうじゃなくてね、一年生にメロンパン大好物!って感じの子がいるのよ。多いときには五個ぐらい食べちゃう子でね。メロンパンが早々に売れ切れちゃう要因の一つになってる子ね」


「はは、そんな一年生いるんですね。風邪かな、十月ももう下旬だから寒くなってきましたし」


 制服を冬服に変えた。昨年より少し早いタイミングになった事に今年の寒さを感じる。何年か前には年々暑くなるのだとニュースに危機感を煽られたが、今年のニュースは例年より寒いのだと喚起していた。


「それがね、ほら、先週からの通り魔事件あるじゃない? まだ捕まってないってアレ。一昨日かな、警察が駆けつけることになった目撃情報が家の近くだったらしくてね、それが恐くて登校出来ないって」


 全国ネットのニュース番組に乃木市の名前が出たときには驚いた。ローカル局でもあまり取り沙汰されない県中央から離れた地域なので物珍しい事だった。ただ誇らしい話ではなかった。市内で通り魔による連続殺傷事件が起こっているというニュースだった。


「高城さんも遅くまで校内に残ってちゃダメよ・・・・・・って多分学校側がそろそろ放課後の校舎居残りを禁止して下校するように指示出すと思うから今さらなんだけど」


「え、そうなんですか?」


「そりゃあね、犯人捕まってないしここら辺も目撃情報があるって言うしね、何もしないわけにはいかないわよね。親御さんも心配するわよ」


 死人も出ているのだ当たり前の反応かもしれない。小学校ならば集団登校集団下校などの対処をしてるんだろうか。


「今のところは事件は夜起こってるらしいんだけどね。ニュース番組でそんなこと言っちゃったら夜道歩かなければ大丈夫、だなんて思えないわよね。犯人だってニュース見てるかもしれないし、だったら昼も犯行するぞって思ったら最悪よね」


 身を隠すために闇夜の行動なのだろうけど、購買部のおばさんが言う通り犯人の気が変わることもあるかもしれない。ニュース番組から流れる情報に和美は現実感を抱いていなかったが、こうして誰かと話していると他人事ではないのだと思えてきた。今も街中では通り魔が歩き回っているのかもしれない。


「ああ、ごめんなさいね、恐がらせるつもりも無かったし時間まで取っちゃって。ただ、高城さん、あなたの噂よく聞くから心配しちゃうのよね。遅くならないようにね」


「あー、はい、心遣いありがとうございます。私も恐いんで事件解決までは早めに下校しようと思います」


 和美は一礼して教室に向かおうと身体を向ける。ただすぐにあることを思い出して向き直した。


「あ、カフェオレのパックあります?」

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